第25話 カウントダウン
リアルトの通常営業時間は22時までだが、12月31日の今日は1時過ぎまで営業する。レオは仕事を終えて仮眠を取った後、22時過ぎに階段を降りてパブに滞在した。
パブにはそこそこ人が入っており、ギルドワーカーも沢山いる。シルク・ドゥ・パレットのメンバーはミラとマディソン、オリバーとサイモン、フィリップとシオネがそれぞれペアでバラバラの時間に到着した。
「シオネ! 来れたんだね!」レオがシオネの姿を見て笑顔を見せた。
「はい。フィリップさんが親を説得してくれました——ここがレオさんの家なんですね」
シオネがパブを見渡して言った。
「まぁ俺の家って言っちゃうと語弊があるな。俺はただの居候だよ」
パブのハイテーブルは4、5人しか椅子で座れないので、サイモンとフィリップが立ち、7人でテーブルを囲った。
「じゃあ改めてレオ、名前何だっけ?」
全員がドリンクを持ったところでフィリップがレオに聞いた。
「レオ・シルバー!」レオが声高に言った
「オッケー。シルク・ドゥ・パレットの新メンバー、レオ・シルバーに乾杯!」
フィリップが乾杯の音頭を取り、皆で乾杯をした。
しばらく談笑していると、HAMLメンバーが到着した。
「皆いるね!」マットがレオ達を見て嬉しそうに言った。
「フィリップ! カスタムモデル出来たよ!」
アスカがそう言い、ラグを目の前で広げて見せた。焼き芋3本が宙に浮いている様子がラグに大きく描かれている。右隅にはマットファクトリーのロゴもある。
「うおーっ! これはカッコ良い!」フィリップがラグを手に取って感激した。シルク・ドゥ・パレットのメンバーも立ち上がって近くでラグを見る。
「フィリップ、これ何リタした?」サイモンが尋ねた。
「無料だよ。俺がこのラグをショーで使って宣伝することで、マットファクトリーが一般客に同じ物を売れるから」
「おい、本当かよ——マット、俺もラグに乗ってアクトやれば作ってくれる?」
サイモンが興味津々と尋ねた。
「フィリップ並の影響力を持てば考えるよ」マットが答えた。
「よし決めた。俺もラグに乗るぞ」
「あたしも欲しい」マディソンがふてぶてしく言った。
「お前はどうすんだよ? ラグの上に逆立ちでもすんの?」オリバーが聞いた。
「うん。既にグループアクトでやってるし、ソロでも出来るはず」
「でもよ、仮にやったところでお前ステージで静止してるだけだから、観客は何のラグかなんて見えないんじゃないの?」
「観客席の近くでやればいいじゃん」
「いや、落ちたら誰がキャッチするんだよ!」
オリバーにそう言われマディソンは黙りこくった。
「まずステージ上で試したらいいじゃん。ラグの話は一旦置いといて、アクトの幅が広がるのは良いことでしょ?」ミラが隣のマディソンに言った。
「うん、そうする」マディソンはミラにだけはやたら素直なようだ。
「いや〜、皆の刺激になっていいね!」フィリップが満足気に言った。
レオが周りと見渡すと、いつの間にかルイスとジェイソンがいた。アスカも含め4人で話していると、ゴメスがリアルトに到着した。
「皆」ゴメスは4人を見つけると図太い声で話しかけた。「俺も次、欠場するよ」
「マジか!?」レオが思わず叫んだ。
「棄権するのは平民の皆さんに申し訳無いと思っていたんだ。でも前回の試合で、弱い平民チームをお見せするのはもっと申し訳無いと気付いた。早く気付かなかったことを許してくれ。君達4人がいないと平民チームはまるで機能しない——特にルイス。キャプテンをやってみて、いかにルイスの存在が大きいか知らされたよ」
ゴメスは淡々と語った。普段のように堅い表情だが、若干罪悪感が垣間見える。
「おかえり、ゴメス。前回の試合で平民チームを唯一繋ぎ止めてたのはお前だからな。ネクタリオス下げて自分でハンドラーをやる決断は俺にも思い付かなかったよ」
ルイスが労った。
「これでスタメン全員揃ったぞ! 残りの奴らも時間の問題だろ!」
ジェイソンは張り切った。
レオが隣のアスカを見ると、アスカは涙を流している。
「おい、アスカ?」レオが声をかけた。
「——だってこの1ヶ月ずっと平民チームがバラバラだったんだもん!——アスカが平民チームに入んなければこんなことは起こらなかったのに!——早く元通りの平民チームでプレイしたいよ!」
アスカは泣きながら声を振り絞った。
