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第二部ワイルドハント05 アタシだけの、わたくしだけの、私だけの。

ぱち、ぱちちち、ちち。

目覚ましが鳴る。昨日も夜遅くまでおしゃべりをしていたから、まだまぶたが重い。


「んっ。」


軽くお腹に力を入れ、曲げた両足で地面を蹴り、同時に、伸ばしていた両腕を思い切り引き、跳ね起きる。うん、少しずつ重心の移動、ボディコントロールがうまくなってきた。

隣の大好きな女の子はまだ寝ている。


しゃかしゃか。


小さな妖精さんがふたり、朝に食べてもお腹がびっくりしない食べ物を運んできてくれる。


「いつもありがとう、ペンタス、ペンステモン。」


妖精さんたちはまた、どこかへ遊びに行く。

さあ、ねぼすけさんの目が覚めるようなごはんを作ってあげないと。妖精さんたちが持ってきてくれた緑の葉っぱを食べやすい大きさに手でちぎる。細長く、少しでこぼこしている緑のお野菜、そのりょうはしを軽く握って、力を入れて、ふたつに折る。長い方は食べてもらおう。小さな赤い、まるっとしたお野菜を添えて、


「ほんとうはゆで卵がいいんだけど。」


仕方ないので、小さな黄色いお花を添える。

ぴちゃ、ぽちょん。

建物の裂け目に添えていた、雨水を溜める細長い容器に入ったお水をグラスに注いで、テーブルに乗せて。

そっと、まだ眠っている女の子を揺らす。


「ねえ、おはよ。」


昔から、ずっとそうだった。いつも朝が弱いねぼすけさん。


「もうごはんできてるよ?」


だらしなく開いたお口にキスをする。


「うふふ、もうちょっと寝たいんだ?」


頭をそっと撫でて、テーブルにつく。


「起きないと先に食べちゃうわよ?」



第二部ワイルドハント05 アタシだけの、わたくしだけの、私だけの。



ちりりりり、大きなふたごが、小さな声で歌い出す。


「んん、もう朝か。」


隣で寝ている紅い髪を揺する。


「ほら、起きろよ。」

「んんんみいいい。」

「今日は正式に騎士連合へ復隊する日だろ?」

「お布団から出たくなああいい。」

「あのな〜、準勇者がそれだと他の奴に示し付かねえだろ。」

「ねーレジーナ。ちゅーして、ちゅーしてくれたら起きる〜。」

「ったく、しょうがねえ、な…んぷっ!」


ベッドの上、シーツの中に引き摺り込まれる。


「ねー、わたしもあんな風に起こしてほしかったよぉ〜。」

「はいはい。」


お顔を軽く、蒸した布で拭いて、両方のほっぺたに手を添えて、ぷにぷにすべすべのお肌に乳液を馴染ませる。それが済んだら精いっぱい抱きしめる。


「あんん、いたぁい〜。」

「もう少し、このままで。」


傘をさした手のひらサイズの生き物が飛んでくる。

横目で見ているとそれは、回転しながら湖水のポデアで、冷たい雨をそれぞれのベッドに降らし始めた。


「冷たイ!カトラス、冷たイ!」


跳ね起きたカトラスがパジャマのまま、雨を降らしている小さなメイドへ切りかかる。


「騒々しイ。」


窓枠に腰掛けて、目覚める街並みを眺めていたアルマが呟いた時、カトラスとメイドがベッドのひとつへ叩きつけられる。ぼふん。


「うるさい。いちゃいちゃちゅっちゅのじゃま。」


シーツから顔を覗かせたダリアは、騒いでいた2人を睨み、またシーツの中へ潜る。

くぐもったレジーナの声がふたたび聞こえる。


「もう朝なのかい…。」

「ふわぁ、あ。」


目を回しているカトラスと小さなメイドを撫でながらエウトリマとアウタナも目覚め、着替えを始める。


これは樹上文明クルルガンナ、太陽系第三惑星人の枝上都市ラプリマ、その中の小さなお店、「レジーナ」の住人家族の朝の風景。



「おはよ、すたー。」

「おはようございますフェイ!」


フェイとスタークラスターは、サヌレビアでの三日三晩の戦いでボロボロになり、ランサーはおろか、ポデアさえ使えないほどの疲労が蓄積した状態で、平手でぺちぺちと叩き合った後、抱きしめあって打ち解けてから、精神的に安定した。


