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第一部中編実地演習、間話イ食対応


暗く冷たい光の海で

あなたの影を追い続け

私はとうとうあなたになった

そんないつかの

どこかのだれか

  


      

           「実地演習」


チチチ、チチ…目を覚ますと、ベランダの手すりに設置された模倣小鳥が鳴いています。何か重たくて柔らかいものが掛け布団ごと、わたくしの上に覆い被さっていて、ぐっすり眠れたはずなのに、肩と首がこっています。たまらず身を捩ると、身体に覆い被さっていた温かい塊が、か細い声をあげました。

「だめだよ、私のお姫様。まだ朝も早いじゃないか。」

「どうしてわたくしのベッドにエウトリマがいるんですの…あ痛。」こめかみのあたりがズキン、と痛んで押さえると、ベッドシーツのあちこちに、ぶどうの匂いのする赤いシミをたくさん見つけました。

「とにかく、おどきなさい!ってば!」エウトリマの両肩を掴み、押し込んで引き剥がそうとすると…どさっ。何かの落ちた音。

「うええぇ、いたいよぉ〜。」ふにゃふにゃとした愛らしい泣き声をあげて…。

「ダリアさん?」確認するために、仰向けの姿勢から上体を起こして、ベッドの端からずり落ちたものを見ると、彼女は胸元を隠すシーツ以外、いっさいの衣類を身に付けていませんでした。

「んまーっ!はしたない!せめて下着くらいお付けになってからお休みになられなさい!」小さい子を叱るように声を上げると、何かを探すように、わたくしの身体をまさぐる手が生えてきました。

「んひっ!何ですのこの手は!おや、めなさいっ!」色々な所を触られてしまったので、ぴしゃり、とその手をはたきます。

「ふふ、私のかわいいご主人様。君もあられもない姿をしているじゃないか。」シーツから顔を出したエウトリマも、見たところ、何も身に付けていませんでした。

「あなたたちー!わたくしを酔わせて、いけないことをしたんですのー!?」床に転がっていたぶどう酒の瓶を並べて立たせ、わたくしはふたりを正座させます。

「だって、リラちゃんいつもはする方だし、今日くらいいいかな〜って。」

「そうだ!特に私は君と過ごす初めての夜だ!少しくらいいいじゃないか!」ダリアさんはともかく、エウトリマは話しながらボルテージが上がってきたように見うけられます。飛びかかられる前になんとかしな


「お嬢様〜、教官から工程表の認印をいただけましたよ〜!いつでも出発できま〜すぅ〜!」リーナが「レジーナ」のお店の1階、はしごの辺りから、わたくし達のいる2階へ呼びかけてきました。

「今、何時ですの?」

「ねてたからわかんない。」

「君の鼓動を聞いて数えていたよ。今はちょうどヒトマルサンマルだね。」

「はァ!?起こしてくれなかったんですの!?」

「ああ、君の寝顔を独り占ぶぇっ。」張り倒しましたわ。すうぅぅ…大きく息を吸って

「はぁっ!」裂帛の掛け声とともに緑の雷をまとい、エウトリマとダリアさん、わたくしの身だしなみを整えて、2人を担いで一階へ飛び降ります。

「あー、昨日はポデア使わないでヒトの技術だけでお料理してたのに〜。」

「ダリアくん、彼女は便利な力に染まり切って堕落したんだ。」背中から聞こえる声を無視して。

「おはようございますわ、リーナ。」いつものように、横髪をかきあげて。

「はい、お嬢様。」リーナは一礼したあと、洗面台の蛇口を左回しにする。バコン!鏡や配管ごと洗面台がドアのように開き、地下一階への階段が現れる。

「さあ、参りましょう。」

コツコツ、よく音を響かせる石造りの階段を降りる。ふしゅうう、しゅう。荷台のある大きめの台車から、そこから伸びた革を首に巻いた、「レジーナ」の1階と2階の地上部分を合わせたくらいある、大型の二足獣が鼻を鳴らして出迎えてくれました。

「おはようございますわ、ぴーすけ。」くぉうわ!ぴーすけと呼ばれた獣も大きく口を開けて返事をします。「「コネージョ、ソルタンド」」ぴーすけの鼻先を撫でてあげていると、3人がそれぞれのウサギのシリンで起動手順の再確認をしています。

「リラ坊はやらないのか?」整備をして、機械油に塗れたドンに聞かれました。

「おふたりを、信用していますわ!」

「そいつぁ嬉しいな。」ガスがスパナにべっとり付いたを拭きながら、わたくしのウサギの下から顔を出しました。

「よーしヒヨッコども!てめえらのチームにゃ直接オペレーションに参加するのはたったの4人だ!けどな!」レジーナお母様、いえ、店長、いいえ、元ワイルドハント副隊長が。

「そこのぴーすけも、ドンもガスも、そしてこのウサギの転換元になった邯鄲の柱も!それを行った女神!今日この時まで「レジーナ」でmpを消費して貢献してくれたお客さま方!…そしてこのアタシ!以って二千四百三十一人の代表として!」隊長はひと呼吸置いて、

「この隊のアタマはお前だ。アセデリラ。」頷いて、一歩前へ出ます。

「名前を付けろ、この二千四百三十一人の。」

ぴーすけの頭へ飛び上がり、叫びます。


「ダンサンカ、ブーケ!」舞い踊れ、束の花!


クォォワ!ぴーすけが大きく身体を震わせて、口を開きます。ぴーすけの頭にポデア無しで立つていたわたくしはバランスを崩し…

「そのまま、もう少し耐えてください、お嬢様!」カリカリカリカリ!複数の黒い棒を咥えたリーナが、光の速さでわたくしだけを見ながらスケッチしています。仕方がないので、カッコいいポーズを続けていると、アウタナと…フェイさんが生えてきました。にょきっと。


「ブーケの除幕式はラプリマだけでなく、クルルガンナ全域に放送してあります。」

「はァ!?野盗を偵察してから、一網打尽にするのではありませんでしたの!?どうしてクルルガンナ全域に!?」コツ。石床を踏むヒールの音。

「「レジーナ」での業務にあたり、少しは物事の先を見て判断と行動が出来るようになったと聞いていましたが、まだまだですね。」隊の4人は、わたくしも含めて即座に敬礼。

「は!ワスレナ教官!」視線だけで返事をした教官は、わたくし達より先にレジーナお母様、店長に向かって敬礼をします。

「お久しぶりです、副隊長。」

「よせよ、アタシゃもうシリンを降りたんだ。」

この会話…教官もワイルドハントでしたの!?女神もですけど、お母様や教官まで…生きた神話、生きた伝説が身近に多すぎてわたくしは少しめまいが。ふらっとした所をダリアさんとエウトリマに支えられます。


「私が思うに、野盗にわざわざ私達の顔や装備を知らせたのは…。」エウトリマが唇をつまみながら。

「お待たせしましたー!」軽い足音を立ててハンガーに入って来たのは…

「ただいま、ぺんぺん。」

「おかえりなさい、フェイ。」ぺんぺんとフェイの2人は抱きしめあって…くちづけを交わそうとした時、ぽんぽんぽん、お2人の間にたくさんのお花が咲きました。


「いけませんよいけませんよ2人とも。」アウタナが割って入ります。

「愛し合う2人の邪魔をせざるを得ないのは、このアウタナ・セリフラウとしても、たいへん!たいっっっっへん!!!心苦しいのですが!」その本当に悔しがるアウタナの肩を叩いて、レジーナお母様が

「水色のはダクトロに、紫のはドッグランに出るんだよな?つまり2人のぜネロジオは、どちらも未熟すぎる。今エンゲージを交わせば、お互いのぜネロジオが溶け合うのは当然だが、先へ進めなくなる。お前らの目標はディエナの駆除と、ラプリマに囚われた魂達の解放だろ?」

「ええ、今エンゲージを交わしてしまえば、お2人はただのコルソとして、ラプリマの片隅で静かに過ごすことになります。」冷静になったアウタナがその言葉を引き継ぐ。当のぺんぺんとフェイの2人は、もう一度抱きしめ合っている。わたくしは、ちょうど中等生へ上がる時期にエンゲージ出来ただけであって、もし早ければダリアさんとエウトリマと、ただ毎日をおしゃべりして過ごしている未来もあったのかも知れません。そう考えると身震いしてしまいます。静かで、安全で、平穏ではありますけれど、ただ毎日をそうやって過ごすのは。そんなわたくしの両手をそれぞれ、ダリアさんとエウトリマが握ってくれました。強く握り返します。

「さて、話を元に戻します。」教官がシャープな赤いメガネを指先でクイっとしながら…

「何のお話でしたっけ?」シュパァン!わたくしのおデコに、いつか受けた謎の衝撃。ふらっとしたわたくしに目もくれず教官は、ランタンしか灯のない暗いハンガーに、赤に光る円形の図をいくつか浮かばせます。

「こちらの球の集まりが、結成式の中継で映されたアセデリラ達。そしてこちらが。」教官は更に緑の光る円を、どう見ても平面ですので円ですわ。球ではなく。

「こちらが映されなかった初等生のペンタスとフェイです。この2人は名のブーケのメンバーではありますが、野盗からすれば名も無ければ、顔も無い、ただのラプリマ住民で、「レジーナ」にmpを支払い飲食をする二千四百二十七人のうちの2人、という認識になります。」

「つまり、どういう事ですの?」

「火の通りにくいお野菜を炒めたあとで、通りやすいおにくを入れる感じかなあ?」

「更にこんがらがりましたわ。」

「ふふ、君はそのままでもじゅうぶん美しいよ。」スパァン!足元にはっ倒されたエウトリマが転がってくるのを見ながらレジーナお母様が

「ワスレナ、コイツらに何を教えてんだ?」そう聞かれた教官は、深いため息のあと、

「初等生の2人は理解しているようですので、この3人と…。」教官はスケッチを続けるリーナを見て。

「そこの1人も合わせて4人が、単にアホなだけですね。」


よくわからないまま作戦会議?が終わってわたくし達は

「あのおふたりは別行動みたいですし、わたくし達はそろそろ出発しますわ、教官。」

「ええ、あなた達に一番足りないのは、圧倒的に実戦経験です。とにかく暴れに暴れて、ダンサンカブーケの名をクルルガンナ全域に轟かせなさい。」

「アイマム!」元気よく荷台に乗り込み、二足獣に引かれて出発する4人を見て、ワスレナはまた、ため息を吐いた。

「おいおい、そんなにため息をてるとこの先疲れるぞ。」ドンが声をかける。

「まさかまた、アンタとワスレナのウサギを弄るなんてな。」第二ハンガーから出て来たガスが声をかけたのは

「ケッ、ガキンチョの子守りをアタイがやる日が来るとはね。」ワスレナとは別の人物だった。


ずしん、ずしん、ごろごろごろ。巨大な生物が地を揺らし、更に巨大な荷車を引く。顎が前面に突き出た、全身の骨格より分厚い頭部の骨格、それを覆う筋肉は更に厚く、その噛む力、咬合力は並々ならぬ事を、そのスケールと無数に並んだ歯によって、説得力を持って想像させる、2本の後ろ脚はシャープな形状ながらも筋肉と靱帯、強靭な皮で構成されて、2本の短い前足が生えた─頭部から伸びた胴体はその勇壮なシルエットを、巨体を形作る。胴体ほどの太さの尾部は、頭部と胴体を合わせたよりも長い。太陽系第3惑星に於いては、その星の、悠久の時の流れに、ほんの一瞬姿を現しただけだが、後に星の主導権を握ることになるヒト種が勃興し、発見した彼ら、大型生物の足跡に畏敬の念を表し、こう呼んだ。ティラノサウルス、レクス。

アセデリラはぴーすけの頭を撫で、まぶたのあたりを掻いてあげる。すると嬉しそうに喉を鳴らす、ぐるるるる。

「それにしても、女神はどうしてこんな愛らしい生き物を、命球に見出したのでしょう。」

「…アセデリラ、君はコルソの頃、座学は寝て過ごしていたのかい?じゃあそこ、ダリアくん、持ってきた教科書の、「誰でもわかる命球のれきし」24ページの「熱」を読んでくれたまえ。」

「はーい生徒会長〜、ええと。」荷台に張った幌布の上でわたくし達は、実地演習の間、座学の復習をしています。

「ああ、ジョゼフィーヌ!きみのひとみにぼくはむねが16ビートをかなでているよ。」「ええ、わたしもよアルガベンタ!」ふたりのねつはろうそくをとかすほど…あべっ!」

スパァン!思わずはっ倒します。

「あなた何の本読んでますの!」

「いたたぁ…だって熱って聞いたから、「恋の熱」かなって。」ダリアさんの持っていたのは成人した女性向けのコミック本でした。

「あーなーたー!それをおよこしなさい!まあ!カバンに教科書らしきものが入ってませんわ!」ピンクの、お花が彫り込んであるペンのほかは…コミック本と丸めたウサギの武装案を描いた紙や…。

