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第二部ワイルドハント 06 アルタ カンパへ

ことん─ことん。

ことん─ことん。


「「当魔導列車アタリメをご利用いただきぃ誠にぃありがとうございます。間も無くぅユキツチぃにぃ、到着いたしぃます。」」


客車の窓から見える、絵に描いたような真っ青な青空を見上げて、モモは主人であり、母でもあるアセデリラを揺さぶった。


「ねーリラちゃーん。空すっごくきれーだよー!」

「んん、ふがっ。もう少し、寝かせてくださいまし…。」


その隣で本を読んでいたエウトリマが、眼鏡を外し、胸元のポケットからケースを取り出して、しまう。


「私達のご主人様は三日三晩、アウタナくんに愛を囁いていたからね。もう少し寝かせてあげよう。」

「はーい!」


コッコッコッコッコッ。

キュウゥーウン。


先頭の、二足有翼獣の頭部を模したウサギ、その駆動系が短い間隔で鳴きながら制動をかける予備動作を行い、そのすぐ後に大きく制動をかける。


「んんん〜、わぁっ。」


全身にかかっていた慣性が、掛けていた椅子からゆっくりと抵抗がかかり、じんわりと傾いていた身体が急に引き戻される。

記憶や肉体の経験はぜネロジオを介して新しい身体に引き継がれていたものの、モモにとっては、その全てが新しい体験であった。


コ、コケ〜。

ぷしゅううぅぅぅ。

が、くん。


駆動機関、全車制動、そして客車。それぞれの車両その下部にある制動用の装置、それに加えられていた力が解放され、反動が起きる。


「ほぉら、リラちゃんしっかりしてぇ〜。」

「アウタナ〜。もう〜甘えんぼさんですわね…んひっ。」


むにゃむにゃと寝ぼけまなこでふらふらと歩くアセデリラを抱き抱え、モモは客車から降りた。

かた、たむ。

石床の上に降り立った木靴が擦れ合う音。木材で外枠を組み上げられたホームは、その床面に磨き上げた石が使われていて、灰色がかった、赤や青、緑が散りばめられた石には、ところどころ空の青が写り込んでいた。土を小さく押し込めて作った、なだらかではあるものの、時々靴先に土が噛み付くラプリマの通り、硬い木材の表面をさらに焼き固めた「レジーナ」の店内、エルヴィエルナの北部から流れてくる乾いた空気と、その名の湖を讃えるルルメンタ ブリンダからの湿った空気が混ざり合ったエルベラノの通りが、焼き崩される前の身体から受け継いだ記憶にあるモモには、アルタ カンパのふもと町、ユキツチは初めて足を踏み入れる、異郷とも呼ぶべきもものであった。

ふふ、私もそうなんですけれどね。

班のウサギをコンテナから出し、予約していた貸し荷台へ積載する。


「お嬢様〜、そろそろお目覚めになってくださ〜い〜。」

「リーナぁ、わたくしは真っ白ですわぁ〜。」

「どうやら我が君はこの旅行を寝て過ごすことになるかも知れないね。」

「はい〜。2度目の旅行で、アウタナ様の感情は爆発してしまいましたから〜。」


そう話をして、手入れされている背の高い模倣植栽からの木漏れ日で、私もまぶたが重くなる。

私もあまり眠れなかった。



──夏の初月、15日のこと


エルベラノ陥落の主たる原因であった「実験体」の根絶により、ダクトロハイェルルラがアーメフォーニの姿に変質させ、命球に繋ぎ止めていた命達は女神ロータスの力のひとつである邯鄲により、ラプリマ、エルアートヌ、エルヴィエルナにて新たな命として、段階的に再生されてゆく。


