第1話 エミリオ
11月も終わりが近づいて来た。7月に地元のセリエンテからガレシア王国に引っ越してから、今月で5ヶ月目となる。レオはリアルトの屋根裏でラグの上に寝っ転がりながら、新天地での目まぐるしい生活を振り返ってみた。
仕事はギルドワークで配達や薬草採りをしている。ラグに乗ってガレシア中を飛び回ったおかげで、今ではかなり土地勘が付いてきた。月収は約8万リタ。ガレシアの平民の月収は大体10万リタと言われており、まだ平均には達していない。しかし、パブとギルドが存在するここ「リアルト」の屋根裏にタダで住まわせてもらっている。しかもパブオーナーのロゼーラから残り物をもらっている為、食費も少し浮いている。ガレシアは家賃が非常に高く、3万リタでは狭いドミトリーにしか住めない。屋根裏なら自分だけの空間だし、階段を降りればすぐに職場だ。野宿してた頃と比べれば天国のような空間で、レオはここが非常に気に入っている。
では稼いだ8万リタは何に使っているかというと、あまり使っていない。レオは地元での貧乏生活が染み付いており、財布の紐はかなりきつい。ガレシアでの一番高い買い物は、今月「ローブ&ホープ」で2万6千リタで買ったローブ。しかし一番高価な所有物は、ラグスビー専用のラグ「ウルトラフィット」。マットがレオの体重に合わせて作ってくれたものであり、マットファクトリーでは「レオモデル—ドラゴン」という名で、10万リタで受注生産されている。
そう、ラグスビー——レオがガレシアで最も好きなことであり、レオの名を国中に轟かせるきっかけとなったスポーツだ。レオはラグスビー未経験でありながら、恐るべき才能を発揮した。その理由はラグの年齢制限だ——ガレシアでは、安全上10歳からしかラグに乗ることが出来ない。しかしセリエンテにそのような制限は無く、レオは4歳の頃からラグに乗っていた。人口2万人程度の農村にはこれと言った娯楽は無く、ラグに乗ることが唯一の楽しみだった。レオは時間があればひたすらラグに乗って友達と遊んだ——レース、鬼ごっこ、石ころでキャッチボール。畑の上、川の上、林の中、色んな場所を飛び回った。次第に遊びは高度化していき、アクロバットをして技を競うようになった。そのスキルがラグスビーで活きることになるなんて、当時は思いもしなかった。
レオがガレシアで新たに知ったことはラグスビーだけではない。この世には「エベディルク」という、老化を止める薬があることを知った。ガレシアの国王はそれを飲んで150年生きているらしい。エベディルクこそがレオのガレシア生活をより一層濃厚にしてくれた。「してくれた」というのは少し失礼な表現かもしれない。この薬が原因でヒナの母ダニエルは殺されたのだから、悪魔の薬と言ってもいい。一方でナターシャみたいに誰にも迷惑をかけずに千年近く生きている人もいる。彼女のような人間がいるのは面白いから、レオは「エベディルクなんてこの世から消えればいい」とは一概に思えなかった。
一昨日HAMLは、ヒナの母の遺言である「エベディルク生産の民営化」を達成した。これによって少しでもヒナの傷が癒えてくれることをレオは願った。昨晩ここ屋根裏でHAMLメンバーと語り明かし、今朝こうやってボーっと物思いにふけている。
ここ数ヶ月ずっと追いかけてきた目標を達成し、さて今日からどう生きていこうか考えてみた。すると1人の人物が思い浮かんだ——エミリオだ。彼のおかげでレオはヒナを城から救出することが出来たのだが、まだまともに話したことも無い。ちゃんと会って礼を言わなければならない。レオはエミリオの親であるドンテに住所を聞くことにした。今おそらく2階にいるだろうが、さすがに居候の立場でドンテとロゼーラのプライバシーを侵害するわけにはいかない。レオはいつも通りミミベーカリーでハーフバゲットを買った後、ギルド開店の9時までパブの椅子に座って待つことにした。
先に姿を現したのはロゼーラの方だった。
「あ、ロゼーラおばちゃん、おはよう」レオは軽く笑顔を作って挨拶した。
「レオ、おはよう」ロゼーラは軽快に返事をした。
「あのさ、エミリオに会ってこの前の礼を言いたいんだけど、住所教えてくんない?」
