第10話 焼き芋ジャグラー
翌日レオは7時にガレシアクロニクルを60部購入した。60部という束は売っていないので、40部と20部を購入した。ミミベーカリーでハーフバゲットを買った後にパブで1人朝食を取りながら新聞を読んだ。これがニュースボーイ・レオのモーニングルーティンになりそうだ。
レオはヒナの家に新聞を入れた後、マットファクトリー近くの商店街で新聞を売り始めた。すると9時過ぎにマットが現れた。
「おーレオ、やってるね」マットが声をかけた。「昨日ガレクロ届いてたよ」
「おはよう。はい、今日の」レオはマットにガレシアクロニクルを渡した。「あのさ、毎朝マットファクトリーに新聞届けようと思ったんだけど、たまに無理な時があるって気付いたんだよ。だから、昼頃まででもいいかな?」
「うん、全然いつでもいいよ」
「助かるー! なるべく早く届けるよ。あとさ、今週の日曜日にアントラのイベント行かない?」
「おー、いいよ。珍しいね」
「うん。昨日アントラ行ったんだけど、焼き芋ジャグラーのフィリップって奴がいてさ。そいつが出るんだって」
「焼き芋ジャグラー! 僕観たことあるよサーカス。面白いよ」
「マジか! いや〜楽しみだな。ヒナも来るよ。アスカは土曜日の練習の時に誘ってみる」
「オッケー。僕も会ったら話してみるよ」
「うん。じゃ、俺アントラに移動するわ。これからはあっちで売ろうと思う」
「そうなんだ。また」
レオはマットと別れ、アントラへ向かった。焼き芋ジャグラーは既に営業していたが、シオネの姿は無かった。
「フィリップ、おはよう」
「おー、レオ」フィリップは笑顔で挨拶した。
「今日はシオネ来る?」
「うん。11時から来てって言った」
「そうか」レオはシオネが外出規制を食らってるのではないかと心配したので、安心した。「シオネはどれくらいの頻度で働く予定なの?」
「まだ分かんないな〜。でも1日4時間くらいかな」
「結構働くね。どう仕事っぷりは?」
「すげー緊張しててガチガチだけど、一生懸命なのは伝わってくるよ」
フィリップは笑った。
「はは。最終的にはジャグリングも教えるの?」
「本人がやりたければね! ほら、2人だとジャグリングの幅も広がるし」
「そうなんだ。てかフィリップって何歳?」
「17」
「17か。サーカスはいつからやってるの?」
「子供の頃からやってるよ。アントラに出始めたのは10歳の時かな」
「若っ! じゃあアントラってギャラ無いの?」
「あるイベントと無いイベントがあるよ。ギャラありのイベントは、出演するグループの代表者が15歳以上じゃないとダメ」
「ふ〜ん。ギャラありイベントは入場料あるってこと?」
「入場料取ったって、ラグ乗れる人は上から入ればいいだけじゃん」フィリップは鼻で笑った。「イベント主催者がギャラ出すんだよ。月1で国主催のイベントがあって、これが一番ギャラが高い。その次にギャラが高いのが役人主催のイベント。残りの空いてる日曜日はオープンステージで誰でも出れる。そこがギャラありイベントのオーディションも兼ねてるようなもんだね」
「なるほどね〜」
そこで客が屋台にやって来て、フィリップが焼き芋を売った。
「役人主催のイベントって、役人個人が金出すの?」
「うん。議員とか議員の立候補者が人気集めの為に主催するよ。だから最初と最後にちょっとスピーチする」
「そういうことか。イベントのギャラだけで食っていける人はいるの?」
「いないっしょ! 月数回働いて生活出来るなら苦労しないよ」
「そうだよな〜。でも練習しなきゃいけないでしょ? 俺ペルフガみたいにラグスビーだけやって生きていきたいな」
「ペルフガになればいいじゃん」
「いや俺政府嫌いだし、引退後兵士になるのも嫌だから」
「そりゃそうだよな。パフォーマーでもペルフガみたいな存在はいるよ」
「え、誰?」
「遊女。遊女って皆が皆そうじゃないけど、ダンス踊れる人が多いんだよ。国主催のイベントには絶対出るし、役人主催のイベントにも出ることはある。あとラグスビーマッチのハーフタイムでしょ。それ以外は城内で王族とか役人だけのパーティーで踊る。まぁそれでも時間余るから本来の遊女の仕事もするだろうけど、ダンスやって食っていきたいなら遊女が一番だね」
フィリップの話を聞き、レオはアスカの姉のジャスミンを思い出した。
「フィリップ遊女のことめっちゃ詳しいんだな。知り合いいるの?」
