第40話 解放
17時半に、扉が勢い良く開いた。
「レオ、ヒーラー来たぞ!」観客が叫んだ。
「マジか!?」レオは立ち上がって急いで控室を出た。他の皆も続く。
通路を走って行くと、フィールドの手前にタリアとジョマナが居た。周りには10人の兵士とスミスが居る。
「交渉に応じる。速やかに人質をここによこしたまえ」スミスが言った。
「ありがとう!」レオが礼を言った。
人質の兵士2人は既に観客によって近くに用意されていた。ルイスとゴメスが夫人を誘導する。
「3、2、1、で同時に手を離す。いいな?」スミスが言った。
「ダメだ。先に2人をこっちに渡してくれ。そっちは武器を持ってる。俺達が交渉を破ったらいくらでも攻撃すればいい」レオは譲らなかった。
「何を冗談抜かしているのだ!」スミスが声を荒げた。
「お前らは信用ならないって言ってるんだよ。散々卑怯な真似繰り返してんだから当然だろ。愚痴なら国王に言ってくれよ」
レオが鼻で笑った。
「くっ……」スミスが歯を食いしばった。
レオの隣ではエドウィンがタリアを見つめている。彼らの距離はたった5メートルだ。
スミスは周りの兵士と少し相談をし、結論を出した。
「分かった。2人がそちらの手に渡ったら3秒以内に人質を解放しろ」
「ありがとう、それでいい」レオが了承した。
兵士がヒーラー2人を解放すると、タリアは真っ先にエドウィンの元へ駆けて行った。
「エド!」タリアがエドウィンに思い切り抱きつく。
「タリア! 会いたかった!」エドウィンがタリアを抱き締める。
一方ジョマナは普通のスピードで歩く。シオネがジョマナを見つめる。
「ジョマナ、一旦取り押さえるぞ」
レオがそう言って、ジョマナの手を引っ張った。
「よし、人質解放してくれ!」
レオの合図で、兵士2人と夫人が解放された。兵士達は走って仲間の元へ戻るが、夫人はジョマナと同じように焦ること無く歩いて行った。
スミス達は早急に夫人をエスコートしてその場から離れた。
彼らの姿が消えると、数百人の観客が歓喜の声を上げた。
「レオ君、遂にやったね!」ヒナがレオとハグをした。
「ああ。まずジョマナに話をしなきゃいけない」
レオはヒナとのハグも程々に、ジョマナの方を向いた。
「シオネだよ」レオがジョマナにシオネを紹介した。
「シオネ!? 大きくなったわね!」ジョマナが口を大きく開けた。
「お母さん、お久しぶりです」シオネが余所余所しく挨拶した。
「ジョマナ、旦那さんは誰?」レオが尋ねた。
「誰って、ジャファリよ」ジョマナが当然の如く答えた。
「じゃあ何でジャファリはここにいないの?」
「何でって……今日のこと知らなかったんじゃない? あと仕事で忙しいとか」
「12年も軟禁された妻に会いたかったら何としてもここに姿を現すはずだよ。ジャファリはとっくの昔に離婚して、別の女と再婚したんだよ」
「何を言ってるの……?」ジョマナはレオの言葉が全く信じられないようだ。
「お母さん、本当です。お父さんは10年前にデンデラという人と再婚しました」
シオネが言った。
「デンデラ!? デンデラ!?」ジョマナが2回叫んだ。
「知ってるんですか?」
「あたしの幼馴染よ! ジャファリとも普通に仲良かったけど、まさか……何かの冗談よねこれ?」
「今日俺が命懸けで戦ってたの目の前で見てたよね? そこまでしてこんなプランクやらないから。まぁでも自分の目で見ないと信じられないだろうから、今からジャファリの家に行こう。誰かが2人乗りしてくれるよ。今日2人乗りばっかで申し訳無いけど」
レオが言った。
「俺がシオネを乗せる」フィリップが名乗りを上げた。
「俺がジョマナを運ぼう」サイモンが手を挙げた。
HAMLとシルク・ドゥ・パレットも一緒に行くことを宣言した。
「ヒナっちどうする? 夜飛べないよね?」アスカがヒナに尋ねた。
「俺が乗せよっか? って言っても今日ウルトラフィットだから、ヒナのイージーラグに乗ることになるけど」レオが2人乗りのオファーを出した。
「レオ君は今日疲れてるでしょ。私頑張って乗る」ヒナが決意を込めるように言った。
「じゃあ僕が隣を飛ぶよ」とマット。
「じゃあアスカも。気を付けてね」アスカが心配そうな目でヒナに言った。
「よし——じゃあエドウィンとは一旦お別れな」レオがエドウィンに言った。
「はい! 本当にありがとうございました! この恩は必ず返します!」
エドウィンが深々と礼をした。