「やっと分厚い教科書が出てきましたわね…どれどれ。」花柄のカバーの付いた、このカバンの中で一番分厚い本には、薄く伸ばした生地を丸めて焼いたお菓子や、あっさりした甘さの木の実を、細かく砕いて生地に練り込んだクッキーに…

「ああ、これは私も家にいる時にいただいた事がある。チョコがほろ苦いんだ。」お菓子のカタログでした。

「それでこちら、少しお高いですわね?」

「リラちゃん、何とかわたし達で作ってみよ〜よ〜。」


お嬢様達は、実地演習で単位が免除になるとはいえ、もうお菓子の本に夢中のようです。こんな晴れた青空ですし、仕方ありませんね。それでは私も…。スケッチブックを閉じて、カバンを開き呟く

「バンヴォル、レスパン ミ…。」反応が終わると立ち上がって

「お嬢様〜、実はこのリーナ、試供品を頂いてきています〜!ささ、おふたりもぜひ〜。」


ずしんずしん、ごろごろごろ。荷車を引いて、獣は歩く。


「ラプリマのあるクルルガンナは、開けた広大な平原のように感じられるが、実際は一本の木の太い枝に過ぎず、その中央にあるラプリマは、さらに木の枝から生えた細い小枝でしかないのである。」


命球地理誌、その前文を読み上げるアセデリラ。

「教科書にもありますけれど、最初にこの事実に気付いた太陽系第3惑星人、わたくし達の祖先は頭が痛かったでしょうね。」


「それは、そうでもなかったそうですよ。」リーナが食べかけのバゲットを、荷台とぴーすけの周りに張り巡らされたルリローから外へ高く放り投げると、すぐに黄色く、赤くなりました。

「座学で聞いたことはありましたけど、目にすると違いますわね。」高濃度の酸素による急激な酸化、と教科書に書いてありますけどちんぷんかんぷんですわ。

「ほんとーに直火で炙ったみたいになっちゃうんだね〜。」

「女神がルリローという概念自体を命球に持ち込むまでは、第3惑星人はどれだけの人数がこの天体にたどり着けたとしても、絶命するしか無かったんだ。」さすが生徒会長ですわね…。

「あの女神、マイちゃんは、ほんとうに…。」リーナは、女神と小さい時からの友達であるかのように、独り言を呟いて、空を仰ぎます。

わたくしも同じように青い空を見上げました。視界にかけられたポデアを解除すれば、いく筋もの白い光の線が走る、この強烈な赤い光の渦を。




「「回り込め、アセデリラ!」」エウトリマの指示。

「せいやあああああ!!!」ランサーを展開したまま、駆け抜けます。3対の脚部それぞれを切り落とし、そして。

「トドメだ!ダリアくん!」

「ミィ、ア…。」目が、合っちゃった。真っ黒いこの子の、真っ黒い目は、よっつあって、それぞれの目の中に小さい目がたくさん、たくさんあって、その目が、ぜんぶわたしを、わたしのウサギを見てる。どこかの星で、生まれて、せいいっぱい生きて、死んで。たくさんたくさん、生まれて死んだいのちが、この命球に着いて、生まれ直して。わたしはこの目をしってる。いっぱい、ここじゃないところで。そして今。この子の目が赤くなる。マブルがはじまるちょうこう。


もう、死なせなきゃ。


「ディスティノ!」

ごめんね、きみをもう一度死なせちゃった。もう生まれられないよ。だって。


「ダリアさん!」シリンに立って、空を見上げて何かを呟いているダリアさんを抱きしめて、さらに強く抱きしめます。さまざまな龍を駆除、命を奪うたびに、ダリアさんの心は遠くへ行ってしまいそうになります。

「ふふ、痛いよ。リラちゃん。」ダリアさんの瞳は、出会った時、とてもきれいな青でした。マリンブルーと呼ばれるそうです。とても澄み切ったきれいな青、見たことのない海というものへ憧れを抱かせてくれるような。ですが、今はとても濁って、一枚や二枚ならランタンの灯も透かして見える色紙が、何重にも折り重なっていっさいの光を通さなくなるような。



ダリアさんは、少しずつ、ご飯を食べられなくなりました。



パチパチ、パチ。ぱきっ!ランサーの白熱で駆除した龍の五等素材が燃えて、質があまり良くないので、時々軽く爆ぜて音を立てます。その度に目を閉じていたぴーすけが鼻を鳴らし、また眠りに付きます。外縁部は枝の先、と言うだけあって空間自体が開けていて、夜間。あくまで女神が命球に引いた光の線によってもたらされた、光の屈折によるかりそめの夜。ということですけども、ここは確実に冷えます。

「もう、わたくし達ふたりだけでも、この演習を棄権して、ラプリマへ戻りましょう。」さらに4日をかけて、ある種の五等級コロニーを破壊したあと、わたくしは決めました。

「しかし君も、ダリアくんも騎士ではなくなってしまうよ。」

「ええ、それでも、もうわたくしのわがままだけで、ダリアさんの心を壊すわけには参りませんわ。」腕の中で震えながら、目を必死に閉じようとするダリアさんの頭を撫でます。

「2人で、静かに暮らしますわ。」


シャリィィン!


何か金属どうしが擦れる音。振り向くとそこには、焚き火の炎に照らされて。

「あァ?アタイのシマを荒らしてンのはアンタらか?」どさっ。彼女が放り投げたのは…

「ぺ…!ッ!」声が、いいえ、身体自体が動かせなくなっていました。ペンタスさんとフェイさんの2人はズタボロで、わたくしと同じように、身体の自由を奪われて、うめき声すらあげられません。

「ハデに駆除をやってるアンタらの裏で、コソコソしてたコイツらも、ブーケとやらのだろ?」

つまり、2人を結成式で映さなかったのは、別働隊という事でしたのね。

恐らく、リーナとエウトリマも動けなくされているでしょう。

「こんなヒヨッコどもがアタイの野盗団を捕縛するたァ、えらいフカしてくれたモンじゃねぇか?よォ?」彼女は手に持った、穂先に多数の丸い金具が付いた杖を垂直に立て、両膝を曲げて腰を落とし、わたくしの顔を面白そうに眺めます。彼女は口を大きく開け、先の割れた舌でわたくしの頬を。

「フラト!」

彼女が杖を鳴らした時、既にダリアさんの姿は、わたくしのポデアにダリアさんの赤を乗せた雷の残滓以外ありませんでした。あの状況でここまで動けるなんて。そして、繰り出されたダリアさんの左ストレートは。

「何だこりゃ。」炎熱と緑雷、エンゲージしたことでダリアさんのぜネロジオにわたくしのものが混ざり合い、幾く匹の龍をもまとめて粉砕したはずの、そのポデアをまとった拳は。


「ちびっこのお遊戯大会か?」


指先一本で、止められていました。


「まあいいか、アタイのソノリロから逃げたことは褒めてやる。」

シャリィィン

彼女が指先を鳴らすと、もう一度杖の輪が鳴り、ダリアさんは腕をだらん、と垂らしてしまいます。

「それで、だ。最初は優しく撫でられてるお前かな、って思ってたんだけどよ。」彼女はわたくしの頭を掴み。

「そんなお前が命を燃やして守ろうとしたコイツをよ。」

シュアアアア…!

少し、15レグアは離れた所から、微かな風切り音のあと、空気が震えてきました。

彼女はケァケァケァ、と笑って。

「今の聞こえたか?腹ァ減らした龍がいてよ。ヒトを食わしたらよ。うめえうめえって食うんだよ。」

わたくしを振り回すように持ち上げた彼女は

「というわけで、コイツはエサだ。じゃあな。」


野盗のリーダーらしき女がリラちゃんを連れ去って、少し後

「リポ、ズィ…!」フェイが絞り出したポデアによって、あの女のソノリロというポデアが解除されて、わたしは倒れ込む。

「ダリア、くん…。」エウちゃんが全身を抱えながら、それでもこっちへ歩いてきた。

「あの龍の声は、およそ14か15レグアだ。奴がアセデリラを連れて向かうとなると、それまでに追い付かないといけない。」

「私たちが襲われた時にあの女が騎乗していたウサギは、ダリアさんのと同じ跳躍型でした。」身体を抱きながらペンタスが言っている。

「脚走型なら追いつけるが、そのウサギを扱える彼女は。」唇に爪を立て、血が滲むエウちゃん。

「私のウサギも脚走型です。追い付いて、あの女を。」その続きは口にしなかったけど、この場にいる全員が同じ意見だった。奴を駆除する。

「君たちが邯鄲の柱になる必要はない。それは一番の責任を持つ私の役割だ。」


「「コネージョ、ソルタンド」」

全員がウサギのシリンに立ち、認証をする。

「「私のウサギに、ウサギごと乗ってください!飛ばしますよ!」」

ペンタスくんのウサギが駆け出して、私は通信を開く。

「「ぴーすけには、君たちに追従するよう指示を出した。私のウサギは足の遅い指揮官機だ、ダリアくんにペンタスくん、くれぐれも早まるな。まずはアセデリラくんの救出だけを考えるんだ。奴に追い付き次第アセデリラくんのウサギを出す。」」

「「それでは、アンカラを展開します。らー。」」



ゆりかごのルリローと、乳母車のアンカラ。この2つの違いは少ない。ラプリマのような一定数の住人が居住し、歌い手のコルソと彼らのぜネロジオにmp、女神のポイントつまり女神が命球からヒトが扱えるように還元したリソースを注ぐためのシルヴィトー、この2種類の人間がいれば、進級式に発生した特殊な状況が起きない限り、ルリローは常に展開され、龍からの食害や、数日前の昼間にメガネがルリローの外に放り投げたバゲットのように、急速な酸化を起こさずに済む。対してアンカラは、ルリローの展開限界の外に出る対象に使用される乳母車である。ぴーすけのような大型二足獣は単に複数のウサギを積んだハンガーを牽引するだけでなく、飲食店舗「レジーナ」のような施設で蓄えられたmpを貯蔵、運搬また、ルリローの中継、一時的な限界範囲の拡張のための触媒となる。

対してこの野盗であるアタイのような、ラプリマや他都市からの庇護を疑い、拒み、そしてアンカラではなく、龍にヒトを餌として与え、その際に放出される個々人の所持していたmpでルダン、カ、ファロを行うのである。

「ここまではテメーの幸せなオツムでも理解できたな?」

答えない。

「おお怖。」

女は腕を振り、配下達へ指示。

「なら話の続きだ。」

乗せられているウサギが跳ねる。

「アタイら野盗は、そんな悪いことをしてまで、ルリローの外で生きてる。おっと、なぜか?を考えさせてぇんじゃねぇ。オマエらは女神の庇護のもとで生きて、いつか死ぬ。」

着地したウサギの複雑な脚部関節が、じゅうぶんに衝撃を吸収して、その反動を使ってまた跳躍する。

「なぜ都市に住まうひとびとは、騎士も含めて、法の上でも刑死や通常の殺人が認められていねえかわかるか?」

横に首を振ると、頭に手が添えられる。

「あれが答えだ。」跳躍したウサギは、女のポデアで出来た足場を蹴り、さらに跳ねる。

通常、女神によって視界にかけられたポデアを解除すれば、空に見えるのは女神が敷いた光の線だ。しかし。


「あ…。」硬く結んでいた唇が開いてしまった。


それは、交差した2本の光の線。女神が敷いたとされる線はより地表に近い。現在「視えてしまった」線は散発的ながら、夜空に複数輝いている。


「さて、聡明とは言い難いダンサンカ ブーケの隊長は、あれがどう言ったモンか予想できるか?」


もう一度ウサギが中空で跳ねて、さらに高度を上げる。

もう、説明の必要が無いくらい、認識することができた。



「ヒトの、魂ですわね?」

 


シュタタタタタタタタ!駆けろ!駆けろ!

ダリアのウサギをシリンの上に直接乗せて駆け出したため、上部の重量を支えられず、何度もグラついた。転倒もした。逸る気持ちを抑えたまま、ペンタスはそっ、とウサギの脚を前に動かした。抱えきれないほどの重量を、頭の上に掲げたまま歩くイメージで。ゆっくり踏み出し、上げた脚を下ろして、もう片方の足を上げる。ペンタスはドッグラン出場を予定していたため、走る時は通常のヒトのように直立しての二足、だけではなく、バランスを取るために、必要に応じて、腕つまり犬と呼ばれた生き物にとっては前足を使う事もあった。もちろん、その目標であるドッグランや、他のキャットウォークなどで自身を別の存在に転換した場合、ぜネロジオにも幾分のマブルが発生するため、騎士とぜネロジオで繋がったウサギにも、多少の変化が起きる。ともあれ、それはドッグランで勝利した場合であり、今のペンタスのウサギは単なる脚走型、通常のヒトが立って歩き、走る動きにしか対応していない。しかしペンタスもまた、騎士への道を歩もうとする初等生である。彼女は数度の転倒から、加速を始めた後のシリンを、ダリアのウサギの跳躍するための足場にする走法にたどり着いた。太陽系第3惑星で言い例えるなら、走行中の電車の中で飛び跳ねても、置いていかれることはない、と言うことと同じである。

しかし

シュイイイ!