「それじゃあまたね、お姉ちゃん。」

「ええ、またね。次に会う時は─。」


ハイェルルラとイフェイアーナはふたり、声を揃える。


「うん。正式なダクトロになる。」

「あの子とちゅーしときなさいよ。」


そっと抱きしめあって、離れる。


「また、会えなくなってしまいますね、ハイェル。」

「いーのよ、時々は会えるわけだし。それにほら、こんなに空がきれいに見えるなんて、初めてあなたの「花のお部屋」から出られた時以来の嬉しさよ。先生。」


ハイェルルラに向けて差し出されるアウタナの手。


「あなたは、あなたはこのじゅううざんねん、ひとりで、ひどりでほんとうにがんばってぐれまぢたあああ!あなだはりっぱな、私のじまんのダクトロでずうううう!!!」

「ちよっ、ちょっと先生!?やだっ、鼻水…。はい。」


いついかなる時でも、都市に住まうひとびとのため、感情を律して唄に命を捧げる。そう教育を受けた相手である恩師が、涙や鼻水を溢れさせ抱き着いて来る。十数年の孤独を物言わね恋人の骸と、かつて家族だった者達と暮らして来たハイェルルラも、声を上げてアウタナを抱きしめ返した。


しばらくして


「さて。よいかの?んむ、エルベラノの復興には既に三都市から多くの人員が流れておる。お主が共にエルベラノを守って来た住人達は、戻る者もおれば新たな生活を見つける者もおるじゃろう。してお主が組み上げたカネクトゥスの理論と実践は、各都市のダクトロ以下グランディオサ ホーラが体系化を初めておる。」

「身に余るお褒めの言葉を頂いて光栄です。女神ロータス。」

「んむ、まだ終わっておらぬぞ。それでじゃ。しばらくノワールと羽を休めて来たらどうじゃ?なんとここにペアチケットもあるのじゃ!」

「ちょっと待ちなさいよマイ!アンタそのチケットどこで…うわエルヴィエルナの常冬温泉旅行フリープラン、一級素材カニ鍋付き6泊7日!?いくらしたのこれ!!!」

「ええいさわるなトモちゃん!これは議会の人に確認してもらった上で毎月貯めてたおこづかいなのじゃ!めちゃくちゃきれいなお金なのじゃ!」

「アンタそれで私にナスビのお漬物タカってたの!」

「冷蔵庫からワガハイのチーズ取ったの誰じゃ!」

「マイいい!!」

「トモぉぉぉ!」

「!、!」

「!!」

「行こう、ハイェル。」

「うん…♡」


バタバタする女神と勇者を横目に一同に深く礼をした後、ハイェルルラとダリアノワールは、仲睦まじく歩き去った。


「ふーっ、ふーっ。さて、次はお主らじゃな。」


ぴくぴくと痙攣する勇者を踏みつけ、口元を手で拭いながら女神はエウトリマ班へ向き直る。


「…何を身構えておるのじゃ。まぁよい、お主らに先んじてスターとフェイにはのんびりせよと休みを出しておる。」

「休みって。わたくし達まだ学生じゃありませんでしたっけ?」

「よもやお主ら全員、あれだけの大立ち回りを重ねてしておいて、まだ普通の学生気分でおるのか…。「「ワスレナ、ワスレナはおるかのー。」」

「…何ですか女神。」

「ようやく来たの。ワガハイは喋りすぎたからちょっとお茶をしばくのじゃ。こやつらにほれ、あの、ええと。ほら、あれじゃ。ブーケのクルルガンナでの立ち位置について説明するのじゃ。ほれ、ゆくぞトモちゃん。」


女神は勇者を抱き起こし、学内中庭のカフェテラスへ歩いて行きました。


「ふむ、そうですね。…ヒメ、いえリーナ。私は授業中に呼び出されたので教室へ戻ります。あなたが説明しなさい。」

「そんな〜。」

「教官、休み時間に捕まっていた私達はどうなるのですか?」

「どうもも何も、戦力と装備面、功績で見てもブーケは既に一般の騎士隊と遜色ありませんし、一般学問体系は初等生の時点で終えてあります。学園で学ぶべきことはもうありません。特にエウトリマ班はその全員がワイルドハントの加入資格があります。ロータス綜合学園にいる理由も単に、あなた達に2度と戻らない学生生活を味合わせたいからです。」

「なるほど。所でワイルドハントの資格は、戦闘の能力に乏しい私にも、ですか?」

「ふぅ、単純な戦闘力としては依然として、そこらにいる子龍にも5秒で殺されると思います。もしかすると騎士を夢見る5歳ほどの子どもにも勝てないでしょう。が、実地演習でのアーメフォーニ殲滅、エルベラノでのイングラ、ドゥモナ・ディエナ駆除、先のサヌレビアにおける寄生体、エプリシア本体の排除、エルベラノの災厄の排除はあなたの立案、指揮無しでは成り立ちませんでした。ポデアを介して常に10人以上と会話を行い、同時に立体的な空間把握したイメージを他者の視覚へ投射する。見事なまでのそれはこの私、ワスレナと。─アタイが保証してやる。」

