第三部魔導列車追撃編 前編─騎士隊ヒラカワラの戦い─
「「ラプリマのアウタナ、エルアートヌのマルバノキ、エルヴィエルナユキヤナギ!各都市ダクトロ、旗下コルにコルソ、アンカラ、唄うのじゃ!」」
女神の号令に合わせ、特定の大型生物の使用する、匂いの成分を解析、独自に編み出した意思伝達法で都市のアンカラ以下、紡ぎ手達の指示を行う。リーディングと共に。
「「気ぃ張れや!星が墜つるぞ!」」
流石に驚いた。
ほんの一瞬、女神が命球の鎖を緩めただけで、熱、光、音、天の川銀河を構成する、または構成していた、あらゆる情報がこの地を光に還そうとした。これは本来あってはならない。これを、単なるヒトの集合知が押し返したなどとは。しかし、眼の前に、知覚できる現実として体感出来た。
これは、クルルガンナ解放戦に於いてこのような技術はまだ、太陽系第三惑星人の、女神の持つ邯鄲の中には含まれては無かったはずだ。暗く冷たい光の海に、全てを飲み込む黒い渦。いくら、それと同等の原理を邯鄲の柱という形で再現したとはいえ、起きたこの出来事はお伽話に近い。むしろ私達の存在がお伽話で、絵空事の中にいる登場人物という方が納得がゆく。
仮定に仮定を重ねて、ひとつの世界の女神になるなど。
恐らく、彼女はまだ我々に開示していない事実があるはずだ。
だが、まあいい。
良い体験が出来た。カネクトゥスか。次に喚ばれるまでの暇つぶしに良いだろう。
「お勤めご苦労マルバノキ。もう顔を見る事も無いだろうが。」
こちらも、その顔を見るのは最後にしたい。
彼女が歩き去り、格納機への収納シークエンスが始まる。檜で組まれた、およそ3レグアほどのこれ、第祿類秋都市主要声歌指揮者保存機、仰々しい呼び名だが、私からすれば、テイの良い棺桶だ。じきに濃厚で折り重なるような檜の香りに包まれる。この棺は癪に触るが、この香りは好きだ。実際に経験した事は無いが、かつての太陽系第三惑星には、土と呼ばれる鉱物の粉末、水に窒素、多種多様な生物の死骸、リンや窒素などが含まれたもの、に植生が、この檜が生えた森、山があったらしい。次に見る夢は、その森の中を、記憶の中の妻と歩いてみようか。瞼を閉じ…。
「マルバノキ様!」
第6保存機の封鎖手順も終わりに近付いた頃、防護服で顔が見えない女性作業技師に声をかけられる。
「何か、用があるのかい?」
こんなことは、過去に経験が無かった。ほんの数度の目覚めと、保存との中で。
「あなたの歌に護られて羽ばたいたあの若者達であれば、エルアートヌを、少なくともこの牢獄、第祿類秋都市主要声歌指揮者保存機は破壊出来ますでしょうか?」
おかしな事を聞く。この保存機は君達が設計し、組み立て、磨き、歌い護って来たものだろうに。
目を閉じ、答える。
「わからない。ただ君よ、健やかであれ♪」
彼女の首元にあるスカーフに、彼女を護るアンカラをかける。
第三部 魔導列車追撃編 前編 ─騎士隊ヒラカワラの戦い─
「うう、教え子が巣立ってゆくのは寂しいです。このアウタナ・セリフラウは。」
ラプリマの南、何の変哲もない、ただの開けた草原の上、もっとも太陽系第三惑星人にはそう感じられるだけで、この一帯は実は一本の木の上であり、それは苔だと学園の授業で教わった。どこにでもある模倣植栽のような木に生えた苔だと。
「もう泣くのはよさぬかアウタナ。晴々しい旅立ちの時じゃからの。」
女神は、手元にある木製の拡声器、我が師アウタナ・セリフラウに告げる。
不器用な女神の手で掘られた、桜という名の花が明滅する。
「はい。うう、それでは、騎士筆頭アルカルブ、またその騎士隊ヒラカワラ、どうか健やかで。」
「ワガハイのセリフを取るでない。まあ良いじゃろう。マルバノキも喉を痛めぬようにの。」
「はい、女神。では先生。」
「「それではこの私アウタナ・セリフラウが命令します。騎士隊ヒラカワラ、見事太陽系第三惑星人の足跡を、この命球に刻みつけよ!」」
パシィ!