眼前に赤く発光する線が、横薙ぎに発生する。

ランサーだ。

安定して走行することに全神経を集中させているペンタスには、対応できない。

「代わって。」

ダリアが、シリンに立つペンタスの両肩に手をつき、倒立の体勢を取る。「「コネージョ ソルタンド」」ペンタスの両肩に倒立したダリアの足裏にダリアのウサギが張り付き、ダリアの動きに合わせて160度進行方向に回転、ペンタスごとウサギを持ち上げる形になり、跳ねた。


「今見たあれは、かんたんに言えば、ジュードーの巴投げだ。


一連のダリア騎士候補生の動きは、太陽系第3惑星の言葉で言えば、単なる人間が数十トンの巨石を倒立した状態で、足裏で持ち上げた、と言うことになる。当然、数多の先達が解明し続けている物理法則のあるどのような世界においても、そのような行動は不可能である。まず強度だ。人体はそのほとんどがアミノ酸と水分で構成され、骨格などにカルシウムや少量の鉱物が含まれる程度の、あまりにも脆弱な生命体である。しかし、命球に於いては、単なる太陽系第3惑星人であった女神が持ち込んだ概念、ひとびとの、歌という形で祈り、願い、呪う。クルルガンナ一帯に住まう太陽系第3惑星人に由来を持つヒトは、ダクトロ、コルソ、シルヴィトーとしてルリロー、アンカラを展開する。女神が命球の持つ力を、め女神ポイントとしてヒトが使えるように変換しているのは知ってるな?何!知らないだと!?もう一度教科書を読み直せ!とにかく、命球から説明してやる。この冷たく暗い光の海で、命球はありふれた天体だ。ただ、太陽系第3惑星人にとって予測や音波などのは可能だったものの、光学的な観測が不可能だった。ただ、あらゆるものを飲み込んで大きくなる。そんな天体に、女神が植え付けた新しい概念。─私はこの天体sagi.αに於いては女神の1柱である─つまり、おおよそ検討は付くものの、実際に行って見て触って、確かめることが出来ないのなら、どんなお偉いさんの立てた理論でも、死にかけの小娘が枕元で思い描いた根拠のない妄想でも、確かめようが無い以上、観測出来ない以上は等しく事実だってな。現にアタイらはここにいて、こうやってあの抜けてるメガネが教えきれなかった事を、こんなたいそうな状況を作ってアタイが教えてやってる。話を戻すぜ。女神の力をポイントとして太陽系第3惑星人に分配し、その天体にあっては、いち生命体として存在を到底許されるはずがない、単なるアミノ酸の塊に力を与えた。女神の力をポイントとして、すべての太陽系第3惑星に由来を持つ、個々人にルリロー、アンカラというポデアに参加させ、個人の集合体、つまり一番大きなくくりである、太陽系第3惑星人として定義した。遥か昔に太陽系第3惑星や、今見えてる星々を作りたもうたホンモノの神さまとやらも、あらゆるヒトは生まれて、老いて、病んで、死ぬ、そうヒトが苦しみ生きるのなら、あるがままを受け入れましょう、そう教えてくだすった人もいてな。けどどんなお方であっても、この天体がありますよ。ってことだけは教えてくれなかった。つまり、見つけたなら好きに使っていいってことだ。お母さんが戸棚にしまったお菓子の箱を見つけたならどうする?このお菓子はお客さまをおもてなしするためのものだから、見なかったことにするか?おいしいお菓子の箱を、フタをそっと開けて、クッキーを1枚くらい拝借したって怒られることはあるめえ?だって「食べてはいけません。」って言われてないんだからな。太陽系第3惑星は人のものである、と教えていただいた天にいまします神様も、この宇宙は曼荼羅である、と教えてくれたお釈迦様も、このお菓子の箱があることは内緒にしてたんだ。そう考えりゃあ、クッキーの1枚くらいお口に入れちゃってもいいだろう?」



「ダリアさん!代わります!」

反転しての跳躍で、ペンタスはこの芸当の仕組みを理解した。まさしくジュードーの巴投げのように、お互いの肩と手を、相手の衣服、肉体を掴み、腰を落として、引き込みながら足で突き上げる。当然ウサギはおよそ56トネラーダあり、それぞれが跳躍と全力疾走をしているのだから運動エネルギーも相当なものになる。しかしジュードーの投げ技はあくまでヒトとヒトのものであって、元来は畳などに叩き落とす時点で一連の動作は終了する。そこをウサギの機動性でエネルギーを全て生かす。

次のランサーを駆け抜けて交わし、さらに駆ける。

「「聞こえるかい、もうすぐアセデリラくんに追い付く、彼女のウサギを出すから、よろしくお願いする。」」エウトリマからの通信が終わり、また別のランサーが迫る。



「そこで、光の線の向こうにあるアレだな。覚悟しろよ、ここからが本番だ。


女神はほとんどインチキな、子どもの屁理屈で命球にヒト種を定着させた。だがやはり、この宇宙のルールもある程度守らないとな?暗く冷たい光の海にある全てのものは、ぜったいに増えたり減ったりしない。見かけが変わるだけで、目の前から消えたものは熱になり、熱は形になる。そこで女神が考えたのがアレだ。そう、あの瞬く邯鄲の柱。あれがヒトの魂と理解出来たのは褒めてやるが、何が起こっているかはわかるか?そりゃそうだよな、アタイも実際そうなるまで何なのか、実感も何もなかった。少し話は変わるが、ヒトが生まれてから死ぬまで、どれだけの「熱」を作り出すと思う?ああ?命球のヒトでいいよんなもん。まあ検討はつくだろう。全ての細胞は、活動を行う時に、お前さんが口や鼻、血管から入れた空気と栄養を燃やす。出る熱の量は抑えてるんだが、基本はたくさんだ。とにかく、生き物として発生してから、活動を終えて塵や灰になるまで、そう、塵芥。たくさんの熱を出す。ヒトがヒトの生命活動を終わらせるだろ?本来その出すべきだった熱をな。女神はあのあたりに「終わらせた本人」を打ち上げて、「終わらせられてしまった奴」が本来、自然に死んでしまうまで出すべきだった熱、殺った奴と殺られた奴2人分の熱で、肉体と魂を圧縮するんだ。わかるか?手でぎゅーっと枕を挟んでみろ、圧縮なんて、そんなこと無理だろ?それを女神はな。「うち女神やし。」って根拠だけでやりやがったんだよ!信じられるか?ええ、おい。アタイらはたくさん、とにかくたくさんだ。空に浮かぶ星くらいたくさんの、ちいせー粒で出来てる。その粒をさらに分けて、さらにさらに分けた小さい粒がある。その粒の大きさにまでヒトを小さくして、生まれてから死ぬまで、たくさん出す熱でな、燃やしてるのがあれだ。そう、そしてあの真ん中を貫いてる2本の線、あれが女神の隠し味。お前もランサーを使うんだからわかると思うが、髪は命だ。そして、女神がヒトとして太陽系第3惑星に生きてた、とある地域のとあるお偉いさんがな、言ったんだよ。「人の命はこの星と同じ価値がある。」、とかなんとか。そこで、ほんものの神様の戸棚に隠してあったお菓子の箱から、クッキーを1枚ちょろまかすような悪ガキが、何を考えたと思う?そう、あの、あそこで燃やされてるヒトはな、太陽系第3惑星と同じだけの質量を、そいつ自身と、終わらせられてしまった2人の分を持たされて、小さくぎゅーっとされて、おまけに火をつけられてるんだ。どうなると思う?そうだ、えらいことになるよな?それが女神のポイント、mpと、星2つが光にされたウサギ中心核の材料だ。

ここまで聞けば、どうしてヒトがヒトを終わらせてはいけないってわかるよな?ああなるんだ。いい人でも、わるい人でも、だ。だがこの情報を得られるのは、人の命を預かるやつだけだ。女神も意地が悪いだろ?けどな、いちおう理由はある。太陽系第3惑星で女神の住んでた地域は、重罪に対して刑死があった。それでも1日およそ60人は、他者の命を奪った。自分の首が飛んでしまうにも関わらず、だ。そう言うことが、朝におはようって起きてから、おやすみなさいってぐっすりする間に、60回もだ。理由なんてわかるかよ。だから女神は、「いけませんよ。」と言ってもやる奴はやる、ってことがわかってるから、ヒトがヒトを終わらせた時に何が起きるかナイショにしたんだ。女神からアタイらへの「お菓子の箱」ってやつさ。」


ウサギが着地すると同時に、彼女はわたくしを解放する。

「さあ、追いつかれたぜ。ついでに教えてやる。目の前の2人は、自分がどうなってもいい、絶対にアタイを殺す。って顔だ。アタイは別にいいんだが、よ?」


「「コネージョ、ソルタンド」」エウトリマのキャリーから解放されたわたくしのウサギが、わたくしの前まで駆けて、制動をかけます。


「大切な2人かお星さまになるのは嫌だろ?」彼女がメガネをかけます。


ウサギのシリンに立ち、ぜネロジオを繋ぎます。


「あなたとウサギの外見を、先程の彼女のものにしました。あの2人を無力化して、そのウサギを完全破壊してみせなさい。アセデリラ・アルマコリエンデ。」彼女のいた所には、ワスレナ教官がいました。


「アイ、マム。」




      「読者の皆さまへ    閲覧注意

       2ページほど、暴力表現と

        ダリア様と、ペンタス様の

      激痛を伴う描写がございます。

      お読み飛ばしいただくことを推奨します。

      

       内容は、お嬢様が2人を痛めつけます。」

  

春の一月、お嬢様のエンゲージから11日目 リーナリーア

────────────────────────────


     「「命を奪いに来る者との戦いは、龍を相手にするより、血が滾る。」」

ウサギのシリンに立つと、ゲンザンの言葉を思い出しますわネ。

すぅぅ、はぁぁ。深く息を吸って、同じ時間をかけて、息を吐く。

視界の先、2レグアほど先に、脚走型の軌跡。

すっはっすっはっ。短く息を吸って、短く息を吐く。次第にペースを上げて、呼吸とぜネロジオがわたくしの中でリンクする間隔を狭めて。すぅぅぅ。四肢にポデアの雷を励起。


「貴様ァァァ!!!」激情のまま、ペンタスがウサギの運動エネルギーを乗せて突っ込んで来ます。

「はっ!」ウサギをペンタスのウサギに合わせて併走させて…見なくてもわかリますワ。陽動ネ。

「ミ テナス サンダリガン…。」カナーノに収束する、ダリアさんの黒鉄の方陣。

「じぇあァァァあ!!!!」紫の、星のポデアをまとったペンタスさんの爪と牙、

「アラアラ、そんなすっトロい動きでドッグランに出るノ?(あなた、そんな殺意を剥き出しにしたら動きが単調ですわよ。)」蹴り、突き、噛み付き、掴み掛かり、一連の攻撃を全て躱されると、ペンタスはこちらに合わせて併走を始めます。

「ディスティノ!」死角からダリアさんの一撃。

「アナタアナタ、動きが教科書通りデスネ!(この実地演習で身に付けた連携、確かに龍に対しては有効ですわね。ですが、わたくしにとっては、つまらないものですわね。)」ダリアさんの銃撃も狙いは正確過ぎて、避けるのは簡単でした。シリンがファルタポテンカによって再結合される刹那、

「イタダキ!(せいやあああああ!!!)」ファイアリングピンから脚部に再変形していた片足を、青の(緑の)鎖で縫い止め、駆ける動きのまま、レピアー(わたくしのウサギの機体名)で踏み砕きます。

「ゼァああァ!!」ペンタスが再び肉薄して、繰り出される右腕、元々のわたくしでしたら、この挑発に乗っていたでしょうね。あの、邯鄲の柱で劫火に焼かれる魂を見るまでは。

「フラト!」右背後から、握り拳ではなく、完全な必殺の意思を以って水平に突き出される、四指を揃えてのポデアをまとった超高速の左貫手、それを半歩身体を左横にズラして躱し、

「マッ!」右の肘を曲げて、伸ばし切ったダリアさんの左腕を捉え、同時に。

「あああ、がああ!!」パキィ!乾いた、何の感動もないただの。

「ダリアさんんんんッッ!!!」肘関節が割れ、腕の筋肉が半分千切れて、皮と靱帯だけで繋がることになることを告げる音。腕を抱えて姿勢を崩した所に、間髪入れずに緑の雷を纏わせた回し蹴り。パカァン!両肩を脱臼させた音。何回も転がったダリアさんの動きに注視するより先に、レピアーをダリアさんのウサギに突撃させる。

「グルゥアウ!」もう腕ではなく、前足と呼んだ方が適切な動きで組み付いてきたペンタスに左足を食い付かれます。

「オイシイ?ワンチャン!もっと食ベテ!(駆騎士の脚をこの程度で潰せるなんて、浅はかですわね!)」ストッキングとふとももの皮が食い破られ、赤い血肉が露出します。けれど今のわたくしはこの痛みこそ、正常な喜びをもたらしてくれます。さらに噛み付いて筋肉を食い破ろうとする動きに合わせて。

スタァン!

