第26話 マットファクトリー主催イベント
イベントの1週間前からガレシアクロニクルにイベント情報が載り始め、レオは現実味が湧いてきた。まだ「マットファクトリー主催 アクト:シルク・ドゥ・パレット、アスカ・クリスタル」としか載っていない為、レオ・シルバーの名は無い。しかしレオはニュースボーイの仕事で、懸命にイベントの告知をした。
「平民が主催する貴重なイベントだよ! アスカがラグダンスを初披露! 俺もシルク・ドゥ・パレットでアクロバットするぞ!」
レオはヘッドラインよりもイベントの告知を優先して声に出した。
前日の土曜日にようやく詳細がガレシアクロニクルに載った。
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マットファクトリー主催 アントライベント
日時:1月18日(日)13時
場所:アントラ
アクト:
1.シルク・ドゥ・パレット(サーカスグループ)
レオ・シルバー(ラグアクロバット)
オリバー・グレイ(はしごアクト)
マディソン・ミント(チェアバランス)
サイモン・レッド(ファイアーアクト)
ミラ・ヴァイオレット(フラフープ)
フィリップ・ブラウン(ジャグリング)
2.アスカ・クリスタル(ラグダンス)
ザ・ティビアス(バンド)
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レオは全力でガレシアクロニクルを売った。サブスクライバーは既に62人まで増えていたが、更に60枚売った。ラグスビーの練習があったことを考えると、中々の実績だ。
遂にイベント当日がやって来た。ラグスビーの練習はいつも通りあるので、レオは9時にフィールドへ向かった。ゴメスの説得のおかげで棄権に賛成するメンバーは練習を重ねる毎に増え、次回のラグスビーマッチを1週間後に控えた今日は、遂に全メンバーが9時からの練習に参加した。
「皆棄権に賛成してくれてありがとう」レオが練習前にメンバーへ話をした。「次回棄権することはビングに話せばガレクロに載るはずだから、近い内にまたインタビューしてもらおうと思う。直近では別の問題があって、今日の午後からアントラのイベントがあるんだ。だから俺とアスカは11時で練習抜けるよ」
「勿論観に行くぞ! 皆行くよな?」ジェイソンが声を張った。メンバーは皆頷いた。
「アスカのラグダンスはマジですごいぞ」ルイスが太鼓判を押した。
「レオのラグアクロバットもね!」アスカが言った。
久々の全員揃っての練習は良い雰囲気の中行われた。11時にレオとアスカは練習を早退しアントラへ向かった。
焼き芋ジャグラーではシオネが仕事をしていた。
「よっ、シオネ。焼き芋1本ちょうだい」レオがシオネに挨拶をした。
「はい。私は今日観れないですけど、頑張って下さい」
シオネが焼き芋を用意しながら言った。
「てかシオネいっつも観れないよな。フィリップのジャグリング観たくないの?」
「観たいですけど、仕事ですので。イベントの時に私までいなかったら、私を雇う意味が無いじゃないですか」
「まぁそうだけどさ」
レオとアスカは焼き芋を購入した後、アントラのバックステージへ行った。
シルク・ドゥ・パレットは12時半近くまでリハーサルを行った。マットとヒナは観客席でリハーサルを見守った。
「レオ君、今日私薬持って袖から見てるから、転んでも大丈夫だよ」
ヒナがレオに声をかけた。
「おーサンキュー。でもオリバーとサイモンのサポートがあるから前みたいなことにはなんないよ」レオが笑顔で返事をした。
イベント開始まで皆がバックステージで待機していると、12時半頃にエドウィンが忙しなく現れた。
「遅っ。もうイベントのこと忘れちまったのかと思ったよ」フィリップが言った。
