第19話 ガレシア城
ラグスビーメンバーは18時にリアルトに集合した。レオのリュックの中には、森に隠していたエベディルクの瓶、少しの食料、水が入っている。
「気を付けて。レオまで捕まったらアスカどうしていいか分かんないから」
アスカがレオにハグをした。
「絶対にヒナを連れて帰るよ」
レオはそう宣言してみせたが、自信は無かった。無理やりヒナを助けると言っても、あまりにもプランが雑過ぎる。
「よし行くぞ」
ルイスが声をかけた。レオ以外のラグスビーメンバーは布で目元以外の顔を覆った。
メンバー9人はリアルト上空へ舞い上がった。真ん中にレオ、その両脇にルイス含むハンドラー、その両脇にポッパーが2人ずつ、そして両端にウィングが1人ずつ並んだ。
レオを先頭に、逆V字形で城へと向かった。レオは夜空を一緒に飛ぶメンバー達を見て、気持ちが高まった。
10数分飛ぶと、レオ達は城の前まで来た。
「よし、こっからだ」
ルイスが合図をすると、レオは停止した。V字形が逆になるように、左右のメンバーがレオを追い越して行く。
ウィングの2人が城の奥までたどり着く頃に、空軍は異変に気付いた。
「おいおい何だこれ!」
空軍の1人が叫んだ。レオ以外の8人は城の柵の上を円形状に囲んだ。そこから空軍の近くを飛び、空軍を外へとお引き寄せて行く。
ようやく事態の異常さに気付いた空軍はメンバーを追いかける。ルイスの指示通り、メンバーは弓矢の攻撃エリア外にポジションを取りながら空軍を撹乱していく。
「空いたぞレオ! 突っ込め!」
空軍が城から離れたのを見計らって、ルイスは後ろで待機していたレオに声をかけた。
レオが城の2階を目指してスピードを上げる。空軍がレオに矢を向けるが、ルイスがフリスビーを投げ、攻撃を阻止する。
レオは2階の窓の近くまで来た。窓は縦長で、そのまま突っ込んでもラグが入らない。ラグを斜めに傾け、窓に突っ込んだ。
「入れ!」
硬いラグによって窓が割れた。窓の破片がレオの頬に飛び、頬から血が流れる。
「くっ……」
レオは何とか城内へと侵入すると、リュックからエベディルクの瓶を取り出した。騒音に気付いた城内の護衛が、走ってやってきた。
「これはエベディルクだ! 俺を攻撃したら瓶が落ちて割れちまう! そしたら国王が怒るぞ! 見ての通り武器は無い! 国王と話をさせろ!」
護衛は動揺した目つきで、空中で停止しているレオを見上げている。
「早く国王の場所を案内しろ! じゃないと瓶割るぞ!」
護衛は黙って通路を指差し、その方向に小走りをする。レオが上空を付いていく。護衛はそのままレオを誘導し、大きな扉の前に辿り着いた。
護衛は恐る恐る扉を開いた。
「国王様、お食事中失礼いたします。え~……来客が……」
護衛はためらいレオの方を振り返った。
「ラグ入んないからもっと扉開いてよ」
レオに指示された護衛は、渋々扉を大きく開いた。
「サンキュー」
レオは友達に話すようなトーンで護衛に感謝を伝え、スーッと部屋へ入って行った。
ここはどうやらダイニングホールのようだ。入り口から奥まで片側10人は座れるほどの長テーブルが真っ直ぐと伸びている。その奥の中央席に国王は座っている。夫人と思われる若い女性は、右側の一番奥の席に座っている。
レオはテーブルの手前で立ち止まった。
「何事だ」国王はレオの存在に気付くと苛立ちを見せた。動揺はそこまでしていない。
一方で夫人は口を手で覆って驚いている。
「俺の大事な仲間のヒーラーが最近捕まってしまったから、少々手荒なやり方で城に入らせてもらった。許してくれ」レオは冷静に言葉を発した。
後ろから続々と護衛がやってくるのを感じたレオは、背後から攻撃されることを恐れ、部屋の中央左へと移動した。そして足をスイッチし壁に背中を向けた。テーブルの反対側にいる夫人の顔がよく見えるようになった。相変わらず唖然としている。夫人の逆側という理由だけで部屋の左側を選んだレオだが、グーフィースタンスだと都合良く出口の方向を向いていることに気付いた。部屋を脱出することになったらターンする必要が無い。
