表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

暗いアルバイト

作者: 円 達山

救いようのないお話です。

 若者は追いつめられた事による恐怖と、怪我のため、見えにくい右目の痛み震えながら、後悔の気持ちが、喉を絞めつけるのをじっと我慢していた。


なぜこんなことになってしまったかを順番に思い出し、後悔と恐怖の状態から目をそらすことに専念していた。


しかし、気づかず噛んでいた爪の先から、血と濡れた土の入り混じった苦い味が舌に広がり、自分が殺してしまった、いや、自分たちが殺してしまった年寄りの、生きていた時の怒りに満ちた姿と、暴力によって死体となってしまった状態が交互に、そして、鮮明に蘇るのだった。


 生きている人間が死んでしまうのを目撃した。

あの年寄り、あれ程苦しんだ暴力から突然解放されたように動かなくなった。あれが死んだということか。


 若者の脳裏に、一緒に押し入った時、アイスピックを持った奴の放った言葉が蘇ってきた。

それは、年寄りが死んだとき、自分たちが殺してしまったのに

「こいつ死んでいるよ。俺たちは生きているのにこいつだけ死んでいるよ」

皆に教えるように、嬉々として言ったのだった。

 

 そして思い出す。

古いが頑丈そうな戸建ての玄関から、逃げ出した時のことを。

始めは皆、整然と行動していたが、誰かがパトカーの到着に気づき、突然、慌てふためき、それぞれ勝手な方向に走り出した。

 

若者もどうしていいのか判らなくなり、パニックになり、何も考えずに走り出したのだ。

あいつら、粋がっていたのに、情けない慌てようだ。それよりここはどこだ。入るときに壊した窓とは違う窓から出たので方向がよくつかめない。細い路地を走っていたのは覚えているのだが。


そして、箪笥の引き出しの奥から、銀行の封筒に入った札束を見つけた時、皆が小さな歓声を上げたことを思い出す。

その時、年寄りは、うつ伏に倒され、後ろ手に結束バンドで縛られ、身動きができない状態だった。表情がわからないほど殴られて腫れた顔を歓声に反応させ、それを見て泣いていたことも思い出した。


年寄りは抑え込んで縛るまでは、ゴルフクラブを振り回して大暴れだったが、3人で抑え込んだ後、右側の尻にアイスピックを刺されたら悲鳴を上げて、大人しくなったのだ。


 アイスピックの奴は、『尻の肉なら刺しても大丈夫』と言っていた。アイスピックを刺したい気持ちを満足させるのに、気の弱いやつを刺したことがあるとも言っていた。

そして、右の尻の肉に勢いをつけてアイスピックを刺したのだ。


その後、年寄りは金のある場所を何度脅されても、強情に教えないので、顔が赤く腫れ上がるまで殴られることになるのだ。

 

 目的の住居に向かう時、若者が乗せられた車はセダンタイプで、座り心地のよい分厚いシートから、微かに漂っていた甘い香水の匂を思い出す。

運転していた男は、仕事が終わったら、黒いワンボックスが迎えに来ると言っていた。仕事で着用する服装の指定はなかったが、若者は黒っぽく動きやすい服装を選んだ。


もう一台のRVタイプの車から、白いパーカーと派手なパンツを穿いた男がニヤニヤしながら下りてきた。それがアイスピックの奴だった。

他に二人の目立たない服装の男が降りてきた。

実行部隊は若者を入れて5人、連絡係が一人、車は彼らを降ろし移動していった。


事が済んだら連絡係が金品とメンバーを回収する車を呼ぶことになるのだと若者は聞いていた。

二人の男がバールを塀の上から落とし、よじ登る。

若者は、初めて見るサイズの大きな黒い結束バンドを持ってそれに続いた。


塀の中に入ると二人の男はすでに金網の入ったガラスに中央に穴をあけ、そこから手を入れて、窓のロックを外していた。


開け放った窓の中は、暗い洞窟の様で、部屋の奥に黒光りする見たことのない家具があるのに気が付いた。若者が始めに部屋に入るよう促され、窓から侵入する。

闇に目が慣れ、黒光りしていた家具が仏壇であることがわかる。


 部屋の中は湿った空気の匂いがした。

奥から人が近づいてくる気配を感じる。

年寄りの男が現れ、若者は一瞬、怯んでしまう。

年寄りが怒鳴り声を上げる前の息を吸う気配がしたが、後から侵入して来た男が素早く突進し、年寄りが声を出す前に抑え込んだのだ。


 若者は仏壇引き出しから、銀行の封筒に入った札束を見つけ出した時のことを思い出した。

その札束を見たアイスピックの奴が、後ろから若者を抱きかかえ

「集金係は俺がするから」

手を回して若者から金を奪おうとした。

アイスピックの奴の絡みつく腕は、まるで蛇のような不気味な感触だった。


若者は自分が手柄を簡単に手放す弱い奴だと思われていると感じ、怒りに任せ怒鳴りながらアイスピックの奴を振り払った。

その後、アイスピックの奴はニヤニヤしながら違う部屋へ金目の物を探しに去って行った。

 

