第8話 アントラ
3人は歩いてアントラに向かった。
「アントラの外に美味しい焼き芋屋さんがあるんです」シオネが歩きながら言った。
「焼き芋か〜。俺あんま好きじゃないんだよね」レオは乗り気では無かった。
「そうなんですか?」
「パサパサしてるじゃん」
「でも『焼き芋ジャグラー』の焼き芋はしっとりしていて甘いですよ」
「焼き芋ジャグラー?」
「はい。行けば分かります」シオネはそう言って笑った。
3人はアントラに着いた。様々な飲食店や屋台が立ち並んでいる。
「今日イベントなの?」レオがシオネに聞いた。
「いえ、今日は何も無いです」
「店多いよな。ラグスビーフィールドの周りって普段何も無いのに」
「ラグスビーマッチは月1回しか無いからだと思います。アントラは毎週日曜日必ずイベントがありますし、それ以外の曜日もたまにあります。それに周りが住宅地なので、常に飲食店の需要はありますよ」
「そういうことか」レオは納得した。
「あれです」シオネが焼き芋の屋台を指差した。看板には確かに「焼き芋ジャグラー」と書いてあるが、看板を読まなくても、レオにはその意味が分かった。
——何と屋台のオーナーが焼き芋でジャグリングをしている。青年は茶髪で10代に見え、黄色いチュニックに紫色のローブという焼き芋カラーのファッションをしている。
「はい焼き芋いかが! 甘いよ!」青年はジャグリングをしながら声を張っている。
「すごいね〜」ヒナが拍手をして歓喜の声を上げた。
「これは……強烈過ぎる……」レオは呆気にとられた。
「焼き芋1つ下さい」シオネが青年にお金を渡した。
「まいどー」青年はそう言ってジャグリングしていた焼き芋を3つ置き、別の焼き芋をシオネに渡した。
レオはメニューを見てみた。
焼き芋 200リタ
ジャグリングセット(3本) 600リタ
スーパージャグリングセット(5本) 千リタ
「これ、メニュー分かれてる意味ねぇ!」レオはそう言って爆笑した。
「意味あるよ」青年はニヤッと笑った。「『焼き芋3本下さい』っていうより『ジャグリングセット下さい』って言う方が満足感あるっしょ」
「まぁそうか」レオは少し納得したが、まだ笑っている。
「私も1つ下さい」ヒナが青年に200リタを渡した。「レオ君は食べないの?」
「俺はまだバゲットあるし」
「そっか」ヒナがそう言って、買った焼き芋を早速食べた。
「うん、甘くて美味しい」ヒナは満面の笑顔を浮かべた。
「焼き芋って甘くなくない?」レオがヒナに聞いた。
「一口食べてみてよ」
ヒナが焼き芋を渡した。レオは皮を剥いて少し食べてみた。
「甘い! なんじゃこれ! 全く別の食べ物だぞ!」レオは目を丸くした。
「レオ君どこの焼き芋食べたの?」
「セリエンテでしか食ったことない。全然美味しくないからガレシアでは1回も食べたこと無いよ」
「そうだったんだ。品種が違うのかな」
「今度買いに来よう」
「冷めても美味しいから夜食べればいいんじゃない?」
「そうなの? じゃそうしよう。1本買う」レオはそう言ってお金を青年に渡した。
「まいど! ラグスビーやってるレオだよね?」青年が言った。
「うん」レオは散々言われ慣れてるから雑に返事した。最近ではむしろ批判を受けることの方が多い為、あまり他人とラグスビーの話をしたくない。
「あのアクロバットがすごくてさ、サーカス向いてると思うんだよね」
「へ?」予想外の展開にレオは拍子抜けした。
「サーカス興味無い?」
「サーカスって……俺何も出来ないよ」
「出来るじゃん! レオのラグ使いがもはやサーカスだよ。トルネードとかさ」
「まぁラグのアクロバットは色々やるけど、サーカスって捉えたことは無かったな」
「エンタメ性があれば何でもサーカスだよ——見てて」
青年はラグを取り出し、焼き芋を3本持って飛び乗った。すると空中を移動しながらジャグリングした。
「スゲー!」レオは衝撃を受けた。周りの通行人も焼き芋ジャグラーに釘付けになった。
「ありがとー! ありがとー!」焼き芋ジャグラーは周りの歓声に応えた。
「君何者だよ? 名前は?」レオが尋ねた。
「フィリップ」
「フィリップ、スゲーよ! サーカスって何、アントラでやってるの?」
「うん、たまに出演するよ」
「そうか、俺見たこと無いな。土日は毎週ラグスビーの練習してるし」
「もし時間あるなら見に来てよ! 今週末出るし」
「マジで? 何時?」
「俺の出番は14時前かな」
「行ける! いつもだったら練習してるけど、午前中に時間変更になったんだよ!」