「アスカが罪悪感持つ必要無いだろ——そう考えちゃうのも分かるけどさ」
レオがアスカの肩を叩いて言った。
「政府の奴ら! アスカを泣かすなんて許さねーぞ!」
ジェイソンがコップをテーブルに叩きつけた。
「残りのメンバーは俺が責任を持って説得する。俺が一番彼らの気持ちを分かってるはずだ。次の試合は必ず棄権するぞ」
ゴメスが決意を口にした。
時計の針は0時に向けて着々と進んでいる。23時56分を過ぎたところで、パブの客は段々と時計を見ながらソワソワし始めた。23時59分になった瞬間、ドンテが拳を突き上げて大声を出し始めた。
「59! 58! 57!」
リアルトの時計に秒針は無い。次第に他の客もドンテに合わせてカウントダウンコールをする。HAMLも、シルク・ドゥ・パレットも、ラグスビーメンバーも、皆声を合わせる。
「33! 32! 31!」
パブの全員が一体となって拳を突き上げて声を出す。
「6! 5! 4!」
その瞬間、針が動き0時になった。笑い声が起きたが、大多数がカウントダウンを続ける。
「3! 2! 1! ハッピーニューイヤー!」
ハイタッチの嵐が生まれた。レオは知り合い皆にハイタッチした。マディソンですら笑顔だった。
「4秒もズレるなんて、あんたも老いたね!」ロゼーラがドンテをいじった。
「4秒でも結構スゲーと思うけど」レオがドンテに言った。
「昔は誤差1秒以内で出来たんだよ。歳だな!」ドンテは愉快に笑った。
レオは知らない客にもハイタッチを求められ、しばらくハイタッチをした。
0時30分を過ぎた頃、レオはシオネがテーブルの上で寝ているのを見つけた。
「シオネどうしたの?」レオがシルク・ドゥ・パレットに聞いた。
「眠いんでしょ。普段この時間まで起きるのに慣れてないんじゃない?」ミラだ。
「そりゃそうか。ずっと家の家事やって生きてきたんだもんな。早寝早起きなはず」
ヒナもシオネに気付いて近くに来た。
「シオネちゃん寝ちゃったの?」
「どうすっかな〜。カウントダウン終わったら家まで歩いて送ろうと思ってたんだけど」
フィリップが困った様子で言った。
「私の家に泊めてく? ここから歩いて1分だよ」ヒナが提案した。
「——そうすっか。助かるよ」
「アッちゃん」ヒナがアスカを呼んだ。「シオネちゃん寝ちゃったから家に泊めるけど、いい?」
「勿論! じゃあ今日はアスカ、ヒナっちと寝よー」アスカが賛成した。
「俺がおんぶして行くよ」フィリップが言った。
「じゃあ私ここで御暇するね」ヒナがレオに言った。
「アスカもそうする」とアスカ。
フィリップはシオネをおんぶし、アスカがフィリップのリュックを持った。ヒナと共に4人はリアルトを先に出た。
他のシルク・ドゥ・パレットのメンバーとマットも間もなく帰り、レオは1時頃に屋根裏に上がった。ベッドの中でレオは余韻に浸った。ラグスビーの平民チーム、HAML、シルク・ドゥ・パレットと、レオにはガレシアで3つもコミュニティが出来た。レオは新年への想いを馳せて眠りに就いた。
シルク・ドゥ・パレットへ正式に加入が決まったレオは、18日のマットファクトリー主催イベントへ向けて本格的に動き出した。サイモンとオリバーと時間を合わせ、レオのアクトのサポートの練習を行った。
グループアクトに関しては、全員がラグに乗って行うパフォーマンスだけレオも参加することになった——ミラ以外がラグに乗るパフォーマンスに関しては、全員がレギュラースタンスでないと出来ない。
グループアクトでは他のメンバーのラグにも乗ることになる為、レオはレギュラーモデルを使う必要があった。ソロアクトとラグを使い分けることになる。
イベントの5日前にザ・ティビアスも交えてアントラで全体リハーサルが行われた。レオとフィリップは、レオのアクトのBGMの候補を何曲か聴かされた。レオはその中から1曲選び、実際に曲が流れた状態で通しでアクトを行った。レオのリハーサルには多くの時間を要した。
マディソンはラグに乗るパフォーマンスを追加した為、バンドとの調整を行った。レオとマットは観客席でマディソンのリハーサルを観た。チェバランスが終わった後、マディソンはラグに乗った。ラグの上に逆立ちをして静止をした後、片手で逆立ちをする。
その後何とマディソンは、両手で逆立ちをした状態でラグの高度を上げた。レオはこれに驚いたが、もっと驚いたのはマットだ。