「すみません! 直前までガレクロを売っていたので!」
エドウィンが息を切らしながら言った。
「そうなの?」レオが聞いた。
「当たり前じゃないですか! イベントの情報が載った1週間前からずっと仕事の前後にガレクロ売ってました。500枚近く売りましたよ」
「は!? パートタイムでその数字はバグってないか?」レオは驚いた。
「医者がニュースボーイか。君も変わってるね」フィリップがケラケラと笑った。
「道理でエドウィン、ちょっとげっそりしてない?」
マットがエドウィンの顔色を見て言った。
「まぁここ最近あまり寝てませんね。医者ですから、自分の症状は理解してます」
エドウィンが乱れた髪を整えて言った。
「ここから下手したら何時間もデモするんだからさ、その前に疲れ果てないでくれよ」
レオが心配して言った。
「はい。皆さんがパフォーマンスしてる間は袖で座って休ませてもらいます……」
エドウィンがそう言って早速近くの椅子に座った。
「あ、フィリップ。最後のスピーチでシオネをステージに出したいんだけど、その間だけシオネ借りること出来ない?」
レオがフィリップに尋ねた。
「あ〜いいよ。じゃあグループアクト終わったら俺が店番するよ。元々そうやってたし」
フィリップが承認した。
「オッケーありがとう。シオネにも確認してくる」
レオはバックステージを一旦出た。すると、アントラ付近の飲食店は大勢の人で賑わっていた。焼き芋ジャグラーにも既に行列が出来ていた。
「すごい人だね!」レオが客を捌くシオネに声をかけた。
「はい、前のイベント以上です」シオネが忙しく動きながら答えた。
「あのさ、最後のスピーチの時にシオネもステージに上がってくんない? 立ってるだけでいいから」
「え?」シオネはようやくまともにレオを見た。
「被害者の顔が見えてた方が現実味湧くだろ? フィリップが店番交代してくれるから」
「そんな……大勢の前に立つなんて恥ずかしいです……」
「ジョマナ解放出来ればいち早く今の家出れるかもしんないんだよ?」
レオの言葉を聞き、シオネは何も返さず一旦待たせている客の対応をした。
「また来るから考えておいて」
レオはそう言ってバックステージへ戻った。
レオは残りの僅かな時間でソロアクトの流れを頭の中でシミュレーションした。前回のオープンステージから更に練習をこなしたので、流れは完全に体に染み付いている。
イベント開始5分前。レオはバックステージの皆を集めることにした。
「皆集まって」
レオの声を聞いて、シルク・ドゥ・パレット、アスカ、ヒナ、マット、エドウィンが集まった。ザ・ティビアスは興味津々と眺めている。
「お客さん結構入ってると思う。今日のイベントはエドウィンのフィアンセ、タリアと、シオネの母ジョマナを解放する為のものだ。その為に最高のパフォーマンスをしよう!」レオが皆に語った。「エドウィン、一言ある?」
「はい。本当に皆さんのおかげでここまで来れました。ありがとうございます! 頑張って下さい!」
エドウィンが深々とお辞儀をすると、皆が拍手をした。
「あ、レオ。シルク・ドゥ・パレットの円陣しよう」フィリップがレオに声をかけた。
「円陣あるの?」レオが聞いた。
「うん。手乗せて」
フィリップがそう言うと、メンバーがフィリップの右手の上に自分の手を次々と乗せる。レオも最後に自分の手を乗せる。
「レオ・シルバーの初陣期待してるよ。俺が『シルク・ドゥ』って言ったら皆で『パレット』な」
フィリップがレオを見て言った。レオは頷く。
「行くぞ! シルク・ドゥ!」フィリップが大声を出す。
「パレット!」レオ以外の5人が揃って大声を出して手を上に上げた。
「パレット……」レオがワンテンポ遅れて声を出した。