「ら、ららー、ら♪」

「らー、らら、ら♪」


声は揃えないで、けれど補い合うように。


「ららーら、らんらら♪」


そして、声と指のそれぞれを重ねる。大事に想い合うふたりの、朝の儀式。



「うー。」


重ねたままのせんべい布団の上で痛む頭を揺らす。吐き気もする。


「うるさい。」


押し入れから面倒そうな声。


「はっ!もう朝!」


部屋の隅っこに移動していたこたつで寝ていた少女は、空の酒瓶を押し除けて、ずり落ちていたメガネをかける。


「舞さん、智子さん、今日は準勇者復隊の日ですよー!」



それぞれの生活を見ていたそれぞれの妖精は、空へ一声鳴く。


「キ。」


朝の晴れ渡る、澄み切った空気の中へ霧散するはずだったその空気の振動は、他の家庭を観察していた個体のものと、他の都市のもの、クルルガンナ全域のものと合わさり、重なり、一本の線として、ひとつの場所へ、流れ込む。


「キキ、キ。」


ひとりの妖精が、黒い線を運んでくる。ありがとうお父さん。受け取って、


「リコルディアラ。」


黒い線を圧縮し、地と水平に右回転させながら薄く、円盤状に広げてゆく。


「ラサ ミ リジ ラ リカラーダ。」


空気の振動が圧縮され細長い、先がさらに細く、その先ほどさらに細く、限りなくゼロに近づいた針状に変化し、回転する円盤の一端へ触れる。


ティリィーリィーラ、ルァラー

円盤、その溝に触れた針は震え、振動を根元に伝える。その根本は圧縮される前の、固定された「空気の振動」へ伝わり、さまざまなひとびとの朝の、1日の始まり、または終わり。どこにでもいるひとびとの、今日一日を生きて、あるいは死んで。そんな生活を音の流れとして再生してゆく。


「ふーん。」


少女は、野菜のサラダとグラスいっぱいの水が乗った白いテーブル、その向かいの白い椅子に乗せられた、あるいは置かれた、少女の心情を汲めば、座らせてあげた。と表した方が最適な、その赤黒い肉の塊へ話しかけた。


「ねえ、このヒトたち、みんなその、ラベンターって別の星のヒトを殺そうってしてるのよ?あなたは、殺してでも止めたかったのよね、ダリア。」


当然、死亡して十数年も経つ赤黒い肉の塊は答えない。


「あなたの拾ってきたあの子どもの死体、あの実験体の子どもだったのね。けど、いくら天下無敵でも、すべてを不安定にするあなたには敵わない。」


葉っぱを口に入れて、考える。苦味と甘みのある葉を口の中でもしゃもしゃと噛んで、考える。太陽系第三惑星人をアーメフォーニで同時に攻撃すれば、恐らくは皆殺しに出来る。ただ、それではダリアの願いだった「異なる文明の異邦人同士が手を取り合う」事にはならない。それに恐らく、うまくいったとしても、シクローナの時と同じように、邯鄲で全部ひっくり返される。あの力はもう、ポデアのような意思を介在する能力などでなく、夜に眠れば朝が来る、水を飲めば喉が潤う、息を吐けば息を吸うといった領域で発生している。女神に直接勝負を挑むなんて、浅はか。


「あむ。」


少しクセの強い苦味のある実野菜を中の種ごと食む。


そもそもこんな暗く沈んだ最低の考えは、欲求不満から来ているのでは。そう、私には欠けているものがある。どうしても欲しい、手に入らなくなったもの。それを失ったはずのレジーナは、若返った彼女と睦み合い、口付けを交わしている。目の前で八つ裂きにされたアセデリラは、自分の手で理想の彼女を組み上げた。


「あぐ、がぶがぶがぶ。」


橙色の根菜を、掘り出して土のついたまま根本から噛みつき、奥歯で齧りながら喉の奥に少しずつ入れてゆく。犠牲となったエルベラノのひとびとの肉体、地中の細菌が固定した窒素の味と、根菜自身が持つエグみとその中の純粋な甘みが口内と喉、食道、胃を満たしてゆく。そうだ、私は目の前の彼女をそのまま戻せばいい。私の不滅のぜネロジオを、家族やエルベラノ市民は受け入れたのに彼女だけが弾くのは、きっと余計な味付けをしようとしたからだ。野菜は生のまま、下手な調理や味付けは必要ない。そのままが一番、一番おいしい。


「けぷ」


お腹の中がニンジンで満たされる。目の前のダリアを見つめる。あれから毎日、舐めてキスして、血塗れだったその姿のまま、愛しい愛しい、私だけのダリア。でも、どうやって身体を再生させよう?

