第13話 サブスクリプション
翌日の月曜日、レオはいつも通りマットとヒナの家にガレシアクロニクルを届けた後、アントラ付近でニュースボーイをした。しかし以前と違うのは、マットに作ってもらった手持ち看板があることだ。レオは今週から本格的にサブスクライバーの獲得を目指すことにした。名前と住所を知っているマットやヒナと違い、他人のサブスクリプションを獲得するには顧客情報をメモする必要がある。
レオは昨日家に帰った後、手持ち看板を見ながら流れをシミュレーションしてみた。立ちながら名前と住所を記入するには、硬い板が必要だ。偶然にも手持ち看板がその役割を担ってくれることに気付き、レオは自分のアイディアを自画自賛した。
レオは前払いか後払いかを検討した結果、初月後払いで翌月から前払いにすることにした。部外者のレオは顧客の信頼を獲得する必要があるので、いきなり前払いで売れる自信が無かった。かと言ってずっと後払いだと、未払いの対応をしないといけない。家に何度も訪問すればいずれ払ってくれるかもしれないが、それをやるモチベーションはレオには無かった。
集金方法についても考えてみた。前払いということは、月末までにに翌月分を支払うことになる。では月末にサブスクライバー全員の家に集金に行けばいいかというと、それは非現実的だ。不在の場合を考えないといけないし、レオが必ずしも時間を取れるとは限らない。
アントラ付近でニュースボーイをしながら顧客獲得をするということは、顧客は普段そこを通るということだ。ならば、月末までにレオに直接払ってもらえばいい。もしそれで払わなかったら、その時はその時で考えることにした。初月後払いで翌月から前払いのメリットは、初月と翌月の支払いを1度に行え、顧客の手間が減ることだ。
配達時刻の保証もしなければならない。マットやヒナは何時でも良いと言ってくれたが、他の客はそんなに優しくないだろうとレオは想像した。同じ新聞でも配達時刻が早ければ早いほど価値が高いのは間違い無い。最短だと8時だが、本部からの移動時間を考えると配達出来るのはせいぜい20軒だ。そもそも朝早く仕事に出る人は8時でも間に合わない可能性がある。そういう人は日中ニュースボーイから買う方が都合が良い。レオは考えても答えが出なかったので、一人一人に希望を聞いて顧客情報としてメモすることにした。手持ち看板の文言を「ガレクロ毎朝配達」ではなく「ガレクロ毎日配達」にしたのは幸いだった。
体調不良や急用で配達が出来なかった場合どうすればいいかも考えたが、こればかりは根性で何とかするしか無いとレオは思った。最悪の場合は信頼出来るギルドワーカーに顧客リストを渡せば引き受けてくれるかもしれない。
こうして考えてみると、サブスクリプションは意外にも複雑だということにレオは気付いた。街中で売るだけならこれらを何も考える必要が無い。それは客側も同じで、自分の好きなタイミングで買えばいいだけだ。しかしレオは「飛べる人の特権は使わなきゃ損」というヘンリーの言葉を思い出した。サブスクリプションを売れるのは正に飛べる人の特権だ。徒歩でも出来なくはないだろうが、顧客の家が都合良く徒歩圏内に密集するとは到底思えない。ならば自分の武器を活かすべきだ。
レオは今日フィリップに声をかけようと思ったのだが、焼き芋ジャグラーの屋台は無かった。定休日があるのか分からないが、いつかは休まないといけないだろう。手持ち看板を首からぶら下げ、ラグに乗ってガレシアクロニクルを掲げてヘッドラインを叫ぶ。少なくとも普通のニュースボーイよりかなり目立つ存在となった。
買いに来てくれた客はほぼ全員手持ち看板のことを聞いてきた。レオはまず通常の1250リタよりも得であることを伝え、その後は質問に適宜答えた。しかし中々客をコンバート出来ない。毎日購入しないからサブスクリプションが不要なのか、それとも信用されていないのか理由は分からない。
レオがめげずに仕事をしていると、この前の5歳の男の子と母親が寄って来た。
「お兄ちゃん、それ何ー?」男の子がレオの手持ち看板を指差して言った。
「これ俺の営業ツール。カッコいい?」レオが手持ち看板を持って男の子に近づけた。
「変なの〜」男の子が真顔で言った。
「はは。正直だな」
「高い高いしてよ!」
「おう、いいよ!」レオは手持ち看板を首から外した。
「これ持っててもらっていい?」
母親に頼んでみると、彼女はあまり乗り気では無さそうだったが無言で受け取った。
「行くよ!」レオは男の子がしっかりレオに掴まったのを確認して、1メートル高度を上下させた。前回よりスピードは少し速くし、3回行った。
「はい、お終い!」レオは地上に降り立って男の子に言った。
「次は4回?」
「ああ、いいよ」
「その内100回することになるわよ」母親が軽く笑ってレオに冗談をかました。
「そしたら俺『高い高い屋』に転職しようかな。需要あると思う?」
レオが笑って言った。
「さあね。誰もやってないから市場を独占出来るわよ」
レオは母親が本気なのか皮肉を言ってるだけなのか分からず、「高い高い屋」の可能性を妄想してみた。
「これは、前話してたやつ?」
母親が手持ち看板を指差し、ボーっと妄想するレオに言った。
「そうそう。本当は月1250リタなんだけど、50リタ得だよ」
レオは我に返って営業トークを始めた。
「そう。何時までに配達してくれるの?」母親が食いついてきた。
「お客さんの希望になるべく応えようと思ってるんだ。何時までだと嬉しい?」
「そうね。9時までだと有り難いわ」
「じゃあそうするよ」
「これは、月の頭から始まるの?」