軍式の敬礼を返し、ヒラカワラの一団はウサギと車両を連結したものに乗り込む。少し揺られて、ウサギの積まれたハンガー車のほろから、マルバノキはラプリマを見た。女神と師の立つくさはらと、青い空。門もなければ壁も無い、大型生物を誘い入れて殺し、喰らうための、捕獲器であるラプリマを。
「何だよもう帰りたくなったのか?」
「そうじゃないさ。女神も、もとはただのヒトだったんだろう?よくここまでの決断を下せたな、と。」
「そうやって誰かの善意を疑ってばっかりだなお前は!どんな育ち方したらそうなるんだよ。」
拳を突き合わせる。
「君と友達になってからだ。そして先生にサマタ習得のための訓練を受けてから、そもそも女神はなぜ拡声器にヒトの心を与えたのか、そんなものは不要じゃないか?」(サマタ:ルリロー/アンカラの前型)
「お前本当にひねくれたよな。自分の先生に「あなたヒトじゃないんですね。」とか言うやつ普通はいないぞ。」
「失礼だな。私はヒトとそれ以外を区別しているだけだ。先生はただの拡声器だ。間違ってもヒトの心を持つべきではなかった。」
「もういいって!」
「何だセンザキ、マルバノキ、もう仲違いか?」
割り入った声に2人は軍礼を返す。
「は!アルカルブ隊長!マルバノキがアウタナさんを拡声器と呼んだのを正していただけであります!」
こう言う時、こいつは頭と口が回る。マルバノキはセンザキを横目で睨みながら、びし、と軍礼の姿勢を続けた。
「君の言う事は理解出来るが、アウタナ・セリフラウは確かに木であり、女神所有の拡声器だ。その点ではマルバノキが正しい。」
「薄情ですよ!彼女はあんなに素敵な声をしているのに。」
「所有物などに愛着を持つのは結構だが、あれはヒトではなく、ものだ。彼女と呼ぶなど。そもそもセンザキは「膳」の資格を持つだけで、騎士の戦いには縁が無かったのだ。せいぜいマルバノキのサマタが破れる事の無いよう祈っておくことだ。」(膳:「食卓」資格の前型、現在は主に騎士でない調理資格所持者を指す。がイ食対応が不能のためこの資格の存在自体が薄れつつある。)
隊長は空を、模倣された太陽を見上げる。
「そんな事より正午が近い、昼食は大丈夫だろうな?」
「へへ、今回は行って帰る駆除作業じゃなくて現地調達が基本の、居住可能地域探査が目的ですからね。任せてください。皆さんが飽きることのないよう、太陽系第三惑星の調理法を網羅していますよ。」
連結した、臨戦待機以外のウサギからそれぞれの荷車に送られる動力は先頭の探査索敵車両、次の即応臨戦ウサギハンガー、次に寝台車、食堂車と来て現在会話を行なっている通常ハンガーへと繋がる。また、騎士隊の構成によりここへ砲撃型、加速用の補助車両なども入る。
「ほらマルバノキ、着いてこい。ガスタ デ バラマの開店だ。アルカルブ、食堂車の権限を寄越せ。」
「ティオ。」
センザキは愛用の石焼板を手に指示をくだす。マルバノキは食堂へ向かう彼の後ろへ、アルカルブは恭しく食堂車ウサギの管理権限を渡す。
どれほどセンザキに戦闘能力が無くとも、どれほどセンザキが戦闘時に毛布を被り震えていたとしても、彼が、彼こそがこの騎士隊ヒラカワラの心臓であり、出納計算の資格者であり、騎士隊各隊員の健康状態の管理、最適な健康状態を保つための治療、また外科手術を行う医師でもあった。ほぼ全ての騎士隊に、1人か多くてせいぜい2人に与えられるその権限は、往々にして隊長よりも多くを認められる。
有り体に言ってしまえば、戦う事しか出来ない騎士には、何かを作る事は出来ない。
「ヨサル、深酒をしたな。カニィヤ、まだ俺達の旅は始まったばかりだぞ、もう少し精の付くものを出してやる。」
「オヤジさん、私…。」
「いい、何も言うな。ほら、手を出せ。」
「わぁ…。」
「丹精込めてみんなに作ったお守りだ。ほら、裏にお前の名前も書いてある。」
「オヤジ、オレのは綴りが1つ違うぞ。」
「すまない、だがこれで間違い無くお前ただ1人のものになった。失くすなよ。」
「ああ。」
この時点での太陽系第三惑星人にはポデアやぜネロジオの概念はなかったものの、エンゲージとそれに伴うランサーの技術自体は既に再発見、再現されていた。
当然この騎士隊の騎士めいめいもエンゲージを行っており、パートナーがいるものの、それでも父親役の存在は心の支えになる。
寝台車にて各騎士の身体検査と精神状態を確認し、それぞれに適したケアを行う。この騎士隊ヒラカワラの、厳しい母親がアルカルブとすれば、センザキは優しい父親と呼べるだろう。実際には、アルカルブとエンゲージを行なっているのは。
「どうして私のものにマルバノキの名前もあるのだ。」
「そりゃお互いが、いつまでも離れないようにってオレなりの心遣いさ。」