成功例を改めて確認する。

レジーナのダリアは元々のダリアが、実験体の実の肉体に己を分けた切れ端で。

アセデリラのモモは、フェイのランサーで焼かれてほとんど残っていなかったダリアのぜネロジオと絶対無敵の、そしてアセデリラのクルルガンナのものを混ぜた、交雑種と言っていいもの。けれど、このモモは一級素材で作り上げた、身体だけは一級品。

この私、ハイェルルラのもとにいる、ほんもののダリアにヒトの身体をもう一度持ってもらって、中の魂を呼び起こせれば、どんなお話をしてくれるんだろう。ぜネロジオ適応手術で苦しんでいた私の手を握ってくれたダリア。あの時は、勇者になりたいって瞳をキラキラさせてたっけ。

そうだ、ダリアに絶対無敵と不滅のぜネロジオを混ぜたら私だけのダリアが生まれるんじゃないかな。実験体の所へ行こう。


エルベラノ太陽系第三惑星植物復元研究室。問題の実験棟。準勇者ダリア・アジョアズレスの閃光によりほぼ溶けて建物の基礎構造や鉄筋が剥き出しになったそこには、エルベラノ全域に配置したアーメフォーニのカネクトゥスが展開するルリローで、苗木の姿にまで押さえ付けられた植生があった。


「さあ、憎ったらしい実験体。あなたのぜネロジオで私のダリアを再生させてもらうわ!」


苗木としても、ゆうにウサギを3台並べたより大きい。私の接近と言葉に反応したようだ。


「あはははは!その姿でこのハイェルルラに勝てるわけないでしょ!」


近づいて、展開したイェキで組織を削り取る。


「まあこのくらいあればいいわ。また来るからしっかり生えときなさいよ。」


戻るため背中を向けると、学習した実験体がイェキを飛ばしてきて、ハイェルルラの7418体めの肉体は、両断された。



「「というわけ。女神、私だけのダリアのために、エルベラノのアレを殺すのを手伝ってちょうだい!」」

「のうお主、もっとこう、何か、あるじゃろ?せめてワガハイではなく、当のダリアやモモに言うべきで、例えば直接言わずにアーメフォーニで何か事件を起こして、その謎を追いかけていくうちにそこから大冒険が始まるのではないのかの?それこそダリアの手紙にあったようにラプリマで凄惨な事件を起こすとか。そもそもお主先月、フェイ・エル・ベラーナとあれだけ劇的なお別れをしたのに、こう易々と外部と連絡を取っていいのかの?」


アーメフォーニは被りを振る。


「「はぁ、私はこれでもダクトロなわけ、わざわざ魔王ペンディエンテにケンカを売って邯鄲でひっくり返されたくないわよ。そもそも私シクローナがどうなったか目の前で見ちゃったんだし。あとそっちのダリアやモモには死んでもお願いしたくないわ。だって私の「ブラック・アジョアレスの方が身体の構成的にほんもの成分が多いんだもの。フェイは別にいいわ、あの星の子とヨロシクやってるんでしょ。」」


女神は頭の左右に生えた2本の角にそれぞれの人差し指を当てて円を描く。


「のう、ブラックダリアの方が良くないかの?」

「「なんでよ。」」

「じゃってブラックアジョアレスじゃとその、」

「「なによ。」」

「呼びにくいから縮めると、ブスになるじゃろ。」

「「はぁ!ブラックダリアならブッダになるじゃない!」」

「ぐぎぎ!お主の妹とセンス一緒じゃな!あやつのパートナーの名前がスタークラスターじゃけど、お主ならどうニックネーム付けるんじゃ?」

「「んー、ターター?」」

「また難解な…よいか、お主の妹はスタークラスターという名前の愛称をスターとしたのじゃ。」

「「なによ、普通じゃない。普通すぎるけど。」」

「聞いて驚くなや?ス×××××ター、でスターなんじゃ。じゃから周りのものが、スタァ↑と発音するのに対してお主の妹はの、スター→と発音するのじゃ。呼ばれておる本人ですら、エルベラノ方言だと思っておるのじゃ。」

「「ちょっとセンスを疑うわね。」」

「ブラックダリアをブッダと略すのも同じじゃ!!!なんで太陽系第三惑星人の名前にするのじゃ!」

「「だってブ×ッ×ダ××でブッダじゃない!」」

「…のう。」

「「何よ。」」

「ノワールとかどうじゃ?


