第13話 総力戦
試合当日を迎えた。HAMLメンバーは試合開始2時間前の正午に控室に集まった。
「よっしゃ、ケバブ食いに行こうぜ!」
レオは皆が揃うと浮かれた声で言った。4人でケバブを食べる計画を立てていたのだ。
「どんだけ楽しみなの?」アスカが呆れ声を出した。
「あのなー、俺1回も食べたこと無いんだぞ? 今まで試合前はそんな気持ちの余裕無かったし、そもそも金も無かったしな」
「私もここでは食べたこと無いな。いっつも混んでるんだもん」とヒナ。
「今はまだ早いから大丈夫だよ。行こう」マットが皆を誘導した。
4人はフィールドの入口にあるケバブコーナーへ行った。5つの屋台が設置されている。小雨が降っているからか、客はまばらにしかいない。
「どれもうまそーだぞ……」レオは5つの屋台を眺めた——すると、「ケバブ・サントス」という名の屋台に見慣れた顔がいた。
「え、MCサントス!?」
レオは目を疑った。MCサントスが屋台でケバブを売っている。
「お! 2番レオじゃないか! 8番アスカも!」
MCサントスが嬉しそうな声を響かせた。
「何してんのこんなとこで?」
「何してんのって、仕事してるんだよ」
「仕事はラグスビーの実況じゃないの?」
「月1回の実況で食べていけるわけないだろう? ケバブ屋が本職だよ。それに実況は無償でやってるんだ。僕のことをお客さんが知ってくれれば、ケバブ買ってくれるからね」
「そうだったんだ……」
「前の実況の奴は政府からギャラもらってやってたんだ。もう政府チーム贔屓のコメントしかしないから聞くに堪えなくてね。それで僕が『無償でいいからやらしてくれ』って頼んだんだよ」
「MCサントスの実況好きだよ僕。他の実況は聞いたことないけど」マットが言った。
「いや~ありがとう——あれ、君は前回ベンチにいなかった?」
「うん。僕は平民チームのラグを作ってて、スポンサーとしてベンチにいる。マットって言うんだ」マットはMCサントスと握手をした。
「そういうことか。選手名簿にはアスカ以外のニューフェイスが無かったから、誰かと思ったんだよね。救護係でも無さそうだったし」
「今日はメンバー全員ラグを新調したから、楽しみにしててよ」
マットがニヤリと笑って言った。
「そうかい! それは楽しみだ」
「救護係はこの子だよ! ヒナ!」アスカがヒナを紹介した。
「初めまして、ヒーラーのヒナです」ヒナが軽くお辞儀をした。
「え! 救護係いるのかい? それは頼もしいね~」
「おう! じゃあ注文しようぜ——」レオはメニューを眺めた。「刻印ケバブ?」
「うちの看板商品だよ。トルティーヤに選手の背番号と名前の焼き色を付けるんだ。前回のマッチの選手名簿にある選手は全員対応可能だよ。アスカは今回から用意してるからね! 飛ぶように売れるだろうな~」
MCサントスが嬉しそうに語った。
「マジ!? じゃあアスカ自分のにする! ラムで!」アスカが言った。
「でもアスカ、プラス300リタもすんだぞ?」レオの声だ。
「選手はプラス料金要らないよ!」MCサントスが笑顔で言った。
「マジか! じゃあ俺も自分のにする! 肉はチキン」
レオは一番安い700リタのチキンを選んだ。ラムとビーフは800リタする。
「ヒナとマットも関係者だから通常料金でいいよ。どうする?」
「本当? じゃあ私はアスカちゃんの。お肉もラムで」
「僕はレオのにするよ。ビーフで」
アスカとヒナは「8 アスカ」の刻印がされたケバブ、レオとマットは「2 レオ」の刻印がされたケバブを買った。
「これイカすな! 控室戻って早く食おうぜ!」レオがケバブを受け取り目を輝かせた。
「まいどあり! マッチ頑張って!」
「おう! MCサントスも実況頑張って!」
レオ達は早足で控室に戻った。
「食うの勿体無いけど、腹減ってるから食う!」レオはケバブにかぶりついた。
「うめぇ! チキンなんて食ったのいつぶりだろ」
「美味しいね」ヒナが上品に食べながら相槌を打った。
「ヒナ、そんなチマチマ食ってたら冷めちまうよ」
「だって、具こぼれちゃいそうだもん」
「女の子は口を大きく開けて食べないんだよ。下品に見えるでしょ」
アスカがヒナを擁護した。
「ふ~ん。そういうもんか——でもアスカ俺らと食べるスピード同じだよな」
レオが食べながら言った。アスカはレオを睨んだ。