「エウトリマのことは、このわたくしが、どなたよりも一番信頼していますわ。」

「うんうん!エウちゃんの射撃位置指定すごいもんね!」

「はい〜。必要とあらばご自身も囮にされますし〜。」

「ふふ、そう言われると少しこそばゆくなってしまうね。」


軽く微笑んだエウトリマごしに、ワスレナ教官アユーガはこう告げます。


「でだ。本来は騎士隊を立ち上げて、実地演習を抜ければ晴れて騎士となり、そのまま普通に中等生から騎士として生きる。ブーケ各班もついこないだ、全員それが終わってな。もちろん全員合格だ。そう、実地演習の内容はオマエらが大惨事になったあれをな。一番伸び代が大きいやつを攫って、他の隊員を完全に制圧させる、その後はコロニーを全員で叩かせて、チームワークを見るやつだ。んで実地演習で資格無しと判断されりゃあ、その場で資格と戦闘に関するぜネロジオを剥奪する。そうでなくとも、騎士隊を作れなければ、そのまま上等生へ上がって、卒業だ。それぞれの住みたい所で住んで、楽しく遊ぶなり、働くなり、恋をするなり好きに生きて、やがて老いて、死ぬ。刺激は足りねぇかもだが、それもまたいい人生だ。─そう思いませんか?」


私の後ろで班の皆が息を呑む。有り得たかも知れない、穏やかで満たされた、夢のような日々。

だけど、それは─。


「それでもわたくしは、駆騎士のお祖父様、勇者のお父様の名に恥じないよう、生きてゆきたいと思いますわ。」


振り返る。


「アセデリラ、君は─。」


彼女は両目を閉じて、私へ微笑む。

肯定してしまうのかい?ただのシルヴィトーとして、都市に暮らすひとびとの一員として、平穏に暮らすことを。駆騎士の孫娘としてあの気高く輝いていたあの君が!


「アルマコリエンデが目覚めなくても、わたくしは駆騎士になっていましたもの!」


「うん…これは教官の言葉を「普通のヒトとして暮らすのも幸せですよね?」という本来の内容を「普通のヒトとして生きたいですか?」という質問と解釈してしまい、「父達のように生きてゆけば。」「必ず騎士になれる。」と答えたのを私が聞いて「普通のヒトとして暮らすのもいいですね。」と言っていると勘違いしてしまったんだね。美しいよアセデリラ…。」

「ねぇねぇリラちゃん。エウちゃん何か早口で言っててよくわかんない。」

「わたくしにもよくわかりませんわ。」


リーナくんが両手を握って来る。


「ええ、よくわかります!お嬢様はお美しいですね!」

「あ、ああ…。」


軽く手を握り返すと、私達の方へ声がかけられる。


「お主ら、まだここにおったのか。ワガハイ教室まで行ったのじゃ。」

「そーいえば授業中だったよねー。先生ここにいるけど教室のみんなはどーだったのー?」

「んむ、隣棟の製菓科が実習での。みなでお裾分けプリンを食べておったぞ。」

「あっ。」


ワスレナ教官が稲光のように消える。


「プリンがありますの!?わたくし達も!」

「待つのじゃ。お主らの分はみなワガハイが頂いたのじゃ。生ものじゃから傷む前に食べないとの。」

「くぅぅ〜、魔王ペンディエンテ〜!!!」

「そうそう、これを渡すのを忘れておったのじゃ。はい。」


渡されたチケットには。


「祝魔導列車再開通記念!夏の初月はアルタ カンパでニ アマウ パルタ ラ サマウ カルパ!!!」と銘打たれた折りたたみパンフレットが添えられていました。


「アルタ カンパって何ですの?」

「私も聞いたことがないね。ニ アマウ パルタ…はランサーの祝詞のひとつなのはわかるけど。女神、教えていただけますか?」

「んむ、ここもサヌレビアと同じで、騎士カワダの率いた騎士隊ハクマが見つけ、まあこれ以上話さずともわかるじゃろ。」

「えー、いちおう、いちおう説明してえー。」

「しょうがないのお。これもルルメンタ ブリンダのサヌレビアと同じでの。カワダのハクマはたいそう離れたところにこのアルタ カンパを見出しての。当然離れておるから維束管鉄道を使っておったのじゃが、エルベラノの災厄がそれを学ぶとよくないので切り離しておったのじゃ。お主らが活躍でハイェルルラが戻ったので、魔導列車も数本再開したわけじゃな。」