「俺はエベディルクについて交渉をしに来た。危害を加えるつもりは一切無い。スミスじゃ話にならないからな。国王と直接話すしか無いと思った」
「お前の話はスミスから聞いておる——ふん、この前の試合ではよくもワシの顔に泥を塗りやがったな」
国王はナイフとフォークを置いて、紫色の舌を覗かせながら低い声で言った。
護衛が10人ほど室内に入り、レオを見ている。中には弓矢を向けている者もいる。
「あれは正々堂々戦って勝ったまでだ。まぁそんなことはどうでもいい。5分時間をくれ。それで納得しないなら好きにすればいいが、武器を向けられてるとろくに話が出来ないから、護衛に武器を下ろすように言ってくれないか」
「ふん、生意気な小僧め」国王は護衛に武器を下ろすよう手で指示した。
「お前はもういい」そして夫人に部屋を出ていくよう首で指示した。夫人はレオを一瞥した後、そそくさと部屋を出て行った。
「助かる」レオは真顔で国王へ礼を言った。ここまでは予想以上に上手くいっている。
「こっちの条件を言うぞ。捕まっているヒーラーのヒナ・ローレントを解放してくれ。そうしてくれたら、今後エベディルクを売ってやるよ」
「それが妥当である根拠は何だ?」
「もう政府にあるエベディルクは残り少ないはずだ。薬草は今後ずっと平民が買い占める。平民がエベディルクを作ることを許可しないと、いづれ枯渇するぞ」
「何も薬草を採れるのは平民共だけではない。兵士に採って来させればそれでいい」
「それが出来るならとっくにやってるだろう。何でエベディルクの生産はここまで内製にこだわるのに、薬草採りは平民に任せてるか——それには理由があるはずだ——薬草採りは城の外で行うものだから、ヒーラーみたいに労働者をコントロール出来ないからだろう? しかも、たかがハーブティーの為に兵士なんて動かしたら兵士達に怪しまれるに決まってる」
レオがそう言うと、エベディルクの正体を知らない部屋内の兵士達は困惑した様子を見せている。
「それはお前の空論に過ぎない。そもそもこういう有事に備えてエベディルクは1年以上の在庫がある」
国王が動揺を隠して言うと、レオは高らかに笑った。
「国王さんよぉ、付くならもっとまともな嘘付いてくれよ! エベディルクが2週間しか持たねぇのは俺知ってんだよ。薬草だって数日しか持たない。10日間薬草を手に入れてない政府は、もう数日分しかエベディルクのストック無いだろ」
レオが満足気に言うと、国王の顔が歪んだ。
「小癪な……」国王は勢い良く立ち上がった。
「おい! この小僧からエベディルクを奪え! 絶対に落としてはならん!」
国王は部屋の護衛へ命令した。
レオは話が通じない国王に呆れ、扉へ向かって一直線にラグを飛ばしていく。
護衛は武器を構えるものの、宙を駆け抜けるレオからどうやって瓶を奪えばいいか分からず困惑している。下手に攻撃して瓶を割るくらいなら何もしない方がいいと判断したようだ。
レオは護衛をあっさり超えダイニングホールを出た。手当たり次第に城内を駆け巡り、牢屋がありそうな場所を探す。
「ヒナ、どこだ……」
城内では多くの兵士や役人に遭遇した。中には遊女らしき人も見かけた。レオはひたすらエベディルクを脅しに使って前へ突き進む。
しばらく飛び回ると、ヒナがいる牢屋に辿り着いた。牢屋の前には護衛が1人いる。
「ヒナ!」
「レオ君!」
レオはどうやって牢屋を開ければいいのか、そしてどうやってこの護衛を対処すればいいのかを考えた。
しかしその心配は一瞬で無くなった。護衛は牢屋の鍵を開け、ヒナを出した。
「え?」レオは何が起きたのか分からず、拍子抜けした。
「俺はドンテの息子だ! 親父から話は全部聞いてる! ヒナを乗せてさっさと飛べ! 安全な避難場所はヒナに教えてある!」
20代後半に見えるその男は早口でレオに言った。
レオは彼の言葉を処理するのに苦労したが、牢屋から出たヒナをひとまず助けることにした。エベディルクをリュックにしまった後にラグを地面ギリギリまで下げ、ヒナを手招きする。
「ヒナ、乗れ!」
ヒナはラグに飛び乗り、レオにしがみついた。
「いいか?」
「うん」