新たな知性体との出会い、激突!苦戦するダリア、モモ以下騎士達!そこに颯爽と現れた黒を基調とした紅髪の戦士!


「あ、あなたは!」

「ノワール。ダリアノワール。」


どうじゃ!ワガハイならカッコよさに鼻血を出して倒れるのじゃ!」

「「いいわね!クルルガンナの娘が調整した子みたいに、ある程度性格も方向性つけられるんでしょ?クールで寡黙でもいいんじゃない?」」

「お主がそれで良いなら止めはせぬが、2人きりじゃと切なくなるのじゃ。」

「「そこは13年間ほんもののダリアと暮らしてきた私に隙は無いわ!ほらこうやって、私だけのダリアとお話してきたのよ、ねぇ?」」

「なるほどの。そうじゃ、ついさっきダリアの復隊式があっての。」

「「わ、何!?アンタ誰!?勇者じゃない!?」」

「トモはこの会話を聞いておる。また、ダリアの使う新しいルリローはワガハイも習得しての。既にあの実験体は。」

「「今全部聞いたわよ。最後の天下無敵のぜネロジオも預かったわ。しばらく1人にしてちょうだい。」」

「「ダリアノワールだ。女神には感謝している。」」

「「ちょっとまだ出るんじゃないわよ!あっ♡んんっ♡ノワールぅ♡」」


ハイェルルラのアーメフォーニは女神に頭を下げた後、帰路についた。


「お主、ちょっと待つのじゃ。」


女神はラプリマおみやげのおまんじゅうとクッキー、走り書きのメモを手渡した。


数日後。


「ブーケのエウトリマ班には、アイナファ ィ キレアーサの掃討を命ずる。」


ダリア・アジョアズレスの復隊式から数日後、アセデリラ達は女神からこう告げられた。


「普通、こういう駆除などは都市の運営に携わる方々が、駆除対象と規模に合わせて、予算に応じて都市所属の各騎士隊に指示を出すのではなくて?」

「ぐう。なんでこやつ今日はこんなに鋭いのじゃ…。」

「ふふ、女神。我が君アセデリラは「レジーナ」の経営を通じて厳正な予算生活を行うようになったのさ。」

「待つのじゃ!するとなんじゃ!?よもや毎月のお小遣いを初日に使い果たしてひーひー言ったりせぬと申すのか!」

「マイちゃん、お嬢様はもうすでにその段階は卒業したんです。」

「話が進まないのじゃ…のうアセデリラよ。」

「はぁ、なんですの?」

「明らかにめんどくさそうな顔をするでないわ!時にお主、もしもの話じゃぞ?もしラプリマで何らかの異常な、例えばそう、各家庭のおうちに急にアーメフォーニが現れて、イェキで住民にケガを負わせたりしたらどうするんじゃ?」

「はぁ…まずランサーの一種であるイェキを飛ばせる方はわたくしの知る限り、ワイルドハントの副隊長ヒペリカムさんか、一時的にサヌレビアのダクトロになったフェイさんしかいませんわ。ワイルドハントほどの騎士かダクトロ級の人物に限られます。さらにアーメフォーニが複数となりますと…。」