ダリアさんの腕を破壊したのと同じ、緑の雷を纏った平手を、牙を立てて食い付いて、つまりその喰らいつく瞬間だけは完全に動きの読める頭部の両耳、正しくは両耳の穴に垂直に叩き付けて、鼓膜と三半規管を完全に破壊します。両耳からぴゅー、と液体を垂らしながら、ペンタスはふらふら、ふらと2、3歩動いて、糸が切れた人形のようにパタリと倒れました。

「殺、してや、る…!」振り向くと、顎と膝の動きだけで、顎を上げ、下ろし、首を引く動きと腿と膝の動きを合わせて地を這うダリアさんの姿でした。


「アラあら、殺すだなんて、ふふ、まだそんな元気がおありでしたのね?でしたら、その両脚を切り落として差し上げますワ。」

わたくし自身の声に、何か違和感が。

「うん…?何かおかしイですわね?」

「まあいいですわ。死ナない程度に刻みましョう。」


ふふ、と春の柔らかい日差しの中を歩くように、微笑みながらダリアさんに向けて足を踏み出した時、何かの光の線が、走り。


「スタニト、メイタゥナ、ローサ、ミアーネ、スペギュエラ、フィガ、ファロブランチェスドオア!!!」


小石、朝露、手鏡、イチジクの葉、木の枝!!!


この天体に来るまでに集めた、さまざまな星系の、知的生命体から回収した恒星と星の熱、その結晶体を触媒にお嬢様を拘束します。


「何秒持つかわかりません!」


「まったく、ペンディエンテは!」


ワスレナはウーンラァンが拘束したアセデリラ騎士候補生へ、炎熱と湖水の方陣をそれぞれの拳に纏わせ、同時に叩き込む。


ド、サッ。倒れ込んだアセデリラ騎士候補生の四肢に、鎖のポデアをかけ、

「まさか、この段階で覚醒し、フェイダクトロ候補生のものとはいえ、軽々とアンカラごと肉体へ損傷を与えるとは。観察中はどうでしたか?ウーンラァン。」

「はい、直前まで安定していました。私の試算でも、あと2劫はかかるはずでした。」

「となるとやはり、2人の強烈な殺意に反応して、自然と目覚めたのでしょうね。」


教官とリーナと名乗り、そう呼ばれていたはずの、私達と同じ中等生のはずの女性は、この凄まじい攻防と、私が見たことのない、ポデア以外の技術でアセデリラくんを拘束し、ダリアくんとペンタスくんに、やはりどの系統にも属していない、私が知らないと言った方が正しいポデアをかけ、2人の肉体を完全に修復した。

その教官が私へ向き直り

「想定外の事象が発生したため、エウトリマ・ヤポニカナ士官候補生へ、アセデリラ・アルマコリエンデ騎士候補生の持つダンサンカブーケの隊長権限を現時刻を以って移行、女神の承認も得ましたので、これに伴い第三級機密指定文書の閲覧制限を解除、内容を口頭で伝えます。まずは…。」

教官は私の頭に触れ、視界にかけられていた、2種類のポデアを解除した…。




話し声がして、目を開けます。


「今、説明しました通り、アセデリラ騎士候補生には、2人を守るという正しい動機がありました。しかし、殺意に晒されて。」

「ええ、そうですね、教官。あれほどダリアくんを愛して気遣っていた彼女の姿は…ダリアくんの苦痛の表情と、血に酔っていた。」

「正直私も恐怖しました。彼女の目的は2人の無力化でしたが、「彼女」が目覚めてしまい。ただ、そう仕向けたのは私です。すみませんでした。」

「先生、私ペンタスがぐちゃぐちゃにされて、いくら殺意に反応して暴走したって聞いても、心のコントロール難しいんだけど、勝てる?」

「恐らく不可能でしょう、今の拘束された彼女でも、あなたの今の空間制圧能力では抑えきれません。」

「今のアセデリラくんは…安定しているのでは?」

「表面上はそうです、が。励起したぜネロジオをまだ抑えきれていません。」


エウトリマとフェイは、それぞれダリアさんとペンタスを抱きしめて…じゃら、四肢を拘束している鎖を引きずり、近寄ります。

「あの、ごめんなさい。わたくしが。」

「ごめ、ん。ごめん、なさい、アセ、デリラ、さん…ころす、なんて、言って、ごめ、んなさ、っく、い。今は、ごめんうぇ、ぇぇぇ。」ダリアさんがわたくしを見つめる目は、とても怯えていて、エウトリマの腕の中へ隠れてしまいます。

「あと一カ月は、私のぺんぺんに近づかないで。」一時的にでも、人間らしさを失ったペンタスさんは、目を閉じてフェイの腕の中でら、ら、らと音程のそれぞれズレた音を口から出していました。


「あの、あの時のわたくしって…。」ぺたん、と座り込んだまま、リーナに、何をどうきけばいいのかわからないまま訊ねます。

「それはお嬢様が、「殺戮大公」の孫娘だからです。」

「さつ、りく…?」お祖父様が…?


「コルソの時に学ぶ、命球と女神、クルルガンナ一帯の歴史は全員が授業で目を通してはいたでしょう。」教官が、パチ、パチと鳴る焚き火を囲んだ皆さんに話し始めます。

「本来は、ダリアにペンタス、フェイのスケラでは閲覧出来ない情報ですが、「殺戮大公」そのものと交戦したのですから、制限する必要は無いでしょう。先程、ダリア騎士候補生とペンタス初等生の修復に使用した「邯鄲」もまた機密指定一級なのですから。」


「かつて、女神は太陽系第3惑星に由来を持つヒト種を率いて、一本の木と、その一帯に巣食っていたさまざまな龍を、文字通り一匹も残さず駆除しました。これが一般的に教育過程で学ぶクルルガンナ解放戦です。しかし、今説明した事は事実の半分でしかありません。ダリア騎士候補生、何か口へ入れなさい。フェイも、ペンタスにスープを。そうです、2人ともあまりのショックとストレスに心が揺らいでいるだけ。少し落ち着きましたね。では、ここからは…アタイが説明してやる。そうだ、アタイがワスレナだ。あの空に瞬くお星様になっちまったアタイを忘れないように、ワスレナが作ったアユーガだ。それより、すまなかった。お前らには焚き付けて、本当に悪かったって思ってる。それぞれの本気を見たいから演技したんだが、エラい事になっちまったな。ほら、ダリアにペンタス、ウサギさんクッキーだ。ワスレナの身体で作ったから上手に出来てるかわかんねえけど、よ。よし、食べながらでいい、聞いてくれ。いくぞ。クルルガンナ解放戦で太陽系第3惑星人が根絶したのは、龍だけじゃねえ。とりあえず、命球がとにかく大きい事はわかるな?ラプリマは一本の木の上にある。校舎の中庭、カフェや街角にある模倣植栽は、ラプリマのある木を小さく再現したようなもんだ。まあとにかく、命球がこの1枚のウサギさんクッキーなら、よっと、クルルガンナは今砕いたこの小さな粒より、はるかに小さい。そして、女神と太陽系第三惑星人みたいな、他の星で命球を見つけた生き物、女神みたいなのがいたんだ。わかるな?あのちっちゃいけどヤバいやつが他にもだ。それで、そういうのが命球にやってきて、その星人と暮らし始めるだろ?当然アタイら太陽系第3惑星人も命球にいる。たまたまな、出会っちまったんだ。かんたんに言うと、「レジーナ」みたいな広いお店で、お前が1人で料理を食べてるテーブルに、知らない人が座ってきたって考えてみろ。どうだエウトリマ?そうだ、「広いんだから他の空いてるテーブルに行ってくれ。」ってな。ああダリア、言いたい事はわかる。仲良くおしゃべりしたいよな。けどどっちもすんげえ酔っ払ってて、どっちもたまたますんげえ機嫌が悪かったってならどうだ?そうだ、大げんかだ。このテーブルはオレんだ!何を?もともとこっちが座ってたんだ!ってな。そこで、大げんかでノックアウトしたんだ。それでそのげんこつが、そこで鎖に繋がれてるアセデリラのじいちゃんだ。そうだ。アセデリラのじいちゃんはとんでもないげんこつ。今回の実地演習の目的は、お前ら全員を限界まで追い込んで、ディエナを駆除できるまで鍛えることだった。特に、戦場では前にしか進めないアセデリラをな。そうだ、お前らが提出して、ワスレナが認証のハンコをついた工程表にも、アセデリラを重点的に鍛える旨があったな、で、お前らとワスレナにアタイのやりたい事が重なった。アタイが焚き付けて、ダリア、ペンタス、それにエウトリマとフェイ、お前たちにアタイへの殺意を抱かせた。で、アセデリラと戦わせようとした。殺意を向けさせたんだ。勘違いはしていないと思うけどもう一度言うぞ、アセデリラはお前らを止めて、女神の敷いたルールからお前らを守るつもりだった。そしたらアセデリラの、じいちゃんの血が目覚めて、お前ら2人をノックアウトしちまったんだ。だから、悪いのはアセデリラじゃなくてアタイと、私、ワスレナです。ですから、どうか、彼女を怖がらないであげてください。」


みなさんがわたくしを見ます。恐れと、畏れと…鎖に繋がれている猛獣を見るような、憐れみの…。ダリアさんが、いっぽ、近付いてきます。可愛らしいおててを口元に当てて。そんな目で、わたくしを…両腕で鎖を引っ張って、じゃらら!と音を立てて

「それ以上、わたくしに近付いて、そんな目でわたくしをご覧になるなら!噛み付きますわよ!」怖がって、くださいまし。畏れて、くださいまし。エンゲージを、破棄してくださいまし、あなたと過ごしていたあの日のわたくしは、もう還って来れないのです。

「わたくしは!殺戮大公の孫娘で!他の星人を文字通り殺戮して!その方法がすべてぜネロジオに記憶されていて!わたくしのぜネロジオからの声に!呑まれてしまう心の弱い生き物で!すぐに手が出て!ダリアさんもエウトリマもよく張り倒して!先程なんて、ダリアさんのフラトのあとに行ったことも!ペンタスさんの耳を破壊した時も!わたくしは、わたくしのぜネロジオだけでなく、わたくしの意思で!」


「すぅぅぅ。」ダリアさんが大きく息を吸います。

「はぁぁぁ。」ダリアさんは大きく息を吐きます。

「でぃすがす、にん、んっ。」死が2人をわかつまで。エンゲージの宣誓の、結びの句。わたくしのあごをつまみ、柔らかい桃色のくちびるを押し付けてきて、そのぷるぷるのくちびるが離れて。


「リラちゃんはわたしのだから。ぜったいに、離さない。」


もう一度口付けを交わして、一歩下がるダリアさん。

「ぺんぺんとフェイには悪いんだけど、わたしのリラちゃんに文句があるなら、わたしに言って。それと。」

ダリアさんは、いつの間にか近付いていたエウトリマの背中を押して。

「おいおい、私は自分で前に進めるよ。」

エウトリマはわたくしの髪をゆっくり撫でて

「そんなに涙を流してしまって、美しい君の瞳が真っ赤に腫れ上がってるじゃないか。ふふ、鎖に繋がれているから、今は私を叩けないね?私は、君の祖父の事を知っていたさ、いつか、君が、祖父の力に呑まれてしまう事もね、けど。ディスガス、ニン…ん、ふふふ。私だって、君を離すつもりは無いよ。私だけのお姫様。」


エウトリマが下がったあと、フェイさんとペンタスさんがわたくしの前に。

「私はまだ、許した訳じゃないけど。」

「私が、お願いしたんです。」

「私も、アセデリラ先輩を貴様って言って、ごめんなさい。太もも、もう痛くありませんか?フェイに止められてたので、今、私も。」治療のポデアを、ストッキングが破れたままの、きれいに傷が塞がったふとももへ。そしてペンタスさんは、鎖に繋がれたわたくしの手を握って。

「なかなおり、いいですか?」

「ええ、わたくしからも、お願いいたしますわ。」手を握り合って、握手をします。


そして

「ふふ、お嬢様のぜネロジオが安定しましたね。鎖を解除しますよ。」

いっせいに四肢の戒めが解かれ、フラついたわたくしをリーナが支えてくださいます。

「リーナ、あなたには…。」わたくしの唇にリーナの人差し指が当てられます。

「私はお嬢様の従者です。今までも、これからも。」


クオォォォ…

空気が震えて、2度の振動が大気を揺るがします。

「「もう限界だ!抑えきれない!!」」

「「アユーガの姉御!くそ!演習が終わったら!たすけ、があああ!!!」」


即座にエウトリマが号令を掛けます。

「ダンサンカ ブーケ、各員ウサギに騎乗、ラプリマ外縁部残存コロニー及び龍の駆除を再開する。」


「ティオ!」


シリンに立つ、「「コネージョ、ソルタンド」」ぜネロジオをウサギと繋ぐと、

「「アセデリラ、私の「ソーサー」に君の「レピアー」を従属させる。暴走が起きた時の…

「ええ、こちらからもお願いいたしますわ!」ガクン!レピアーが膝をつき、沈黙。キュイイイイ、レピアーが再び起動します。「「コネージョ、ソルタンド」」


スタ、タタタタタ。レピアーを駆けさせます。


「「よし、君以外はすでに、コロニーから溢れ出した龍の尖兵と交戦を始めている。龍はアーメフォーニの一種だ。他の皆にはコロニーを空にするよう通常個体を誘導してもらい、君には。」