「余計なことを。」
アルカルブに手を振り、寝台車を抜け食堂車へ。
マルバノキの目には、寸胴鍋がカタカタと音を立てて揺れていた。
「マル、手指の洗浄後に豆を茹でて半量潰せ。アル、生地を寝かせてあるから製麺機へ入れろ。」
「ティオ。」
2人で声を揃えて返事をする。小さな頃からの、一緒にラプリマを走り回っていた頃からのあだ名で呼ぶ。
ロータス綜合学園での生活、訓練を経て感情を殺すようになっていたアルカルブも、製麺機に生地を置き、手回しの取手を動かす時だけは、笑顔を隠さなかった。あの頃のように。
騎士隊ヒラカワラは、孤児の集まりである。
大型生物である龍の駆除作業での。怨恨による殺人であっても、基本的に「死に至らしめる」事が邯鄲の起きる条件である事を知る都市運営者達は、当然孤児に悲劇が起きないよう、また、起こさないように生活、暮らしの場、学びの場、生きる目的を与える。
たまたま、生家が飲食、調理とその提供を行っていてその素養もあったセンザキは、一時退避施設で知り合った気の合う友達ふたりを見守る兄貴分となり、新しく加わったもう2人の面倒を見るうち、両親と同じ道を歩む事にした。アルカルブとマルバノキはロータス綜合学園の初等生時に才能を見出され、アルカルブは騎士科へ、マルバノキはアウタナの元で研鑽を積む事になる。カニィヤとヨサルもまた、騎士となった。
「白く冷たいミルクの海にゃ〜♪」
そして2人は、女神の詩を口ずさみながら、泡立て器でボウルの中身をかき混ぜるセンザキが好きだった。
「よしこのくらいだな、テーブルメイクをしといてくれ。」
「ティオ。」
製麺されたばかりのそれを、粗く挽いた穀類粉にまぶし、石焼板を火にかけ、香りの強い果実油を垂らす。る。間を置いて茹る寸胴鍋へ麺を入れる。塩の容器から直接鍋へ適量の塩を入れ、形を保ったままの大粒の豆を入れる。吊り下げてある手鍋に四足獣の乳を入れ火をかけ、生クリームを適量注ぎかき混ぜる。
「精のつくもんをな。」
香りの強い野菜、この場合はニンニクの一欠片を包丁の腹で潰し、皮を剥き豆と合わせる。木樽で長年寝かせていた塩漬け肉を引き抜き、一部を切ってからまた樽へしまう。手鍋がふつふつと煮立つのをかき混ぜてから潰した方の豆を入れ、塩漬け肉を片側を細切れにして和えるように入れる。手製のレードルで麺を巻き取りその一本を前歯で齧る。そろそろだ。そのまま口の中に入れて薫せ時間を測る。手鍋をかき混ぜぜてから残った肉を立方体、サイコロのように切り、ぱちぱちと音を立てる豆と合わせる。じゅあああ。塩漬けにされた肉から脂が溶けだし、木樽の持つ香りを広がらせる。
「白く熱い石の海にゃ〜♪」
寸胴鍋から麺を巻き取り、石焼板へ。
「お豆とベーコンがお出迎え♪」
潰された豆の残りと生クリームを具材や麺と絡め、板に染み付いたニンニクの香りを移す。
「おーい、取りに来てくれよー。」
キッチンから食堂へ声をかけてから、麺をレードルで巻き取り、4人それぞれのお皿に乗せる。
アルカルブとマルバノキがお皿を運び始めると、黒い粒コショウの入ったミルと、ミントの葉を人数分千切る。
「さて、そこの2人は体調に影響が出るほど飲んだわけだが。」
白い布がかけられ、中央に模倣花の瓶が置かれたテーブルで、センザキは黄色い瓶をこれ見よがしに持ち上げる。
「甘い甘い豆のクリームパスタに、甘い甘い豆のクリームスープだ、当然辛口で泡の立つ、白いブドウの酒が欲しくなるよな?」
一同の目は揺れ動くワインの瓶に釘付けになる。
「だがダメだ。」
4人はそれぞれお互いを睨む。
「理由はわかってるだろうが、もういい。冷める前にいただくとしよう。マルバノキ。」
「ではこの私、マルバノキがこの食事の進行を行う。アルカルブ、よろしいか?」
「ああ、騎士隊ヒラカワラの隊長として、認めよう。」
「ラプリマの片隅で出会い、女神の庇護の下強い絆で結ばれた我ら5名は、この龍の命を食し、命を繋ぐ。彼または彼女の尊い命に感謝を。それらを調理し、日々我らの健康を気遣ってくれるセンザキに感謝を。それでは─。」
ラプリマは天の川銀河の中心にある命球に再現された一本の木であり、己を女神の1柱、と定義するロータス・ペンディエンテに太陽系第三惑星で言う所の信仰は集まる。この天体に於いて、依るべき対象が、わかりやすいものが彼女しかいないからだ。もともと、平凡な女子高生でしかなかった彼女には、ひとびとの間に生まれる独自の思考、言動、習慣に慣習、偏見また宗教が、その地域により変わり、調和と共に争いを生み出す事を知っていた。だから彼女は、どこの誰にもわかりやすいように。1日に数度行われる食事に目をつけた。何者であっても、食事または栄養補給は必須であるから。食事と、食材となる命に、食事に関わる資格者に感謝させるようにした。日々の食事のために生きる。文明が発展すれば娯楽も増える、精神的な充足があればヒトの意識は娯楽を求めて文化を発展させる。太陽系第三惑星に於いては、その根幹に宗教があった。しかし、屁理屈だけでこの天体にヒト種を住まわせた女子高生には、時節の行事ごとに神社仏閣に向かい、冬には他宗教のお祭りに参加するくらいの蓮坂舞には、確たる宗教感は…無くはなかった。が、とにかく彼女は、食事を最も神聖なものとし、彼女の手にあった拡声器もそれを覚え、後継の教育に使用した。