「いいけど、あんたどうするつもりよ? エミは兵士専用のアパートに住んでるから、普通に手紙出しちゃダメよ」
「何で?」
「郵便受けは部屋毎に分かれてるけど、万が一レオの手紙が他の兵士に見つかったらあの子がスパイだってバレちゃうでしょ?」
「そうか。じゃあどうすりゃいいんだ?」
「家に顔出すようにあたしから手紙書くわ。それなら何も怪しくないでしょ」
「オッケー。よろしく」
ロゼーラは早速手紙を書き、レオに渡した。レオはギルドの黒板を見てみた。エミリオの家と同じ方角の東の依頼は何も無い。たまに前日の依頼が残ってたりするが、今日はその日ではないようだ。東の依頼が溜まるまで待ってもいいが、一刻も早くエミリオへ手紙を届けたい。レオは1通だけ速達することにした。
空から町を見下ろすと、人が沢山見えた。ガレシアは日の出と共に動き出す。城の頭上を通ることは禁止されているので、レオは城の周りを回って東側へ向かった。レオは1週間前の奇襲を思い出した。城内で散々暴れまわったレオは、城の近くを通るだけでも少し緊張する。エミリオのアパートへ到着すると、外を歩く兵士がちらほらいた。レオは素早く手紙を入れ、リアルトへと戻った。
そこからはギルドワークをいつものようにこなした。1周目の配達を終えて依頼が溜まるまでリアルトで待機をしていると、ヒナが訪れた。
「レオ君、おはよう」ヒナは普段のおっとりした声で挨拶した。
「おはよう。どうしたの?」
「薬草の依頼をしに来たの」
「そっか。これからはヒナが依頼するのか」
「うん。というか思ったんだけど、レオ君に直接依頼した方が良いのかな? 薬草採りの方が単価高いからやりたいでしょ? それにドンテさんに手数料払う必要も無くな——」
ヒナはそう言いかけて、ドンテの方を見た。
「だっはっは! ヒナ、正直者だな」ドンテが笑うと、ヒナは照れくさそうにした。
「はは。いいよ普通にギルドに依頼して」レオがヒナに言った。「ここ1ヶ月くらいひたすら薬草採りばっかしてたから、うんざりしてるんだよね。それに自分のタイミングで仕事出来る方が自由が利いていいし」
「うん、分かった」ヒナは納得したように頷いた。
「てか、もう仕事するの? もうちょっと休んだ方がいいんじゃない?」
「ううん。もうエベディルク作るの止めてから5日くらい経ってるから、もう始めないとダメだよ。結構ギリギリ」
「そっか。じゃあ俺しばらく薬草採り優先するよ」
「レオ君は無理しなくていいよ。今週末ラグスビーマッチでしょ? 練習とかしなくていいの?」
「まぁそうだな。まさかヒナにラグスビーの心配されるとは」レオは苦笑した。
「ドンテさん、薬草のギャラ覚えてないので、教えてもらえますか?」ヒナが尋ねた。
「あいよ。でももうヒナが依頼主なんだからよ、自分で決めていいんだぜ」
「はい。でも急いでますし、同じギャラで大丈夫です」
「そうかそうか。ちょっと待ってな」
ドンテはそう言って書類を調べ、黒板に次々と薬草の依頼を記入していった。依頼を終えたヒナはレオに別れを告げリアルトを去った。
レオがその日の仕事を終えリアルトへ戻ると、ロゼーラがパブのカウンター越しからレオを手招きした
「レオ、ちょっと」
レオはカウンターの中へ入る。
「これ」ロゼーラはカウンターの客から見えないようにこっそり手紙をレオに渡した。
「あ、ありがと」レオは小声で答え、手紙をローブの内ポケットに入れて屋根裏へ向かった。屋根裏に着いて改めて手紙を見ると、既に開封されていた。「27日の22時半に行く エミリオ」と書かれている。今日だ。そのまま時間まで待つことにした。
しばらくすると、階段を上がる音がしてきた。
「お、いるな」エミリオが現れた。坊主頭で、ドンテに顔が似ている。
「エミリオ。ロゼーラおばちゃんと話したの?」レオはそう言って立ち上がった。
「おう」エミリオはそう返事をして屋根裏を見回した。
「物が少ねーな。本当にここ住んでんのか?」エミリオはニヤリと笑った。
「まぁね。ラグだけ3枚あるよ」レオは自分のラグを指差した。昔から使っていたラグ、レギュラーモデル、ウルトラフィットが床に敷いてある。
「これがあのドラゴンか。いかついな」
「いいだろ」レオは自慢気に言った。「今仕事終わったの?」
