第39話 真の勝者
観客からは怒号と悲鳴が響き渡る。
「嘘だ!——こんなの嫌だ!」マディソンが泣き崩れた。
10人の空軍兵士がレオの身柄を確保しに行く。それを見て空中で観戦している観客が30人ほどレオの元へ飛ぶ。一部の観客は3人の審判へ襲いかかる。国王を襲う者やタリアとジョマナを無理矢理助けようとする者もいる。
観客席で観戦している大勢の観客も、フィールド内へどんどん入り込む。一瞬にしてラグスビーフィールドが混沌とする。
レオは複数の兵士に掴まれるが、観客がそれを離しに行く。レオの周りには500人を超える人だかりが出来た。レオは常に誰かしらに掴まれ、身動きが取れない。しばらく人の並に揉まれていると、レオは10人ほどの観客に包囲された。
「控室に籠もるぞ! 皆で壁になる! 兵士は近づけさせない!」
観客がレオに言った。レオは頷く。レオは観客の壁にガードされながら控室へ小走りで進む。それを見て更に多くの観客がレオの壁になる。レオの頭上も多くのラグ乗りによってガードされる。
「レオを守れ!」観客が援護を求めて叫ぶ。
レオがフィールドを去って行くと、ヒナとマットがそれに気付いて先頭を行く。
「控室に行くから扉空けてくれ!」
レオを包囲する観客がヒナとマットに指示する。ヒナとマットは控室へ急ぎ、扉を開けて待つ。
「外からガードしてるから、中からは扉抑えなくていい!」
観客がレオを入れて叫んだ。ヒナとマットも中に入ると、扉が大きな音を立てて閉まる。控室には、マルシオ、救護係3人、ジェイソンがいた。
「何が起きたんだよ?」ジェイソンが立ち上がって驚きの声を出した。
レオは頭が真っ白になって、何も言葉が出なかった。
「レオを転ばせた選手がファール取られなかったんだ。それで点入れられて負けたけど、観客が怒って、レオを捕らえようとする兵士と揉み合いになった」
マットが代わりに説明した。
「今扉の外で100人以上の人がガードしてくれてる」ヒナが補足した。
「おい、ヤベェことになったな……取り敢えずレオが兵士に持って行かれなくて良かった……」ジェイソンがレオとハグをし、すぐに止めてレオの目を見た。
「座って休め。もし兵士が入って来たら俺がぶん殴ってやる——てかお前ナイフ持ってんだろ? リュックの中か?」
「あれは咄嗟に思い付いたハッタリだよ。ナイフなんて持ってない」
レオはゆっくり座り、ようやく正気を取り戻して言葉を発した。
「マジかよ? 俺は完全に騙されたぜ。あの主審の顔最高だったな〜」
ジェイソンが高笑いした。
数分後に扉が開き、ラグスビーメンバーが入って来た。
「レオ! 無事だった!」アスカがレオを抱き締めた。
「外で何起きてたの?」レオが尋ねた。
「もうヤバかったよ! 暴動! 審判ボコボコにされてたからね。アスカ達は怖くなって逃げて来た」
アスカが目を見開いて話した。
他のメンバーもレオをハグをする。
「怪我してる観客がいるから、救護してやってほしい」
ルイスが救護係の3人に言った。
「外もう大丈夫なの?」救護係の1人が聞いた。
「別に人助けしようとしてる人に危害を加えることは無いだろ。でもヒナは流石にダメだな。何が起こるか分からない」
ルイスがそう言うと、ヒナは頷いた。他の救護係は控室を出て行った。
しばらくすると、扉の外でロゼーラの叫び声が聞こえた。
「レオはあたしの家に住んでんのよ! 息子みたいなものなの! 会わせてちょうだい!」
「おいレオ! いるか! ドンテだ!」ドンテが叫んだ。
レオは扉の近くに行った。
「2人共入れていいよ!」レオが扉に向かって叫ぶと、扉が開いて2人が入った。
「レオ、本当どうなるかと思ったわよ!」ロゼーラがレオを強く抱き締めた。
「おもしれぇマッチ見させてもらったよ! お前らもな!」
ドンテがレオと他のメンバーに言った。
「外どうなってんの?」レオが2人に状況を聞いた。
「兵士数人と国王の夫人を人質に取ってる」ドンテが答えた。
「マジで!?」
「これで政府はレオに手出せねえだろ」
「すごいことになってるね……」マットが呆然とした。
「タリアさんとジョマナさんはどうなりましたか?」ヒナが尋ねた。
「観客が護衛と揉み合いになったんだけどよ、護衛が固くて無理だったな」
ドンテが答えた。
「そうですか……」
その後また扉から声がしたが、知らない人だった。
「そうだ」レオはリュックから「最期に会いたい人リスト」を取り出した。
「マット、この人達以外入れないようにしてくれないかな? マットなら皆のこと知ってるから適任だと思って」
レオはリストをマットに渡した。
「了解」マットは紙を受け取って扉の外に出た。
その後間もなく扉が開いた。シルク・ドゥ・パレット5人と、シオネとエドウィンだ。