「それではみなさん、ありがたくいただきましょう。」
ダクトロ、マルバノキの声によりコントロールされたヒラカワラの隊員達の身体は両手を顔の前で合わせる。
「いただきます。」
制御が解かれ、めいめいがフォークまたはスプーンを手に取り食事を始める。軽いニンニクの香りが付いた豆とクリームのパスタは、甘めに仕上がっているが、ごろっとしたベーコンのブロックが噛みごたえもあり、粗めに仕上げられた麺にソースが絡みつく。ペーストになった豆とミルクのスープにはミントの葉が浮かべられ、同じ材料を使用しているものの、こちらはすっきりした味わいになっている。
「ねぇオヤジさん、私やっぱりワイン飲みたいよぉ。」
「あのなあカニィヤ、それで傷んだ酒を昨日オレが全部飲んだんじゃねぇか。」
「もういいヨサル、こいつは舐めるくらいが適量なんだ。ほら。」
「えへへぇありがとうオヤジさん♡」
「センザキはカニィヤを甘やかしすぎだ。」
「それは私もそう思う、私には厳しかったくせに。」
拗ねたアルカルブのグラスにワインを注ぎ、刻んだチョコを浮かべる。
「お父さん大好き♡」
「ずりぃぞアル姉!オヤジもオヤジだ!」
「それは私もそう思う。センザキは娘に甘すぎる。」
かたかた。
寸胴鍋の揺れる音の中、食堂車でかりそめの、しかしほんものの絆を持つ家族が食卓を囲んでいた。
────
「「感あり、ラプリマ近辺では見かけない種だ。」」
カニィヤからの通知を受け取ったヨサルが、紙に刻印された数値を読み取り報告する。
「2体で1つの行動を取っている。つがいのようには見えない。」
「恐らく、我々と同じく連携行動を取るか。」
「若しくは巡回だな。片方が死んでも残りはコロニーへ情報を持ち帰る。」
「ううん、オヤジさん、この中入ってて、カニィヤが守るから。」
「オレの体より小さいって。で、どうするんだ?2体同時にやっつけるのか?」
腕組みをしたアルカルブは答える。
「いや、何もしない。」
「なぜだ?一気にやっつければバレないんじゃないか?」
「それはそうだな、センザキ。マルバノキ、説明してやれ。」
「はい、まず私達はこのつがいがどこから来たのか、どれほどの規模のコロニーがあるのか、そしてこの種自体の本当の姿を知らない。まずは識るべきだ。」
「うむ、カニィヤ。まずは目標の観察を始め、スケッチ及び我々の図鑑に収録されている種のうち、近似種の検索、わかるだけの身体構造に生態、観測出来るだけのものを観測しろ。兵器使用不可。光学照準器はマルバノキの偽装後に認める。」
「はい、隊長。」
「マルバノキ、車両停止後にサマタによる偽装を開始。ヨサルは私と共に臨戦へ。」
「了解。」
そしてセンザキに振り返る。
「センザキ、我々がこの区域に到達し58時間が経過しての初遭遇だ。恐らくこの種がここの支配権を握る。キッチンでのお前のように。つまり頂点だ。彼らの巣の位置を特定し観察を終えるまで、恐らく3日はかかるだろう。」
「「隊長、7日ください。飛行経路の予測を計算出来ました。」」
「よし、7日だ。我々は配置から動けない状態になる。世話を頼む。」
「はい、隊長。」
太陽系第三惑星では、数万年ほど人類が見かけ上の頂点としてその地表に君臨していた。それゆえ、自分たちより強大で、目に見えて太刀打ちが難しい、もしくはなす術もなく圧倒、蹂躙される、同胞以外の存在は自然現象以外に知らなかった。
ここ命球では、太陽系第三惑星人の肉体は余りにも脆く、儚く、ルリローやアンカラ、今マルバノキが展開を始めたサマタが無ければ、濃すぎる酸素により急速に酸化し、燃え尽きてしまうほど、ひ弱だ。
そんな太陽系第三惑星人が、彼我の体長比凡そ1200000:1の巨大生物、それも未知の生命体の巣、その中にいる全個体と戦うことになる。
センザキの発言のように先制で偵察を見事に撃破出来たとしても、数千から数万に及ぶ同個体、それも偵察ではなく戦闘用のものと戦い続けられるだろうか?
ヒト種は1日、およそ24時間中に数度の栄養補給と睡眠を必要とする。それらを解決できたとしても、その資源はどう準備する?得るものが無い場合は?