「レオさんありがとうございます! 命の恩人です!」タリアもお辞儀をした。
「うん——皆もありがとうな!」
レオは数百人の観客に手を振った。観客が大歓声を上げる。
「レオ、後日ちゃんと打ち上げしような!」ルイスが声をかけた。
「そん時はリアルト貸し切りにするからね!」ロゼーラが意気揚々と言った。
「オッケーオッケー!」
レオはドンテ、ロゼーラ、ラグスビーメンバーに別れを告げ、シオネの家へ飛んで行った。
一行が到着すると、シオネが鍵で家の扉を開けた。
「懐かしい景色ね……」ジョマナが呟いた。
「帰りました」シオネが扉を開けたまま大きな声を出した。「お父さん、いますか?」
「何大声出して——今トイレに行ってるわよ——」
デンデラがリビングの方から顔を出した。ジョマナの姿を見て驚愕する。
「あんた!」ジョマナが勢い良くデンデラの方へ歩き出す。「どういうことよこれ!」
HAMLとシルク・ドゥ・パレットは勝手に家に上がって扉を閉めた。
ジャファリがトイレから帰って来ると、リビングに集まった集団を見て驚く。
「一体何だこれは!——お、お前!」
ジャファリはようやくジョマナに気付いてひるむ。
「あなた私に隠れてこの女とずっと生活してたってわけ!? 今までの手紙は何だったのよ!」ジョマナがジャファリに向かってヒステリックに叫んだ。
「お、落ち着け! これには訳があって……」
「ジョマナ、しかもジャファリは仕送りのことをシオネにずっと隠してたんだ。シオネは奴隷のような扱いを受けてきたんだよ」
レオが説明した。ジョマナは立っていられなくなりその場にしゃがみ込んだ。
「お母さん、椅子に座って下さい」シオネがジョマナを椅子へ誘導した。
「さぁジャファリ。これは一体どういうことなんだ? 何でジョマナは離婚のことを知らないんだよ?」
レオがジャファリに尋ねた。
「し、知らないなんて……これは……その…そんな訳……」
ジャファリはしどろもどろに言い訳をした。
「自分の口から罪を白状することすら出来ないのか? みっともねぇ男だな。役人を脅してジョマナに離婚の事実を隠してもらったんだろ。違うか?」
レオがジャファリに詰め寄った。
「お、お前は人の家で何やってんだよ!」
ジャファリが開き直ってレオを突き飛ばした。オリバーがレオを支える。
「おい、テメェ調子乗んじゃねぇぞ」
サイモンが大きな手でジャファリの首を掴んだ。そのまま片手でジャファリを持ち上げる。ジャファリはサイモンの手を叩き降参を示す。サイモンが手を離すと、ジャファリは地面に落ちて座り込んだ。
「もう一度チャンスをやる。自分の口からお前のやったことを説明しろ」
レオが腕を組んでジャファリを見下ろして言った。
「……そ、そうだよ。離婚したことを言わないように役人の奴に頼んだんだ……」
ジャファリが下を向いて白状した。
「あなた、何で……?」ジョマナがジャファリを蒼白な顔で見つめて言った。
「どうしろって言うんだよ。一生会えないって分かったら、こっちだって人肌恋しくなるだろ……」
「だからって離婚を隠して仕送りをせびり続ける理由にはならないでしょ!」
ジョマナは立ち上がって叫んだ。
「取り敢えず、この一件が法の裁きを受ければシオネの親権は間違い無くジョマナに移るだろう」レオが部屋全体を見て言った。
「ジョマナ、ジャファリとデンデラと喧嘩は後で好きなだけしていいけど、シオネについて話させてくれ。シオネはここの家を出たくて仕方無いけど、15歳になるのに10月まで待たないといけない。だから今日からでも一緒に住んでくれないか?」
レオがジョマナに頼み込んだ。
「——ええ、そうするべきだと思うわ。でもあたしは12年の城生活をいきなり終えたの。まず生活基盤を整えないといけないから、シオネをちゃんと養っていけるかどうか分からないわ」
ジョマナがゆっくりと言葉を紡いだ。
「それだったらお母さん、提案があるんだ」フィリップがここで声を発した。「俺はフィリップ・ブラウンって言います。焼き芋屋を経営していて、シオネには数ヶ月前から手伝ってもらってる。シオネは俺の家でほぼ生活していて、夜だけここに帰って寝てるんだ。俺はシオネのことが好きだから、同棲したいと思っている。お金の心配は要らないから、今から同棲を許可してくれませんか?」
ジョマナは口を開けてフィリップとシオネを交互に見つめた。
「お母さん、私もフィリップさんと住みたいです。ちゃんと充分なお給料ももらってます」シオネが言った。