「レオ、遅いねん!」オリバーが笑った。
「あんただって最初タイミング分かんなかったでしょ」
マディソンがオリバーにツッコんだ。
「間空けないで普段と同じ感じで言うんだよ」フィリップが説明した。
「オッケーオッケー。もう分かった」レオが頷いた。
6人が再度手を重ね合わせる。
「行くぞ! シルク・ドゥ!」
「パレット!」今度はレオも同じタイミングで声を出した。
レオはその後アスカ、ヒナ、マットとハイタッチをした。
時刻が13時になる。
「じゃあ始めるよ! ザ・ティビアスよろしく!」
マットが声をかけ、ザ・ティビアスがステージへ入場した。2分程演奏した後、曲はレオのアクトのBGMへと変わる。レオはウルトラフィットに乗り、深呼吸をしてから勢い良くステージへ飛んで行った。
観客席を見渡すと、前回より多く人が入っているのが分かった。半分以上埋まっているので、6千人はいるだろう。レオは観客席をゆっくりと1周した。ラグスビーメンバーは2段に分かれて固まって座っていたので一瞬で分かった。
「レオー!」ジェイソンが大声を出している。
ヘンリーはアゴラのニュースボーイ仲間と固まって座っていた。
マーセラ・テス・リンデはいつも通り仲良く一緒にいる。マーセラが飛び跳ねながらレオに手を振っている。
「レオー!——やっぱレオだったじゃん! シルバーって誰かと思ったけど」
マーセラが嬉しそうに他の2人に言った。
レオは前回と同じセットリストをこなした——スピンのアップダウン、フリップ、ライトスクリュー、レフトスクリュー、レフトスパイラル、ライトスパイラル。フリップとスクリューではオリバーとサイモンがラグを広げてサポートに入った。
オープンステージの時より遥かに観客が多いので、その分拍手も長い。レオは前より長めに観客の声援に応じた。
「おいおい、レオこんな隠し芸持ってたのかよ……練習の合間に遊んでんのは見たことあるけど」ルイスがレオを必死に目で追いながら言った。
「あいつやっぱバケモンだな!」ジェイソンが興奮気味に言った。
「レオ、ヤバい! カッコ良すぎる!」マーセラが目を輝かせた。
次はキッカーだ。レオは音楽のリズムに合わせて手を叩き観客を煽る。知り合いのグループに向かってギザギザと進んで行き、ギリギリまで近づいたところでターンをする。ラグスビーメンバーは拳を上げて騒いだ。
ヘンリー達も拍手でレオを迎えた。
「俺がレオの師匠だからな! 俺があいつにニュースボーイの仕事教えたんだぞ!」
ヘンリーが周りのニュースボーイ仲間に自慢した。
マーセラはレオが近づくと立ち上がってはしゃいだ。
「キャー! レオー!」
「ちょっと! 見えないから座ってよ!」後ろの女性客がマーセラに注意した。
「マーセラ、恥ずかしいから座って」テスがマーセラを無理矢理座らせた。
レオは他にも何回かキッカーを行い、会場を充分暖めたところで大技へ移る。オリバーとサイモンが再度サポート体勢を取った。まずはレフトスクリュー・フリップを成功させると、観客から大きな歓声が沸いた。次は前回失敗したライトスクリュー・フリップ。こちらも成功させ、レオは胸を撫で下ろした。
次はフリップ・レフトスクリュー。ここからはまだショーで魅せたことが無いので、レオに妙な緊張が走る。しかしこれも成功。残す大技はフリップ・ライトスクリュー。フリップで逆さになった状態で両足のかかとに力を入れる技で、レオの持つ技の中で難易度が最も高い。
レオは観客席側からステージを見て深呼吸をした——スピードを上げて、オリバーとサイモンのラグの上へ到達したところでフリップをする——宙ぶらりんの状態でライトスクリュー——しかしかかとで上手く踏み込むことが出来ず、バランスを崩す。オリバーとサイモンがラグでレオをキャッチした。