未知のものと戦うには、確かな情報が必要だ。
そして、太陽系第三惑星人支配区域を拡げるために選定された騎士隊ヒラカワラには、それ、つまり偵察を行う為の技能に特化した騎士がいる。
「「隊長、おおよその位置が特定出来た。ヨサルを出して。たぶん3日。情報は既に送ったよ。」」
「「確認した。マルバノキ、ヨサルにサマタを頼む。センザキ、ヨサルに携行食を、7日分だ。」」
脚走型のウサギを駆るヨサルは、当然本人も走ることに精通している。振動を起こさずに行動することも。ぜネロジオやポデアの無い、肉体と技術のみで太陽系第三惑星で人類は歴史を紡いだ。同じことを、行うだけ。
かちゃかちゃ。
防毒用のフィルターとマスクに簡易衛生キット、7日分の携行食を袖の無いジャケット、タクティカルベストや腰のポーチにしまう。
「ヨサル、気をつけて。」
カニィヤと自身の髪を圧延、鍛造したものをホルスターにしまう。
抱き寄せて、唇を重ねる。
「お前と、赤ちゃんのためにも無事に帰ってくる。隊長達をしっかり守ってやってくれよ。」
「うん。」
「では隊長。」
「ああ、ゆけ。」
音も無くヨサルは駆け出す。
「ラプリマに応援や本隊の派遣を頼まないのか?」
「我々がその応援であり、本隊だ。そのためにウサギを四機受領してある。」
「あと数刻でヨサルが目標コロニーに到着します。」
「よし、予定通りに行けばあと2日と半日だ。センザキ、暇ならヨサルを出迎える食事でも考えておけ。」
「はい、隊長。」
─────
異物が視界に入る。カニィヤの計算通りの位置だ。走る速度を落とし、乱れる呼吸を整え、歩行へと変える。
目標の大型生物は複数が頻繁にコロニーの表層を動き回っている。
更に近付くと、木々の香り以外に、異質な、濁った匂いが混じる。防毒マスクを被り、口元のポケットにフィルターをつけ、その口を閉じる。
まずはカニィヤの予測した生物種との相違を確認する。光学式の双眼鏡で覗く。頭部、胸部、腹部に分かれた体節。頭部には一対の触覚、額の中央と一対の複眼、口部は両脇にハサミ状の顎肢、大顎に小顎がある。胸部は背側に二対の、前翅と後翅、三対の脚部を持ち、腹部にはその先端に管が先端を覗かせている。
手早くスケッチした後、足元の樹皮をナイフで薄く剥がして身に付けてゆく。身体が木の香りに包まれる。
続いてコロニーの形状を確認する。強靭な顎で噛み、剥がされたであろう樹皮が幾重にも折り重なっている。複数の異なる木から噛みちぎられた樹皮が鱗のように並べて貼り付けられている。
「見事なもんだ。」
更に数体が表層の穴から姿を現す。手元の計測器、簡単なつくりの、出っ張りを押し込むごとに紙へひとつ、点の打たれる機材で数えてゆく。コロニーの全体を把握し、確認出来るだけの、動く個体数を記録して。類稀なる動体視力と、視認した個体とその他を判別する能力で、ヨサルは学園在籍時に偵察の技能を持つ騎士となった。
「むぐ、むぐ。」
センザキの作った、圧縮した生地を噛む。ふんだんに使われて舌先にも感触のある砂糖生地の中には、甘酸っぱい果実が刻まれて入っており、柔らかく甘い生地の中で異彩を放つ。目はコロニーを凝視する。現在表層で何らかの作業を行なっているのは、つまり一般兵だ。その中に、主に胸部の装甲が厚いものが混じっている。それを別に計測する。こちらが目下、優先目標となる、上級兵。
「んく、ん。」
小瓶の封を剥がし、どろりとした粘性の高い内容物を飲む。砂糖水を煮詰めて、香草で清涼感を加えたもの。本来ならこれを水、炭酸水、酒などで割って飲むが、偵察任務であり、極端な臭素を発生させる排泄行動、排泄物を減らすため、原液で飲み、排泄物は布で受け、容器で圧縮する。
かち、かちかち。
狩に出た個体が戻って来る。記録する。最初に発見した2体は隊長の予測通り斥候だろう、一般兵のペアが3組、規則的に飛び立って、戻って来る。今戻って来た狩の組は一体。
この「生態調査」を夜間も続け、ヨサルは2日目の夕方に半刻の仮眠を取った。
「あむ、はぐ。」
特別に赤い紙の貼られた包みを開け、中の生地を噛む。砂糖と果実が主な材料だった携行食が、香辛料と鶏肉のものになる。その歯応えと噛むたびに染み出す、レモンの香りの香草と唐辛子に胃の活動が活発になり、気力が増す。
「がり、ぱり。」
丸い、粒のままの黒い胡椒を噛む、清涼な刺激が口内、鼻腔と胃袋を満たす。
「ん、ん。」
鶏の肋骨から煮出したスープに、これまた唐辛子を加えたものの詰まった小瓶から口を離す。
「っし。」
包みと小瓶に封をしてポーチにしまい、ヨサルは再び足元の樹皮を剥がし、身に付け。
「あぐ。」
口にも咥えて、噛み締め樹液で胃袋と肺を満たす。
ぱさっ。
どたっ。
装備を捨て、防毒マスクのフィルターを換えてお守りを胸に、ランサーのホルスターを腰に、コロニーを睨む。
「行くか。」
─────