「女神。お姉ちゃんと何かイタズラ考えたのね?」

「い、いやいやいやそんなことはないのじゃ!嘘じゃと思うならほれ!」


女神はマントの中に隠れていたアーメフォーニを取り出しました。


「のうハイェルルラよ聞いておったか?お主は何も関係してないじゃろ?そうじゃろ?」

「「ええそうよ。私は女神と何も関係したりしていないわ。」」


しばらくの沈黙。


「お姉ちゃんのアーメフォーニがここにいて連絡できてる時点でおかしいでしょ!!!!!」

「「あのね、フェイ…これには理由があるの。」」

「ねえわたし帰ってお店の仕込みしたいんだけど。」

「わたしも帰ってレジーナとキスしたいんだけど。」

「「ダリア。この!浮気者おおおおお!!!」」


アーメフォーニが飛び上がって震える。


「「モモはまあいいわ!けどねダリア!あなた!わたしをあそこに閉じ込めて死んじゃって!よくもあのあばずれとキスしたいって言えるわね!!!」」

「リラちゃん、あばずれってなに?」

「わたくしが抱きしめてあげますから、モモさんは聞かなくていいんですのよ。」

「「ハイェルは、わたしでは満足できないのか?」」

「「あっ、今はだめっ♡やっ♡」」

「ちょっと待って今の誰!?わたしのハイェルルラを!!!」

「声紋の解析が終わった。今の声ダリアさんだよ。」

「むっ、今の声はダリアくんのものなのかい?」

「フェイの幼くて暗い声と違って、大人な雰囲気の暗い声がいいですね!」

「どうしてエウトリマが反応するんですの!?」

「ぺーんぺーんー!」


ぎゃあぎゃあと騒ぎ始めた一同から少し離れたモモが深呼吸をすると、サイドテールの中からアルマが現れた。


「孫娘の妻ヨ。」

「うん、どーしたの?」

「あれガ、あばずれというものダ。」

「うーん、よくわかんない。リラちゃんはわたし以外にもお嫁さんいるけど、リラちゃんの呼び方ってあるの?」

「元のお前ガ読んでいタ本の中でハ、タチ(リバ可)が最適ダ。

「へー、ありがとう。」


モモは火花を散らしている輪の中に入り、アセデリラの袖を掴んだ。


「ぜぇはぁ、どうされ、ましたの?」

「タチ(リバ可)ちゃん。わたしおなかすいたからはやくおみせかえろーよー。」

「…。」


空気が固まる。アーメフォーニ越しのハイェルルラとダリアノワールも固まる。


「それ、誰に教えてもらいましたの?」

「アルマさん。」

「あーなーたー!!!」


浮遊して逃げ回るアルマをアセデリラが追いかけ始める。


「あはは、面白いね、ノワール!」


涙が出るほど笑う。こんなに楽しいの、こんなに幸せなの。みんなが生きてた時くらい。私が不滅のぜネロジオを組み込まれる前くらい。


私が生きていた時くらい。


こんなに楽しいことが続くの、夢みたい。


「…ろいね、のわーる。」

「オモシロイ。オボエタ。」


エルベラノ太陽系第三惑星植物復元研究室。問題の実験棟。準勇者ダリア・アジョアズレスの閃光によりほぼ溶けて建物の基礎構造や鉄筋が剥き出しになったそこには、実験体の触手に絡め取られ、意識、知識、経験、記憶、技術を吸収されつつあるハイェルルラの姿があった。



第二部ワイルドハント05 アタシだけの、わたくしだけの、私だけの。

   

     改め


第二部ワイルドハント05 ハイェルルラ・エル・ベラーナ奪還作戦//アストロブレム攻防戦01



「「ものども!かかれい!」」


アーメフォーニを肩に乗せた女神ロータスは軍勢、三都市騎士連合の総勢4.461名へ号令をかける。



澄み切った空の下、女神の借りているアパートを訪れたその個体は、ダリアの半身を抱えたハイェルルラが実験棟へ向かったことを告げた。

ハイェルルラの不滅のぜネロジオにより龍の姿として再生された、かつてのエルベラノ都市民、アーメフォーニ群体によるカネクトゥスは、その主ハイェルルラの力が途絶えたあともおよそ3割ほどの出力を保っていた。


「「アウタナ、ユキヤナギ、マルバノキ!謳うのじゃ!」」

─朝の君の

  眩しい瞳

   かがやいて─

エルベラノ北端ラプリマ、西端エルヴィエルナ、南端エルアートヌの三方から各都市のダクトロのリーディングに合わせ、旗下の合唱隊がエルベラノ全域を覆うルリロー、そしてアーメフォーニ群体と騎士連合を包み込むアンカラを形成する。