「ええ、お祖父様のぜネロジオを、有効活用させていただきますわ。」眼前はすでに、みなさんが戦闘を行なっていらっしゃいます。アーメフォーニ。武装した妖精。例えばセンテルデの、クルルガンナ近辺生息種の個体は、成体の体長がおよそ8レグアなのに対し、フォーニ、妖精と名の付いている通り、成体でも0.1レグア程度しかありません。各個体は他の龍種と比較した場合、脅威度は低めです。

「ごめんね、だけど!」ダリアさんがディスティノの爆風で薙ぎ払ったり、

「らー。」フェイさんが敷いた泡に触れただけで絶命します。しかしフォーニ種の最大の武器は。

「「ソーサーのレーダーに感あり!3時の方角から「波」が来る!」」指揮官機として、脚部の爪以外全ての武装を、索敵と指揮用の通信機で固めたエウトリマのソーサーが「波」を感知します。

「先輩!「ええ!」ペンタスさんとわたくしのウサギが併走し始めた所へ

「それでは、失礼します。」リーナのポデアがふたりのウサギをまとい。わたくし達はリーナの炎と、ペンタスさんの星、わたくしの雷それぞれを合わせて

「行きますわよ。」

「ティオ!」2人のウサギの速度を落として、ギュアアアアアア、ギイイイイイイイ、通常の駆動機関を脚部と切り離して回転、さらにシャコシャコシャコシャコ!脚走型にのみ内蔵される、筒状の内燃駆動機関を高速で限界まで上下させて、脚部と連結させて解き放ちます。


「ミ クラ ジス ティウ サスティビア!」


ミ、クラ。私は走る。駆け出すウサギ。

ジス、ティ、ウサセティビア。あの夕日まで。炎に包まれるウサギは、ペンタスさんとわたくし、それぞれ輝く星と緑の雷のポデアの軌跡を描いてフォーニの「波」に突撃し、牙を躱し、顎から放出される酸を弾き、無数のフォーニの群れを駆け抜け、


「セラ!」


2人で叫び、ウサギで引いたポデアの軌跡を起爆。

およそ3レグアに及ぶ爆発により、夜空が明るくなります。


「えへへ。」お笑いになるペンタスさんに

「どうされましたの?」

「また、先輩と一緒に走ることができて、嬉しいです。」本当に、嬉しそうに

「ああ〜、もう!なんて可愛らしいんですのこの方!抱きしめて頬ずりしたいですわぁ〜!」思わず叫んでしまうと、ペンタスさんのウサギのシリンに、フェイさんが泡のポデアで何重にもアンカラを作り、

「「だめ、ぺんぺんは私のだから。」」

「「こほん、そろそろ次の「波」が到達するよ。アセデリラ、君はこのままコロニー内部へ突入し、母体を叩いてほしい。アルマコリエンデのぜネロジオではなく、君だけのポデアを見せてほしい。」」

「「ティオ。」」まったく、わたくしのお姫様は、やる気にさせるのがお上手ですわね。エウトリマは続けて

「「波」が発生する複数の箇所から、コロニーの大まかな位置を特定できた。ダリアくん、大きいのを1発お願いする。それと、アユーガの部下はワスレナ教官が救出に向かっているので心配は無用だよ。」」



「「リラちゃん、今エウちゃんから射撃位置の指定が来たよ。あと3 90秒。コロニーの中をナナメに貫くから、そのまま突っ込んで。」

「「ティオ。あと、帰ったらあなたの好きなオムレット、いっぱい作って差し上げますわ。」」レピアーを完全に静止させて、キュイイ、ギュアアア、キュオオオ!通常駆動機関を小刻みに回転させて、次第に回転数を上げていきます。

─おい!アナタ!あの女はもういいの?

わたくしのぜネロジオから、声がします。その声を掻き消すように、さらに回転数を上げていきます。グオオオ、グオン!グオングオン、筒状駆動機関へ切り替え、シャコシャコシャコシャコシャコシャコ!お腹にズシン、と響くほどの通常機関から、筒状機関で軽い音に変わったことにより、また声が聞こえてきます。─あんなくだらナい龍の群れより、悲鳴を上げて逃げ惑う方をいたブる方が楽しいヨ?。

「見つけましたわ。」

ぜネロジオの中に潜む、お祖父様から受け継いだ、お祖母様の。



「すうううう。」リラちゃんのように、深く息を吸って、

「はああああ。」吐く。

─さっきのキス、カッコよかったよ。

「久しぶり、ダリア。」─うん、久しぶりだね、ダリア。「リラちゃんの中にも、誰かいるのかな?」

─私にもわからないよ、でも。私はそろそろあなたに必要なくなるかな?「

そうなの?さみしいよ。」

─いいの、それよりいいこと教えてあげる。あなたはまだ、いくつもカナーノを作れないけど。



─アナタ!ワタシはアナタの!

「いいんですの。お祖父様にあなたがいらしたように、わたくしにも、いい人がいますのよ。それもおふたり、近いうちにご紹介して差し上げますわ。」



「ミ テナス サンダリガン パ…。」我は、白檀の銃把を握り…。

─カナーノはひとつだけ、ウサギもひとつだけ。一度撃ったらファルタポテンカでシリンに戻るけど。そこをね。

「レヴ ラ マルテロン…。」激鉄を起こせ…

─知ってる?このウサギを撃つ仕組みって。

「ラ マスタロ…」

─太陽系第三惑星人がね


「…ディスティネンデ!」 ─手に持って、使ってたんだってさ。


「高速の連射、本来、太陽系第三惑星での早撃ちとは、いかに早くホルスターから銃を引き抜き、目標に命中させるか、と言う一対一の勝負などで使用された技法でした。命球に於いては、拳銃にあたるウサギは巨大すぎるのもあって、「いかに高速でウサギを連続使用できるか」、という方法で発展しました。お嬢様とエンゲージしたダリア様は、銃身であるカナーノはひとつしか精製できません。そこで、銃撃後のカナーノを湖水のポデアで瞬時に冷却して、連射を成功なさいました。それよりも、ご覧ください!レピアーで駆け出したお嬢様がダリア様から抜いた髪をお受け取りになられ!銃撃の弾痕に突撃なさいました!私はげしっ!残りのフォーニを!ばしっ!駆除しなければ!ギャリリリ!いけませんので!シュバアアア!こちらの!シアア!追従カメラで!てやっ!お楽しみくださーい!ちぇあああ!」


ダリアさんの銃撃でえぐれた樹表から、わたくしはコロニーへ突撃します。地上で使ったサスティビアを使えば、爆発で生き埋めになってしまいますので、レピアーの前面に装着された物理的な細身の刺突剣、太陽系第三惑星人がかつて使用していたもの、を使いフォーニなどを薙ぎ切りにしていきます。

「「フェイです。私のアンカラでは、あと5分程度しかもちません。それまでに母体を発見して…どうか、ご無事で。」」「

「ええ、じゅうぶんですわ。」」しばらく駆けていると

「「私だよ、地表はほぼ制圧した。が急に残りの個体が君の穴に入った。恐らく母体が呼んでいるね、近いはずだ。私達もすぐに──、」」

通信の最中でしたが、一際黒く、大きい個体の群れが向かって来ましたわ、恐らくは近衛兵ですわね。相手をしている時間はありませんわ。わたくしはレピアーを自動操縦へ切り替え、飛び降り、駆け出します。


バグゥン!樹木の繊維の間に白いタマゴが入っていて、その中の瞳がわたくしを見つめます。キュウウウウ!上!四肢のポデアを励起させて壁面を駆け上がり。

「捉えましたわ。」

ザシュウ!いくら母体とはいえ、アーメフォーニの小さい身体では、わたくしの手刀には耐えることは出来なかったようですわね。


「意外とあっけなく終わった母体の駆除にほっとしたお嬢様は、レピアーが近付いて来たのを発見します。「あら、あの数をこんな短時間で?まるで騎士でも乗っているかのよう。」

「「─そうだヨ。」」

お嬢様が跳ね飛ぶと、そこには氷壊のポデアが軌跡を描いていました。

「「ゲンザンのウサギは、ワタシも動かセる。」」

「あらあなた、お祖父様に怒られてしまいますわよ?「勝手にワシので火遊びするな!」って。」

「ほザけ。」

執拗な突進攻撃を躱しながら、お嬢様はウサギ(と中に潜む誰か)を挑発されます。

「わたくしのぜネロジオに「いた」と言うことは、ぜネロジオをシリンに繋いだ時にウサギに入っていましたわね?」

「「そレで何にナる。」」

ウサギ(と中に潜む誰か)が氷壊のポデアを起爆!いえ、氷の柱が無数に生えて!

「「セラ。」」

氷の柱が次次に砕け、その全てが時間差でお嬢様に向かって!

「ふふ。」

あれ!お嬢様笑いました?今お嬢様お笑いになられましたね!?お嬢様は尚も微笑まれながら、木漏れ日の庭園をお散歩でもされるかのように氷の飛礫をお避けに!?いえ、お嬢様はただ、普通にお歩きになられて、まるで氷の飛礫がお嬢様に道を譲るかのように見当違いの方向へーーー!!!???

「命を奪いに来る者との戦いは、龍を相手にするより、血が滾る。」

お嬢様は、大旦那様の口癖をー!?

「「ゲンザンの言葉を、口ニするナァ!」」

ウサギは氷壊のポデアを纏った氷の刺突剣となってお嬢様を!!え、あれ!?まるで棒高跳びをするかのように舞い上がったお嬢様がレピアーの上に!?

「あなたに、生きているヒトの目でもあれば、わたくしの動きが見えたかも知れませんわね。」

お嬢様の緑の雷を纏った手刀が!今ウサギの片脚を切断しましたァーーー!!!これは痛恨ーーー!!!ウサギ(と中に潜む誰か)にとってはウサギを降りて戦えない大ピンチーーー!!!

「今のは、ペンタスさんの分ですわ。」

おぉっとーーー!!!私の愛するお嬢様ーーー!!!アセデリラ・アルマコリエンデが今ーーー!ご自身の肉体を奪って傷付けた方のお名前をーーー!!!!!

「「ゲェアア!!」」

これは効いている!これは効いているぞーー!!!暗雲立ち込める嵐の空を!切り裂くのは緑の雷ーーー!!!!!いま、正義の怒りを纏った回し蹴りが炸裂ーーー!!!ウサギ(と中に潜む誰か)が派手に錐揉み回転だぁーーーー!!!これはダリア様が受けた屈辱の意趣返しかーーー!!!???

「今のは、ダリアさんの分ですわ。」

言ったーーー!!!!!今、愛するエンゲージ相手の!ダリア・アジョアズレス様が受けたッ今世紀最大の辱めへのッ意趣返しだと!!!そして、この復讐劇のクライマックスはー!!アレが出るのかーーーー!!!このリングに上がる前に受け取った、愛の!命のランサーを!!必ず生きて帰る!わたくしはあなたの好きなお料理、オムレットを作ってあげる!その約束を果たすために今ーー!取り出したーーー!!!愛の証ーーーーーー!!!!!!死が2人をわかつまでーーーーー!!!!!必殺のランサーだーーーーーーーー!!!!!!!!

「「ゲェェェンザァァン!!!」」

「アカプ、マールタ、サーフェ。」

ウサギ(と中に潜む誰か)の咆哮が世界を揺るがすーーー!!殺戮大公の名前だーーーー!!!それに対して我らがお嬢様はーーー!!!死も苦しみも受け入れよーーーーーー!!!!女神がまだ人間だった頃ーー!太陽系第三惑星で!生老病死!四苦八苦!!全ての苦しみを未来永劫!あらゆるヒトとともに!苦難の道を歩む誓いを立てたヒトの言葉だーーーー!!!そして今!愛する者を失ってなお、子や孫のぜネロジオに潜んでまで生に執着した!クルルガンナ解放戦よりの亡霊が今!今私たちの目の前でお嬢様のランサーで両断されていくーーー!!!!!!!!死も苦しみも受け入れよーーーーーー!!!!!!この言葉を以ってランサーを起動したのはっ!報われぬ厄災を振りまいた亡霊への鎮魂歌ーーーーーーー!!!!!!」



はぁはぁ、と肩で息をするリーナをはっ倒します。

「あなたリーナ!また実地演習の時の実況やってますの!!おかげでわたくし、「レジーナ」でヴィグラのオーダーに「オムレットであの戦いの再現やってくれ」ってばっかりですのよ!!!!」


春の二月 エルベラノ攻略作戦まであと7日 


ダリア03~2 イ食対応/アストロブレム攻防戦0


暗く冷たい光の海に

笑って泣いて怒って喜ぶ

あなたたちはどこからきたの?