レオはヒナに出発の確認を取ると、まず安全にゆっくりスピードを出していった。
「助かる!」
レオはドンテの息子に礼を言って城を出た。グングンと高度を上げていく。レオにしがみつくヒナの手から、ヒナが怖がっている様子が伝わってくる。
「どこ行けばいいって?」
「取り敢えず北西に行って。後で詳しく教えるから」
まだどこに空軍がいるか分からないレオは、しばらく無言で空を駆け抜けた。あんなに2人乗りを恥ずかしがっていたのに、サバイバルモードのレオには恥ずかしさを感じる余裕は一切無かった。
途中で2人乗りしているカップルを見かけた。今夜の様に星が見えるカラッとした快晴の日は、さぞロマンチックだろう。
「星が綺麗よ、アレクサンドル!」カップルの女がドラマチックな口調で言った。
「君の方が綺麗さ、ロクサリーヌ」アレクサンドルという男がキザな台詞を吐いた。
アレクサンドルがレオ達に気付き、「君もデートかい?」と言わんばかりの目配せをレオにした。誤解を解く気力も理由も無いレオは、無視して飛び続けた。
「ここまで来れば大丈夫そうだな……」
30分ほど飛行した後、レオはようやく口を開いた。
「北西の山の近くに洞窟があるんだって。普段の護衛のパトロールのエリア外だから安全だってさ」
そこからレオはヒナのナビゲーションに従い、洞窟を探した。
城を出てから1時間以上経った。2人乗りをする時間としては異常に長い。段々と疲労が溜まってきた。
「レオ君大丈夫?」ヒナがそれを察した様に聞いた。
「うん」レオは弱々しく返事をした。しがみついているヒナも疲れているはずだ。弱音を吐いている場合ではない。
暗い中目を凝らし、2人はようやく洞窟を見つけた。洞窟は5メートルほどの長さで、隠れるには充分な場所だ。
「ここか……」レオがぐったりした様子で呻いた。
2人はラグから降りた。
「レオ君、ほっぺの傷」ヒナがレオのほっぺを指した。
「あ、大丈夫大丈夫」
レオはほっぺの傷よりも長時間の2人乗りによる疲労に参っていた。
「その辺にある草で少しは治療出来るかも。明日明るくなったらやるね」
「うん」
2人はラグを敷いて洞窟に腰掛けた。レオはリュックからミミベーカリーのバゲットとロゼーラから貰ったフムスを取り出した。洞窟は暗くて手元がほとんど見えない。
「はい。見える?」
「フムス?」
「うん。パブの残り物をロゼーラおばちゃんにいつも貰ってるから」
「ロゼーラさんのフムス美味しいよね」
2人はバゲットでフムスをすくって食べた。
「てか俺食べてる場合じゃないじゃん。ヒナ腹減ってるでしょ?」レオはハッとした。
「ううん、大丈夫。エミリオ君が食事持ってきてくれてたから」
「あ、ドンテの息子の人?」
「そう」
「ドンテに息子いたなんて知らなかった……大丈夫なのかな、あんなことして」
「助けに来た人にやられたとか適当に話作るから心配するなって言ってた」
「いや~マジでエミリオいなかったらどうなってたことか……何で助けてくれたの?」
「それはね、お母さんの手紙を私に届けてくれたのがエミリオ君なの」
「え!?」
「手紙の内容は読んでなかったから、エベディルクの真相を知ったのは最近なんだけどね。エミリオ君ってペルフガなの。それでドンテさんは、政府に魂売ったって言ってエミリオ君と口聞かなくなったらしいんだ」
「道理でドンテが息子の話するの聞いたことないもんな」
「そう。で、ラグスビー選手として政府チームに出てた頃はまだ良かったらしいんだけど、引退して普通に兵士として政府に勤めるようになって、ペルフガになったことを後悔し始めたんだって」
「まぁラグスビーを現役でやれるのなんてほんの数年だもんな。どんどん若い奴入って来るんだし」
「うん。ある時からエベディルクのヒーラーの護衛をするようになったんだけど、軟禁状態のヒーラー達を見て胸が苦しくなったらしくて。それでお母さんを助けることにしたの。結局失敗しちゃったけど、手紙は届けてくれて」
「あ、だからロゼーラおばちゃんに良くしてもらったってこと?」