「分かったわ。12年も会ってない母と暮らしても気まずいでしょうし、そうするのがいいわね」
ジョマナが了承した。
「ありがとう!」フィリップがお辞儀をした。
「じゃ、一件落着したし、ここ出るか」
レオがそう言うと、皆でゾロゾロと家を出た。
「じゃあ俺はここで失礼するよ。今日は疲れてるだろうから、シオネとは後日ゆっくり話して」
フィリップがジョマナにそう言うと、シオネと2人乗りをして空へ飛んで行った。他のシルク・ドゥ・パレットのメンバーも帰った。
残るはHAMLとジョマナのみとなった。
「ジョマナさん」ヒナがジョマナに声をかけた。「私が今エベディルクを作ってるヒナ・ローレントです」
「あなたね!」ジョマナが驚いた。「道理でダニエルに似てるわ」
「母の上司だったんですよね?」
「そうよ。たった4年間だったけどね。諦めて淡々と生きるあたしと違って、ダニエルは常に好奇心旺盛で探究心の塊だったわ」
「そうでしたか……母の話後でもっと詳しく聞かせて下さい。そして、ジョマナさんの仕事を奪ってしまったことは申し訳無く思っています。良かったらエべディルク作りませんか? 高価格で売ってるので、月28万リタ稼げます」
「そんなに!?」ジョマナが驚いた。「でも今まであたしとタリアに20万ずつ払ってたことを考えると、それでも政府は安上がりね」
ジョマナは考え込んだ。
「正直、役人にされたことを考えると、もう政府と関わるのはうんざりだわ。それにヒナちゃんだってダニエルを失ってるんだから、これくらいの金銭的見返りはあるべきよ。でもあたし貯金はほとんど無いし家も無いの。しばらくヒナちゃんのアシスタントとして働くことは出来ないかしら? お金が貯まったら自立するわ」
「はい、勿論です。エべディルクの作り方教えて下さい」ヒナがお辞儀をした。
「何言ってるの。もう作ってるんでしょ? どうやって知ったの?」
「母が逃亡する前に手紙をくれました」
「そうなの!? ダニエルから教わったってことはあたしから既に教わったようなものね。ヒナちゃんがどうやって作ってるか見るの楽しみだわ」
HAMLはジョマナと別れヒナの家に着いた。レオは肩の荷が下り、今日初めて心底リラックスした。
翌日のガレシアクロニクルの記事は、政府の都合の良いように捏造されていた。
「『政府チームが勝利したものの、政府は平民チームの健闘をたたえてヒーラー2人を解放した。国王の慈悲によりレオ・フィッシャーは命を救われた』ってさ、どうすればこうなるわけ?」
マットが夕食の席で新聞から顔を上げると呆れるようにHAMLに言った。
「あのクソジジイは墓穴を掘ってることに気付かないのかな? 2万人近くが昨日の一部始終を見てたんだよ? こんなの嘘だってすぐバレるじゃん」
アスカが首を振って言った。
「バレると分かってても、活字として残す勇気が湧かなかったんだろうね。国営新聞で政府の負けを認めることほど恥ずかしいことは無いじゃん」
ヒナが淡々と言った。
「もうアスカ、ガレシア国民であることが恥ずかしいんだけど」
アスカが溜め息をついた。
「そのうち皆ガレクロが解読出来るようになるよ。都合の良いこと書いてたら逆なんだろうなって——何より俺は生き延びただけで超ハッピーだからな」
レオが言った。
「それは間違い無いよ。それにレオの人気はとんでもないことになってるよ。今日レオモデルの注文が店に殺到したもん。デザインの確認の為に、修理してたレオのラグをお客さんに見せたら、『これなら15万リタ払う!』って言われたし」
マットが楽しそうに語った。
「そりゃそうでしょ。レオ本人が乗ってるラグなんて超プレミアムだからね」
アスカが言った。
「マット、それ売っちゃえばよかったじゃん。そんで俺に新しいの作ってよ。俺が足乗せるだけで5万リタ高く売れるんだろ? ボロ儲け出来るぞ!」
レオは興奮した。
「それありかもね。試合終わる毎に売っちゃう。記念に年月刻んでおいてさ」
アスカも賛同した。
「いいの、レオ?」マットは驚いた。
「いいよ俺は別に。1週間も乗ればすぐ馴染むんだしさ」レオが肩を竦めた。
「これさ、オークションにかけない? ビングに記事書いてもらってガレクロに載せたらめっちゃ値がつり上がるかもよ!」
アスカが目を輝かせた。
「それめっちゃ面白そう! ついでにマットファクトリーの宣伝にもなるぞ」
レオが話に乗った。
「そりゃあマットファクトリーが記事に載るなら、何も言うこと無いよ」
