第二部ワイルドハント07-5 昔日のアイナクローネ
ギャリイイィ!
星の海を渡る、異星文明の大型駆動兵器に、太陽系第三惑星人の識るこの星の海で最も安定した物質、鉄、その爪が食い込む。ただの鉄ではなく、他者を殺害した罪人の魂に、太陽系第三惑星ふたつ分の質量を与えて圧縮し、光に変えて崩壊させ、錬成した鉄の爪。
「行け!レルフ!」
Ultra Super Gigantic、ウサギ。そう元高校生の現女神、蓮坂舞ことロータス・ペンディエンテが命名した二脚兵器は太陽系第三惑星換算で全高およそ3から5メートル、重量65トン相当の質量兵器である。
「ギ エスタ イィル ─。」
それを駆るのは、騎士。振るうは、光の槍。
ヒトの命である髪を圧延、鍛造した黒の槍を急速に加圧加熱し力を与え、接触対象を光に変える。
「喝采を浴びよ。テンタ フラウ。」
第二部ワイルドハント07-5 昔日のアイナクローネ
さああああ。
反陽転斥力エンジンと仮称された部位を赤熱させ、暴走を始めたそれを数台のウサギで蹴り上げ、高空で爆発させる。放出された膨大な量の熱は、大気の組成すら掻き乱し、雨を降らせる。
「オルフ、我々はこの街も、救えなかった。」
「何シケたツラしてんだよレルフ。しっかりカタキは取ったじゃねぇか。」
勇者ゲンザンがクルルガンナ星姫と婚姻を行なっていくつかの月が廻った後、突如として侵攻を始めた彼らクルルガンナとの戦いで、太陽系第三惑星人は既にその総人口を7割ほど減らしていた。
「ったく、しゃあねえな。景気付けてやるよ。」
オルフは腰に吊り下げた簡素な弦楽器を持ち上げ、掻き鳴らす。
「暗く冷たい光の海にゃ─♪」
適当な調子の、うろ覚えの女神の詩を歌い始める。ひとしきり降った雨は流れ、模倣太陽が射し始める。
レルフはそれを見つめ、オルフとの出会いに想いを馳せる。
─────
坂と川の町、リリ ピノア。なだらかな丘の上にあったその町は、龍の駆除後に運ばれる素材を織布、衣類の前段階のものに転換する織人町だった。
丘から降ると、これも太陽と同じように模倣、再現された小川が流れている。
転換され糸となった命の残滓は織られ、布となり、これもまた転換された染料で染められる。この染料はいくつかの工程を経て小川に流され、黄色、赤色と日々川に色を付ける。その川は最終的に再転換されまた染料となる。いのちは回る。レルフは川べりに腰掛け、それを眺めるのが好きだった。
「あーんだレルフ、またためーはそこで川見てんのかよ。」
「うん、オルフはまたケンカしてきたの?」
「へへっ!今日はあのデカいの蹴飛ばしてやったぜ!」
薄手のタンクトップに半ズボン、肩には染める前の布を巻いたオルフは、レルフの隣に立ち、腰に下げた簡素な弦楽器を手に取る。
「暗く冷たい光の海にゃ、オレ様オルフがいてござい〜♪」
適当な調子の、うろ覚えでめちゃくちゃな内容になってしまった女神の詩。はじめこそ嫌がったものの、レルフはだんだんと、それをここで聞くのが日々の楽しみになっていた。
─────
「ねえオルフ。」
いくつかの年を重ねたある日。
「なんだ?どうしたよ?」
「ぼくね、騎士になろうと思うんだ。」
2人とも、地元の学園で既にコルソから初等生へと進級をしていた。
「んだよ。やっと決めたのか。オレはもう付き合って、いつエンゲージしようか話してる子がいるんだぜ。」
「うん、オルフの事はずっと見てたから知っているよ。」
「あんだそれ。そろそろお前もぼくなんて甘えた話し方はやめて、大人みたいな話し方しろよ、騎士になるんだろ?」
「そうだねオルフ。私、でいいかい?」