「「エルベラノのアーメフォーニ、各都市騎士隊、アンカラより外に出るでないぞ!」」


女神は瞳を閉じ、命球人類生存域の周囲を飛び回る0号ウサギ、フリウグゥィアの軌道を変更する。


「「各ダクトロ、アンカラ、気ぃ張れや!星が落つるぞ!」」


天の川銀河、その中心に位置する天体、命球。その強大な力は、銀河を構成する数多の存在を取り込み、光にし、喰らう。

女神ロータス、その元は平凡な日本人であり、悲運に見舞われたただの女子高生。蓮坂舞は当然その天体に生命体の存在する場所はない事を知っていた。ほぼ無限にあらゆる光と熱を取り込み、かつただの一点に圧縮する、事象の地平線その内側。

そこに生命の存在を見い出す知的生命体が他にも存在し、地球人の延長と対立することがあれば。

ただ一度、その一度で失われた多くの命のために、ルールをひとつ、書き換えた。


命球の力に引き寄せられ、渦を描いて捻り潰されてゆく、光と熱を刹那、解き放つ。


「「かんたん。」」


エルベラノの都市構造、大気にいち千万度の熱が与えられ、その全てが光球となる。


「「おしまい。」」


その言葉に合わせ、光球と化した万物は与えられた熱を奪われ、子どものようにふるまうのをやめる。


「「ものども、かかれい!」」


肩にアーメフォーニ、ハイェルルラとイフェイアーナの父親を乗せた女神ロータスは、号令をかける。


「あんなものを見せられて!」

「うん!」

「奮わないわけには!!」

「うん!!」

「参りませんわ!!!」

「うん!!!」


不滅のぜネロジオを取り込んだ天下無敵のぜネロジオ。

それはまた、星が光と熱へ変換されるほどの力を受けても、再生を始めていた。


光球化をとめ、さらに再現されたエルベラノの遺構の中、各所で急速に根を伸ばし、模倣した騎士とウサギで実験体は、騎士達と戦いを始めている。


ガキィン!ジャリィィン!


ランサーが鍔迫り合い、火花を散らす。


「がぅるららぁ!」

「にゃうううあああ!」

「キィィー!」


ドッグラン、キャットウォーク、バィルアなどで勝利し、獣へ半転換を望んだ騎士が吠える。


「─リシィ、グ。」

「せあっ!」


シリンに立つわたくしの影からの一撃を、モモさんを抱いたまま躱わす。


「リラちゃん、このヒト、変な感じする!」

「恐らく、準勇者のスケラを模倣したものですわね。」


スカカカカカン!


背後からの多数のイェキ。

その刃の流れに沿うように駆けると、身長ほどあるロングのサイドテールとすれ違う。


「死ぬなよ。」


かつて準勇者ダリア・アジョアズレスが作ったワイルドハント、メンバーの過半数が死亡または再起不能、戦闘継続困難となった中、彼女らの輝きに恋焦がれた2名の騎士のペアが新しく作ったガブリエルハウンド。その隊長パンパスグラス。そしてヒペリカム。彼女らは今、準勇者ダリア・アジョアズレスの姿形、能力をコピーした影と対峙する。


「そちらこそ!」

「カッコいいー!」


返事をし、進むと十字路の曲がり手向こうにコピーされた騎士の一団が陣形を整えている。


「道を開けろ駆騎士!総員かかれー!」

「砲撃開始します!」

「うおおー!」

疾風かぜよ!」

「行くぜハニーちゃん!」


十字路を曲がりつつあったゲンザンを切り返し、いつかの北端封鎖基地隊長とその部下、いつか共に戦ったイ食対応騎士の長髪、短髪、ハニーちゃんのウサギ達に道を譲る。


「そこの獲物、貸しにしておきますわよー!」

「またクッキー作ってねー!」


抱えたシクローナに乗ったモモさんと共に叫ぶ。

駆ける。

駆ける。

「レジーナ」に来店された事のあるお客様の中にも、騎士がいる。ブーケを立ち上げてから共に苦難を乗り越えて来た仲間たちもいる。いつかグラウンドで勝負をした騎士と、そのペアもいる。影の現れるたび彼ら、彼女らがその前に立ち塞がる。アルマとカトラスも、彼ら彼女らののサポートに回る。

そして。


「あれ、ですわね。」

「うん。ラアァス シア ─」

「─ イクステーラ。」


モモさんが、まだダリアの肉体だったころ、エプリシアによりこじ開けられた記憶の牢獄の中で見つけた、準勇者ダリア・アジョアズレスが開けた、「女神のお菓子の箱」。ヒトを殺め、邯鄲の柱となり、ついに鉄の塊となった者の、魂を解放する。