マットが頷いた。
レオは翌日早速ビングにアポを取り、ラグのオークションの話を持ちかけた。ビングは喜んで記事にし、レオのウルトラフィットは「レオモデル—ドラゴン—2月エディション」としてオークションにかけられた。
オークションは日曜日の練習後にラグスビーフィールドで開かれ、500人以上の参加者や見物人が集った。HAMLとラグスビーメンバーは勿論、シルク・ドゥ・パレット、エドウィンとタリア、シオネとジョマナも集まった。
『それでは15万リタからスタートします!』MCサントスが進行役を務めた。
値はどんどんつり上がり、最後はレオの背番号2にちなんで22万リタという超高額で落札された。
落札出来ずに悔しがる参加者は、アスカモデルのオークションも求めた。アスカモデルはアスカの背番号8にちなんで18万リタという高額で落札された。
見物人の多くはヒーラーの解放を手助けした観客であり、このオークションは実質アフターパーティーも兼ねていた。ケバブ・サントスの屋台で皆ケバブを買い、フィールドの中央に各自ラグを敷いてケバブパーティーが行われた。
パーティーの最中にレオがメガホンを持った。
「ここにいる皆のおかげで俺は命を救われた。俺だけじゃない——タリアも、ジョマナも、皆のおかげで救われた。本当にありがとう。俺は今最高に幸せだ!」
レオがスピーチを終えると、拍手喝采で迎えられた。
夜はリアルトでマッチの打ち上げが1週間遅れで行われた。レオは改めてメンバーと試合について熱く語った。
1週間後にはエドウィンとタリアの結婚式が行われた。親族の他には、タリアの解放に協力した関係者——HAML、シルク・ドゥ・パレット、ラグスビーメンバー、シオネが招待された。元上司のジョマナも当然出席した。
エドウィンが誓いの言葉を話した。
「タリア、君と離れ離れで過ごした1年半はとても辛いものだった。君を城へ行かせてしまったことを許してくれ。この長い年月ずっと僕のことを愛してくれてありがとう。君を一生離さない」
エドウィンがそう締めくくりタリアとキスをすると、ゲストから盛大な拍手が送られた。
パーティーの途中でタリアがゲストの注目を集めた。
「皆様、私から改めて感謝の気持ちを伝えたいと思います。私は一昨年の9月、何も知らずに政府のヒーラーの仕事を引き受け、城へ足を踏み入れました。それ以降外出することを禁じられ、外部との手紙のやり取りも兵士に全てチェックされるという不自由極まりない生活を強いられました」
タリアが語り始めると、ゲストは真剣に耳を傾けた。
「私の未来に希望は無いと悟りました。そんな中昨年11月、エべディルクが平民によって作られるようになったと知らされました。これで私は自由の身になれると、期待に胸を膨らませました。しかし私は依然として城外へ出ることは出来ませんでした。1月にデモが起き、私を解放しようと頑張っている人が外にいることを知りました。役人によって私の嘘のインタビューが新聞に載った時は胸が痛みました。もう赤の他人である私を助けてくれるはずが無いと信じました」
タリアは涙をこらえながら話し続けた。
「しかしその1か月後にはラグスビーマッチのギャンブルの記事が新聞に載りました。彼らはまだ諦めていなかったのです。2週間前、私はラグスビーマッチの観戦の為に久々に城を出ました。そこで、私の為に勇敢に戦う平民チームを目の当たりにしました」
タリアはラグスビーメンバーが座っているテーブルを見た。
「私は声を枯らして応援しました。平民チームが勝利を掴んだと思ったその時、審判によって得点が無効化されました。その後平民チームは敗れ、私は兵士によって連れ去られました——私はどん底につき落とされました。何をやってもダメなのかと、全ての希望を失いました」
タリアはエドウィンからハンカチを受け取り涙を拭いた。
「しかし奇跡は起きました。2時間後に私はフィールドに戻り、自由の身になりました。私はここにいる皆さんに感謝でいっぱいですが、中でも特に感謝を伝えたい人がいます。彼は常に私の解放運動の中心にいました。最後には自らの命を、赤の他人の私の為に賭けて下さいました。私は一生この御恩を忘れることはありません——レオ・フィッシャーさん、ありがとうございました!」
タリアはスピーチを終えるとレオの元へ行った。ゲストからは大きな拍手が送られている。レオが立ち上がると、タリアはレオを強く抱き締めた。