「いや、アントラのバックステージでイベントの時にちょっと顔合わせるくらいだよ。常に護衛に囲まれてるから、おいそれと話したり出来ないね。ミュージシャンの知り合いから遊女の話聞いてる。ダンスの音楽演奏するミュージシャンって、練習一緒にやるから遊女と結構話すんだよ」
「そういうことか。ミュージシャンは男もいるし、遊女じゃないよね」
「うん。ミュージシャンは色んなパフォーマーの音楽担当してるよ。ダンサーは勿論、シンガーやサーカスも」
「サーカスにも音楽付くの!?」
「うん。ここで焼き芋ジャグリングするくらいならいいけど、ステージでちゃんとパフォーマンスするなら、音楽無いと物足りないからね」
「そうなんだ。いや〜俺アントラのイベント観たことないから何も知らないや」
「まぁ観れば分かるっしょ」フィリップはそう言って笑った。「今日もニュースボーイすんの?」
「うん」
「新聞でもジャグリング出来るよ」
「え? どうやって?」
「まるめて縛れば」
「そうか——俺紐2つあるよ」
レオはリュックからガレシアクロニクルの束を2つ取り出した。
「ちょっとやってみていい?」フィリップがワクワクした声で聞いた。
レオが頷くと、フィリップは2つの束を解き、紐を2つ取り出した。新聞を数部まとめてまるめ、紐で縛る。
「2つしか無いけど仕方ないや」
フィリップはそう言って、丸まった2つの新聞を片手でジャグリングした。
「おースゲー! ガレクロジャグリング!」
「はいガレクロいかがー!」フィリップはそう叫びながらジャグリングを続けた。
客が寄って来て、フィリップにお金を渡そうとした。
「彼に払って!」フィリップはジャグリングしていない方の手でレオを指差した。客はレオに金を払い、ガレシアクロニクルを受け取った。
「フィリップ、マスターセールスマンだな! 一瞬でガレクロ売りやがった!」
レオは感心した。
「リンゴだろうがキャンドルだろうが、ジャグリング出来れば売れるよ」
フィリップは得意気に言った。
「何か俺が普通にガレクロ売るのが馬鹿みたいに思えてきたよ」レオがしょんぼりした。
「レオも飛びながら売ればいいじゃん」
「あー、飛んで意味あるかな。やたら疲れそう。お金受け取るのに下がんないといけないし」レオは飛びながら売る姿を想像してみた。
「やってみなきゃ分かんないっしょ! 別に飛び回る必要無いんだから、取り敢えず低空で静止してるだけでも目立つんじゃね?」
「う〜ん、やってみる」
レオは適当な場所を見つけてラグに乗り、地面から15cmくらいの所で静止した。急に背が高くなったように視界が変化した。ヘッドラインを叫びながらガレシアクロニクルを売ってみる。静止してるだけなら地面に立っているのと大して疲労度は変わらず、ラグに乗ってるだけでレオの気分は少し上がった。
通行人が減ると、レオは退屈になりラグでくるくるとその場を回り始めた。すると小さな男の子がレオを指差しながら母親の手を引っ張った。
「ママ、あれ見てー!」
レオは声がする方向でスピンを停止し、新聞を持つ手を振った。男の子はレオに近づこうとして母親の手を引っ張るが、母親が男の子を止める。
「ガレクロはもう買ってあるから」母親が男の子に言った。
「何で何でー!」男の子がダダをこねた。
レオはスピンしながら上空に舞い上がって見せた。
「わー!」男の子は歓喜した。
レオはスピンしたまま下降し、男の子の前で停止した。
「何歳?」レオは男の子に聞いた。
「5歳!」
「ラグ乗ってみたい?」
「うん!」男の子は嬉しそうに答えた。
「え、ダメよ。まだ10歳になってないでしょ」母親が焦った。
「大丈夫! 操作するのは俺だし、体しっかり支えて『高い高い』するだけだから」
レオは母親を安心させた。
「乗って!」レオはラグを地面ギリギリまで下げて男の子に言った。
男の子が乗ると、レオは体を密着させて、男の子の肩をしっかり持った。
「手、後ろに回せる?」
レオがそう言うと、男の子はレオの背中とお尻の間に手を回した。
「上にゆっくり上がるからね」レオはそう言って、ゆっくり高度を上げていった。
「うわー!」男の子がはしゃぎ声を出した。
レオは1メートルほど上がったところで高度を下げ、もう1度上下動を繰り返した。
「はい、今日はこれでお終い!」
レオは地上ギリギリまでラグを下げて、男の子に言った。