「嘘! まさか!」マットが立ち上がり、マディソンが上昇する様子を見つめた。
「これありなんだ……」マットはその場で棒立ちした。
「手でラグって操れんの、マット?」レオが聞いた。
「僕も知らなかったよ……」
マディソンのアクトが終わると、フィリップが観客席の最前列からステージへと近づいた。
「いいねマディソン! これさ、椅子片付けてからラグのパフォーマンスやらないで、サポートが片付けてる間にやれば? 片付ける時間見てる方は退屈じゃん」
フィリップが声をかけた。
「あ、そうか。じゃあオリバーが自分で片付けるってこと?」
「それでも間に合うかもしんないけど、後ろでダラダラ片付けてんのはみっともないから、サポートもう1人入れて2人で片付けよう」
「じゃあ俺がやる!」レオが立候補した。
「お、いいね! マディソンどう?」
「まぁ、片付けくらい誰でも出来るしいいんじゃない……」
マディソンがボソッと言った。
「『ありがとう! 超嬉しい!』だってさ」オリバーがマディソンを翻訳した。
「そんなこと一言も言ってないでしょ……」マディソンがオリバーの肩をパンチした。
「もうオリバーがマディソンの翻訳者だな」サイモンがニヤけ顔で言った。
「じゃサポート2人で椅子片付けるってことは、マディソンは椅子の頂上から降りないといけないっしょ? そこのトランジションをオリバーがサポートしてあげなよ」
フィリップがディレクションを続けた。
「マディソンのラグ持ってマディソンの所まで上がって、ラグを広げてあげる。マディソンはそれに乗る。そうすればスムーズじゃない?」
「うん、いいかもね」マディソンが賛成した。
「オッケー。じゃあ椅子組み直して、トランジションのとこまでもう1回やってみて」
フィリップの指示のもと、マディソンとオリバーが椅子を組み直し、マディソンが天辺に立つ。レオはステージ脇でラグに乗ってスタンバイする。
「じゃ行くよ」
オリバーが声をかけ、ラグに乗ってマディソンの近くまで行く。彼女の前にラグを広げ、マディソンがその上に乗る。レオが脇から飛んでいき、オリバーと共にラグに乗りながら椅子を解体してステージ脇に運ぶ。その間にマディソンがラグの上でパフォーマンスをする。
「どうマディソン?」フィリップが感想を聞いた。
「いいけど、あたし落ちた時のサポートがいなくなる」
「あーそうだな」
「俺達がもうちょっとスムーズに片付ければ間に合うだろ? 最初は低い位置での逆立ちだからサポート要らないだろうし」オリバーが言った。
「そうだね。あとマディソンも、もうちょっと時間かけてほしい。何でもいいから」
フィリップが指示を出した。
「——分かった」マディソンは承知した。
「今やっちゃうとバンドの時間無駄にしちゃうから、後で3人で合わせて」
フィリップの言葉で、マディソンのリハーサルは終了した。
マディソンはその後サイモンのサポートを務めた。サイモンもラグに乗るパフォーマンスを追加した為、リハーサルに時間を多く費やした。
サイモンのリハーサルが終わりマディソンが観客席へ降りて来た時に、マットがマディソンへ声をかけた。
「マディソン、手でラグ操作出来るってどうやって知ったの?」
「う〜ん、ラグの上で逆立ちした時に、このまま動けばいいのにと思って、足と同じポジションに手を置いてみたの。そしたら動いた」
マディソンが答えた。
「いや〜、ラグ職人やっててこれは知らなかったよ……」マットが呆然とした。
「スゲ〜なマディソン! 逆立ちでラグ動かす奴なんて前代未聞だぞ!」
レオがマディソンを褒め称えた。
「まぁ……そうかもね」マディソンが顔を赤くしてボソッと言った。「上下動は普段と逆だった。上がるように意識すると下るし、下がるように意識すると上がる」
「逆立ちするとそうなるのか! 面白いな〜」マットが目を輝かせた。
オリバー、ミラ、フィリップのアクトはほぼ変更無しで、確認程度で終わった。
グループアクトのリハーサルが終えると、今度はアスカのリハーサルとなった。シルク・ドゥ・パレットはアスカのラグダンスを今まで観たことが無い。全員観客席に座ってアスカの登場を待った。レオはマットと一緒に座った。
ザ・ティビアスが音楽を奏で始めた——曲はキンセニエラの時と同じだ。アスカはステージ脇から中央まで飛んだ後、後ろを向いて5メートル以上高度を上げ、ゆっくりと下がっていった。
