第16話 エベディルク
レオは薬草採りの最中にナターシャと遭遇した。
「お、ナターシャ」
「ボウヤじゃない」
「ヒナに教えてくれてありがとな。『ナターシャさんすごかった』って興奮してたよ」
「それは嬉しいわね。でもヒナちゃんは優秀よ。あたしが15歳の頃より断然優秀——まぁ昔は本が今ほど流通してなかったっていうのもあるけどね」
「ナターシャが15歳の頃って言われても全然ピンと来ないよ」
「はは、まぁそうでしょうね。ヒナちゃんがエベディルクでつまづいてたのは、火加減と混ぜ方——活字だと一番分かり辛いところね。でも自分で色んなバリエーションを毎回試してたみたいだから、あたしが教えなくてもいずれ作れるようになってたと思うわ。普通エベディルクの作り方は人に直接教わるものだから、手紙読んだだけであそこまでの完成度のものを作っちゃうなんて大した子よ」
「さすがヒナだな!」
「時間が許す限りヒナの家に寄って教えてるから、もうすぐ作れるようになるはずよ」
「いや~感謝感謝」
「そう言えばラグスビーマッチで勝ったんだって? すごいじゃない」ナターシャは地面に座り込んで聞いた。「座りなよ」
「おう、ありがとう」レオもラグを敷いて座った。「観てた?」
「ううん。ガレクロで読んだだけ。言ったでしょ、目立つと長生き出来ないって。それに1人で薬草集めてエベディルク作るってものすごい労力かかるのよ。呑気にスポーツ観てる暇無いわよ」
「何だ、つまんねーな。ラグスビー面白いのに」レオは口を尖らせた。
「そう言えば1つ言い忘れてた」レオは懸念を口にした。「もしエベディルク作れるようになったら、ヒナは他のヒーラーに作り方教えるつもりなんだよ。そしたらナターシャみたいに自分で飲む人が出てきちゃうかもしんない」
「ああ、それならヒナちゃんからも聞いたけど、心配してないわ」
「そうなの?」
「自分で飲むって言っても、飛べるヒーラーなんてほとんどいないから薬草は買わないといけない。そこまでの経済力があるヒーラーはいないわよ。それにね、薬草を人から買ってたらいずれ失敗するわ」
「何で?」
「足元見られて値段上げられたらどうするのよ? ただでさえ供給が安定しないのに。ニカウバは、自分で薬作れないし薬草採りに行くことも出来ない割には上手くやってる方ね。80年くらい老化止めてるのかな」
「なるほどなー。国王って80年も飲み続けてんの?」
「そうよ、今150歳だから。50歳で国王になって、100年間独裁政治」
「じゃあ国王になってから最初の20年間は飲んでなかったってこと?」
「そういう単純な話じゃないのよ。最初からエベディルクの存在は知ってて飲みたがっていた。でも国王だからってそう簡単に上手くいかないのよ。手に入ったり入らなかったりを3、40年繰り返したんじゃないかしら。半分のスピードで50歳から70歳の体になったようなイメージね——そして60年前くらいから安定してエベディルクを飲み続けられるようになったわ。『神の子+ハーブティー』っていうストーリーを作り上げてね」
「そう考えるとナターシャってすごいよな。20歳の体を900年以上維持してるわけだから」
「あたしのすごさがお分かり?」ナターシャが得意げに微笑んだ。
「でもボウヤ達がエベディルクをニカウバに売ったら、60年間磐石だったシステムが壊れることになる。これは見ものね。楽しみにしてるわ」
「ナターシャの楽しみってそこなの? ラグスビーじゃなくて?」
「長生きしてると、時代の変化を見るのが一番の楽しみになるのよ。あたしが生きてきた千年は、エベディルクを巡る戦いの歴史と言っても過言ではないわ。欲する者、提供する者、守る者、抹消しようとする者——エベディルクって人によって扱い方が違うから、その人の性格が色濃く出るわ」
「確かに国王とナターシャじゃ、エベディルクの入手方法が真逆だよな」
「そうね。というかあの爺さんの話ばっかしても仕方ないわ。ヒナちゃんとはどうなのよ?」
「どうなのよって、何が?」