「刻印ケバブ初めて食べたけど、自分がその選手になった気分になるね」マットがケバブを半分食べ終わって言った。「一体となって応援出来そう」
「それ分かるかも」ヒナが同意した。
「『分かるかも』って、ヒナまだ刻印部分に達してないじゃん」2割ほどしか食べ終わってないヒナのケバブを見て、レオが笑いながら指摘した。
「う~……レオ君いじわる~」ヒナは顔を赤くして、少しだけ食べるスピードを上げた。
レオとアスカは食べ終わると試合の準備を始めた。
「僕はスポーツベッティングに行ってくるよ」マットはそう言って控室を出た。
やがてチームメンバーが揃い、マットは控室に戻った。
「よし、皆集まって」ルイスがメンバーを集めた。
「雨降ってるけど、練習でも雨降ったことあるしいつも通りやろう。正直レオとアスカはペルフガになってもおかしくないから心配してたんだ。残ってくれてありがとう。アスカはそもそもペルフガになれないと思うけど、親から何か言われないのか?」
「言われたよ、お父さんに。20万リタあげるから平民チーム辞めてくれって」
皆驚いたがルイスには驚きの表情がない。
「クソジジイに『お前の娘何とかなんないのか』って言われて、あいつから金受け取ったみたい。あ、クソジジイって国王のことね」アスカがそう言うと、皆笑った。
「俺もスカウトされたよ。国王の首を差し出してくれたら入ってもいいぞって言っておいた」レオはそう言ってニヤリと笑った。アスカがグッドサインを見せる。
「相手はもうレオとアスカの対策をしてるだろうから、前回のようにはいかないだろう。でもこっちにはウルトラフィットという強力な武器がある。一気にスピードで圧倒して畳み掛けるぞ」
ルイスは言葉を締め括った。
「レオ、アスカ、頑張れー!」マットが2人を鼓舞した。
「頑張ってね」とヒナ。
HAMLの4人は笑顔でハイタッチを交わした。
『今月のラグスビーマッチへようこそ! ゲームの実況を務めますのは、わたくしMCサントス! 皆様この雨の中よくぞお集まり頂きました! しかし雨の中これだけの観客が集まるのも頷けます! 前回のマッチは9対11と、非常にエキサイティングな内容でした! 今回のマッチには皆様更に期待をしているのではないでしょうか!』
「いくぞ!」ルイスが声をかけ、スタメンの5人がフィールド上へ飛んで行った。
マットとヒナは補欠メンバーと共にベンチへ移動した。
「すごい人だね。前回より多いんじゃないかな」
ベンチに座ったマットは隣のヒナに言った。
「うん」
「国王がいるから今日も一軍だな。頼むぞレオ、アスカ……」
「マット君お金賭けてきたの?」
「うん。15万リタ」
「ええっ!?」
『何と、前回センセーションを巻き起こした8番アスカがニューラグで登場だ!——何やら鳥のようなデザインが施されております! アスカの髪色とよくマッチしており、益々目立つ存在となってるぞ!』
「MCサントス分かってんじゃん」アスカがMCサントスの美的センスを褒めた。
『更に2番レオもニューラグで登場! こちらは——トカゲのように見えます!』
「ドラゴンだよド・ラ・ゴ・ン!」
アスカがムスッとした表情でMCサントスに叫ぶが、おそらく声は届いていない。
「遠いし人が乗ってるとよく見えないんだろ」レオが笑ってアスカに言った。
5人のメンバーがエンドゾーンに並ぶ。ルイスが中央、その脇にポッパーが2人、レオは右端、アスカは左端へ待機した。
今、ホイッスルが鳴りました! ゲームスタート!』
前半は平民チームが政府チームを圧倒していった。スローイングの上手いアスカがフリスビーを運びレオにアシストするという得意のパターンで点を重ねていった。
しかし、4対2と平民チームがリードしたところで異変が起きた。
「きゃあっ! この大勢の前でセクハラするとかサイテー!」
アスカが敵選手のポッパー、グレゴーを睨んだ。
「おい今の笛鳴らないのかよ! 明らかに押してるじゃん!」
マットが立ち上がって怒りを露わにする。横にいるヒナはアスカを心配そうな目で追う。
『アスカに政府チームはダブルチームを組み始めたようだ——機敏なアスカだが、これはさすがに厳しいぞ!——あーっと、アスカ転倒!』
「ヤバい!」マットは叫び、補欠選手と共にアスカの元へ駆けつけた。
「いったぁ……」
「アスカ大丈夫か! 今ヒナのとこへ運んでいくから!」