「楽しかったー!」男の子は満面の笑みでそう言い、ラグから降りた。
「セリエンテではラグ乗るのに年齢制限無いんだよ。俺は4歳から乗ってた。ガレシアの子供可哀想だな」レオが母親に言った。
「そうなのね……」母親は子供が無事で安心してるようだ。
「ガレクロは家に届けてもらってる? それとも毎日ニュースボーイから買ってる?」
レオは母親に尋ねた。
「さっき他の子から買ったわ」
「良かったら毎日家に届けるよ。信用してくれるまで支払いは月末後払いでいいから」
「そう……」母親は手を顎にかけて悩んだ。「検討してみるわ」
「うん。基本この辺にいるから」レオはそう言って親子と別れた。
レオはサブスクライバーを増やしたがっていたが、知り合いにだけ声をかけて終わっていた。街で新聞を買ってくれる客にサブスクリプションを提案すれば良いことに今更気付いた。かと言って初見の客に営業してしまうとうざがられそうなので、数回買ってくれた客だけに提案することにした。その為にはやはり場所を固定しなければならない。
レオがその後もラグに乗りながらガレシアクロニクルを売っていると、シオネがやってきた。
「レオさん、おはようございます」
「おー、シオネ!」レオは返事をしてラグから降りた。「これから仕事?」
「いえ、まだ時間があります。先にレオさんに色々報告しようと思って」
「おう。昨日家帰ってどうだった?」
「両親が喧嘩してました。お父さんはお義母さんに『この家に住み続けたかったらお前も働け!」って言って、お義母さんは『仕送りが止まったのはあんたの元妻のせいなんだからあんたが責任取りなさい!』って」
「茶番劇だな」レオが鼻で笑った。
「はい。お父さんはお義母さんからレオさん達に会ったのを聞いたらしいので、家事を強制することは無くなりました。でもどこ行ってたか聞かれて働いてたと答えたら、金よこせって言われて」
「は!?」レオが苛立ちを見せた。
「それで全部取られました。初日でしたし帰りに買い食いしたので大した額では無かったんですけど」
「ふざけてんなジャファリ! ジョマナのスネかじってること近所にバラしてやる」
レオはそう言って新聞を片付けた。
「いえ、大丈夫です!」シオネがレオを落ち着かせた。「フィリップさんにお金預かってもらうように頼んでみます。使う分だけ貰えば、家にお金を持ち込まなくて済むので」
「まぁそうだけど、服とか物とか買ったらどうすんだよ? 売られちゃうんじゃないの?」
「そうですね……」
「まずさ、フィリップにシオネの家庭事情話した?」
「まだです」
「それ話さないとダメだ。行こう」
「——はい」
レオはシオネと焼き芋ジャグラーへ行った。
「フィリップ、今日15分くらい時間取れる時ある? シオネの家庭事情について話したいことがあるんだ」
「あー、シオネもいた方がいい?」フィリップが言った。「いなくていいんだったらシオネに接客任せればいつでもいいけど」
「そうだな——いなくてもいいや。2人の時間使わせるの申し訳無いし。いいよねシオネ?」
「はい、大丈夫です」シオネが返事した。
「オッケー。いつにする?」レオがフィリップに聞いた。
「今シオネに引き継ぎするから、ちょっと待ってて」
「オッケー」
レオは待ってる間ガレシアクロニクルを売ろうとしたが、頭の中がジャファリへの怒りでいっぱいで、それどころでは無かった。取り敢えず新聞を掲げて棒立ちしていると、フィリップから声がかかった。
「お待たせ」
「おう。座って話した方がいいな。アントラでいい?」
「うん」
2人はラグに乗ってアントラに乗り込み、適当な席に座った。レオはエベディルクの真相から全てフィリップに話した。最近何度も同じ話をしているので、段々と話すのが上手くなってきた。
「すごい子を雇っちゃったな」話を聞き終えたフィリップは苦笑した。
「何とか面倒見てやってくんないかな? 15歳になるまでのこの10ヶ月が正念場なんだよ。ジョマナとは会いたいかもしれないけど、それ以上にまず親のいじめが問題だから」
「うん。シオネの物を家に持ち帰らなければいいだけの話だから、俺の家に置けばいいや。そうすりゃ服でも靴でも好きなもん買えるっしょ」
「いや〜助かるよ!」レオは安堵した。
2人は焼き芋ジャグラーへ戻った。
「レオから全部話は聞いたよ」フィリップがシオネに言った。「俺ん家にお金とか物置いていいから」