 老人の家から逃走し、若者は一人で広いアスファルトの道に出てこのまま逃げ切れそうだと思って走っている時、突然、左後ろから誰かにタックルされ転倒してしまったのだ。アイスピックの奴だった。


アイスピックの奴は倒れた若者の正面に回り込み、立ち上がろうとする顔面を蹴り上げた。


若者は右目の強い衝撃を受ける。

倒れてすぐにポケットを探られ、コンビニのレジ袋に入れた年寄りの家から持ち出した封筒に入った札束を、ツナマヨのおにぎりごと抜きとられた。


アイスピックの奴の乾いた足音が遠ざかっていくのがきこえたが、そのさらに奥から警官と思われる怒声が聞こえてくる。


 警官の声が右に移動していくのを聞いて若者は起き上がり、薄暗い夜明け前、見えている左目を頼りに、アイスピックの奴が逃げるのとは反対側に歩き出した。

歩きながら思ったのは

「スロット打ちてぇ」

そして、大学に入ってすぐに知り合った友人にスロットを教えられたことを思い出した。友人は面白いようにスロットで儲けていた。

若者も初めは勝っていたが、段々はまり込み借金をしてスロットを打つようになった。

「あいつに会わなければ、スロットをすることもなかったんだ」

「こんなバイトすることもなかったんだ」


 そして、店で目押しを代わって『777』を揃えてやった、年寄りたちの様子が蘇る。

年寄りたちは、若者に対して嬉しそうに感謝の言葉を送っていたことを思い出す。


年寄りを殺したらどれくらいの罪になるのだろう。

でも、俺が一人で殺したんじゃない。


 押し入った家の年寄りは、バールを持った男たちが取り押さえた後も、ジタバタしていた。

バールを持ってきた男の一人が俺に、殴って大人しくさせろと指示した。

若者は、人生で一度も人を殴ったことなどなかった。しかし、暴力に対して弱腰で、ためらいがあることを悟られたくない気持ちが勝った。

若者は拳を固く握り、年寄りの顔面を打ち抜いた。

年寄りの首が折れ曲がり、ガクリと頭を垂れる。


アイスピックの奴が、スマホのライトで、年寄りの顔を照らしながら言う。

「おいおい加減を知らないのかよ。死んじまったんじゃないか?」

殺してしまったのか。

俺は人殺しになったのか。

そしてしばらくの間、若者は、自分の身体が、芯から冷たくなっていくのを思い出した。


バールを持ってきた男が、動かなくなった年寄りを揺らすと、小さなうめき声がおこり、年寄りが動き出す。

年寄りは気を失っていただけだった。


そうだ、死んだと思ったのに蘇ったんだったよ。俺は人殺しにならなくてすんだんだ。

右目の痛みと、混乱した頭で考える。

こんなことはもう嫌だ、帰ろう。家に帰るんだ。目が痛い。頭も痛い。病院に行かないと。この辺はどこなんだろうか。全然わからない。


 まだ夜明け前だった。

雨が降ってきた。

明るくなりかけていたが、雨雲が闇を戻してくる。

駅はどこだろう。若者は線路沿いの細い道にたどり着く。

線路とは高い金網のフェンスで区切られていた。

踏切だ。もう少しで駅がじゃないかな。

入り口があった。若者はコンクリートの階段を昇る。

駅の階段にしては、短いと感じた若者は戸惑うが。

無人駅かな。そんな田舎まで来ていたのか。

婆ちゃん家の近所が無人駅だったよな。


 始発の列車が、辺りを照らし、車輪と線路を軋ませながら近づく。



 「佐藤さん。金網フェンスの入り口、閉め忘れていますよ」

点検から帰ってきた、ヘルメットと安全ベスト姿の夜間作業員が、後ろから続いて歩く男に声をかける。

「入るとき閉め忘れたのか。この辺りはカメラ無いから大丈夫だろう」


その日、若者以外の列車による轢死自殺者二人が、記録された。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