「レオ、危ない!」マーセラが口を手で覆った。
オリバーとサイモンはラグを地面に置き、レオが立ち上がった。オリバーを見ると、「頑張れ」と口パクでレオに言っている。サイモンは無言で頷く。レオは気を取り直し、自分のラグに乗り直して観客席の方で飛んだ。
「レオ、頑張れー!」
ジェイソンが大声で喝を入れた。他にもレオを応援する声が沢山聞こえる。
レオは特に観客に目配せすることなくスイッチし、ステージの方を見つめて深呼吸をする——再度スピードを上げ、体の神経を足裏に集中させてフリップ・ライトスクリューを決める——最後若干フラつきながらも転倒すること無く終わり、観客席の方へ戻った。何百人もの観客が立ち上がって拍手を送る。レオは両拳を突き上げて観客の歓声に応えた。
最後にレオは観客席の真ん中で最初とは逆回転のスピンをし、5メートル上昇して下降。観客の方を向いて静止すると、音楽も切りの良いところでフィニッシュする。レオは両手で観客に手を振った。何とか自分のアクトをこなし、達成感で一杯になる。
「もう、うち泣いちゃった!」マーセラが涙を擦りながら言った。
「マーセラどんだけ?」リンデがマーセラを見て苦笑した。
「いや、でもレオ凄かったね!」テスが拍手を送る。
レオはステージに戻りサイモンからメガホンを受け取ると、観客席の近くまで飛んで戻った。
「盛り上がってるか! アントラ〜!」
レオがメガホンで大声を出した。観客が歓声で応える。
「マットファクトリー主催のイベントへようこそ! 新しくシルク・ドゥ・パレットに加入したレオ・シルバーだ!」
レオはここで一旦メガホンを外し観客の拍手に応える。
「今日のアクトはシルク・ドゥ・パレットと、アントラ初登場のアスカ・クリスタル! 最後まで楽しんでいってくれ!」
レオはそう叫び、再度観客に手を振ってステージを去った。
袖ではオリバーがはしごを持って待機していた。
「サポートありがとう!」レオがオリバーにハイタッチした。
「おう!」オリバーはそう言ってステージに入場した。
「初っ端からカマしてくれるな〜レオ!」フィリップがレオを労った。
レオはバックステージの皆から声をかけられたが、まだマディソンとミラのサポートが残っていたので、すぐに気持ちを切り替えた。レオはもう使わないウルトラフィットをリュックにしまい、レギュラーモデルを出して待機した。
マディソンのチェアバランスが終わると、レオは袖からラグで飛び出し椅子の撤去を行った。マディソンのラグ上の逆立ちは大きな歓声を呼んだ。
「あの美女スゲ〜な! レオの奴、手伝いしやがって! 羨ましい! 椅子の片付けなら俺でも出来るぞ!」
ジェイソンがマディソンのアクトを見ながら言った。
「雑用として入団すればいいじゃねーか」ルイスが鼻で笑った。
次はサイモンのファイアーアクト。通常のパフォーマンスが終わった後、サイモンは鉄棒を1本マディソンに返し、もう1本の先端をバケツの水に付けて火を消した。これでサイモンは、火が片方だけ付いた鉄棒を1本持つ状態となった。
この一番シンプルな状態でラグに乗り観客席の近くに行くと、サイモンは観客の間近で鉄棒を振り回した。上裸でムキムキのサイモンの迫力に観客が興奮する。多くの観客が手を挙げてアピールをし、サイモンがその観客の前へ移動してパフォーマンスを繰り返す。
「レオのキッカーもそうだけどさ、やっぱ客多いとそれだけ時間かけられるね」
フィリップが袖で言った。
「こうやってパーソナルな体験にしてあげれば同じ動き何回やっても大丈夫なんだよ。客の反応がそれぞれ違うから、周りもそれ見て楽しめるっしょ? コスパいいよね」
「なるほどな〜」レオが隣で頷いた。
「あとオーディエンスとエンゲージすることで緊張感が生まれるよね。『次こっち来たらどうしよう!』って皆思うじゃん」