とってもすてきね7つのお顔



春の一月、エルベラノ攻略作戦まであと4日 リーナ

────────────────────────

実地演習から帰還して3日が経ちました。お嬢様は、「アルマコリエンデ」本人ごと両断なさいましたレピアーを、完全に新造されるそうです。また、「食卓」騎士としてのおつとめに励まれているようで、少し心配になるくらいお忙しく過ごされています。

さて、本日は──


スタタタタ

ここまで書き進めて、足音を聞いたリーナは窓を開けた。


「リーラーちゃーん、もーぜったい間に合わないよー!」

「諦めるには早すぎますわー!」


お嫁さんを担いだご主人様が、寮の壁を爆走していました。

「ふふ、今朝も愛しいお嬢様はお元気ですね。」

椅子に座り、ティーカップに指を通した時に気が付きました。

「私も遅刻じゃないですか!」


慌てて寮を飛び出した学生が、街中を駆けて行く。

今日もラプリマのお天気は晴れ、少なくとも日々を過ごすひとびとにとっては。たとえ青空が、永劫に焼かれ続ける魂の、叫びの青だったとしても。

いくら命球に住まうヒト種がめいめい、コルソとして基本的な教育とポデアの使い方を学ぶとはいえ


「うぉー、タダで「生」が食いてぇー!」


欲望は尽きぬもの

いくらルリローに参加せずとも、女神から日々を生きるだけのmpが報酬として与えられる。とはいえ


「へへへ、この前のミエント駆除で手に入れて来たぜ。」

「うお、「生」じゃねぇか。」

「うへへへ。」


それはヒト種が今まで存続出来た理由であり


「でもいいのか、「食卓」を通さなくて。」

「構うかよ、お前も食えよ。このトロトロのをよ。」


逃れる事が出来ない、宿業でもある。



「「春の一月、第38日。午前10時18分、枝上都市ラプリマ、38区画にてイ食が発生。保健衛生局より女神へ、イ食対応騎士の派遣を要請します。」」


女神へ直通の通信を入れた後、セクシォ、デ、サナ、ャ、サニタド。頭文字を取ってSSSと呼ばれる保健衛生局の騎士は、長いため息を吐いた。ここ最近、アルマコリエンデのご令嬢が自分のウサギをランサーでぶった斬ってからというもの、イ食の発生数が顕著に増加している。が、まあ、たまたまだ。視界が軽く揺れ、女神に転送された数名のイ食対応騎士が現れる。


「うお、かなり臭うな。」

「あの女神め、ハニーちゃんとのひと時を。」


愚痴をこぼす者もいる、が。


「現時刻を以ってイ食対応に移る!」


1人の掛け声で騎士達の空気が一変し、めいめい封鎖領域内へ突入して行く。この待ち時間がまぁ、長いんだ。胸元のポケットから圧縮ビターチョコスティックをケースごと取り出し、軽く底を叩く、ポンっと飛び出たそれを咥える。眠気覚ましには最適だ。住民の使っていた椅子に腰掛ける。SSSの騎士は、調査報告書に記載を始め、そして、目を閉じてペンを走らせる。カリカリカリ、報告書の2ページ目、F2サイズの種類には大きな枠以外は無地であり、SSS騎士の走らせるペンは紙の上へ。カリカリカリ、中空、目には見えない空気自体をペンに通したポデアで色を塗っていく。


「「こちらSSS騎士、エスでいい。この封鎖領域内は例に漏れず、ルリローの展開は不能。ポデアも使用が限定されている。ああ。」

「わーってますよー。」

「おお、ハニーちゃん。ここが俺の墓場だ。」

「そう腐るな、我々同様エスにも疲労が見て取れる。」

「「済まないね、一応伝達するのが規則だからな。とにかくアンタらの位置と進行箇所は記録している。また…。」


シィィィィ!

シエーグ、シェグ!


ヒトの言葉に反応して、顔を覗かせた異形は、敵意に反応し即座に逃げた。


「ちぃっ!2体いるぞ!」

「片方は食化が進んでいた!厄介だぜハニーちゃん。」

「別れて隠れたな。そちらの2人は浅い方を任せる。」


長髪を首裏でまとめた、赤髪で長身の騎士は、袖を捲り上げて歩み始める。


「おーおーカッコいいじゃないの。」


口の軽い短髪の騎士は、ハニーちゃん(に呼びかける騎士)の肩を掴んだ。


「じゃあ俺達もさっさと終わらせて奴をサポートしようぜ。」

「そうだな。見ててくれよハニーちゃん。」


「「エスだ。赤いのが食化の浅い方に一撃入れた。急げよ。」」


「あんだよ!両方助けちまうんじゃねーだろうな?このまま任せらんねーかな。アンタもハニーちゃんの所へ帰りたいだろ?」


口軽が振り向くと、ハニーちゃんの姿は無かった。


「エス!ハニーの位置はどこだ!既に喰われた可能性がある!身体の一部でもいい!」


返事がない。

逆だ。食化の進んだ方に狙われたのは。


シェグググ!

「くそっ!どれだけの量の「生」を食ったらここまで食化が進むんだよ!」



一般的に騎士はさまざまな方法で龍の命を奪う。その後遺骸を一等から五等までの素材へ一次転換が行われ、「食卓」資格者が食用に二次転換後に調理を行う。一般的な太陽系第三惑星人はおのおのの家庭などで調理、飲食を行うことは可能ではあるが、三等から五等までと制限がされている。ちなみに太陽系第三惑星においての三等素材とは、冷凍庫で凍結させた食材を凍結乾燥機で素材内部の水分を徹底的に取り去った、つまりはフリーズドライ食品群と同等の風味、食感である。女神や勇者、都市指導者ですら、普段は四等素材で過ごしている。

なぜ不法に入手した「生」とされる一等から上の素材を食べる者が尽きないのか。それはひとえに、「生」が「おいしい。」からである。太陽系第三惑星人そのルーツ、地球人がその歴史において「火」を発見し利用するようになるまで、飲食は主に生で行っていたのだから、本能が生食を求めるのは当然の事でもある。

そして、「生」を食べた者に起きる食化とは。


ガチガチ!バチィン!

「テメェっ!」


無数の突起が生えた、というよりは皮膚を破って突き出した、と表現する方が正しい腕が振り回される。更に3倍ほど肥大化した親指と、それ以外の指が溶けて混ざり合い、肩から手首よりも大きく伸びている、ハサミ状になった手が軽口の抱えた椅子を捩じ切った。


「はっ!振りやすくしてくれてありがとよ!」


命球に暮らす太陽系第三惑星人は、当然飲食に制限がある。しかし、欲望を抑えきれず「生」を「食卓」資格者の手を介さず食べた者は、龍の魂にぜネロジオを塗り換えられ、「食べた龍の姿に変化」してしまう。これを「食化」と呼ぶ。


シェグ!シェグ!


食化が発現する部位はさまざまであるが、今回の場合は腕部、そして


シェグシェグ!


顎が外、内の二層へ分かれ、外側は中央から2枚、内側は4枚へ割れその一枚一枚が根元、中段上段と3段に関節を持った構造、そして舌は6本ほどに分かれそれぞれの先端には細かい棘が無数に生えている。太陽系第三惑星、つまり地球にお住まいの読者にわかりやすく説明すると、ほぼカニと食化してしまっている。


「おうおう!そんなに食いてぇなら!」



取っ組み合った状態で上体を大きく反らし


「喰らってみやがれ!」


その口吻部へ頭突きをした。短髪の軽口の髪型は、頭部を保護する前髪は全て立たせてあるので、食化体の鋭利な複数の舌は直接接触し、薄い皮膚を切り裂く。が。


メキメキィ!


軽口の頭骨は食化体の舌部、外顎内顎を叩き割った。


シェィ、ア、アイイイ!


よろめく食化体。その隙は見逃さない。


傷付いた右瞼を閉じ顎を右に引き、左肘を肩より上へ、平手の五指を第一、第二関節で曲げ熊手と呼ばれる型を取り手の甲に食化体を捉え、同時に右腋を締め腕を曲げ手は平手、左腿を腹部へ当てるほど掲げ、裂帛の叫びと共に上半身を捻り右脚で左回転、左肘を外側へ突き出し右肘を前へ突き出す。


「せあっ!」


パカァン!

長身で細身ではあるが筋肉質の軽口の、ある程度の重量が乗り両腕の勢い、裂帛の掛け声と共に繰り出された回し蹴りは、頭突きからわずかカンマ5秒で放たれた。


ず。倒れる食化体。


「ああ、もうオネンネかぁ!?」


シェ、グ…


両脚で軽くステップを踏む軽口に答えるように、食化体は上体を起こす。


「そこまでた。」


割って入った長髪は、ハニーちゃんと共に、食化体へポデアをかけ始める。


「レクメティ、カ、レヴィヴィアラ、ミタラ…。」


そのまま、砕けた部位を整え、縫い合わせていく。


「「エスだ。今回の食化体は全てヒトへ再生されつつある。2.3ヶ月は安静にすることになるだろうが。」

「あーかったりぃ、せっかくあったまってきたのによ。」

「「そう腐らないでくれ、君たち「食卓」資格者の騎士で無ければ、彼らは救えなかった。君達のおかげだ。」」

「それはその通りではあるが。」


長髪が汗を拭いつつ、口を開く。


「いくら何でも件数が多いよね。ハニーちゃん。」


ハニーちゃんはにこやかにハニーちゃんと会話をしながら軽妙な手捌きで割れた頭蓋骨へ慎重にフイルムを貼り合わせていく。

「食卓」資格を得た騎士は、あらゆる龍を生きたまま解体する知識と技術を身に付ける事となる。解体できるという事は、組み直すことも可能という事。それはヒトの身体も同じである。食化によって龍の魂に喰われた人体を、人体に食い付いた龍の魂へ、ポデアやウサギ、ぜネロジオなどの特殊な兵装、技術を使用せず倒すことにより、ただの徒手空拳のヒトにすら勝てなかったという事実を刻み付け、「完全に」屈服させその魂を消滅させる。「食卓」資格を持ち飲食に携わる事は騎士にしか認められない理由でもある。


「「よし、衛生医療局(SMO)の騎士も現着した。この2人は引き渡す。報酬は後日、落ち着けば割り当てられるだろう。もういいだろう。寝かせてくれ。」


エスは文句を言う軽口の声を無視して、報告書の記述を辞めた。



「とまあ、ここまでが今回のイ食対応のあらましだ。「カト」にはこのイ食を行った2名の行動を調査して、どのように「生」を…ってわかってるよ。春の一月だけでもう70件はアンタの所に依頼してる。とにかくそんな目でオレを見るなよ!別に嫌がらせに来てるワケじゃないって!とにかく、女神は「カト」にこの件を振ったんだよ!知ってるか?もう1.350件はイ食が発生してるんだよ!転送をしてる女神も、イ食対応騎士もオレ達もヘトヘトなんだよ!他の探偵事務所もイ食対応の件だけで手一杯だ!夏の大食祭までに原因を突き止めなきゃ!女神への負担が大きすぎるって事で!今年は大食祭を開催せずに!五等食材だけで!倹約キャンペーンでもやるかって話までウチ(SSS)と素材流通管理局(MDMB)で出てるんだよ!わかるか!あのケチな女神が大盤振る舞いの大食祭が!機械油漬け苦大豆や水飲みサバ固めに炭焼き石パンになっちまうんだぞ!」


ここまでまくしたて、SSSの騎士は肩で息をする。


「なあ頼むぜ黒猫の旦那。今回の経緯、できりゃあ大本の原因を突き止めてもらえりゃあ、SSS一同含めてオレの持ってるmpで「生」の液化カツオスープを1ヶ月分!!いや2ヶ月分だ!ご進呈させていただくからよ!」


ずっと目を閉じて寝たふりをしていた「黒猫の旦那」は目を開ける。


「3ヶ月だ。」

「い、いや待ってくれ!ソイツぁカミさんにも相談しなきゃ…。」

「2.5ヶ月。」

「わあったよ!ただし、アルマコリエンデのお嬢様が演習先で大暴れしてからこっち、あまりにもイ食が頻発してる!上のお偉いさん方はともかく、SSSの同僚にオレもだが、糸を引いてる奴がいるって睨んでる…対応と責任自体はこっちで持つから、原因の特定、頼んだぜ。」