「うわ、急に変えられてもなんか気持ち悪いな!」
「ふふ、オルフが言うならそうするよ。」
────
「ひと目見た時から君から目が離せなかった。君の歌声、話す時の唇が頭に焼き付いて心酔してしまう。どうか私と、ぼくとエンゲージをしてほしい。」
「レルフ様…、はい!喜んで!」
誓いの口付けを交わす2人。
「いやーついにお前がエンゲージするなんてな!騎士おめでとうよ!」
酒場で、力強く熱い手に背中をどんどんと叩かれて、ぼくはオルフを見る。
「まさかずっと心に決めてた子がいたなんてな、隅に置けねーなレルフこの野郎!」
「ああ、ずっとエンゲージしたいと思っていたんだ。」
「ああ、レルフ様…。」
「私の事はレルフでいい、もうエンゲージをしたのだから。」
「はい、レルフ!」
「なんだなんだもうノロケてんのかレルフ!じゃあ一曲歌ってやるよ!」
エンゲージを交わした女の肩を強く抱く。思わず指にも力が籠る。
簡素な弦楽器の、適当な調子でうろ覚えの詩が始まる。
「オレの連れのダチ坊レルフが─♪」
ゆっくりと立ち上がり、妻となる女の手を引き、離れる。
「なんだ?歌ってやってる最中にカミさん連れて行ったのか。」
ひとしきり歌い終わったオルフが目を開くと、席には誰も残っていなかった。
─────
「騎士隊、陣構え!目標直上!」
クルルガンナ星人の保有する対惑星文明兵器群は多様であり、太陽系第三惑星人文明の総人口は8割強を戦火に飲み込まれていた。当然、数ある騎士隊、その構成する騎士も。
さああああ。
雨が、降っている。
勇者の閃光により融解した、クルルガンナ最後の破壊兵器の熱が、雨を降らす。
あの丘の上で。
「レル、ぐ、ぷっ。」
「もういいんだ、休め。」
腕の中で息絶えた、半身とも呼ぶべき愛しい友を寝かせ、腰の簡素な弦楽器を取る。
この丘の上で。
女神とダクトロが歩いてくる。勇者はいない。
弦に指をかける。オルフのように。
演奏するのは初めてだが、いつも見ていた。間違えるはずもない。
「暗く冷たい光の海にゃ─♪」
─────
ゲンザンに邯鄲をかけて、アウタナに手を引かれて雨の中を歩むと、聞き慣れたあの騎士の演奏と歌声が雨音の中聞こえてくる。いつものめちゃくちゃな調子に、いつもの外れた音程の詩。
「やめぬか、オルフ──。」
声をかけようとした時、光の槍が騎士の胸を貫いた。
─────
「これが、クルルガンナ解放戦の最後、そして当時の生き残りがフェルカ プリンテンパを好む理由じゃ。劇団文化再生会の演者に劇伴、演出脚本にも感謝するのじゃぞ。うむ、言いたい事はあるじゃろうが。まずはこの放送に「いいね!ボタン」を押して、ワガハイの「女神むかしばなしチャンネル」を登録するのじゃぞ!レルフは己にランサーを行ったが故に、まあ自害じゃな。その罪故にウサギとなったのじゃが続きがあっての!さてここから先は会員限定じゃ!」
机の上に置いた小さな箱の放送に、ノイズがかかる。
「あーん見れなくなっちゃったよー!」
「ほら、髪も乾きましたしおやすみしますわよ。」
「ふふ、父には詳しい話を聞いた事は無かったからね、ぼくも興味深いよ。」
「そのレルフハ、何故祝いの席ヲたったのダ?」
「決まってイル、下手な歌ヨリ妻と交わりたかったノダ。」
「はいお待ち、ダクトロ1人お連れしました。」
「ただいま戻りましたご主人様♡」
元の姿のエプリシアからフラウを受け取って、抱きしめる。
第二部ワイルドハント07-5 昔日のアイナクローネ 了
レルフはオルフに好きって言えたら良かったのにねーーーーー!!!