フィリップは冷静にサイモンのアクトを分析した。
サイモンがアクトを終えてステージから帰って来た。
「いや〜めっちゃ楽しかったぞこれ! 何でもっと早くラグ乗んなかったんだ!」
サイモンが興奮気味に話した。
「お疲れ! 良かったよ!」フィリップがサイモンを労った。
しかしすぐにミラのアクトが始まる。
「レオ、サポートよろしくね」
ミラはレオにそう告げ、ステージへ入場した。
レオはフラフープを3つ持って途中から入場し、サポート役を務める。
「おいレオ、この可愛い子ちゃんの手伝いもすんのかよ!」
ジェイソンが嫉妬心を顕にする。
レオはフラフープを全部渡し終えた後一旦ステージを下がり、車輪を持って再度入場する。無事サポートを終えて袖に下がると、一息ついた。
「サポートありがとうね」ミラが袖に下がってレオに声をかけた。
「うん。ナイスアクト!」
ソロアクトのトリを飾るフィリップのジャグリングはやはり圧巻だった。カスタムモデルで登場し、観客を大いに盛り上げた。
その後グループアクトに移行し、レオは最後の最後に入場。6人でステージ上を回転しながら前のラグに飛び乗る。1周して自分のラグに戻ったところで、観客席へ飛び観客の声援に応えた。
「レオー! レオー!」
マーセラが立ち上がってレオに手を振る。今回は最後というのもあって、他の観客も沢山立ち上がっており、誰もマーセラに文句を言う者はいなかった。
ステージに6人が並び、手を繋いで掲げ、深く礼をした。レオは1ヶ月前にこの光景を観客席から見ていた。今こうしてシルク・ドゥ・パレットの一員としてステージ側に立っていることに胸が一杯になる。
レオはステージを去った後、すぐに次のタスクに取り掛かった。
「フィリップ、シオネと交代よろしく。でもステージに立つの渋ってたから、また俺が説得に行こうかな」
レオがフィリップに言った。
「そうなの? 俺1人でいいよ。レオはスピーチの心配してな」
フィリップがそう言ってバックステージを出ていった。
レオは言われた通りにバックステージに残った。しかしスピーチの心配なんかよりも、アスカのラグダンスをもう一度観たかった。
アスカはキンセニエラの時と同じチュニックドレスを身にまとって、ラグダンス用のラグを手に持っている。ティアラはしていないものの、メイクをバッチリ決めている。
「アッちゃん頑張ってね!」ヒナがアスカを励ました。
「うん。行ってくる!」
アスカはヒナ、マット、レオとハイタッチをし、ラグを広げてステージに入場した。その瞬間、観客席から今日一番の歓声が鳴り響いた。
「アスカ様〜!」リンデが大声を出した。「何あの姿! 美しすぎる!」手を合わせて拝んだ。
「ちょっとリンデ、恥ずかしいから止めてよ」テスが隣でリンデを止めた。「もう2人共何なの今日……」
アスカのダンスが始まっても、会場は常にざわついていた——手拍子をする者、アスカの名前を大声で呼ぶ者、隣と話す者。
「異様な雰囲気だねこれは」マットが袖で観客を眺めながら呟いた。「下手したら今日の観客半分はアスカ目当てなんじゃない?」
「そうかもよ。だってアッちゃん2ヶ月もラグスビーの試合出てないんだもん」ヒナが言った。「アッちゃんを一目見たくて来た人は多いんじゃないかな」
アスカは観客席を飛び回りながらダンスをする。
「アスカのラグ違うじゃん。ダンスも進化してるぞ」ルイスが言った。
「アスカ、女神だよ……俺はこれからどう生きていけばいいんだ」
ジェイソンがアスカを見上げて言った。
アスカが最後スピンを終えてポーズを決めると、観客総立ちとなった。
「うわっ、鼻血出た!」リンデは滴り落ちる血に気付いて動揺した。
「リンデ、大丈夫!?」マーセラが声をかけた。