巣穴の入り口で外敵を見張る個体の、目まぐるしく動き回る複眼を観察、スケッチを行う。本来、頂点に立つ捕食者には外敵など存在しない、同種、もしくはこの区域の外より来たる天敵を除いては。つまりこの監視役は、自分達と等速かそれ以上で動く対象に反応する。それでも気取られた時点で待っているのは確実な死。ヨサルは監視兵の複眼の行動パターンを把握したため、その眼の焦点がよそを向く時に歩を進めた。異物が目に止まったとしても、動体で無い限りは判別しづらい。
かち。
防毒マスクに反応がある。複数の監視役のわきを通り抜け、内部に潜り込んだヨサルは濃密な毒素が充満している事を実感した。壮大な量の、排泄物が硬化して黒く、コロニー内の各部を補強しているためだ。腰の右ポーチから替えのフィルターを取り出す。
「へううっ。」
喘ぐように息を吸い、止める。
ぱちっ、しゃっ、しゅ。
防毒マスクのフィルター弁を開き、抜き取り、替えを入れ、弁を閉める。
「すぅ。」
少しずつ鼻から息を出して、呼吸を整える。
育房、つまり産み落とされた卵が孵化し、給餌され蛹となり、その繰り返しで成体となるための保育器がある。
かち、かち。
それぞれの房に産み付けられたものは、その役割により成体となるまでの期間が変わる。何層にもある育成房の、頭部から識別できるおおよその成体の種別ごとに個体数を記録する。
次の育房層に進む。内部の温度と湿度が更に上がる。
「っ!」
マスク越しに口を押さえる。女王だ。
6層はあったはずだが、こんな表にまで上がってくるとは!
一般兵や戦闘特化の個体と違い、腹部が細く見えるそれは、いくつもある育房のうち、先の仔が抜け出たそこへ、産卵管を差し込んでいた。
─────
「ふむ、女王が表層へ上がってきているのか。」
「一般兵がおよそ四千、戦闘特化のものが一千、うち孵化直前のものが合わせて二百か。」
「よし、よくやったヨサル。カニィヤとゆっくり過ごすと良い、48時間は自由に使え。」
「はい、隊長。」
「うう、ヨサルぅ。」
ヨサルとカニィヤを見送り、3人は会話を続ける。
「僥倖だな、産卵の時節とは。」
「なんだ、つまりやっつけやすいってことか?」
「それは、そうだが。マルバノキ、説明してやれ。」
「そうだな。センザキ、例えばこの先お前が結婚して妻との間に子が生まれる。」
「そりゃそうだな。きっと俺に似て男前だ。」
「ふふっ。」
「笑うな隊長。だが、最初の子が大きくなってから母が2人目を身籠もって、生まれる前にお前は死んでしまった。母を見守る子の前で、悪人がその母親を腹の中の赤子ごと殺そうとする。どうなる?」
「そりゃオレが出て行ってやっつける!」
「ふふっ、お父さんったら。」
「気を引き締めろアルカルブ。その子は、命に変えても母を守ろうとするだろう。それが今回の駆除対象だ。つまりは死兵だ。」
「やっぱりラプリマに応援頼んだ方が良くねえか?」
「センザキ、ラプリマの騎士隊は主に誘引された龍を駆除する事を目的としているのだ。コロニーへ攻め入り、駆除するには経験が無い上に、その騎士隊を動かす資源も足りない。それにラプリマを守る手段が無くなってしまう。」
「よく言った隊長。それにセンザキ、勇者は今クルルガンナの星姫との対話、交渉を行なっている。」
「ああ、あの青っちょろいゲンザンか、デートの時に渡すものを聞かれたからよ、ホットドッグでも持ってけって言ってやったんだ。」
「もう、お父さんったら。デートなんだから花束でしょ。」
「お前達の初めてのデートで、マルにプリンを作らせて持たせたのオレなんだぞ!」
「やだー!お父さんだったのー!」
「こいつは不器用でよ。卵も─。」
「お前達…。」
深くため息を吐いたマルバノキは、恋話を始めた妻と父を後にした。
─────
「よぅ、遅かったな。」
48時間後、2人だけの寝室から出たヨサルとカニィヤは、密閉した食材転換容器に入れられた素材を、据え付けられたダイヤルを回し調整して転換するセンザキを見つけた。
「アルカルブ隊長から正式な通達が出るとは思うが、もう一度走ってもらう必要がある。」
「ああ。」
「うん、今度は私も守ってあげるね。」
「そうだ、オレ達全員でお前を守る。2人は今ウサギの調整をしている。お前達も制服に着替えたらハンガーへ行け。オレはもうしばらくこいつと睨めっこだ。」
「ああ、ありがとうオヤジ。」
「うん、オヤジさん。」
「あのなぁカニィヤ、いくら家族たぁ言え、もう少しきちんと服を着ろ。」
「えへへ。」
オヤジに言われたので、カニィヤのシャツのボタンを留める。
「きゅうくつだよぉ。」
「我慢しろ。アル姉に怒られるだろ。」
オヤジは食堂車ではなく、ハンガーへ行くように指示を出した。カニィヤを強く抱きしめて、オヤジを見る。
「その作戦の通告は無かった。なぜだ?」
あの量の龍を相手にするんだ、オレ達も無事じゃ済まないことくらいわかる。
「くっくっく、そいつは我らが隊長に聞け。」
オヤジはまた、食材転換容器の目盛りと睨めっこを始める。
全員で玉砕する前の、最後の晩餐じゃ無ぇだろうな…。
「ヨサル、怖い顔…。」
「大丈夫だ。オレが守ってやる。」
ハンガーへの扉を開ける。
ギュアアアア、チィィィィン!