「いや、もっと前に終わったけど、パブ閉まるの待ったんだよ」
「あぁ……」レオは、エミリオが平民と会うのを避けているんだと認識した。
「今日手紙送ったばっかなのに、来てくれてありがとう。改めてヒナの件お礼しなきゃと思って。本当に助かったよ」
「いいんだよ」エミリオはそう言ってレオに座るよう促した。2人はラグの上に座る。
「ヒナは今後どれだけ助けても、借りを返すことは一生出来ねぇ」
エミリオは少し重苦しい表情で言った。
「ヒナの母さんの件は仕方ないっしょ——それよりさ、ヒナ逃がして大丈夫だったの?」
「まぁ良くはねーな。レオが気にすることじゃねーよ」エミリオは苦笑した。「しかしよくエベディルク売ること出来たな。ヒナはえれぇ友達を見つけたもんだ」
「俺だけじゃなくて、マットとアスカもいるからね。エミリオに会わせたいよ」
「まぁ今度な」
「兵士の仕事は楽しい? 俺兵士の知り合いいないから全然分かんないんだよ」
「楽しいわけねぇだろ。国王の横暴を見て見ぬふりしなきゃいけねぇんだ。道徳心を脳みそから消して、代わりに忠誠心で埋められる奴なら幸せにやってけるだろうな。女からもそこそこモテるしよ——兵士ってのは駒だよ駒。ただ上の指示に従うだけだ。善悪なんて考え始めたら疲れるだけよ」
「何で辞めないの? やっぱこっちに戻るの気まずい?」
「まぁそれもあるし、まだ城にヒーラー残ってんだろ。ダニエルみたいな悲劇が2度と起きねぇように見守る義務が俺にはあるよ」
「ああ、そうそう。ヒーラーは解放されそう?」
「さぁな。まだ分かんねーよ」
「そうか。まぁまだ2日しか経ってないもんな」
「そういや今週のラグスビーマッチはどうよ? 仕上がってるか?」
エミリオがポジティブな話題に切り替えた。
「いや〜、全然自主練出来てないよ。エベディルクの件でゴタゴタだったからさ」
「そうだろうな。でも期待してるぜ。国王の護衛としてゲーム観るのが兵士の仕事で唯一の楽しみなんだよ。客として思い切り感情を顕に出来ねーのが難だけどな」
「兵士って仕事休みの人は普通に観戦出来ないの?」
「出来るさ。俺も選手引退した後は最初普通に政府チーム応援してたよ。でもそっから政府の闇が見え始めてからは応援する気無くなってな。かといって平民チームを応援してる姿を兵士や役人に見られる訳にもいかない。プライベートの時間なのに感情押し殺さないといけないって馬鹿臭いだろ。だったら仕事しながら観てる方がいいんだよ」
「なるほど」
エミリオは屋根裏を改めて見回した。
「ここはよ、俺が小さい頃の隠れ家だったんだよ——っつーかベッドがねぇじゃねーかよ!」
「無いな。どうやって買えばいいのか分かんないし」レオはそう言って笑った。
「おめぇ狂ってんな。ラグの上で寝てたら寒いし疲れ取れねぇだろ。俺のベッドがあるはずだから使えよ」
「え、いいの!?」
「ちょっと待ってな」エミリオはそう言って階段を降りた。
しばらくすると、エミリオとドンテがマットレスを持って階段を上がってきた。
「レオわりぃな。このベッドをレオに使わせたらどうだってロゼーラに前言ったんだけどよ、こいつ帰ってきた時に寝る場所無いって言うもんでさ」
ドンテが顎でエミリオを指して言った。
「家出てからここに泊まったことなんて一度も無いのに、お袋は分かんねー奴だな」
エミリオが呆れ声を出した。
「うわー、ベッドだ!」レオはマットレスを指でつついてみた。実家では麦藁の上に布を敷いて寝ていたから、マットレスの分厚さと柔らかさに感動した。
「あとベッドフレームとブランケット持って来るからよ。枕とシーツくらいは買ってくれ」エミリオはそう言ってドンテと階段を降りていった。
ドンテとエミリオは思ったより仲が悪そうに見えなくて、レオはホッとした。
ベッドが完成すると、レオは早速中に入った。
「うおー、あったけえ! ありがとう!」
「おう。じゃあ俺は帰るよ。またな!」エミリオが手を振った。
「うん。じゃあ!」レオはベッドに入ったまま返事をした。
2人が階段を降りると、レオはランプを消して再びベッドの中に入った。エミリオと話せたことで、エベディルクの一件にようやく終止符を打てた気がした。あとは今週末のラグスビーマッチに備えるだけた。