「ううん。明日から出来るよ。今月分は残り日数分払ってもらえばオッケー」
「そう。後払いなんだっけ?」
「今月分は後払いで、来月以降は前払い。大丈夫?」
「構わないけど、配達止めちゃったりしたらどうすればいいの? あなた名前は? あとどこ住んでる?」
「名前はレオ・フィッシャー。リアルトに住んでる。リアルト分かる?」
「分かるわ。でも一応名前と住所書いたものくれない?」
「——そうだよね。ちょっと待って」
レオは想定外の出来事に少し焦った。リュックから紙と鉛筆を取り出す。
「看板もらっていい?」レオは母親から看板を受け取り、その裏面に紙を置いて名前と住所を書くと、その部分だけをちぎって渡した。
「はい。じゃあお姉さんの名前と住所ここに書いてもらっていい?」
レオはそう言って看板を母親に渡した。母親は名前と住所を記入し、レオに返した。
「ありがとう——9時まで配達ね」レオは配達期限をメモした。「今月分は月末までに俺に払って。平日は毎日この辺にいるから」
「分かったわ。いくらになるの?」
「あ〜……今月あと何日残ってるか分かんないから、計算しておくよ。明日スタートでいいんだよね?」
「ええ」
「ありがとう! 何か質問ある?」
「取り敢えず大丈夫。よろしくね」
母親は軽く笑顔を見せ、男の子の手を引っ張って去っていった。
レオは2人が視界から消えるとガッツポーズをした。しかし課題が2つ浮き彫りになった——レオの名前と住所を伝えないといけないという当たり前のことを忘れていた。更に初月の料金を素早く提示する必要がある。もしその場で払いたい人がいた場合にもたついたら台無しだ。カレンダーを常に持ち歩かないといけない。レオは屋根裏に年間カレンダーを置いているが、それとは別に持ち歩き用を買うことにした。
レオは文房具屋で来年のカレンダーを買い、屋根裏に戻った。今月分の持ち運べるカレンダーは無いので、レオは紙に残りの12月のカレンダーを手書きし、各日にちの上に、その日配達をスタートした場合の料金を記入した——明日16日スタートだと日曜日と祝日以外は残り13日あるので650リタ、明後日スタートだと600リタという具合だ。
次にレオは紙に名前と住所を10回記入してちぎった。これで2つの課題は解決出来そうだ。最後にレオは先程の母親の情報を顧客リストに写した。マット、ヒナに次いで3人目のサブスクライバーである。1人当たりの利益は約600リタだから、これが200人溜まると月収12万リタとなり、ニュースボーイの平均月収の2倍稼ぐことが出来る。平日1日2人顧客を獲得出来れば、4ヶ月で200人達成出来る。レオは急にワクワクしてきた。
今までの仕事はギルドワークにしろニュースボーイにしろ、ストックされるものが何も無かった。しかしこのサブスクリプションモデルなら、200人に1回売ってしまえば、客がキャンセルしない限り一生食べていける。
レオは軽く食事を取った後にアントラ付近に戻り、仕事を続けた。60部を売り切り、サブスクライバーをもう1人獲得した。
時刻は15時過ぎ。レオはサタナリアのギフトを購入する為にアゴラに向かった。マット用に100リタのキャンドルを5本買った後、肉屋に立ち寄った。屋根裏にはキッチンが無いので、レオはガレシアで肉を買ったことが無い。
「いらっしゃい」ハムのような体をした店員の兄さんがレオに声をかけた。
様々な肉が売られているが、レオは巨大ソーセージに目を移した。プレーンとハーブ入りが、それぞれ1本450リタで売られている。
「このソーセージ何グラムあるの?」レオは店員に尋ねた。
「150グラムだよ」
「デカいね——サタナリアのギフトとして買われたりする?」
「おう! 人気だぜ!」店員は自信満々で言った。
「そうか——1本ずつ袋に入れることって出来る?」
「おう、布袋は50リタで売ってるぜ」
「じゃあプレーンとハーブを1本ずつ布袋に入れてくれない?」
「あいよ! ちょうど1000リタだな」
レオは店員に金を渡し、ソーセージを受け取った。リュックの中にしまってみると、キャンドルと似たような形をしてることに気付いた。取り敢えずギフト購入のタスクを完了し、レオは胸を撫で下ろした。
屋根裏にギフトを置いて階段を降りた。時刻は16時近くで、今からガレシアクロニクルを20部追加で売る気力は無い。しかし収入がガタ落ちしているレオは、何とか稼ぎ続けなければならなかった。レオは久々にギルドに立ち寄った。
「おうレオ、最近見ねーな」ドンテが少し驚いた様子で言った。
「うん。ニュースボーイやってる」
「らしいな。平民チームで仲間割れしたんだって? ジェイソンから聞いたよ」
「うん。ドンテだったら棄権してる?」
「おうよ。どうでもいい選手だったら多分しねーけどよ、アスカだぜ。観客の怒り半端無かったぞ」
「だろ? ドンテから皆のこと説得してくれないかな? ルイスでもダメだったんだよ」
「まぁスタメン居なくなってチャンスが回ってきた奴らの気持ちも分かるからよ、現役ならまだしもとっくに引退した俺が四の五の言う権利はねーよ」
「ドンテもラグスビーやってたの?」
「大昔の話な」
「その時はラグスビーどうだったの?」
「気が向いたら話してやるよ。仕事取りに来たんじゃねーのか?」
「——おう」レオはドンテのラグスビー選手時代の話を聞きたかったが、まず仕事をこなすことにした。「L全で」
レオは手紙を7枚と490リタを受け取りリアルトを去った。ギルドワークを19時までこなし、ヒナの家で夕食を食べた。疲労困憊のレオは、食事が終わるとすぐに家に帰り、ベッドに倒れ込んだ。