「アスカのラグ変わってんじゃん!」レオがアスカの赤いラグを見て言った。
「ラグダンス専用のラグだよ」マットが得意気に言った。
「デザインは——ロゴの模様?」
「うん。ラグ全体に敷き詰めてる」
「いい感じだね!」
アスカはターンをして観客席を向いて踊り始めた。リハーサルにも関わらず、観客席で座っている傍観者から歓声が上がる。アスカは基本的にはキンセニエラと同じ動きを見せるが、より足のステップが増えている。
最後のスピンでは、片足を上げながら回る場面もあった。
「いい! 確実に自由度増してるね!」
マットがアスカのスピンを満足気に眺めた。
ダンスが終わると、数十人の傍観者からは大きな拍手が送られた。
「これはやられたな〜」フィリップが呆然とした。
「アスカちゃんすごい!」ミラがステージへ駆け寄った。「何でそんなこと出来るの?」
「えへへ。ラグのおかげでもあるんだ」
マットもステージに行き、ラグのリリースの調整が出来る話をミラにした。シルク・ドゥ・パレットの他のメンバーも集い、マットの話を聞く。
「何それ! 私フラフープ回す時は足の場所が結構決まってるからラグ乗っても意味無いかな〜と思ってたけど、このラグだったら色々出来そう!」
ミラがアスカのラグを大きな目で見つめた。
「マット、これ私にも作ってほしいんだけど、何リタ?」ミラがマットに聞いた。
「全然考えて無かったな……そもそもラグダンスなんてアスカしかしないと思ってたから」マットが上を向いて考え込んだ。
「いずれ次のイベントには間に合わないから急ぎじゃないけど、考えてみて!」
「うん! ミラもこれ使ったら超いいね!」アスカが嬉しそうに言った。
「何だ、皆ラグ乗り出すのかよ……俺だけ置いてけぼりだな」
オリバーが端の方で言った。
「オリバーもやりようによっては出来るんじゃないか?」フィリップが適当に言った。
「はしごもラグも足で操作するからな。足が2つしか無いのにどう組み合わせればいいんだ……まぁ考えてみるよ」
「皆考えてみなよ。俺達パフォーマーは娯楽の時間を提供してるんだ。長い時間娯楽を提供すれば、その分価値がある。今までシルク・ドゥ・パレットのアクトは40分くらいだったけど、レオが入ってマディソンとサイモンのアクトも伸びたことによって50分超えるだろう。これが1時間を超えてくると、俺達だけでイベントが成り立つんだ。そうすれば主催者はシルク・ドゥ・パレットだけ雇えばいいから、もっと高いギャラでも払ってくれる。だからアクトの時間を長くすることはかなり重要だよ」
フィリップが皆に言った。
「そうだよな。ガレシア・エンジェルスなんてあんな人数いても15分くらいで終わるだろ? でもギャラは相当払ってるだろうから、コスパ悪いよな」
サイモンが賛同した。
「まぁあれは美女を見たいっていう欲を満たしてるから成立してるんだよ。シルク・ドゥ・パレットだけでその欲を満たせるなら尚いいね。という訳で、マディソンとミラの尺を伸ばすのが超重要だから、2人共よろしく!」
フィリップが女性陣2人に気軽なトーンで言った。
「ふんっ。その分あんたと同じギャラもらうからね?」マディソンが言った。
「おう。10分のアクト作れたら勿論そうするよ」
「私もアスカちゃんと同じラグ使ったら10分出来るはず」
ミラが決意を込めた眼差しで言った。
レオはギャラのことなんて全く頭に無かったので、この話がとても新鮮だった。
「ちなみに今は皆ギャラいくらなの?」レオがフィリップに聞いた。
「俺が1万リタで、他が5千リタ。合わせて3万リタ」フィリップが答えた。「あ、ギャラ3万で今回の話進めてたけど、レオ入ったからどうしよう」
「いや、俺は全然今回はボランティアでいいんだ——5分のアクトで5千リタってことは、1分千リタってこと?」
「まぁ確かにそうだな。ルールがある訳じゃないけど、需給のバランスでそうなってる」
「1分千リタってスゲ〜な……俺2時間以上働かないと手に入んないぞ」
「でも練習はするし、サポートもグループアクトもあってイベント時は1時間以上拘束されるから、1分千リタ稼いでる訳じゃないけどね」
「確かにそうだけど」
「よし! 後は当日は1日中アントラ貸し切ってるわけだから、音楽無しで通しでリハーサルして本番に挑もう」
フィリップがそう締めくくって、リハーサルが終わった。