レオはテンションが上がった。
「おう! 待ってる!」フィリップも喜んだ。
「お金かかる?」
「無料だよ」
「マジか! ヒナも行こうぜ!」
「うん、いいよ」ヒナは承諾した。
レオ、ヒナ、シオネはアントレに入り、適当な席に座った。30段ほどある半円形の観客席はガラガラだ。ステージでは演劇の練習が行われている。
「焼き芋ジャグラー・フィリップが強烈過ぎて、ここに何しに来たか忘れちゃったよ」
レオは苦笑した。
「すごかったね。MCサントスを思い出す。多才だよね」ヒナが言った。
「確かに! やっぱガレシアは面白いなー色んな人がいて」
「レオさんとヒナさんっておいくつなんですか?」シオネが尋ねた。
「2人共15歳だよ」ヒナが答えた。
「すごい……大人っぽいですね」シオネが肩を縮こまらせた。
「シオネちゃんはお仕事何する予定なの?」
「私は特に決まってないです。家事しか出来ること無いですし、普通に専業主婦になる気がします」
「ジョマナさんには会いたい?」
「はい。でも2歳頃から会ってないので、記憶が全然無いんです。だから今会ったとしてもお互い認識出来ないですし、何話していいか分からないです」
「そうだよね……私のお母さんも政府のヒーラーだったんだ」
「そうなんですか!?」
ヒナはダニエルが殺されてから今までの出来事をシオネに話した。
「ヒナさんすごいんですね。レオさんも——やっとエベディルクのことが少し理解出来ました」
「明日からはどう生きたい? もう自由に生きていいんだよ」ヒナが聞いた。
「私ずっとお小遣いが無いに等しかったので、お金欲しいです」
「その気持ち分かるぅー!」レオが共感した。「ニュースボーイなら未成年でも出来るよ——あ、シオネの場合はニュースガールか」
「私は女なので無理ですよ……」シオネが自信無さげに言った。
「ダメって言う決まりは無いんじゃね?」
「でも街中に立ってガレクロ売るなんて、そんな勇気無いです……」
「料理は得意なの?」ヒナが聞いた。
「まぁ人並みには出来ます。毎日家族に作ってますので」
「すごいね。じゃあ飲食店でお手伝いすればいいんじゃない?」
「飲食店かぁ」
「働きたい店とか無い?」
「飲食店に入ったことなんてほとんど無いので、全然分からないです——それこそ焼き芋ジャグラーくらいしか……」
「シオネあそこでジャグリングしてたらめっちゃおもろいな!」
レオはシオネのジャグリング姿を想像して笑った。
「ジャグリングなんて出来ないですよ!」シオネが頬を染めた。
「冗談だよ。普通に作って売るだけでいいだろ。フィリップが手伝い募集してるか聞いてみようよ」
「大丈夫ですかね……」
「何で? やりたくないの?」
「いや、働けるなら嬉しいですけど、断られないか心配で……」
「何言ってんだよ。断られたって死ぬわけじゃないんだし」
「そ、そうですね」
「俺が聞いてやるから」
「あ、レオ君。ここはシオネちゃんが自分で頼んでみるべきだと思うんだ」ヒナが意見を口にした。「こういう経験ってどんどん積んでいくべきだと思うの。私も最初は病院や薬屋に営業するの苦手で。ヒーラーって薬作ることが出来ればなれると思ってたから、壁にぶち当たってね。でも勇気振り絞って営業したら段々慣れてきたんだ」
「そうか、いやその通りだな」
「シオネちゃん、何てフィリップさんに言えばいいか考えてみて」ヒナが優しく言った。
「はい——えーっと——『ここでお手伝い出来ますか?』ですかね」
シオネが考えてみた。
「じゃあ俺がフィリップ役やってやるよ」レオがシミュレーション相手を買って出た。
『手伝い? 何で?』レオがフィリップの真似をした。
「えーっと——お金欲しくて……」シオネがフィリップ役のレオに答えた。
『お金欲しいなら他にも働く場所いっぱいあるじゃん。何でここがいいの?』
レオは意図的に意地悪な質問をした。
「え……う〜ん」シオネは言葉に詰まった。
「ここしか知らないからって言っちゃうと印象が悪いよね。本音はそうかもしれないけど」ヒナがアドバイスをした。「フィリップさんの立場に立ってみて。どういう人だったら採用したいと思う?」
「ちゃんと働いてくれる人がいいと思います」
「そうだよね。ちゃんと働くには、その店のことが好きじゃないと難しいと思うの。焼き芋ジャグラーが全然好きじゃない人と一緒に働きたいと思う?」
「思わないです」
「だよね。だから、焼き芋ジャグラーの焼き芋が好きだって言えばいいと思う」