げっそりした顔で細君への言い訳を考え始めた騎士へ


「カトー」所長は声をかける。


「猫じゃらし持ってく?」

「いらねーよ!」



「あ、どうも、お疲れ様です〜。」


事務所から出て来た、げっそりした顔の人におじぎをしてから、入れ替わるようにドアをくぐります。


「ただいまでーす。あれ、所長〜?」


入ってすぐに帽子をかけて、正面を向くと、ご機嫌の良さそうに所長の尻尾が大きく、ゆっくり揺れています。


「カツブシ。」

「はい、所長。」


そんなに大きくない、ぼくと所長2人だけの小さな探偵事務所、その所長用のデスクの後ろにある本棚、ぼくは読ませてもらえないけど、とにかく本棚の裏に回ると流しと蛇口、かんたんなコンロと湯沸かしのケトルがあって。コーヒーの豆の袋なんかが置いてある細長い物入れ、それぞれ区切ってあって、その一番上にある金属製のカンカンと、削り器を取り出す。流しの隣のスペースに、手に持った削り器をまず置いて、カンカンのフタを開ける。うん、今日も輝いてるね。乾いた布巾の上に乗せて、削り器を当てる。所長はいつもは20回、ご機嫌の時はだいたい40回削った量を食べる。厚めより薄めの、お口の中でとろける薄さが大好き。シャッ、シャッ。削り始める。ぼくは騎士になりたかったけど、教習用に出力を落としたウサギにも適正がなかった。だからコルソから初等生に上がって、たくさんの適性検査を受けて、見習い探偵になった。けど、何回も見た「ラブ♡デリラ」さんのお嬢様放送局チャンネル。小さくて四角い、最初のお給金で買った箱にポデアを通すといろいろな番組が流れてくるの、そのたくさんの番組の中で見つけた、あのチャンネル。あの中で騎士はこう構えて。削り器をランサーに見立てて、削り節は龍。ううん、この前のウサギかな。教科書でしか知らなかったクルルガンナ解放戦。その時の英雄の奥さんで、だけど死ぬのが嫌で、もっとヒトを傷付けたかったから、あの騎士のぜネロジオや、ウサギの中にまで入って。龍だけじゃなくて、そんな人とまで戦わなきゃなんて、ぼくは騎士になれなくて良かったのかも。けど、カッコよかったなあ…


「アカプ、マールタ…。」


思わずぼくは声に出して、削り節に刃を当てていた。このかつお節があの悪いウサギなら…シャッ、シャッ。


「なんだ。もう聞き込みに行くのか?」


所長が後ろに立っていて、お皿の削り節をはむはむしている。


「どういうことですか?」

「今回の聞き込み相手は、お前が今マネしてたアルマコリエンデのお嬢様だ。」

「ええー!?」


少しあと、ぼくは失礼のないように身だしなみを整えたけど、所長はいつものぼろぼろコートだった。



「初めてイ食対応騎士として赴いた日、ですわね?」もう何度もご説明させていただいていますけど…。」


そんな風に、やはりげっそりした顔でアルマコリエンデのお嬢様は、その日に起きた事の説明を始めた。

─その日は、少しぱらぱらと雨が降ったあと、お日様の光が差し込んで来ましたわ。時間はちょうどお昼前で、わたくし達は、お昼に来店されるお客さまの人数を予測して、素材のから剥きなどをしていましたの。急に視界が揺らいで、女神の転送ですわね。頭の中に「イ食対応、要救助1.対応騎士名。とだけ頭の中に女神の声で指示を受けましたわ。あっ。」


ご令嬢は目の前から急に消えてしまった。


「イ食対応だ。」


所長が言う。


「それで、イ食対応の後の捜査ってどんな事をするんですか?」


所長は細長くカットしたかつお節を咥えて、


「それを説明するのが面倒だから聞き込みついでに、と思ったんだがな。」

「も〜所長〜。」

「まあいい、対応は時間がかかるし、その間に軽く説明しようか。」


所長がそう言うと、黒髪褐色の女性が急に現れた。


「うお、猫いるじゃん。」

「どうも。」

「あ、探偵事務所の「カト」です。アルマコリエンデさんに聞き込みを。」

「へぇ、何を聞きたいんだ?」


女性は所長の喉を触り始めた。


「やめ、やめろにゃ。」

「えっと、イ食対応の一連の状況、ですね。」


女性はげっそりした顔をしてぼくを見た。


「もうちょっと、もうちょっと撫でたら話す。」

「これ以上触ったらmp取るぞ!」


女性は2000mpを即座に渡しました。


「まず坊や、普段の食事は何等素材で食べる?」

「そうですね、四等です、時々三等かな。」

「そうだな、二等以上を食べたことは?」

「はい、初等生の教育過程を終えて、「カト」へスカウトされた日に日に母さんが奮発して、準二等でご馳走を用意してくれた事を覚えてます。」

「うまかったか?」

「はい!」

「そうか。バンヴォル、レスパ…。」


女性は開いた冷蔵庫から何かをむしって、何かのポデアをかけると、その何かは赤いぷるっとしたものに変わりました。所長が急に目の色を変えて、その濃い赤のものに手を伸ばします。ぱしっ。女性はその手をはたき、ニヤリと笑います。


「これが、イ食が起きる原因さ。」


女性、このお店の店長さんの説明によると、龍を倒す時に「食卓」の資格を持つ騎士が、的確に龍の魂、命を転換素材に変えて、その場で魂が消えないうちに転換資格者が転換、運送資格者の方が最適な方法で運搬、保管資格者さんが…というかたちでご家庭の食卓に並ぶそうです。転換素材自体は他の、食べもの以外のものにも転換できます。

そして


「そうだ、五等食材は主に騎士の簡易食、そこから上はご存知の通り、これは準二等の、いわゆるお高い食材になる。そこで不貞腐れてる猫が、目の色を変えたのもわかるだろう?」


店長さんはその濃い赤色のものに包丁を入れて。


「悪かった悪かった。」


所長とぼくに何切か提供してくれました。


「え!いいんですか!?」


店長さんはにっこり微笑んで


「ああ、どうせ。」


その時


「あああああつかれたあああ、あ、猫ちゃんいるー!」


急に赤毛の女性が現れて、所長を撫で始めます。


「イイもんお食べになられたんだ、もう少し大人しくしてくれよ。」


そう言われた所長のしっぽはジグザグに曲がって激しく揺れて、ご機嫌が悪くなっています。


「それで、だ。「生」の素材を保健衛生局の目を掻い潜って手に入れたやつは、アタシら「食卓」の資格を持ってる騎士を通さずに食べる。これが…あっ。」


店長はそのまま消えました。


「うんうん、それで、イ食しちゃうとね、食べた人の魂に龍の魂が食いついちゃって、龍にんげんになるの!」


所長のフォローによると、正確には龍の生命力に負けてヒトの魂がマブルのエネルギーになるそうです。


「ああ〜、疲れましたわああ〜。あの、失礼ですけど、モフモフしてもよろしくて?」


アルマコリエンデさんが所長の首裏に顔を埋めています。


「それで、初めての夜でしたわね?わたくしはダリアさんにキスして、ベッドに投げ飛ばしてから。」

「わかりました。日を改めますのでもうお休みください。」


メモ帳を開いたぼくを所長が静止して、首を横に振る。


「お前その、アレはアレだ、お前にはまだ早い。」


お土産にもらったスズキとピクルスのサンドを頬張ってぼくたちは事務所まで帰ります。


「それにしても不思議ですよね。アルマコリエンデさんたちが実地演習から帰還されてから、急にイ食が増えたなんて。」

「うむ、「生」の出所から当たるべきだろう。まずは保健衛生局だな。」

「え、SSSから受けたお話なら向こうの人たちの方がよく知ってるんじゃ?」


所長のぷにぷにの肉球がぼくの顔を撫でます。


「行けばわかる。」



「「女神、45区画25棟の307号室!回路繋ぎました!」」

「衛生騎士から連絡、7区8棟でイ食発生!」

「「女神、13区の15棟ニイマル3.5.6.7!子どもたちと両親合わせて要救助者19人!ハリメンも1確認!食卓騎士6は必要です!」」

「「転送座標軸合わせよし、女神!」」


保健衛生局は、大変なことになっていました。ラプリマ各所に展開している衛生騎士からイ食の発生報告、女神へのイ食対応騎士の転送要請などが、止まりません。彼らの机には、五等素材の「一口食べたら苦すぎて3日は眠れないチョコレートスティックの箱が山積みに。


「あの、ハリメンって何ですか?」

「イ食でヒトが龍に近付くのは聞いただろ?更に龍に近付いた状態だ。この時点で封鎖領域が破られる可能性がある。」

「それって大変じゃないですか!でもウサギなら…。」

「イ食は主に屋内で発生するし、このペースで発生しているイ食それぞれにルリローをいちいち展開する余裕があると思うか?」

「それは、そうですね。」


SSSの職員さんはそれぞれの職務に忙しくて、ぼくたちの存在が見えていないようでした。


「こうなっていることは、おおよそ予想が付いていた。行くぞ。」


所長に手を引かれて辿り着いた部屋は。


「資料室ですか?」

「ああ。」


常に誰かが叫んでいたり、泣きそうな声で通信をしているあの空間とは違って、誰もいない、利用するような余裕もない資料室は、とても静かな空間でした。


「こら、気を抜くな。ここからが「カト」の仕事だ。」


所長はそう言うと、いっぱいに並んだ通信記録の棚を調べ始めます。


「あった。春の一月だ。よし、これ持って帰るぞ。」

「え!いいんですか!?」

「後で許可をもらえばいい。向こうもそんな余裕ないだろう。」


それはそうですね。

事務所へ帰ると、所長は春の一月の通信が記録された書類を、ぜんぶ床にばらまいた。


「ええ、これどうするんですか?」

「私がお前を雇った理由は、コルソの頃の適性検査の結果で、いくつかの能力が高かったからだ。」

「何ですか?」

「教えてもそうでなくても、この書類を全部読んで頭に入れろ。」

「そんな無茶な!ラプリマ全部の通信資料ですよ!?」

「疲れたら私をモフってもいいし、抱きついてもいい。」

「ぼくはそんな…。」

「なら気分転換にあの放送録画を見てもいいし、好きな料理を注文してもいい。私は寝る。」


所長は椅子にゆったりと座って、カツブシスティックを咥えながら寝始めた。


「こんな量、無茶ですよー!」



カリカリカリ、獲物の立てるような音に本能を呼び起こされて目を覚ますと、モンドが床に膝をつき、無心に書類を見ながら何かを筆記していたので、再び目を閉じた。



「所長の予測は、ほとんど当たっていました。」


翌々日の正午、「カト」に今回の依頼を持ち込んだSSSの騎士は、「レジーナ」でその探偵事務所の所長と、探偵見習いに呼び出され、説明を受けていた。


「らー、ぱやっぱやっぱっぱっ♪」


存在自体が儚げな、水色の髪の少女が歌っている。手拍子をするにこやかな女性や、時折り入る酔っ払いの合いの手に、繰り返しの部分でコーラスを行おうとする者、甲高い声を上げて走り回る子どもと、注意している保護者のような人もいて、とても今回の、人口877万以上のラプリマ全域で発生している、この異常なイ食頻発の情報を交換する場所には相応しくなかった。


「それで、まず何があったんだ。なるべく引き伸ばして、詳しく説明してくれ。」


もうほとんど、まともに眠れていない。イ食の発生を監視して、領域封鎖のポデアを行なって、報告する生活から逃れられるなら、このやかましくも、人が生きている事を実感できる空間の方が、居心地が良かった。決してサボタージュではなく、業務の一環として。

少し怪訝な顔をしながらも、探偵見習いは解説を始める。


「まず、こちらのSSSの資料室、これはラプリマ全機関と完全に同期をされていたもの、ですが、こちらをご覧ください。」


探偵見習いは複数枚の、ラプリマで行われている全ての「箱」を通じた発話と受話の資料を広げる。別に手渡された紙には、もともとは優しいタッチの筆使いの文字が、走り書きで荒々しく、文字が繋がった状態で、青黒いペンで書かれている。


「これは、時刻と…発話を行った者の部屋番号?」

「そうです。では次にこちらを。」


次に渡された紙には、受話を行った者の部屋番号と、何かの日付が赤いペンで書き込まれていた。


「こんなものは、どこの誰でも行うだろう。単に話をしていただけではないか?」


実際その通りで、会話の内容は記録されていないものの、どの紙に書かれている発話者の部屋番号に、受話者の部屋番号も、その赤く書き込まれた日付も違っていた。


「それでは、こちらをご覧ください。」


次に渡された紙たちは、先のものと同じように公式の記録と発話者の部屋番号、受話者の部屋番号と日付の書かれた三種類であった。

ただ


「何だ…こりゃ。」


増えていた。夥しいほどに。


「これは春の一月、アルマコリエンデのお嬢様が、実地演習で、「アルマコリエンデ」本人が潜んでいたウサギを破壊した時を前後してから始まっています。」

「ちょっと待て!それじゃあ!」


思わず立ち上がったSSS騎士の肩に手を当てたのは、満面の笑顔で黒髪褐色の女性。


「お客様、こちらの油漬けチーズと乾燥クラッカーでもいかがですか?」

「そんな気分じゃねえよ!今ラプリマの運命が!」

「おじさんそれいらないの?マイにちょーだい!」

「ああいいよ!くれてやるよガキンチョ!」


いや、待て。今のは…


「のうのう、せっかくここの店長がわざわざ特一級素材で労うてくれたのじゃ、ありがたくいただかねばバチが当たってしまうぞ。」


「女神!?」


思わず大声で叫び、口が開いたまま戻らない。女神は面白そうにオレの顔を見つめながら


「はい、おじさん。食べさせてあげるね。」


チーズとクラッカーを口に放り込まれて、あごを押し上げられる。


「ほんにようやったの。確かにこのカラクリを見つけたのは、そこのモンドじゃが、「カト」に依頼を持ち込んで、あの昼寝坊を焚き付けたのはお主じゃ。」


(まて…今オレは、女神から直接食べさせてもらったのか?チーズとクラッカーを!?)特一級素材という、まる一年は節約しなければ口に出来ないしろものを食べたとはいえ、味はしなかった。