「つい最近もこんな感じの流れで大騒動がありましたわね…。」

「リラちゃんだいじょうぶー?」

「何をげっそりしておるのじゃ!お主のいない間アウタナはずっと夜泣きしておったのじゃぞ!ダクトロであるあやつの泣き声はラプリマを包み込んで、愛しい主人と引き裂かれた哀しみを込めた歌に枕を濡らす住民が続出しての!おかげでその何日かはエンゲージする住人の数も、ぜネロジオから赤子を産み出す申請も減って人口統計局から苦情が来たのじゃ!対策にワガハイが毎晩ほら、あのがらがら鳴らすやつで子守唄を歌っておったのじゃ!」

「フラウの面倒を見るって言ったのは女神でしたわよね…。」

「おぬし、おぬし!あやつをどれだけ甘やかしていたのじゃ!ご飯を食べる時はその前に手洗いもしてあげて、熱い食べ物はふーふーして、おはしやスプーンでわざわざ口元まで運んで、飲み込めたら「えらいえらい、上手にごっくんできました。」と撫でてやったりお風呂でも身体も頭も洗って、優しくドライヤーを当てて…歯磨きもじゃ!着替えもワガハイがして、子守唄も歌ったのじゃぞ!」

「朝とおやすみ前、ほっぺをむにむにするのが抜けてますわよ。」

「ワガハイはアウタナのお母さんではないのじゃ!」


2人が名前を出すと、にょっきりとアウタナが生えて来ました。


「会話の記録を捜査中…。また、またご主人様が旅行という名の出張に行ってしまわれるのですか?このままだと涙も枯れ果ててしまいます。このアウタナ・セリフラウの。」

「大丈夫ですわフラウ。いずれあなたに代わるダクトロが現れたら、わたくしの見て来た風景を、あなたと一緒に観光へ回りましょう。」

「ご主人様…♡」


アウタナはアセデリラを抱きしめ、色とりどりの花に包まれて消えた。


「女神、アウタナくんも言っていまちたが、やはりブーケを旅行に行かせるというのは。」

「知らぬ知らぬ!トモやダリアにワイルドハントを出すまでもないが並の騎士隊や、騎士連合には手の余る厄介な龍の駆除と、再侵攻が可能になった区域の再制圧に問題の能動的な解決、議会の承認を必要とせず動かせる便利な学生騎士隊を旅行名目で送っておるわけではないのじゃ!」


ぜえはあ、とまくし立てる女神を見て、唇をつまみながらエウトリマは別の質問をした。


「つまり、ハイェルくん達も。確かエルヴィエルナにはメリージェーン隊が…。」

「知らぬ知らぬぅー!」


女神は両腕をぶんぶんと振り回しながら逃げて行った。


「舞さーん、ハンカチ落としましたよ〜!」


リーナもその後を追いかけてゆく。


「メリーさんって、確かリラちゃんとちゅーしたかったヒトのとこだよね。」

「ああ、アスターくんだね。あの時はアセデリラくんが機転を効かせたものの、彼女のあのぜネロジオとポデアはまだ私達には不明だ。だけどわざわざ私達をアルタ カンパへ、エルヴィエルナにはメリージェーン隊とダクトロのハイェルくんに準勇者のノワールくんを送ったんだ。理由があるんだろうね。」