「本当ですか? ありがとうございます!」シオネは深々と礼をした。
レオはその後2人の仕事の様子を見ながらガレシアクロニクルを売り続け、15時に60部売り切ることが出来た。レオは焼き芋ジャグラーで焼き芋を1本買い、マットファクトリーへと向かった。
「マット、いるー?」レオは店内に入ってマットを呼んだ。
「おう、レオ。どうした?」マットが奥から出てきた。
「ちょっと相談があるんだけどさ、ガレクロのサブスクライバーを増やす為に、宣伝文句を首からぶら下げようと思ってるんだよ。何かの板に紐を通せば首にぶら下げられると思うんだけど、どうやって作っていいか分かんないんだよね」
「あーそういうことか」
「ラグ屋だから専門外かもしれないかもしれないけど、作ること出来る? お金は払うよ」
「フッフッフ。僕を舐めちゃいかんよ。それくらい朝飯前さ。いいよタダで作るから」
マットは自慢気に言った。
「マジで? 悪いな。サタナリアのギフトこれでいいよ」
「いや、サタナリアのギフトはもう作っちゃったんだよ」
「え? 作った?」
「あ、言っちゃった」マットが特に罪悪感の無いトーンで言った。「手作りなんだよ。まぁ当日渡すから」
「マジか……ハードル上がるな……」
「それで、板はどれくらいの大きさがいいの?」
「俺のリュックに入るサイズでなるべく大きいのがいいな」
「オッケー。じゃあちょっとリュックの寸法測っていい?」
「おう」
マットはレオからリュックを預かり、奥の作業場に持って行った。
「ちょっと待ってて。ギフト隠すから」マットが言った。
「うん」レオは適当に店内を見渡して時間を潰した。
「来ていいよ」マットに呼ばれ、レオは作業場へ移動した。
マットは定規でリュックの寸法を測った。
「オッケー。後は文字だね。何て入れる?」マットが聞いた。
「『ガレクロ毎日配達』、改行して値段かな。月いくらになるんだ——」
レオは計算しようとした。
「月によって日数違うよね」マットが言った。
「そうだな。でも一律25日でいいよ」
「じゃあ——1250リタだね」
「え? 計算早っ!」
「フッフッフ。僕を舐めちゃいかんよ」
「でも中途半端だな。ディスカウントして1200リタにしよう」
「いいね」
「じゃあ下の段は『月額1200リタ』で」
「了解」マットは紙にメモした。「なるべく早く作るよ」
「無理しなくていいよ! どの道もっと固定客付かないとサブスクリプション売れなそうだから」
「オッケー」
レオはマットファクトリーを出てガレシアクロニクル本部へと向かった。今日は何とか80部売りたい。20部追加で購入し、アントラへ飛んで行った。フィリップにサブスクリプションを提案しようと思ったが、今日既にシオネのことをお願いしてしまったので、後日にすることにした。
20部売り切った頃には18時を回っていた。レオはヘトヘトになりながら帰宅した。
土曜日のラグスビーの練習は、先週の日曜日と同じく9時から4人で行われた。練習前にレオはアスカに声をかけた。
「マットからサタナリアの話聞いた?」
「うん。ローザンパークでしょ、いいよ。でもアスカ、ヴィルマリーストリートも行きたいな」
「あ、そうなの? じゃあどっちにする?」
「どっちも行こうよ。昼から夜までやってるんだし」
「マジで? 最高じゃん」レオはテンションが上がった。
「明日アントラのイベント行くんでしょ?」
「そうそう。マットから聞いた?」
「うん。アスカも行く!」
「よっしゃー! HAML集合だな!」
レオは午後ニュースボーイの仕事を終えてリアルトに帰ると、仕事中のロゼーラに声をかけられた。
「レオ、あんた16日空いてる? パブのテーブル移動するの手伝ってほしいんだけど」
「16日? 何で?」
「サタナリアの前日準備よ。パブも参加するんだから」
「そうなんだ! いいよ。何時から?」レオはタダで屋根裏に住まわせてもらっているので、これくらいの手伝いは当然するべきだった。
「明るいうちに終わらせたいから、8時からやりましょ」
「え? じゃその日パブはどうすんの?」
「営業出来るわけ無いじゃない。翌日の仕込みしなきゃいけないのよ」
「そうか——友達へのギフトに食べ物買おうと思ってるんだけど、前日じゃ遅い?」
「ダメよ。参加店舗は前日皆閉店してるんだし、それ以外もバタバタしてるんだから」
「いや〜、聞いて良かった」