女神の邯鄲により、高密度に圧縮された罪人の魂は、それだけでしなやかさと強度を保った鉄となる。そのウサギに秒速5.千回は回転するドリルで穴を穿ち、回転するベルト状のヤスリで研磨を行っている。
「ちょっと大人しくしてろ。」
「ううう。」
入り口に吊り下げてある作業用の半袖をカニィヤに着せる。
「これも着けろ。」
「これ嫌いだよぉ。」
すると青白く輝くガスシールドのアーク光まで見える。
「よし、ここで待ってろ。」
「脱いでいいよね?」
厚手の長袖ジャケットと遮光ヘルメットを取る。
焦る。
ドリルの音とアークの光は止まらない。
オヤジはオレが走ると言った。そのオレが何も通達されず、今2人はウサギの調整をしている。
カニィヤを抱いて眠る前に、知らなければいけない事があったんじゃないか?
飛散防止用の衝立を抜け、叫ぶ。
「隊長!マルバノキ!」
思わず声を荒らげる。
オレは、いつも蚊帳の外なのかよ!
「ん?どうした。」
「声を上げるとは、駆騎士キミタケの教え子らしくもない。」
2人は、それぞれのウサギに装備を取り付けていた。
─────
「なんだ。自分だけ置いて行かれた気分になったのか。あぐ。」
「ごめんアル姉。けど部屋を出るまで連絡も無かったし。」
「そういう所はガキの頃のまんまだな、わはは!」
「ヨサルはそこがかわいいの!」
「ぐうう。」
「とにかく今は食事中だ。作戦の話は後にしろ。」
大人しく、テーブルの上のバスケットに手を伸ばす。
適度に温められたパンは、昨夜からテーブルに放置されていたので、水分が抜けてカサカサとした手触りを与えてくる。
テーブルの中央に置かれた、角切りのバターを1つ取り、パンに乗せ。
「あぐ。」
大きく口を開け、噛み付く。乾き切ったパンに脂肪分のあるバターが絡み付き、口内を満たす。咀嚼のたびに唾液が溢れ。
「ん、く。」
コップに注がれたミルクを一気に飲み、パンを流し込む。
「ぷはっ!」
口の中を傷付けようとするパンも、それをやわらげようとするバターも、白いミルクが全部、流し去る。
「ん、ん。」
カニィヤはオレの悩みよりも、皿に盛られた豆をフォークで突き刺す事に集中している。
どれだけ成長しても、中身は子どもの頃のままの愛しいカニィヤ。
こいつが無事でいられるなら、何だってやってやる。
─────
キャリイイィ、キュラキュラ。
ハンガーのハッチに付いた鎖を、カニィヤのウサギと連結したウインチが巻き取ってゆく。
「「コネージョ、ソルタンド。ヨサル・ヒラカワラ。」」
ウサギのシリンに立ち、走る光がオレを登録された騎士と確認する。
「「あ、あー。通信のカニィヤです。騎士ヨサル、いつでもどうぞ。」」
「「行ってくる。」」
シリンを軽く踏み、ウサギを歩かせる。
目を閉じて暗いハンガーから、開けた大地、樹表へ。
目を開く。青い空が眩しい。
たん、たんたんたん、たたたたたた。
ウサギを軽く走らせる。
ほどなく、コロニーが視界へ入る。ここからは監視役のものでなくとも、全ての目標の目に留まるだろう。
シリンを強く踏み込む。速度を上げる。右足つま先を左へずらし、上へ。
「「始めるぞ!」」
ガキィン!
つま先を一気に中央へ下げてから右上へ跳ねさせて、ウサギの限界速度を引き出す。コロニーへ一気に近付いたことで、監視役が反応し、黄色と黒の龍の群れが向かってくる。
─────
「「始めるぞ!」」
騎士ヨサルの合図に合わせ、ウサギへ。
「パフィルフェメ ネイガ。」
バクゥン、ギャリギャリ。
ウサギの腕様補助関節が、自前のものと、増設した砲門を展開する。
「アルタ ファラ。」
キュイ、キュイキュイキュイキュキュキュ。
砲門と連結したウサギの回転内燃機関を高速で回す。
「ミ テナス サンダリガン─。」
ガキィン!
