第6話 ジャファリの恨み
レオは午後も新聞を売り捌いた。追加で20部買い、60部を売り切った。まだまだ100部まで遠く及ばないが、疲労困憊なので家に帰ることにした。
リアルトに入ると、カウンターで仕事をしているロゼーラに声をかけられた。
「レオ、あんたに会いたいって人がここに来てるわよ」
ロゼーラはカウンターでワインを飲んでいる40代くらいの男性を指した。男性はレオの方を振り返った。無精髭を生やしていて、汚い身なりをしている。
「お前かレオは」男は少し酔っ払ったような口調で話した。
「そうだけど」
「お前か嫁の仕事を奪ったのは」
「何の話してんだ?」
男は無言で手紙をレオに渡した。レオは男のぶっきらぼうな態度が気に食わなかったが、取り敢えず手紙を読んでみた。
———
あたしの給料が今月から半分の10万リタになったから、もう今まで通り仕送りを送れなくなる。ごめんね。原因は何かと言うと、エベディルクを平民が作り始めたのよ。レオ・フィッシャーとヒナ・ローレントという人。彼らのせいであたしの仕事は不要になったの。彼らを止めて。そうすればまたあたしの給料は元に戻るわ。
———
その後にレオとヒナの住所が書かれており、手紙の最後には「ジョマナ」と名前が書かれていた。
「おいおい何だよこれ……」レオは表情を曇らせた。
「そういうことだ。だからエベディルクを作るのを止めてくれ」男は言った。
「いや、この人お前の奥さんだろ? 会いたいと思わないのかよ?」
「会いたくたって会えねぇだろ。だったらせめてその代償をしっかり頂かなきゃならねぇ」
レオは男の隣の席に座った。これはしっかり腰を据えて話さないといけない。
「いや、その気持は分かるよ——まずちゃんと自己紹介しようぜ。名前なんて言うんだ?」
「ジャファリだ」男は面倒くさそうに答えた。
「ジャファリな。俺とヒナは、ジョマナのように軟禁されてるヒーラーを救いたくてエベディルクを作ったんだよ。本来ならもうジョマナは解放されてもおかしくないのに、何でまだ軟禁されてんだろうな……」
「城で作ってたものをお前らが勝手に作るから、それを正そうとしてんだろ。お前らがしてることは余計なお世話なんだよ」
「そんな……」レオは言葉に詰まった。
「どうなんだよ。それでも止めねぇって言うのか」
「……もうちょっと我慢すればその内解放してくれるよ」レオは自信無さげに言った。
「そんなわけねーだろ!」
ジャファリがカウンターを思い切り叩くと、周りの客が驚いてこっちを見た。
「もう嫁は10年以上城から出てねぇんだぞ。お前みたいなガキがそれを変えられるとでも思ってんのか! そうこうしてる間にこっちは毎月10万失ってんだよ。作ってんのはヒナって奴か? 家すぐそこだろ。止めてやる」
ジャファリはそう言って席を立った。
「ちょっ、ちょっと待て! 落ち着けよ!」
レオはリアルトを出ようとするジャファリを止めた。臭い吐息がレオの顔にかかる。
カウンターの向こうで一部始終を傍観していたロゼーラがここで動き出した。
「お客さんね、ヒナちゃんに手出したら許さないわよ!」ロゼーラがジャファリに強い眼差しを向けた。レオはこんな鬼の形相のロゼーラを初めて見た。
「ドンテ! この酔っぱらいどうにかしてちょうだい!」
ロゼーラがギルドにいるドンテを呼ぶと、ドンテはすぐにやってきた。
「この人の奥さん、城でエベディルク作ってたの! もう仕事無くなって給料減ったから、レオとヒナちゃんに八つ当たりしてるのよ!」ロゼーラが早口で状況を伝えた。
「良い歳した大人がみっともねぇことしてんじゃねーよ」
ドンテが図太い腕を組んでジャファリの前に立ちはだかった。
ジャファリはドンテの気迫に押され、一歩下がった。
「お…お前らこれで終わりじゃねーからな。作るの止めるまで何度でも来てやる」
ジャファリが息を荒げた。
「ドンテ、こいつヒナん家に行こうとしてるんだよ。家に直帰するまで護衛一緒にやってくんない?」レオがドンテに頼んだ。
「おう、任せろ」ドンテが承諾した。「ロゼーラ、俺戻るまでギルド閉めてくれ」
「あいよ」ロゼーラはそう言ってギルドへ移動した。
「ほら行くぞ酔っ払い」ドンテはそう言ってジャファリの腕を引っ張り、リアルトの外へ連れ出した。レオも一緒に付いて行った。外はもう真っ暗だ。
「分かったよ、1人で歩けるよ!」
ジャファリはドンテの腕を振り払うと、ヒナの家への道とは違う道を千鳥足で歩き出した。レオとドンテは無言でジャファリの後を付いて行く。
数分歩いた後ジャファリはイライラした口調で言った。
「家に真っ直ぐ帰るからよ、もういいだろ!」
「じゃあ住所教えろ。1時間後にレオが確認しに行く」ドンテが言った。
「あ〜もう面倒くせぇ!」