「「こうして、話すのは初めてだね、アセデリラ。」」

「ええ、お父様。」

「「あんたら!涙ちょちょぎれる親子の再会はええけど、ハイェルルラ見えたで!」」

「もーシクローナー!」


元来の騎士の自由意志で駆動するウサギは、即座にゲンザンからシクローナに切り替わり、蠢くツタを跳ねて躱わす。



「ちぃィィ!さすが準勇者!」

「パラちゃん!よそみ!」


不完全とはいえ、準勇者の肉体と技術をコピーし、さらに天下無敵のぜネロジオで駆動する影は、さすがの現ワイルドハント改めガブリエルハウンド隊長の経験、技術でも防戦一方となり、限界を迎え、


「いただきだ!」


パンパスグラスの隙を狙う事に集中した影の動きは、当然抜け目のないレジーナの餌食となる。

横腹に一撃を喰らい姿勢を崩した所へ。


「行け!ダリア!」


降り立った紅い髪の騎士は、影のあごに手を添えて、慈しむように撫でる。


「さよなら、いつかのわたし。」


パンパスグラスとヒペリカムの眼前の光、熱、時間を収束させて、一時的に視界を奪う。


「ヤリラ ルーマ。」


閃光。



背後に、重くのしかかる感覚、そして空へ駆け上がるような光。


「騎士隊!楔!」

「隊長!もう私達5人しか動けません!」

「ちくしょう!なんだよアレ!」

「気にするな。まずは我らの、ぐっ!」

「大変だ!治療が追いつかないぜハニーちゃん!」


負傷者を囲うように楔形に陣形を整え、次の攻撃に備えようとする面々は、泡に包まれる。


「ばうばうばうっ!」

「御空、鳥の舞う♪」


影を切り裂く星の輝きと、我が子を包む母の手のような泡が一帯を支配した。そこへ


「いざヤ夢の。」

「終ワリヲ告ゲン。」


小さな氷の精のような者が舞い、泡ごと影の群れを凍らせる。

そこへ歪に反った太刀を携えた少女が、舞に合わせて影達を切り払う。


「行ケ。」

「オ姉ちゃん、大事。カトラス知っテる。」


頷きかけたフェイの首元を咥えて、スタークラスターは駆ける。



「「よし、ここまでが許可された領域だ。ブーケ各隊、負傷者の搬出と護衛に全力だ。私達は私達の戦いをしよう。」」


エウトリマ・ヤポニカナはダンサンカ ブーケの隊を直接の戦闘ではなく、人命の保護と救出を主目的と設定し、構成する隊員達も、その事に使命感を持って動いた。



準勇者ダリア・アジョアズレスが放った閃光は、遠く離れたラプリマの片隅からも確認できました。


「あれ、は──。」

「ぼさっとするにゃ。避難誘導を続けるぞ。」

「…はい、所長!」


また別の街角でも。


「姐さん達…。」

「なんだガス、てめぇの整備の腕に自信ねぇのか?」

「ドン、そうじゃねえけど。」

「おい、「レジーナ」の。炊き出しの列がパンクしそうだ。早く次のを頼む!」

「わぁってるよエス!」



「マイもまったく!私1人に三都市を防衛させるなんて!」

「智子さ〜ん、私もいますよ〜。」

「ヒメコは早くウサギを降りて戦いなさい!」



─闇をもたらす♪

  暗澹あんたんたる死に人を♪

         薙ぎ倒せ、打ち払え♪─



跳ねて、駆けて躱し、かつて破壊女帝として、ひとつの都市を率いて女神の敷いたルールを破ろうとした者がその枝を叩き割り。かつて勇者として、他の、クルルガンナの星人ほしひとを鏖殺した者がその枝を薙ぎ切る。


「向こうもわかってる!ハイェルちゃんを渡さないつもり!」

「ええ!どちらが先に根を上げるかの勝負ですわ!」




「ふふ、あのお話すてきだったね。」

「そうだね、劇の伴奏をしていたヒト達も、主役達の心情を見事に表していたね。」

「もう、ノワールったら、ぜんぜんダリアっぽくない。理屈っぽーい。」

「ふふ、ハイェルが子どもなだけだよ。」

「もー。」


街の通りに面した、オープンテラスのカフェ。白いテーブルに白い椅子。晴れた空の下、行き交うひとびとの喧騒を遠くに聞き、ハイェルルラは満たされていた。好きなヒトと、好きなだけ。心のゆくまま、夢のような時間を─。