「ハンカチ、ハンカチ……」リンデが席に座りバッグの中のハンカチを探す。
「鼻血出るとか意味不明なんだけど!」テスは爆笑した。
「テスもハンカチ探すの手伝ってあげなよ」マーセラが言った。「テスだってルイス見たら鼻血くらい出すでしょ?」
「鼻血は流石に出さないよ。せいぜい鼻水くらい」
「今のアスカ様を脳裏に焼き付けたい! 記憶が消されないように今後ずっと目閉じて過ごそうかな」リンデがハンカチで鼻血を抑えながら言った。
「何それ。あたし達にヘルパー役させるつもり?」テスが呆れて言った。
「うん。アスカ様見かけたら教えて。その時だけ目開くから」
「ダメだ。リンデ完全にイカれた」
観客の拍手はしばらく鳴り止まなかった。
「アントラ初めて出てこれはすごいね」ミラが袖で言った。「既に私越されちゃった気分」
そこでバックステージにシオネがやって来た。
「お、シオネ来た来た! 今から出るからな」レオがシオネを手招きした。
「ではレオさん、よろしくお願いします」エドウィンがレオに一礼した。
「おう。エドウィンもな」レオが返事した。
エドウィンがメガホンを持って先にステージに入場し、アスカにメガホンを渡す。
アスカはラグに乗ったままメガホンを持った。
「皆、今日はマットファクトリー主催のイベントに来てくれてありがとう!」
アスカがメガホンで大声を発すると、観客からは再度大きな拍手が上がった。
「ラグスビーマッチに出られないけど、こうやって皆の前に立てて嬉しい! 最後にレオからちょっと話があるから、聞いてくれる?」
アスカはそう締めくくり、ステージに歩いて出てきたレオにメガホンを渡した。アスカはラグに乗って袖に下がった。ステージ中央にレオが立ち、少し間を空けてエドウィンとシオネが並んで立つ。
「誰、あの2人?」マーセラがテスに聞いた。
「知らない」とテス。
レオは6千人の視線を集め、スピーチを始めた。
「実は、城にヒーラーが2人軟禁されている」
レオはゆっくり、はっきりと言葉を発した。観客はどよめく。
「ここにいるシオネの母さんジョマナは10年以上城に閉じ込められていて、シオネは2歳の時からジョマナの姿を見ていない」レオがシオネを指して言った。
「そして——」レオがエドウィンにメガホンを渡す。
「私はエドウィン・クーパーと申します。フィアンセのタリアは、約1年前から城に軟禁されており、それ以降1度も顔を見ていません」
エドウィンが話し終えると、レオにメガホンを返した。
「ジョマナとタリアは、エベディルクを作っているんだ」レオが言葉を発した。「エベディルクはハーブティーなんかじゃない。エベディルクは、老化を止める薬だ」
観客が再度どよめいた。
「国王は不死身でも神の子でも無くて、普通の人間だ。エベディルクを飲み続けることで生きながらえている。『アキロスの願い』は国王がでっち上げたプロパガンダだ。エベディルクの作り方が平民に漏れたら、自分が飲む分が無くなると国王は恐れている。だからヒーラーを軟禁してるんだ。こんなことが許されてたまるか!」
レオは語尾を強めた。
「まず皆に伝えたいのは、政府から今後ヒーラーの求人があったら絶対に応募しないでくれ。城に入ったら最後、2度と出られなくなる。出ようとしたら殺される——そして、ジョマナとタリアの解放に協力してくれ! 今から城へ行ってデモを行う。俺達に付いて来てくれ! 出口で待ってる」
レオは話し終えるとメガホンを外した。マット、ヒナ、アスカがステージに現れ、マットがレオにリュックを渡す。HAMLはその場でラグに乗り、アントラの頭上を超えて外に出た。バックステージからエドウィン、シオネ、オリバー、サイモン、マディソン、ミラが合流し、10人は出口で観客を待った。