「付き合ってるの?」
「えー! 付き合ってないよ! 話題変わり過ぎでしょ」
レオの顔が猿のように赤くなった。
「そうなの? お似合いだと思うけど」ナターシャは愉快そうに笑った。
「ナターシャこそどうなの? 服装は男だけど見た目は20歳の女の子じゃん」
「ボウヤね、996歳がまともな恋愛出来るわけないじゃない」
「そんなに歳取ったことねぇから分かんねーよ」
「それに妊娠なんかしたらお終いよ。薬草採って来れなくなっちゃうでしょ」
「そういうもんか。旦那さんに採ってもらえばいいんじゃないの?」
「ダメダメ。そもそもパートナーにエベディルク飲んでることバレたらダメなのよ」
「何で?」
「相手だって欲しくなるでしょ? 2人分安定して手に入ればいいけど、入らなくなった瞬間大喧嘩よ。そしたら力の強い男には勝てないじゃない。一度パートナーと一緒に飲み続けようとしたんだけどね、数ヶ月で破局したわ」
「そういうことか——てか今更だけどナターシャの舌、紫じゃないな!」
「そうよ」ナターシャは自慢げに答えた。
「何で?」
「着色を打ち消す薬があるのよ。あたしは『ラドカルナ』って呼んでる。エベディルク飲んでる人にしか必要ないから、一般的には知られてないわね。あたしはエベディルク飲み始めて40年後にその薬を発明することが出来たの。それまではずっとマスクで口覆ってた。最初は舌見せないように話してたんだけど、どうも印象悪くてね」
ナターシャは苦笑した。
「確かに舌見せないように話すって難しそうだぞ」レオは自分でちょっと試してみた。
「ボウヤ全然出来てないからそれ」ナターシャは滑稽なレオの姿を見て笑い転げた。
「マスクはマスクで邪魔だしさ。ニカウバみたいに堂々と不死身を宣言してる人ならいいけど、あたしみたいに隠れて飲んでる人にとってラドカルナは必須よ」
「不死身は不死身で大変だな~」
「エベディルクを追い求めて早死にする人の方が寧ろ多いわ。覚悟が無きゃやっていけないわね。普通の生活とはかけ離れているから」
レオは納得するように頷いた。
「そう言えば、ナターシャの名字ってエスコファー?」
「そうよ。薬屋であたしの薬見つけたの?」
「いや、ラグランジェっていうヘアサロンでナターシャのパーム使ってた」
「バームじゃなくて?」
「そう、それ」
レオが恥ずかしげもなく間違いを認めると、ナターシャは静かに笑った。
「ラグランジェでは使うだろうね。あたしは行ったことないけど——髪型似合ってるじゃない」
「サンキュー——ナターシャってヘアサロン用の薬を作るの?」
「髪に限らず美容全般ね。美容薬が一番儲かるのよ。人は若さを求めるものなの。エベディルク飲んで細胞の老化を止めちゃうのが究極の方法だけど、エベディルクを知らなかったり手に入れられない人は、美容薬で若さと美しさを保とうとするわ」
「ふーん。じゃあ怪我とか病気を治す薬は作らないんだ?」
「自分で使う分以外は作らないわ。難病を治す薬が一番儲かるけど、需要にバラつきがあるから安定して稼げないのよ。美容薬なら、一定数のファンを獲得すればずっと使ってくれるでしょ。エベディルクを飲み続けるには、安定して効率良く稼ぐ必要があるの——他のヒーラーがエベディルク飲む心配をしてない理由はそこね。仮にラグ乗って自分で薬草採れたとしても、低単価の薬ばっか作ってたら忙し過ぎてエベディルク作る時間が足りないのよ」
「そういうことか。千年生きてそこに辿り着いたんだったら間違いないだろうな」
「ヒナちゃんは美容薬の稼ぎの良さに気付いてるみたいで、今勉強してるらしいわよ」
「あ、そうなの!?」
「あたし並のクオリティのものを作るには時間がかかると思うけど、ライバルブランドが生まれるのは楽しみね」ナターシャはそう言って微笑んだ。
レオはこの後も少しナターシャと談笑してから薬草採りを再開した。
1週間ほど経ち、レオ、マット、アスカはヒナの家に呼ばれた。
「これがヒナの家か……すごい薬草の数だね」
ヒナの家の中に入ったマットは呆気に取られた。