「レオ!」真っ先にマディソンがレオに抱きついた。他の皆もハグをする。
エドウィンはボロボロと涙を流していた。
「エドウィン、大丈夫か?」レオが慰めた。
「タリアをやっと見れたのに!——兵士に連れて行かれるのを見て!——」
エドウィンはそこまで言って声を失った。
「辛かったな」レオがエドウィンの背中を叩いた。
それ以降10分以上誰も控室に来なかった。
マットが扉を開けて首を出した。
「レオ、スミスが交渉に来た」
「オッケー」レオは扉を出た。
控室からフィールドへの通路は、観客で埋め尽くされていた。レオとマットが通路を歩いて行くと、スミスが護衛2人と共にいた。近くでは兵士2人と国王夫人が観客によって人質に取られている。
「ギャンブルは中止だ。見ての通りお前の身柄は安全だ。だから人質を解放したまえ」
スミスがレオに言った。
「何言ってんだお前? ヒーラーが解放されてないのに安安とこっちの人質解放するわけ無いだろ」レオが馬鹿にするように言った。
「試合に負けた時点でお前は本来処刑されるべきなのだ。命があるだけ有り難いと思え!」
「そもそも試合は俺達の勝利なんだよ。皆が結果に納得してないからこうやって暴動が起きてるんだろ? 自業自得だよ」
「そしたらお前はここでずっと匿ってるというのか? ここにいる観客達もいずれ腹が減って帰るぞ」
「帰るわけねーだろ!」観客の1人が言った。「食料なんか持ってきて貰えばいいんだよ!」
レオはこの事態をどうすべきか考えた。
「一旦国王夫人と話す時間をくれないか?」
「お前が夫人と話すだと? そんなこと許されるわけ無いだろう」
スミスがとげとげしい返事をした。
「っつーか別にお前の許可要らないわ」
レオがそう言うと、周りの観客が大笑いした。
「控室で1対1で話す。その間ここにいる観客を傷つけたりしたら、人質全員殺すぞ」
レオはスミスにそう告げた後、夫人の前に移動した。
「控室へ来てくれない?」
夫人は頷いた。
「この人の言う通りにしなさい」夫人はスミスに命令した。
「——かしこまりました」スミスは夫人に礼をした。
夫人は観客2人に抑えられながら、レオと控室に移動した。
「ごめん皆、国王夫人とサシで話すから一旦ここ空けてくんない?」
レオが控室の皆に言った。皆そそくさと出て行く。
レオは直角になるように夫人と座った。改めて夫人を近くで見ると、20代前半にしか見えなかった。
「初めまして——ではないよね?」
「ええ。あなたが城へ侵入して来た時に、食事の席で見たわ」
夫人が柔らかい口調で答えた。
「夫人なら今の状況どう解決する?」
「どうって、私は人質の立場だから早く解放されたいわ。観客が試合結果に納得していない以上、あなたを処刑することは出来ない。となれば、あなたの身の安全は既に保証されているから、人質の交換条件にする必要が無い。あなたもそれは分かっている」
夫人が淡々と言った。レオは頷く。
「そしたらヒーラー2人を解放するしかないでしょうね。お金あげたって嬉しくないでしょう?」
「嬉しくないな」レオが言った。「でも政府はどちらの条件も提示して来ないじゃん。何で?」
「まず一番安い方法で問題を解決しようとしたのよ。でもあなたは馬鹿じゃないから応じなかった。次の策を考えてるんでしょうね」
「国王って頭おかしいの? 夫人が人質になってるんだから、さっさとヒーラー解放すればいいのに。夫人よりヒーラー2人が大切なわけ無いじゃん? エベディルクもう作ってないんだよ?」
「ヒーラーが連れて行かれて私が人質になってる時点で、国王がどちらを大切にしてるかは明白なはずよ。あの人にとって夫人なんて使い捨ての飾りみたいなものだから」
「夫人は何でそんな使い捨ての存在を自ら選んでんの?」
「——ま、金に目が眩んだんでしょうね。後悔してるわ」
「辞めればいいじゃん。辞めれないの?」
「どうやって辞めるのよ。『あなたのことが好きじゃないので離婚して』とでも言うの? プライドの塊にそんなこと言ったらブチギレされて何されるか分からないじゃない。嫌いになってくれるように振る舞うことも出来なくはないけど、機嫌損ねたら損ねたで面倒だし。さっさと新しい子を好きになるのを待つしか無いわ」
「そうか……」レオは何と言って良いか分からなかった。
「そう考えると、このまま国王がヒーラーを選んで私が平民になるのも悪くないわね」
夫人が少し間を置いて口を開けた。
「いや、夫人が人質になったからと言って平民にはならなくない?」
「離婚すれば私は平民になるわよ。あの人のしそうなことね」
「それじゃ困るな……食事与えられなくても国王は夫人見捨てると思う?」