「恥ずかしいですね……」
「好きって言わなくても、美味しいでもいいし」
「美味しいだったら言えます」シオネは少し安心した。
「じゃあシミュレーション再開するぞ」レオが言った。
『何でここで働きたいの?』レオがまたフィリップの真似をした。
「えっと、ここの焼き芋が美味しいからです」
『ありがとう。さっき買ってくれたもんね——焼き芋の作り方は知ってる?』
「いえ」
『じゃあダメだな』レオがまた意地悪をした。
「そうですか……」
「終了?」レオが自分に戻ってシオネに聞いた。
「ダメって言われちゃったじゃないですか」
「あのな、1回断られて『はいそうですか』って言ってたら何も出来ないぞ。仕事なんて最初は誰だって未経験なんだから、学べばいいんだよ。『教えて下さい』って言えばいいじゃん」
「じゃあ何でダメって言ったんですか?」シオネが少しふて腐れた。
「やる気と根性を見てるんだよ。シオネ料理得意なんだろ? 自分を売り込まなきゃ。『毎日両親に料理を作ってるので、料理の腕には自信があります』って」
「——分かりました」
「もう1回行くぞ」レオがシミュレーションを再開した。
『焼き芋は作ったことある?』
「無いですけど、料理は得意です。なので教えて下さい」
『そうか。まぁでもどっちかと言うと接客の方を手伝ってほしいんだよね』
「はぁ……」
『接客は出来る?』
「えっと……やったことないですけど、頑張ります」
『そう。でも君、顔が暗いよ。接客は笑顔が大事なのに』レオの意地悪は続く。
「はい……頑張ります」シオネはぎこちない笑顔を見せた。
『いつ働けるの?』
「基本いつでも大丈夫です」
『本当? どれくらい稼ぎたいとかある? 手伝いが欲しい時ってまばらだから、ガッツリ稼ぎたいって言われても無理だよ』
「はい、それは大丈夫です」
「まぁこんなもんかな!」レオが自分に戻った。
「ここまでみっちり鍛えられれば問題無さそうだね」ヒナも満足気な表情を見せた。
「ありがとうございます」シオネが2人に礼を言った。
3人は焼き芋ジャグラーへ戻った。
「じゃあここで見てるから」
ヒナは店の数メートル手前で止まってシオネを送り出した。レオもヒナと同じ場所で待機することにした。
「はい」
シオネは青ざめた表情で返事をすると、そろりそろりと屋台へ近づいた。
「……あの、ここで手伝いたいんですけど」シオネはモゴモゴとフィリップに言った。
「ん?」フィリップが聞き返した。
「えっと、ここで手伝うことは出来ますか?」
シオネは、さっきよりはっきりと声を発した。
「手伝う? 働きたいってこと?」
「はい」
「あ〜、それは助かるな! 名前は?」
「シオネです」
「シオネ。何歳?」
「14歳です」
「14か。まー大丈夫っしょ。今空いてる?」
「あ、はい」
「じゃあこっち来てまず俺の仕事見てて」
「はい」
あっさり採用され、シオネは拍子抜けした表情でレオとヒナの方を振り返った。レオは笑ってグッドサインを出した。
「いや〜良かった良かった。ジャファリの件はひとまず解決かな。ジャファリは今日家帰ったらデンデラから伝言もらうだろうから、ヒナの家に押しかけることは無いだろう」
レオがヒナに言った。
「だと良いけど」
「今11時か」レオがアントラの外壁にある時計を見て言った。「エドウィンは17時以降だから、ヒナは一旦帰る?」
「うん。17時に病院で待ち合わせる?」
「オッケー。俺はここでガレクロ売ってみようかな」レオはそう言ってヒナと別れた。
レオはシオネの様子を見守りながら、残り十数枚のガレシアクロニクルを売り捌いた。その後本部に戻り20部だけ買った。朝から濃密な時間を過ごし体力を消耗したので、午後から40部売れる自信が無かった。
レオはまたアントラに戻り新聞を売った。焼き芋ジャグラーからフィリップが姿を消したタイミングで、レオはシオネに声をかけに行った。
「フィリップは?」
「トイレです」
「そうか——良かったじゃん採用してもらって」レオが笑顔で言った。
「はい、本当にありがとうございます」
「俺これからここでガレクロ売ろうかな。シオネがちゃんと外出出来てるか確認出来るし、ここの雰囲気好きだし」
「いいと思います。私も何かあったらレオさんにすぐ報告出来るので心強いです」
レオはガレシアクロニクルを売り切った後、アントラの客席で焼き芋を食べながら、ステージでリハーサルしている人達を眺めて時間を潰した。