「んー、ノワールのわたしってすっっっごい強いから、なにがでてもいーよーにとりあえず投げたんじゃない?」

「うん。恐らくそれが理由だろうね。」


エウトリマは1人、窓の外の空を見て軽く微笑む。実戦経験が殆ど無かった騎士候補生、いわばケンカ素人のはずのアスターイスヴァティージスララテアが、あの駆騎士アセデリラの全力を軽くいなしきった。そしてその彼女を口説き落とした、砲兵科を目指すパキラ。それにエルベラノに災厄を十数年封じ続けたダクトロのハイェルルラ、準勇者ダリア・アジョアズレスの欠片のひとつ、ダリアノワール。

ここまでの戦力を投入せざるを得ない状況が、エルヴィエルナで起きつつある、またはもう、始まっている。


「どうしたのエウちゃん?すっごくわる〜い顔してるよ。」

「ふふ、ただ今度は、どんな旅行になるか楽しみでね。」

「えー、ぜったいうそだー。」

「ふふふ、それより我らがきみがアウタナくんに捕まってしまった。何日かは帰って来れないだろう。彼女の分も買い出しに行こう。」

「そーだねー!かわいいお洋服着たーい!」


明るく駆け出すモモ・クルルテラ。準勇者ダリア・アジョアズレスとクルルガンナ星姫アルマコリエンデ、そして学習進化をするよう調整された天下無敵のぜネロジオを組み込まれた、太陽系第三惑星人の持つ戦力の中ても現状最も特殊と言える…。その彼女が所属するエウトリマ班が送られる地、アルタ カンパ。


「ふふ、ふふふ、ふふふはは!面白いね!!!」

「あのーすみません、少し静かにしてもらってもいいですか?」

「はい。すみませんでした。」


教室の出入り口から声をかけてきた教官は、また教室に戻る。落ち着いたエウトリマは、生徒会の次期会長候補へ、引き継ぎの資料を渡しに行くことにした。



「なるほど、それで生徒会を退いて、騎士隊の指揮に専念したいのだね。」

「ええ、ラプリマをひとつの生き物として、健やかなる方へ導くことも我らヤポニカナの責務では有りますが、それよりも私は、ブーケを率いて未だ見ぬ精強な龍、苦難、それ以上の苦痛に立ち向かいたく思います。」

「ふう、血は争えないか…。」


久しぶりに会話をした父は、その賃貸の一室、四畳半の座布団の上で深くため息をつくと、持っていたお茶碗とお箸をちゃぶ台に乗せて立ち上がり。


「君がクルルガンナの地政を学び始めた頃に亡くなった母の名前を、覚えているね?」

「ええ、ユイ、イーバィエ、リルス。」

「そうだ、だが君はつい昨日さくじつも、彼女と出会っているんだ。」

「それ、は。」


父は、肩の白いマントを外し、動揺して動けない私の肩の、青いマントにずらして重ねた。


「うん、よく似合っているね。かつてクルルガンナでの10余年に渡る星人ほしひと殲滅戦、女神と勇者の隙を埋めた、ワイルドハントと同じく邯鄲による記憶処理を免除された騎士隊のひとつサイクロン、その指揮を務めた私とエンゲージを結んだ、サイクロンの筆頭であった騎士ユイ。彼女の通り名は、シクローナ ジア ユベライサと言う。」



──夏の初月、22日。


「すうう、ぐー。」


アセデリラくんの寝息、いやいびきで目が覚める。

私達が寝かせられていた少し窮屈な、ほろのある荷台には、リーナくんやモモくんのすうすう、と穏やかな寝顔もある。

少し視線を上げると、ほろの向こうには眩しい青空。

ごと、ごとと、あまり整備もされていなかったであろう悪路に荷台が揺れて、アルタ カンパは他都市とひとびとの往来の、商業的な交通自体が途絶えていたことを実感させてくれる。


「何だ。起きたのカ。」


ふわふわと浮いて来たアルマくんへ手のひらを差し出し、座ってもらう。


「ええ、ちょうどいい天気ですから。」

「小癪なこトを、涙の跡があルぞ。」


微笑む。


「張り付いタ。能面のよウな笑顔だ。少シ前に太陽系第三惑星、文化再生の会ガ催シで付ケていルのを見タ。面ヲ付けタ者ハ、そノ動きだけデ感情ヲ現ス。今の己の肩ハ、震えていル。」