たっぷり1分、かの騎士にとっては、星が生まれて輝きを終えるまでの長い時間に感じられた。ようやく座り直した時、モンドは説明を再開する。


「所長も「アルマコリエンデ」が消滅したのをトリガーとして、このイ食が頻発するようになったのだ、と目星を付けていました。この赤いペンで書いてある日付は、ご想像の通り、その部屋番号でイ食が発生した日付です。ぼく達は最初、「アルマコリエンデ」本人が発話者のぜネロジオに潜り込んで、何かを行ったと考えました。」

「だが、アタシらが発話者、受話者のぜネロジオを徹底的に調べても、何の反応に痕跡もなかったんだ。」


店長が椅子に掛ける。


「そこで、ぼくはもう一度、ラブ♡デリラさんが運営する、お嬢様放送局チャンネルの、この投稿された動画を確認しました。」


モンドが、広げた手のひらよりは大きい箱にポデアを通すと、箱の前面に張られた水面に、やや不鮮明な映像が映る。「「これは、報われぬ厄災を振りまいた亡霊への鎮魂歌ーーー!!!」」これは妻と娘が声を上げて見ていたから覚えている。とても子どもには見せられないほどの残虐行為を働いたアセデリラ騎士候補生が、実はぜネロジオに潜り込んでいた、かつての英雄の妻に操られていた、とか…


「つまり、この、世間で亡霊と呼ばれているこの人物が、原因ではなかった、と?」


店内に入った頃に歌っていた少女と、その歌声に手拍子をしていた女性が、いつのまにかモンドの隣に立っていた。


「えっと、こちらのおふたりに、この動画を確認していただきました。」


2人は一礼して、水色の髪の少女が説明を始める。


「まず、私達はこの「アルマコリエンデ」がアセデリラさんのぜネロジオからウサギに潜り込んで、撃破されるまでに、何かのポデアなどで、この状況を引き起こすきっかけ、を作ったのではないか、と調べました。」


少女が一礼をして、一歩下がる。女性が前に出て、説明を引き継ぐ


「私達は音に関係するぜネロジオとポデアを持っています。ですので、先ほどの動画で「アルマコリエンデ」の発生させた音を全て、解析しました。」


女性が何かのポデアを起動させると、空間を裂いて現れた大きな腕が、モンドの箱より大きな、この飲食店の5〜8人がけの団体用のテーブルくらいはある箱をかかげる。


「こちらに映すのは、動画の音声、ヒトの話し声などをそれぞれ、右から左へ流れる色の付いた線で表したものです。ぼくの箱だと小さいので、彼女のものを使わせていただいてます。」


モンドの説明を聞いたものの、ただ何種類かの色の線が、ジグザグに曲がっていくだけで、何が起きているのかわからない。


「もうちょっと、わかりやすくお願いしても?」


モンドは頷いて、


「こちらの緑色の線がアセデリラさん、萌葱色が彼女のポデアが起動している間の、ヒトの耳では聞こえづらい音です。そしてこちら、「アルマコリエンデ」のものです。青色が彼女のもので、紫がポデアです。」


モンドは視線を少女に送り、少女もまた、頷いてから説明を始める。


「私達は、「アルマコリエンデ」がウサギを使って発生させた音も確認を行いました。」


箱に映し出されるのは、先程より線の動きが激しく、断続的なものだった。モンドが続けて説明を行う。


「こちらは、「アルマコリエンデ」がクルルガンナ解放戦時代の人物なので、彼女の使用しているポデアが、現代のぼくたちのものとは違う体系になるので。」


モンドが頭を下げると


「よいよい、今日のワガハイはちびっこじゃ!」


年齢に配慮された女神は、上機嫌で続ける。


「ワガハイは見ての通りちびっこじゃから、クルルガンナ解放戦の頃のポデアなぞ知っておるわけがないのじゃ。じゃからこれを、ポデアを体系化して、研究している者どもの所に持ってっての。ワガハイが歩いての!」


SSS騎士は、若作りの女神がその研究室へ、資料を持って行った時の光景が、ありありと目に浮かんだ。

こうだ。

「あのね、おつかいでね!これを持って行って!ってお願いされたの!えへへ、えらいでしょー!」

彼にはちょうどこれくらいの娘がいて、想像での、猫をかぶっている時の女神とそっくりだった…ウチの娘もまさか…。恐ろしい想像に身震いしていると、女神が眉を顰めてこちらを凝視していた。


「のうお主、失礼なことでも考えておらぬか?」


脂汗が吹き出す。あらん限りの力で首を振った彼は


「ええ、そちらの研究室でも、特に異常は見当たらなかったんですよね。捜査は振り出しですか?」


腕組みをして、頬を膨らませ、なるべく機嫌が悪いことを示そうとしている女神は、あごを上げて、その動きだけでモンドに説明を促す。


「はは、そう捉えられるのは当然の事です。しかし。」


水色の髪の少女がまた話し出す。


「女神が研究室へ向かう間、私達はもう一度、動画を冒頭から再確認していました。」


女性が箱にポデアをかけ、動画を再生した。野盗の女性がアセデリラさんを連れ去る所と、教師の部下が救援要請の通信を入れる所だ。どちらも、大気を震わせるほどの鳴き声と、地を揺るがす振動が記録されている。


「どうして龍の声や地響きに関係があるんだ?アーメフォーニは…。」


そこでこのSSS騎士は理解した。


「その表情はお気付きになられたようですね。」

「そうだ、お客様。地中に巣食うアーメフォーニは、「波」を起こす時に地響きは起こしても。」

「こんな風には鳴かない…。」

「そうです。ぼくはコルソの頃に学んだ範囲の知識しかありませんが、フォーニ種は基本的にフェロモン、つまり匂いみたいなもので意思伝達を行います。」


そもそもフォーニは大きくて0.2レグア程度であり、その鳴き声も「シス、シス」という伝達に容易なものだ。いくら「波」を起こして鳴き声を反響させたとしても、4秒から5秒も続くはずがない。


「それでは、こんな鳴き声を出す龍は…。」

「現在、確認出来ておりません。また、ラプリマ、エルアートヌ、エルヴィエルナ各都市のダクトロと協議した結果、この咆哮、または鳴き声は、その響きや音の質から、一つの首から生えた七つの頭から発せられたものである、との共通の見解を得ました。このアウタナ・セリフラウが。」


絶句した。SSSに入る前は、オレも騎士として鎌を持つ者や、センテルデなどの駆除作業に当たった事もある…。


「本当に首が7本あるとして、駆除は出来るのか?」

「ていっ!」


後ろから頭をはたかれた。


「うおっ!誰だよこんな時に!張り倒すぞ!」


振り向くと、女神がニヤニヤ笑っていた。


「おうおう、お主はたいそう、ただの声に怖がっておるようじゃが、目の前のワガハイには畏れを抱いておらぬのか?」


椅子から降りて、両膝と足首を揃えて床に並べ、その上に腰を下ろし、両手を地に着いて、額をこすりつける。


「すみませんでしたぁ!」

「もうよいわ、ほれほれ。」


女神はそんな土下座には興味がないというように、椅子に座り直し

「「この放送を、睡眠または覚醒しておっても、強制的に視聴させておる。クルルガンナ全域の、太陽系第3惑星人の皆、ラプリマ、エルアートヌ、エルヴィエルナに住まうものたちへ、女神ロータスである。」」


今、オレは歴史の転換点にいるのかも知れない。


「「その声の主から、こちらへ何も行動が示されておらんので、打つ手はない。ダクトロ達の見解では、声の主は体長おおよそ12.480レグア。彼我の距離は234.444.556.338.299.185レグア。また直近、各都市で発生しておるイ食は、この声を箱が拾う事により、箱を通話に使用したヒト種に、異常行動を誘発させる事が確認された。現在、全ての箱およびルリロー、アンカラにこの声を弾くよう調整を行っておる。動ける騎士は皆、ダクトロの指示で動いておる。そこの、ダクトロ見習いの小娘が歌っておるじゃろう?あれは声を打ち消すための最終調整じゃ。また、この声の主は、ダクトロ達の意見では「歌の練習をしている子ども」と予想されておる。また、我らはこれより、この種族を「風と来たる者」、「ベヌ ナ ラ ベンター」、略して「ラベンター」と呼称する。お主ら、このSSS騎士のように早まって手を出すでないぞ、向こうからすれば、ワガハイらはみな、風呂場に生えたカビ程度じゃろう。最も、実地演習で確認された向こうとの距離は、光の速さで動けた、としても4年ほどかかるじゃろう。そんな距離を、歌の練習に、ちょっと他のヒトに聞かれないように静かな所へ来た、という感覚で移動出来る存在と戦いたい、と思うなら、止めはせぬが。」」


女神はチーズを口に入れて、香りと食感を楽しむ。


「今ワガハイが口に入れたこのチーズにも、ひとかけらにおよそ4.000万の乳酸菌、つまり命がおる。彼らはワガハイの胃袋で、15分ほどかけて溶かされるのじゃ。何千万もの命が15分で溶けるわけじゃ。ワガハイらにとっては単なるチーズじゃが、ラベンターにとって、ワガハイらがチーズである可能性もあるのじゃ。せいぜい「ラベンター」に駆除されぬよう、感知されぬように、ひっそりと暮らすのじゃぞ。」」


女神はさらにクラッカーも口に入れ、さくさくパリパリとした食感を楽しむ。


「「さて、新しいルリローなどの調整も済んだの。では、これより太陽系第3惑星人の、この3日間そして、未来永劫のラベンターに関する記憶を、任意で消去する。「ラベンター」の存在を忘れて、平穏に暮らしたい者はそう念じるが良い。女神の名に於いて保証しよう。」」


そして女神はゆっくりと瞳を閉じた。


「「ふむ、お主ら…、やはり太陽系第3惑星人じゃな。クルルガンナ解放戦の時と同じ決断をしよって。」」


女神は笑う。そうだ、オレもそう願った。汚れがあるなら、掃除をする。危険な獣がいるなら、隔離か排除をする。もしそれが、他人の迷惑を考えない隣人なら、しかるべき対応を取る。もしそれが為政者であるならば、頭をすげ替える。それが自然災害であれば、被害を減少させるための対策を行う。龍なら、駆除をする。そして今回は、何より!オレの睡眠時間を奪いやがったんだ!!


「「各人思うところはあるようじゃが、「ラベンター」へは対処の手段すら見つかっておらん。まずは迫った夏の大食祭へ向けて、日々mpを貯めると良い。」」


女神はさらにチーズとクラッカーを口に放り込む。


「ほれ見ぃトモ、太陽系第3惑星人は闘争に飢えとるのじゃ。」


呼びかけられた女性は、頭に手を当てる。


「他の惑星人と、友好関係を築きたいと願ったのは全都市合わせてたったの2.041人ですか。」


彼女はふらふらとして、椅子に腰掛ける。


「何より今回は、イ食を誘発させられましたので、被害に遭われた方々や、対応に当たった皆さんもラベンターに対しては厳しい意見でしょうね。」


モンドが他人事のように話す。


「ちぇいっ!」

「あいたっ!何するんですか女神様!」

「ワガハイがいちばん大変だったんじゃぞ!この何日かほとんど寝てないのじゃ!」


これには同意見だ。相手がどれほど強大であっても、ひと様の睡眠時間を奪っていいなんて事はない。


「だが、具体的にどうラベンターを駆除するかってのが問題だな…。」


思わず口をついて出た言葉に、自分でも驚いてしまう。大きさの比、生き物としてのスケールで言えば、それこそチーズの中の乳酸菌が、ヒトに戦いを挑むようなものなのだ。


「何、後から見つければ良い。」


女神が目を擦りながら言う。


「深い森の中で声を上げたのはラベンターじゃ、ワガハイらではなく、の。」



「レジーナ」を出たあとぼくは、背伸びをする。ぐぐぐ。つま先からお腹、胸、首を反らして両方の腕をちからいっぱい。ふ、と視界の端に所長が見えた。


「あれ、所長?お店に入ったらごちそうがもらえますよ?」

「いいにゃ、うるさいのは苦手。」

「あ、それより所長、コートがボロボロでいっぱい毛が乱れてるじゃないですか〜!」


背を伸ばして、ぐしゃぐしゃになった顔や首の裏、ぴょこぴょこする耳を撫でて整えてあげる。


「うむ、ハリメンが出たから対処してな。」

「ケンカしたってことですかー!それはいけません!帰ってすぐお風呂にしましょう!ぼくが洗ってあげますから!」

「水嫌い。」


もー!と言いながら所長を引っ張っる。帰りにトリートメントも補充しなきゃ。

モンドくんしゅき…

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