がらがらがら、どん。

急な黒雲と、稲光。


「もー!せっかくのデートなのにー!」


立ち上がったハイェルルラは、ノワールの手を引こうとする。


「ほら、早くあまやどりしよ!」

「わたしは、このままでいい。」

「どうして…。あ─。」


ノワールの姿は、降り注ぐ雷鳴と雨の中、次第に崩れて。


「夢の、─り。さよう、なラ。」


赤黒い、あの肉の塊へと変化してゆく。


「ノワ、ノワール!いや、いや!私の!私だけの!私だけのダリアー!!!」




そこには、顔があった。

ヒトでないいきものが、ただ誰かを殺すためだけに造られた、植えられた、花を咲かせる木。

それがいくつもの、いくつもの命を喰らい、形質を変化させて作り出した、顔。


「こぉん、にちィ、はぁ。」


口を開く。


「わた、シの─アカチ、ャン。」


人語を、肺から送り出した空気を胸部、喉、頭蓋、口腔、歯と舌、鼻腔で反響させるのではなく、何重にも編み込んだ根から取り込んだ大気を、幹のウロで反響させて出す。


「アナタの、お母サン、でスよー。」

「お前は。」


対峙したモモは、吐き捨てる。


「お前は、わたしの母親じゃない。」


顔は、眉をひそめた。


「あら、ラ。こトば、むつカシい、ねー。」

「我は─。」

「2度も同ジワザは喰らワナいわケ。」


顔は、なんらかのポデアを全面に展開する。幾重にも編み込まれた枝と葉が、ツタに覆われる。鬱蒼うっそうと茂り立つ、門。


「白檀の銃把を握り─。」


モモの展開する黒鉄と炎熱の方陣が、全て一直線上に並ぶ。


「彼方へ響く轟きの♪」


泡のルリローが、枝に絡め取られたハイェルルラを包む。


「もうワタシに勝ったツモリいいイ!!???」


顔は、さらに枝を無数に生やす。


「激鉄を起こせ─。」

「親にィ!逆らウなァァア!!!」


枝の全てが、モモに殺到する。


「我は、運命の主人!」


ガガガガガン。キュキュキュキュキュウーン!


ルリローに護られたヒトの耳においても、振動した空気は鼓膜を通じ三半規管を揺らし、一時的な酩酊をもたらした。衝撃。しかしそれは一瞬で、全ての熱量と空気の振動は、ふたりの騎士の左腕へ集約される。


「いいの?いちおうあなたのお母さんになるけど。」

「うん。こんなあばずれ、わたしのお母さんじゃない。」


シィィィィ!煌めく星と緑の雷がふたつに分かれ、衝撃を受けた幹を貫き、何かの黒い点と、ヒトの影を抱える。


「あちゃー、この子は良くない言葉覚えちゃって。」

「うん。わたしのお母さんは、タチ(リバ可)だから。」


片方の騎士は頭を抱えて。


「わたしの本棚にあるの、これから見るの禁止ね。」

「えー。おもしろいのにー。」


顔は、再生を始める。


「かひょおををお。」


「うっさい。」

「くたばれ。」


息を揃えたふたりは、同じ祝詞を叫ぶ。


「ヤリラ ルーマ!」


ふたすじの、閃光。




「うう、んん。」


何か、柔らかくて暖かいものの上に頭がある。

優しく、頭を撫でられている。

もう少し、このまま、夢の続きを─。


「起きたみたいだよ。マイ。」

「そうかそうか、身体には慣れたかの?ブラックダリアよ。」

「うん。」


聞き捨てならない言葉が聞こえて、夢見心地から現実へ引きずり戻される。


「なんでその名前なのよ!縮めたらブッダになるじゃない!!!」



第二部ワイルドハント05 ハイェルルラ・エル・ベラーナ奪還作戦//アストロブレム攻防戦01





ここまでお読みいただいて!

ありがとうございます!


ハイェルルラの黒いダリア、あなたならどんな名前を付けますか?

わたしは、黒。がシンプルですっごくカッコいいと思います!

ざんていブッダちゃんなんですけどね

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