「あり得るわ。夫人候補なんて沢山いるのよ。でも最近のガレクロの記事によって、政府のヒーラーは軟禁されることが国民に知れ渡ったでしょ? 今の2人を解放したら、二度と新しい人を雇えないわよ」
「そう考えるとこのギャンブルを承諾した国王は馬鹿だな。ま、ガレクロにギャンブルの詳細載せろって言ったのは俺なんだけど」
「確かに賢明な判断とは言えないわね。ギャンブラー魂が燃えて冷静な判断を失ったんでしょう」
「今の状況続いたら国王の印象最悪じゃないか? そもそも今日正々堂々と勝負しなかったことが1万人に見られて、しかも夫人が人質にされてるのに見捨てて。このままじゃ反乱起きるぞ?」
「今日既にフィールドで起きたじゃない。やっぱりスポーツ好きは血気盛んで怖いわね」
夫人は恐れるような目つきで扉の方を見た。
「——分かったぞ」レオが閃いた。「夫人、パレードしよう」
「は?」夫人が素っ頓狂な声を出した。
「国中を練り歩くんだよ。そして全国民に知らせるんだ、国王は夫人が人質になってるのに何もしない最低な男だって。そしたら政府はたまったもんじゃないぞ」
「あなたって面白いこと考えつくのね」夫人が初めて笑った。「確かにそれは嫌がるはずだわ」
「よし、それで行こう。スミスに交渉する——あ、交渉が成立したら夫人は平民になれないな」
「そうね。でも私は数年我慢すればどうせ年老いて捨てられて平民になるわ。ヒーラーを助けてちょうだい」
「分かった。ありがとう」
レオと夫人は控室を出た。
「皆ありがとう」レオは控室を空けた人達に礼を言った。「今からスミスと交渉するから、良かったら来る?」
「行く行く」アスカが手を挙げた。HAML、ドンテ、ロゼーラ、ラグスビーメンバー、シルク・ドゥ・パレット、エドウィン、シオネ、全員が賛同した。
レオは全員を連れてスミスのいる場所へ戻った。夫人は再び観客2人によって拘束された。
「この間にヒーラーを解放する気にはなったか?」レオがスミスにチャンスを与えた。
「何を言ってるのかね。お前こそ夫人に説得されたか?」スミスが眉をひそめた。
「夫人はむしろ協力してくれたよ。お前と違って物分りが良いからな」
レオがそう言うと、周りは盛大に笑った。
「……何を話したというのだ?」
「よく聞けよ。このまま夫人を放って置いたら、国王は夫人を見捨てる最低な男だって国中に言いふらす。まずここにいる数百人の仲間が勝手に喋ってくれるだろう。あっという間に広がるぞ。なー皆?」
レオが振り返って聞いた。皆賛同の声を上げる。レオはスミスを見て続けた。
「それだけじゃない。夫人を連れてパレードを行う。毎日千人の前に夫人の顔を見せて、夫人が人質になってることを伝える。これを1週間でも続けてみろ。誰も政府の言うことなんて聞かなくなるぞ。税金は払わなくなり、役人の信用度は落ちる。その内スミスが拉致されるかもな」
「何?……」スミスが顔をしかめた。
「俺はいつでもお前を拉致する準備出来てるぞ」観客の1人がニヤけ顔で言った。
「だから悪いことは言わねぇ。状況が悪化しない内にさっさとタリアとジョマナを解放するんだな」
レオがそう締めくくると、周りから拍手が起きた。
「こ、国王様に兵士を送って確認する……」スミスが渋い顔をした。
「おう。ヒーラーの2人は城に戻ったのか? 兵士に2人乗りでもしてもらってさっさと連れて来てくれ」
レオがそう言うと、スミスは護衛2人とフィールドの方へ去って行った。
「あんたとんでもない男ね!」ロゼーラが笑顔でレオに言った。
「レオはこういう奴だよ。俺は前スミスと交渉したのを見たからな」
ドンテも笑顔を見せた。
「レオさん! これいけそうですよ!」エドウィンがレオの両手を握った。
「ああ——何か急に腹減ってきた。ケバブの屋台ってもうやってないよね?」
レオが皆を見て言った。外は暗くなり始めているので、16時は過ぎているだろう。
「ハーフタイムの時点で全部売り切れたよ」観客の1人が言った。
「俺焼き芋持ってるから食べていいよ」フィリップがリュックから焼き芋を出した。
「マジで? 助かる〜」レオが焼き芋をもらって食べ始めた。
「これあと何時間かかるか分かんないから、食料の供給を考えよう。近くの飲食店にこの現状を伝えるんだ」ルイスが言った。「20人くらい居なくなっても大丈夫だろう」
「俺ラグ乗れるから行くぞ!」
観客が立候補した。次々と手が挙がり、20人が決まった。彼らはラグに乗ってフィールドを出て行った。
段々と気温が落ちて行く。レオと夫人と主要メンバーは平民チームの控室に籠もり、他の観客と人質の兵士は政府チームの控室や通路で待機した。
17時前に観客が帰って来て、パンをレオ達に配った。