「そう。エミリオ君はロゼーラさんとは絶交してなかったから、お母さんの軟禁を知った時点でロゼーラさんに連絡したんだ。『10歳の女の子が1人で暮らしてるから面倒見てあげて』って」
「そういうことか——てかそんなに嫌なら兵士辞めればいいんじゃない?」
「ん〜。元の世界に戻り辛いんじゃないかな」
「そう言えば、ペルフガは平民から総スカン食らうってマットが言ってたな」
「うん、だから兵士として平民のスパイ役を徹することにしたんだと思う」
「なるほどね~」
「前回のラグスビーマッチあったじゃない? エミリオ君は国王の護衛をしながら試合を見てたらしいんだけど、平民チームが勝ったのを見て衝撃を受けたと同時に自分が恥ずかしくなったらしくて——国王に八つ当たりされたらしいし」
「今日俺国王と初めて話したけど、まぁそういう奴だな」
レオは国王のガマガエルのような顔を思い出して笑った。
「え、国王と会ったの?」
「うん、それで交渉が上手くいかなかったからヒナを無理やり助けることにしたんだよ。スミス並みに話通じない野郎だったね」
「あと数日すれば国王は痺れ切らして交渉に応じるだろうから、それまでここで我慢してくれってエミリオ君に言われた」
「やっぱあと数日分しかエベディルクが残ってないのは間違い無かったんだな」
「うん」
「そう言えば、さっきエミリオが最近エベディルクの真相を知ったって言ったけど」
「ドンテさんから聞いたの」
「まぁそれしかルートは無いよな——何でドンテは教えたんだろう。エミリオと絶交してるんじゃないの?」
「政府側に味方がいた方がいいってドンテさんは思ったんじゃないかな。エミリオ君に平民を助けるチャンスを与えたかったんだと思う」
「なるほどね」
「そこから1週間近く経って、私が捕まったでしょ。自分の出番が来たってエミリオ君は思って。しかも私のお母さん知ってるから、より一層次は失敗したくないっていう気持ちがあったんじゃないかな——でも自力で私を逃すことが出来なくて、せめて誰かが助けに来たら逃がせるように準備をしておいたんだって」
「そこへ俺が来たと」
「そういうこと」
ヒナは微笑んだ。
バゲットとフムスが綺麗に無くなった。レオは持ってきた水をヒナに渡した。
「そう言えばまだちゃんとお礼言ってなかったね。助けに来てくれてありがとう。びっくりしちゃった」
「いや、まだ申し訳ないよ。俺がもっと考えてればヒナが捕まることは無かったはずだから——怖かったろ?」
「ん~、怖くなかったって言ったら嘘になるけど、使命感の方が勝ってたかな——それにまだ3人は外にいるんだし、エベディルクは政府に渡ってないし、薬草も買い続けられるし、まだ勝機はあると思ったの」
「そう、まだ勝機はある」レオは決意を込めて言った。
空腹が満たされ、段々と眠気が増してきた。18時にリアルトを出発したということは、21時近くになっているはずだ。
「やっぱこの時期夜の外は寒いな……」
「そうだね……私外で寝たこと無いかも」ヒナが不安そうに言った。
「マジで? まー慣れっしょ! でもこれはさすがに寒い。外で寝ること全然考えてなかった」レオは自分の計画性の無さに苦笑した。「ローブ買っておいて良かったよ」
レオはヒナを一旦立たせ、ラグを縦に折り畳んだ。
「はい、ヒナ入っていいよ」
「レオ君は?」
「俺はいいよ。1人しか入らないじゃん。牢屋から出てきたばっかなんだからヒナ優先するのは当たり前だよ」
「分かった……」
ヒナはラグの中に入り体を丸めた。少しでもラグがヒナに密着するように、折り目の上にレオが座る。ヒナは足以外ラグで完全に隠れた。
レオが「おやすみ」と言うと、ラグの向こうから「おやすみ」返って来た。
——1時間ほど経った。レオは座った状態でうたた寝をしている。
「レオ君……」ヒナが小声でレオを呼んだ。
「ん?」
「寒い……」
他に選択肢が無かったレオは、ヒナの横に寝っ転がった。ラグのスペースは無いので、半分地面の上に体を置く——そしてヒナをゆっくり抱き寄せた。
「少しは暖かい?」レオは恐る恐る聞いた。
「うん……」
ヒナは照れるように答え、更に強くレオを抱きしめた。
2人はそのまま眠りについた。