「ヒナ、まさかこれ——?」レオが尋ねた。
「うん、エベディルクだよ」
ヒナの言葉に皆驚いた。
「マジ!? あ、そう言えば紫色だったっけ?」アスカはヒナの言葉を思い出した。
「そう。そしてツーンとする匂い。臭いから一旦フタしちゃうね」
「ヒナがすごいヒーラーなのは知ってるけど、まさか本当に作っちゃうとは……」
マットは衝撃のあまり立ちすくんだ。
「これどうすれば本物だって確認出来るんだ? ごめん疑ってるわけじゃないけど」
レオはつい聞いてしまった。
「前も言ったけど、効果を実感するには1年以上飲まないといけないんだ。だからもう信じるしかないよ。少なくとも色と匂いは合ってるし。あ、飲んでみる?」
ヒナは再度フタを開けた。
「アスカちょっと試してみようかな」
アスカはヒナが深皿にレードルでよそったエベディルクを受け取った。
「おいマジかよ~」
マットが顔をしかめてアスカから離れる。
アスカは少しだけエベディルクをすすった。
「苦っ! クソジジイこれ毎日飲んでんの? うぇ~っ」
アスカはヒナから水をもらい、口直しをした。
「待って待って! 舌ちょっと紫になってんじゃん!」
レオがアスカの舌を指差した。
「うそ!? やだ、本当だ!」アスカは鏡を見てパニックを起こした。「え、これいつ落ちるの?」
「私の場合は6時間くらいかな」
ヒナが冷静に答えた。
「でもあいつの舌いつも紫な気がするけど。飲んだ直後なのかな。てかもっと濃いし」
「多分だけど、飲み続けてると体内から舌の細胞が刺激されていくんだと思う」
「——まぁひとまずこれで準備が整ったな。あとはひたすら薬草を買い占めると——あ、その前にドンテに話さなきゃダメだ。政府に薬草渡してるのドンテだし」
レオが今後のプランを話した。
「今までエベディルクのこと知ってるのこの4人だけだったけど、もうそうはいかないからな。ドンテに話すのは俺とヒナだけいれば大丈夫だ——ヒナ、ドンテをここに呼んでもいいかな? 現物あった方が説得力増すしさ」
「うん、大丈夫」
「オッケー。じゃあ一旦解散しよう。ギルド閉店してからドンテ連れて来る」
その夜、レオはドンテをヒナの家に呼び、エベディルクのことと今後の計画について話した。ヒナが随時補足をした。
「おいおい、おめぇらすげえことしてんな」
一通り話を聞き終わった後にドンテは口を開いた。
「協力してくれるか?」
「おうよ」
レオとドンテは握手を交わした。
ドンテの承諾を得たレオは、マットからスポーツベッティングのお金を受け取った。
翌日からレオは、ギルドに集められた薬草をドンテから買いヒナの家へ運んだ。ヒナは他の薬の生産を全て止め、エベディルクの生産に集中した。1週間ほどこれを繰り返した。
ある日レオがいつも通りギルドに行くと、ドンテに呼び止められた。
「おうレオ。この方が薬草の受け取りをいつもしてるスミスだ」
ドンテはレオにスミスを紹介した。スミスは痩せ型で40代の見た目だ。
「君がレオかね?」スミスが眉間にシワを寄せて言った。
「そうだ」
「薬草を君が買い占めているというのは本当かね?」
「本当だ」
「何故だね?」
「もう平民はエベディルクの作り方知ってるんだよ。だからさ、平民がエベディルク作って政府に売ろうと思うんだ。政府内でヒーラー沢山雇うよりそっちの方が安上がりだろ?」
「なっ!?」スミスは驚きを隠せない様子だった。「エ、エベディルクの作り方を知ってるって、君証拠はどこにあるのかね?」
「これ」レオはリュックからエベディルクの小瓶を出した。
「色と匂いで分かるだろ?」
レオがフタを外してスミスに匂いをかがせると、スミスはまた驚いた。
「これ、預かっても良いかね?」
「いいぞ。でもこれだけだからな。次は買ってもらう」
「い、一旦私は失礼する……」
「おう。値段交渉したくなったらギルド来てよ。政府以外に買われることは無いから心配すんな。誰もこんな不味いもん買わねーよ」
レオはそう言って鼻で笑った。