微笑む事しか、出来ない。


「クルルガンナは、意思に関わらズ感情や記憶すらモ、大気を通ジて伝達すル。心ヲどれほド隠そうとモ、だ。そしテ子どもの頃カら、風に吹かれル木々の葉のヨうに、湖面に浮カぶ落ち葉のよウになル。ラプリマの指導者とシて、笑顔デ心ヲ隠すヨう、教えヲ受けテいたのカ。」


つまり、アルマくんは私の微笑みの裏にあるものに、気づいている。


「そう、あまりいジメてやるナ。子ドモはこウシて、好きナダけ泣かセテやればイイ。」


普段、言動が幼いと思っていたカトラスくんが、私をそっと抱きしめてくれる。

幼い頃に母が、そうしてくれたように。


イ子♪愛イ子♪いとシ子よ♪笑エ♪笑エ♪ヨク笑え♪たくサン泣いテ、よく笑エ♪」


ぽん、ぽんと背中を優しく叩かれ、頭を撫でられる、泣く子をあやすような子守唄を。


「うわぁ、あ。」


抱き着く、思わず声を上げる。母を失い14年、求め続けていた母の影、そのかりそめの胸の中で。



「「ユイ!敵左翼が崩れた!」」

「「任しとき!」」


今しがたランサーで焼き切った敵兵器の残骸を蹴り跳ね、クルルガンナの星食い、多脚の移動砲台へ取り付く。

シュコォォォ。

3レグアはある球体砲台の下部吸気口が大気を取り込み、その全てを光へ変えて行く。


「「くそ!姐さん!頼んま!」」

「「全隊、先ほどの砲撃でサニトニスマ全域が消し飛んだ。枝ごと、無くなった。」」

「「うおお!てめぇら!皆殺しに──ピー─。」」


仲間達の怒号、震えた声を取り繕い冷静に報告しようとする指揮官、2度と繋がらなくなった戦友の通信ノイズ。その全てを聞きながら、ユイは祝詞を唱える。


「殺して、殺されて。ミィサ ディ ラ シアム セィニジアンタ ──。」


以前、勇者との共同戦線において、この巨大な移動砲台が兵器であると共に、クルルガンナの星人ほしひとの生活の場である事を知った。意識の共有による合議制を持つ彼ら。愛しい娘ほどの小さな子どもも、恋を知ったばかりの少年も。本当に太陽系第三惑星人の殲滅を彼らも望んだのだろうか?彼らだけでも、助けるべきではないだろうか?

それでも

それでも、この、目の前で鳴動を続ける機械に余分な熱を与え、彼ら全てを蒸発させることになったとしても。


「お母ちゃんもな、ほんまはこんな事したないねん──ルア 、 ミ ヴィア 。」


口火を切り、数多の、数十、数百億のヒトを殺戮し。

今まさに戦友たちとサニトニスマのひとびと420万3781名のいのちを消し炭にしたのは、こいつらだ。


「──ヌァ ヴィン。ほな。」


ウサギの内部、永遠の劫火に灼かれ続ける魂とランサーを繋げた。

構える。


「往生せいやああああ!!!!!」



さぁぁぁぁ。

局所的に発生した大量の熱は、空へ上がりやがて、雨を降らせる。


「「ヨシオカ。」」

「「なんだい?我が君。」」

「「女神をりゃ、ワテが女神なれんねんな?」」

「「何を!?」」

「「気にしぃすぎや。冗談や冗談。」」

「「ただでさえ、サイクロンの仲間達にも戦死者が出て、サニトニスマが地図から消えて私の心は折れそうなんだ。」」

「「よぉわかる。」」

「「君の顔を早く見せてほしい。」」」

「「わぁとるわぁとる。ほんまヨシは甘えんぼさんやなあ。愛しとるで。」」


そして、翌日。

女神と学園の職員、女神に質問していた生徒たちを、クルルガンナに融和的な意見を常々表明していた都市イナスラの住人総勢で編んだアンカラの一種、停止した時の中に封じ込め、私の目の前で、イェキで同時に一瞬で殺した。ユイは、イナスラの総勢8万と4409人は、ほんの僅かな瞬きの合間に、何事も無かったかのように復活した女神の手により、邯鄲の柱となった。