マットは補欠選手と協力してアスカをラグの上に乗せ、ラグを担架のように持ってベンチへと運んだ。
「アッちゃん! 横になって」ヒナはアスカを見て叫んだ。
「頭痛いでしょ? これ飲んで」
ヒナはアスカに飲み薬を渡し、雨で濡れた体を拭いてからひざのアザに薬を塗っていく。いつものようなおっとりとした仕草はどこにも無い。
アスカを転倒させた政府チームの選手にはファールが与えられ、平民チームは6番マルシオを入れた。
「相手はファール覚悟で意図的にアスカ潰してきやがった。レオにも同じことするぞ」
マットは憤慨している。
『政府チーム、今度はレオにダブルチームを組んだ!』
しかし、何とかレオがダブルチームから逃げている間にマルシオが得点する。政府チームも得点し、5対3となった。
「レオ、もっと低く飛べ! 高いとこから落ちたら大変なことになるぞ!」
ゲームが停止している間にルイスが忠告した。
「分かってるけどさ、上しかスペース無いんだよ!」
『レオへのダブルチームが続く!——あーっと3人目だ! 何とトリプルチーム!』
「レオ、逃げろ!」マットが手を握り祈る。
『レオ、バランスを崩すが何とか持ちこたえる!——しかしここで転倒!——政府チームが平民チームの両翼をへし折ってしまった!』
「クッソ!」マットが悔しながらもレオの元へ走る。
「しっかりしろレオ!」
マットが声をかけるも、レオはグッタリとしていて全く動きが無い。
マットと補欠選手は、アスカと同じようにレオをベンチへ運ぶ。
「レオ君!」ヒナは顔を歪ませて叫んだ。
「ここスペース無いから2人共控室に連れて行って! どっち道前半中には回復出来そうに無いから!」
ヒナの指示で、マットと補欠選手達はレオとアスカを控室に連れて行く。
「レオ君しっかり!」
ヒナが急ピッチでレオの救護にかかる。口を開けることもままならないレオに、綿に染み込ませた飲み薬をゆっくりと飲ませる。そして腫れた頭部をタオルで冷やす。
「足もひねってるみたい」ヒナはレオの足に薬を塗っていく。
一方試合の方は平民チームが補欠のウィングを投入するも、5対5と追いつかれる。
「今日はヒーラーいるからレオとアスカは回復するかもしれない! 無理に点取ろうとしなくていいから、なるべく前半時間稼げ!」ルイスがメンバーへ指示した。
何とか持ち堪えた末に1点押し込まれ、5対6と逆転されてハーフタイムへと突入した。選手達は控室へ帰った。
「2人の様子はどうだ?」ルイスがヒナに問いかけた。
「アスカちゃんはあと30分あればいけそう。レオ君は……分かんない」
ヒナは救護を続けながら答えた。
「よし、皆聞いてくれ」
ルイスがメンバーの注目を集めた。
「もう相手が何をやろうとしてるか分かったよな。ひたすらレオとアスカを戦闘不能にすることに注力してる。審判は政府の雇われ人だから、転倒でもしない限り滅多にファールを取ってくれない。ファール2個で退場したところで、あっちは補欠の層が厚いから屁でもない」
ルイスは強い眼差しで言った。
「2人が回復しないと勝ち目は無いから、回復する前提で後半の作戦を言うぞ。回復したところでベストコンディションではないから、あまりダラダラプレイさせたくない。かと言ってスコアラーがいないと話にならないから、8点目取られた時点でアスカを投入する。そして9点目取られた時点でレオを投入する」
チームメンバーは水を飲みつつも真剣に聞いている。
「相手はまたダブルチーム組んで来るから、こっちも2人組みで動くぞ。ポッパーの2人がアスカとレオに付いて、とにかく2人を守ってくれ——ジェイソンはアスカ、ゴメスはレオな」
ポッパーのジェイソンとゴメスは、ルイスの話を聞き頷いた。
「2人はダブルチームのスピードの遅い選手をブロックしてくれ。速い方は気にしなくていい。レオとアスカの方が速いから、1対1になれば剥がせる」
「了解」ジェイソンとゴメスが返事をした。
「で、それぞれのペアがエンドライン近くまで押し上がって待機してくれ。ジェイソンとゴメスはパスもらおうとしなくていいから、ひたすら相手の邪魔をしてくれ。あとは俺が何とか自分で運ぶ。そして裏を取ったレオかアスカに対して1回のパスでゴールを決める——つまり、オフェンスの時は俺以外誰もフリスビーを保持しないことになる——奇抜な作戦だけど、それしか無い」