ジャファリはそう言い放って歩き続けたが、数分後に立ち止まった。
「分かった、住所教えるよ——」ジャファリは口頭で住所を言った。
「レオ分かるか?」ドンテが聞いた。
「勿論」レオが答えた。
「流石ギルドワーカーだな」ドンテが満足気な表情を浮かべた。
「ドンテありがとう。ここでいいよ」
レオがドンテに礼を言うと、ドンテはリアルトへ戻った。
「念の為空からラグで尾行するからな。教えた住所と違うところ行ったら許さねーぞ」
レオはジャファリにそう言い放ち、リュックからラグを取り出して空へ舞い上がった。
ジャファリはそこから1時間近く歩き、ようやく家に着いた。そこは郊外の一戸建てで、住所は正しかった。
2階の窓のカーテンが開いている。灯火が暗いが人の気配がする。レオはラグでそーっと窓へ近づいていった。中へいたのはレオと同い年くらいの女の子だった。ジョマナは10年以上城のヒーラーをやっているとジャファリが言っていたから、それが正しければこの子は幼い頃から母と会っていないはずだ。レオはこの子と話してみたいと思った。父親を説得出来ないのなら、子供を説得するしかない。レオは一旦リアルトに帰った。
「ロゼーラおばちゃんありがとうね。ジャファリが家に入ったの確認してきたよ」
レオが礼を言った。
「それは安心したわ。あんた達も大変なことに巻き込まれちゃったわね」
「まさかこんなことになるとは思わなかったよ」
「さっきあんたに手紙届いたわよ」
「え?」レオはロゼーラから手紙を受け取り、屋根裏で読んだ。
———
初めまして、私はエドウィン・クーパーと申します。フィアンセのタリアは1年前から政府のヒーラーの仕事を始めました。それ以降彼女の顔を見れていません。先日彼女から手紙が届き、レオさんとヒナさんのせいで仕事が無くなったから2人を止めてくれと書かれておりました。しかし私にはこれが彼女の本音だとは思えないのです。私は医者をしており、彼女と一緒に将来病院を開業する計画を立てていました。その軍資金を稼ぐ為に彼女は今の仕事を始めたわけですが、同時に数ヶ月後には結婚する予定だったのです。ですから彼女は本当はヒーラーを辞めたがっているはずです。どうかお力を貸して下さい。
私都合で恐縮ですが、私の勤務先の病院へいらっしゃることは可能でしょうか? 是非お会いしてお話したいと思っております。ヒナさんにも同様の手紙をお送りしております。お二人でいらっしゃれば尚光栄です。日中でも時間を作れますが、17時以降ですと確実です。ご検討のほどよろしくお願い致します。
———
手紙の下には病院の住所が記載されていた。レオは度重なるハプニングに頭が痛くなった。手紙を読み直して考え事をしてると、ヒナが階段を上がってきた。
「お邪魔します。レオ君、今大丈夫?」
「おーヒナ、うん」
「ごめんね勝手に来ちゃって。ロゼーラさんに言ったら通してくれたの」
「もしかして、エドウィンからの手紙?」
「うん」
「座って座って」レオがヒナを迎え入れた。
ヒナはラグの上に座り、リュックから手紙を出した。
「レオ君も同じ内容?」
ヒナはそう言って手紙をレオに渡した。レオは自分の手紙をヒナに渡した。
「同じだね……力貸してくれって言われても、もうやることやったはずだよな俺達」
レオは溜め息をついた。
「そうだけど、まず会おうよ。そもそもエドウィンさんにはエベディルクの真相を教えないといけないし」
「まぁそうだな。明日早速行く?」
「うん」
「そんでさ、もう1人が厄介なんだよ」
レオはジャファリと娘の話をヒナに共有した。
「それは怖いね……娘さんと会ってみよう」
「そう。だけど普通に訪れてジャファリが出たら面倒なんだよ。娘と話そうとしてるのがバレたら、来客の対応を一切しないように言いつけるかもしんない。だから、明日の朝に家を見張って、ジャファリが外出するのを確認してから訪問しようと思う」
「すごいねレオ君の行動力。私も行く」
「マジで? 寒い中外で何時間も待たなきゃいけないかもしんないよ?」
「だって、家にいたらジャファリって人が来ちゃうかもしれないでしょ。なるべく早く解決しなきゃ」
「そうだな。そしたら——マットとヒナにガレクロ届ける約束しちゃったから、それやってから行こう——あ〜でもそれじゃ8時過ぎちゃうな。7時には行きたいな」
「じゃあ私が先に7時に行ってるよ」
「いや、でもジャファリの顔分かんないよね?」
「中年男性は一家に1人しかいないから分かるよ」
「確かに」レオは笑った。「俺が着く前にジャファリが外出したら、先に訪問する?」
「その場合はレオ君来るまで待とうかな」
「了解。明日はジャファリ宅の後にエドウィンの病院か。忙しくなるな」
「そうだね」
ヒナが帰った後、レオは明日のシミュレーションをしてから就寝した。