これが、私の知るユイの最期だ。彼女は恐らく、クルルガンナの星人ほしひとを老いも若きも区別なく殺し、殺される戦いの重圧に耐えられなかった。女神の下した命令はただひとつ、将来に禍根を残さないため、彼らの全てを殺せ。小さな、隠れて怯える子どもも見つけ次第ランサーで焼いて光に変える。家に戻れば、血に染まったその手で君を抱きしめる。私のウサギは君のものと同じく指揮官機だった。だから、か彼女の中にある気持ちに気付けなかった。彼女は女神になり代わり、世界のルールを書き換えようとした。だが、それは敵わず、君と私を置いて行ってしまった。」


さあああ。とんてんてん。

降り出した雨、少し大粒の雨がアパートの塗炭屋根を鳴らす。

じぃぃぃ、ぽっ。

古びた音波ラジオが勝手に作動し、きゅいぃきゅー、とノイズ混じりの音を流す。


「母に、会われないのですか?」

「今君に話したことは、あくまで私の視点だ。だから彼女が、本当は何を思ってそう行動したかはわからない。ただ、私達も君と同じように、学園で初等生の入学式に、女神から訓示を受けた。」

あめつちの狭間にあるそなたらよ、どうか。」

「健やかであれ。そうだ、彼女の魂がそこにあるとはいえ、私は今を生きるラプリマの、クルルガンナのひとびとの、健やかな暮らしのために生きている。そこに、今の私の心の中に、ウサギになった彼女の居場所は無いんだ。ただ、君達がエルベラノで戦っている姿を見た。ユイの声も聞けた。それだけで私は満足だよ。」

「私がまた、母と話すことがあれば?」

「こんな甘えん坊でも、まだヒトとして生きている。私はまだ、ヒトでいる事を諦めていない。」


父はそのまま、台所の左手にある冷蔵庫、その下段の野菜庫から小さい樽を取り出し、糠の中から緑の野菜を引き抜き、サッと洗い、切ってゆく。


「これは母さんの好きな味だった。食べて行きなさい。」

「はい。」


トントントン、きゅうりを切る音。


「「ザザ夢の〜中にぃジジ〜♪」」


ラジオから流れる、父と母が出会った頃に流行っていた、ノイズ混じりの歌。




「そう、私の母は今はそこの、ウサギキャリーの中で格納されているんだ。」

「孫娘と同じようナものダな。」

「あぐアグあぐ。」


私は、2人と恐らく寝たふりをしている、それぞれ震えながら抱きしめあっている3人にも聞こえるように、説明をした。


「カトラスくんのおかげで、心の中が軽くなったよ。ありがとう。」

「我が1184、孫娘が2292代としテ、4万ト3千年で初めテこの大あばずれへノ感謝ノ言葉を聞いタ。」

「あぐアグ、カトラスの胸二抱かレタ男ドモ女ドモは、皆嬉シ涙を流しテタ。アグあぐ。」


こともなげに、何か途方もない事を言い放ったカトラスくんは、引き続き炭焼き石パンを齧り始めた。


「待って!カトラスちゃんっておおあばずれだったの!?」

「こらモモさん!寝たフリをしなさい!」

「そだった!ぐーぐー!」

「すぅ、すぅ。」

「お嬢様もモモ様も、とてもお見事なお休みのされ方です〜!」


アルマくんは寝たフリを再開した3人を呆れた顔で見た。実際は人形ほどの姿になっているため、表情は窺えないけど、雰囲気で私はそう感じた。


とにかく、アルマくんは話を続ける。


「そウ、モモの言う通リあばずれダ。それモ生半可ナものではなイ。」


「アルマくんの難解な発音や言い回しに語弊が生まれる可能性もあるので私がまとめるね。

かつてクルルガンナは、その有史、紙や石に記録をつける文明が興っていち千飛んでご百年ほどは、太陽系第三惑星とさほど変わらなかった。つまり、貨幣と通商、経済的な発展を目指すことによる重商主義。地域ごとに見出された宗教観と、その解釈による宗派の分裂。奪い奪われ、裏切り裏切られ。欺き欺かれ、殺して殺されて。狭い集団の共通の認識は偏見となり、そして他者に対する排斥、差別、争いへ続いて行く。」