片側16門、左右合わせて32門の砲塔全てに、補助腕が黒鉄の延長銃身を連結させる。
「パフィルテニラ レヴ ラ マルテロン─。」
ウサギの内燃機関により生み出された運動エネルギーが、砲身基部へ大気を圧縮させてゆく。
アルカルブは、鼓膜、頭部に保護用のヘッドセットを装着する。
─────
「「始めるぞ!」」
ヨサルの合図が来る。もうしばらく、私の役目は先だろう。
ウサギの各部を再点検する。
─────
「「始めるぞ!」」
ヨサルの合図がきた!慌ててオヤジさんの身体を押す。
「はやく!はやく入って!」
「うおお、そんなに騎士の力で押すな!潰れる!」
─────
向かってくる龍の群れをすり抜けてゆく。コロニーに近付く、戦闘用の個体だけでなく、赤黒い、更に上位のもの。女王直属の近衛兵だろう。それの頭が見えた。目当ての客だ。ウサギのシリン前方に据え付けたカーゴを開き、簡易に詰められた─有り体に言えば、適当な袋に詰めた内溶液をウサギとオレ自身の身体に付着させる。
高濃度の成分調整済みハッカ油。
カニィヤの光学、音波的観測と、実際にコロニー内部へ潜入し数えた近衛兵の数は5。数千に及ぶ兵の中で、たったの5。それだけで最精鋭だとわかる。
だが、それはオレ達ヒラカワラも同じだ。ラプリマの数ある騎士隊から選ばれた自負がある。
太陽系第三惑星での記録再編局の昆虫種目録によれば、この種は女王の分泌するフェロモンにより統制される、騎士隊が隊長の命令で動くように。前回の潜入により産卵中の女王と遭遇、サンプルが回収出来たので、センザキがフェロモンを模倣し、成分を調整した。
つまりそれを全身に帯びたオレとウサギは、「別のコロニーの女王」として、「必ず排除しなければならない最優先の目標」として認識される。コロニーの直近を駆け抜け、近衛兵の眼前で。
ばしゃり。
ウサギから投擲した瓶が割れ、オリジナルの女王のフェロモンを撒き散らす。
つまり、「別のコロニーの女王」が「自分達の女王のパーツ」を奪い、投げ捨てた。
近衛兵はもとより、数千の全ての兵が、この「別のコロニーの女王」を殺そうと殺到する。
このオレを。
振り返りはしない。
ウサギの内燃機関を全開にする。
殺意を持った数千の死兵が、オレ1人だけを狙って追いかけてくる。
いい気分だ。
追いついてみろ!
オレを殺してみせろ!
駆騎士キミタケの2番弟子!
騎士隊ヒラカワラの!
このヨサルが!
お前達から!
逃げ切ってやる!
─────
「ミ エスタ ラ ─。」
ウサギから伸びたケーブルを右耳上に取り付けたコネクタに刺す。
「カンシア ネ キティオデ─。」
遥か遠く。
まばらな、黒い雲のようなものが空を覆い、少しずつ大きくなる。
「ミ ─。」
視界がウサギのカメラとリンクし、およそ5.775匹の巨大生物一匹一匹を捉え、赤い印を付与する。
「ア─。」
キュアアアアアア!
砲身が共鳴を始める。
「ディスティノーマ!」
片側16、左右合わせて32門の砲塔が、騎士隊ヒラカワラ隊長アルカルブ・ヒラカワラの砲撃型ウサギの咆哮が轟く。
ぱん、ぱん、ぱんぱん、ぱぱぱぱん、ぱぱぱぱぱぱぱぱぱん。
この時代から遥か先、ルリローやアンカラ、カネクトゥスと言った空気の振動を制御する技術があれば、そう聞こえたかも知れない。だが、今ここで行われた砲撃は、専用の防護服、ヘルメット、バイザーが無ければ、ヒトはヒトの姿を留めて置けなかった。
他者、自身の命を奪う行為を行ったものは、皆、女神の邯鄲により太陽系第三惑星と同等の質量をその手にかけた人数分与えられ、光へと変えられる。その際に放出されるあらゆるエネルギーは、光崩壊の後、それぞれ女神の手によって跳躍、脚走、指揮、砲撃型と言ったウサギにされ、それぞれへの動力となる。
つまり、砲撃型ウサギの放つ砲撃は、惑星の持つ熱そのものが由来である。
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「よし。」
轟音と閃光を確認し、マルバノキは防毒マスクを装着し、ウサギごとコロニーへ入って行った。
「ドラン、ドリン、ミア、インファノ…。」
眠れ、眠れ、愛し子よ。それぞれの育房に詰まった蛹、幼体に子守歌を歌い、眠らせてゆく。
第二層に入り、女王を確認する。
「さて、済まないが。」
ランサーのホルスターに手をかけ、
「待テ。太陽系第三惑星人。」
第三部魔導列車追撃編 前編─騎士隊ヒラカワラの戦い─ 了