チームメンバーは動揺しつつも、作戦を把握した。
「そして勿論アスカとレオが戻るまでは、前半同様ひたすら時間稼ぎだ。ディフェンスの時は自陣でギュッと圧縮してパスコースを防ぐ。オフェンスの時は無理なパスを止めて、ひたすら逃げ回ることに徹底してくれ。カッコ悪いとかそういうプライドは捨てろよ、ウィングの2人」
ルイスは補欠で代わりに入ったウィング2人を向いた。2人は頷いた。
「よし、全員で勝ちに行くぞ!」
ルイスはそう締めくくると、個々の選手と更に細かい打ち合わせをした。
アスカは横になった状態で、目を開けてルイスの話を聞いた。
一方レオは、横になって目をつぶっている。
「話は聞こえてたぞ、ルイス……」レオが弱々しい声で目を閉じたまま言った。
「ルイス君」
横に座っていたヒナは、運ばれて来てから初めてレオの声を聞き、ルイスを呼んだ。
「レオ、大丈夫か。お前がいないと話になんないんだ。必ず戻れよ」
「分かってるよ……ナイススピーチ、キャプテン」
レオはそう言ってグッドサインを見せた。ルイスはフンと笑った。
10分間のハーフタイムが一瞬にして終わった。
ヒナとマットはアスカとレオと共に控室に残った。マットは補欠選手に、8点目取られたら教えに来るよう伝えた。
「マット、今日何リタ賭けたの?」アスカが横になりながらマットの方を向いて聞いた。
「そんなこと気にしなくていいから、ゆっくり休んでよ」
マットはアスカの濡れたラグを吸水性の高いタオルで拭き取りながら答えた。
「負けたらごめんね……」
「分かったから……」マットは涙ぐむアスカを一瞬見て目を逸らした。
15分ほど経ち、補欠選手が控室へやって来た。
「今、5対8」
「オッケー」マットが返事をし、アスカの方を見た。
「アッちゃん無理しないでね」
「大丈夫。アスカこんなんじゃ負けないから。平民チームが勝つとこクソジジイに見せつけてやる」
心配そうなヒナにアスカはそう告げ、控室を出た。
「私は1人で大丈夫だから」ヒナがマットに言った。
「オッケー。9点目取られたら教えに来るよ」
レオのラグも拭き終わったマットは、そう言ってアスカを追った。
「ヒナ……」レオはようやく目を開け、ヒナの方を向いた。
「何か不思議な感覚だよ……たった数ヶ月前に出会って、いつの間にか王国ひっくり返す計画立てて、今はこうして救護してもらって……」
レオは天井を向いて呟いた。
「ふふふ。そうだね」
「薬草何回一緒に採りに行ったんだろうな……」
「レオ君に声かけられる前はね、私ろくに友達もいなかったの。それが今では私の暗い過去を共有してくれる仲間が3人もいる。レオ君には感謝しか無いよ」
「今日のマッチはヒナの為のものだ……だから俺負けねぇよ」
レオはようやく起き上がった。体の痛みは大分収まり、また動けそうだ。
まもなくマットが控室に戻って来た。
「6対9だ。レオ、行けるか?」
「当たり前だろ」
レオは立ち上がり控室を出た。フィールドに出ると雨は止んでいた。
『さて2番レオも戻ってきたぞ! 転倒した選手が再度フィールドに立つなんて、わたくし聞いたことがありません! しかも2人も! 救護係は一体どんな魔法を作ったのでしょう! これで平民チームのダブルエースが揃ったぞ!』
観客は大いに沸いた。
「やっぱヒナってすごいヒーラーなんだな」
マットが感心すると、ヒナは照れくさそうにしていた。
ルイスの作戦通り2人組みで動くことで、レオとアスカは政府チームの嫌がらせを免れた。そして次々とゴールを重ねていく。
『10対10! 次の1点で試合が決まります! ゴールデンゴールはどちらが手にするのか!』
レオは集中力を極限まで研ぎ澄ます。もう体力は限界で、何度もディフェンスをする余力は無い。次で決める。
『ルイスが政府チームのパスをスティール!——ここからどう攻める!』
「ダブルチーム解けた! アスカ運べ!」
ルイスがそう叫びアスカにパスをする。
『アスカがヒラリヒラリと踊るようにディフェンスをかわす!——パスを出した!——届くのかレオ!——おーっと! まるでトルネードのように1回転してディフェンスをかわした!——ゴーーーーーール!』
「うおおおお!」マットが両拳を突き上げ叫んだ。
「レオ君!」ヒナも立ち上がって喜んだ。
『何と、レオが物凄い大技を最後に出してきた! 11対10で平民チームの勝利です!』