「だがそこニ、こノあばずれガ現れタ。」

「あぐアグ。トマト。がぶガブ。」

「とある敗戦国で奴隷として扱われていた姉妹の姉は、妹が辱められ殺されたあと。」

「事もあろウに、その買い手ヲ、その地域ノ長を、その大陸の首長全テを。」

「むぐムグ。ベーコン。がじガジ。」

「その…身体で虜にしてしまったんだ。他の大陸のヒト達も。」

「しカもそれヲ、40年は続けタ。」

「リンゴ!リンゴ!がぶ!」

「そのうちに、クルルガンナのあらゆる人はみんな、カトラスくんの子どもになった。」

「我らガ祖先ハ、こやつヲ星ニ選ばれタ姫と呼んダ。」

「バナナ!オイシイ!」


「うわー、すっごいねー。」

「聞いて感じたけど、カトラスくんの包容力の理由がわかったよ。」

「わた、わたくしは!とても誇らしいと思いますわ!全ての争いをおさめたのでしょう?方法がどうあれ。」

「ふむふむ…。」


「我、全テノ生き物を妹にすレバ良イと気付イタ。カシコイ!」

「お前達。同情しテ瞳ヲ潤ませルのハ早イ。ぜネロジオに記録ガあル。」


アルマが氷壊のポデアに投射した映像には。


カトラスのものであろう腕と、胸が通路を走るのに合わせて揺れ、並み居る衛兵へ飛びかかり、押し倒し、男女の区別なく、老いも若きも関係なく、あられもない姿にしてゆく。


別の映像では、全く違う建築様式の、華美な装飾が施された建物、その大広間に敷き詰められた赤い絨毯の上で、金の衣服を見に纏った初老の男性を押し倒し、馬乗りになっている。泣き叫ぶ、恐らくは娘であろう女性にも飛びかかり、その胸に抱きしめて、鳴かせる。


「うーわー。」

「これは、その、」

「これを…カトラスくんが。」

「少し、刺激が強いですね。」


「そウ。星すラも抱ク、単なルあばずれヲ超えタ本物ノあばずれ、これガ初代星の姫、アルマコリエンデ、ダ。」

「それでも、あなたや、わたくしの直接の母、わたくしが切り裂いたあの方に、これまでの星姫もみな、アルマコリエンデの名を継いできたのですから。」

「うム。常に自制心を持っテ過ごすヨう、戒めとしテ。しカし、そノ連綿と積み上げらレてきタ自負と誇りこそガ、先の大戦ヲ引き起こシ、数々の悲劇を産んダ。何事も、程々ガ丁度良いのダ。ひとつの物事にハ光もあレば、闇もあル。」


そのカトラスは、ふたりの目の前で、エウトリマとモモにバナナの、胸を使った挟み方と、舐め方を実演していた。その隣ではリーナがスケッチをしている。


「そウ、こレデ挟むと、男モ女モ喜ぶ。」「舐め方に変化を付ケル。お前達の主人も間違ワズ鳴ク。」


いのちの在り方について話していたアセデリラは、げっそりした顔でアルマを見た。


「あれは、闇でいいんですの?」


同じくアルマもげっそりした顔で答える。


「生命ノ、生物ノ本能に根差しタ行動ハ、光であル。しカし─やりすぎハ、闇。」


「このリーナ、得心いたしました〜!」


遠巻きにスケッチをしていたリーナが、片手で眼鏡をつまんで持ち上げ、光らせる。


「カトラス様、つまり星に選ばれたあばずれの姫、アルマコリエンデ様のぜネロジオをお受け継ぎのお嬢様も、星を揺るがすほどのあばずれの素質があるのではないでしょーか!」


瞬時に展開した緑雷のポデアを四肢に刺し、正面から平手ではっ倒しましたわ。



気付けば二足獣に牽かせていた荷車も止まり、降りたわたくし達の目の前に、ラプリマでは見かけない服装の数人の男性と女性、そして艶やかな黒い髪の、わたくし達よりも5、6歳は若い少女が、深々とお辞儀をされました。


「ようこそアルタ カンパのふもとユキツチへ。プリナ ィ アマザのイノカミ、イノカミリンと申します。



第二部ワイルドハント06 上 了



下を書き切るのにたぶん一週間かかるとおもいます。

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