第12話 ヘアサロン・ラグランジェ
金曜日にリアルトでレオは、パブで働いている最中のロゼーラに声をかけられた。
「アスカちゃんから手紙預かってるわよ」
「マジ? ありがとう」
手紙には「土曜日の練習前にマットファクトリー来て。ラグスビー専用ラグ出来たから」と書かれている。
翌日レオはマットファクトリーに行った。
「各メンバーの体重を元に、大きさをファインチューニングしたんだ」
マットが誇らしげにラグをレオに見せた。
「ふーん。パッと見じゃ今までのと違い分かんないな」
「まぁ大きさ変えるって言っても半分になるわけじゃないからね。飛べば分かるよ」
「名前はウルトラフィット! 製品化してるわけじゃないけど、名前があった方がいいでしょ」アスカが毎回ネーミングを担当しているようだ。
「そして目玉はこれだよ! じゃじゃん!」アスカは別のラグを広げた。
「何じゃこりゃ!」
「これはアスカのウルトラフィット。可愛いでしょ、フェニックス!」
そこにはラグからはみ出るくらいの大きさで、赤いフェニックスが描かれている。
「いやーこれは目立つぞ~、ただでさえアスカ目立つのに——何かもう、今までのラグのデザインの常識をぶち壊してるじゃん」レオは呆気に取られた。
「レオのもあるよ。はい!」アスカはレオにラグを渡した。
「うわ! ドラゴン!」レオのウルトラフィットには、黄色いドラゴンが描かれている。
「どう? 気に入った?」
「イカすね! 早く乗りてぇ!」
「うん、今から練習じゃん」アスカは笑った。
レオ、アスカ、マットは手分けしてウルトラフィットを持ち、ラグスビーフィールドへ行った。メンバーにウルトラフィットを配り、練習を開始した。
「軽い! これは普段乗らない方がいいかも」レオはウルトラフィットの感触に驚いた。
「めっちゃコントロール効くね! 今までの感覚だと曲がりすぎちゃう」とアスカ。
「トップスピードも前より出てるぞこれ!」
「うん!」
「いや~ギルドワークとラグスビーでラグ使い分けられるなんて、贅沢だなー」
レオは喜びを噛み締めながら色んな飛び方を試した。
マットは乗り心地を確認する2人を地上から嬉しそうに眺めている。
「何か、アスカ目立ち過ぎて笑っちゃうんだけど」レオがアスカを見て苦笑した。
「レオも大分目立つけどねー!」
練習が終わりレオが帰る準備をしていると、アスカが声をかけてきた。
「ねえレオさー、髪切んないの?」
「あーそうだな——そろそろ切んなきゃ」
「アスカがいつも行ってるヘアサロンあるから、レオも一緒に来なよ」
「ヘアサロンなんて行ったことねーよ」レオは苦笑した。
「大丈夫大丈夫! せっかくカッコいいラグ手にしたんだから、髪型もビシッと決めないと。アスカと一緒の時間に予約しておくから」
「うん、オッケー」
翌週レオはアスカに教えてもらったヘアサロンに、指定された時間に行った。
「あ、レオ。来た来た」アスカは店の前で待っていた。
「ここ? マジか~……」
レオが降り立った先は、ガレシアでは珍しく地面が石造りだった。通りの両脇には木々が植えられており、その奥には様々な店舗が立ち並んでいる。
「何で?」アスカが尋ねた。
「いや、この辺高級じゃん。配達で来たことあるけど気まずいんだよね」
「うん。ヴィルマリーストリートね。この通りは高級商店街だよ」
「アスカいつもこの辺ぶらぶらしてんの?」
「まぁ家から近いしね。さぁ入ろ」アスカはそう言って店の中に入った。
外壁には「ヘアサロン ラグランジェ」と書いてある。レオは無意識に息を止めてアスカの後を付いて行った。
ラグランジェの内装は白、ローズピンク、ライムグリーンを基調としていて、花が飾ってある。席は3席のみで、他に客はいない。女性らしさ溢れる店内に放り込まれたレオは、急に体が痒くなってきた。
「やっほー、ジェニー」アスカが気軽なトーンで挨拶をした。
「アスカ、いらっしゃい!」ジェニーという名の女の子が返事をした。
「もう1人の予約、レオね」アスカがそう言ってレオを指した。
「あ~、ラグスビーやってた子?」
「そうそう」
「近くで見ると思ったより若いね」
「アスカの1個上だもん」
「あーそうなんだ!」
2人が話してる間に40歳前後と思われる女性が奥からやってきた。
「あらアスカちゃん、いらっしゃい」
「どうも、マリネッテさん」アスカが笑顔で返事した。
「レオ君よね。平民チームの選手を連れて来るとは、良い度胸してるじゃない」
マリネッテはレオを一瞥した後、ニヤリと笑ってアスカに言った。
「やっぱり気にする?」アスカはやっちまったとばかりに舌を出した。
「ママは政府チームを応援してるの。パパが役人だからね」ジェニーがレオに言った。
「あー、親子なんだ」レオがジェニーとマリネッテを見て言った。
「平民チームの男達は皆見窄らしくて嫌になっちゃうわ。敵とは言え、見栄えがもっと良くなれば観てる方も恥ずかしくないわね」マリネッテがレオを見下すように言った。
「ママ、あんまりいじめないであげてよ。お客さんでしょ?」
「分かってるわよ。さぁこっちいらっしゃい」マリネッテがレオを誘導した。
レオがアスカに「この人が俺の担当なの!?」と言わんばかりの目配せをしたら、アスカは申し訳なさそうに頷いた。
「レオ君、いつもどこで髪切ってるわけ?」マリネッテは椅子に座ったレオに尋ねた。
「え、バーバー・ギン」
「あそこ? ダメよあんな安いところじゃ。道理で衝撃的にダサい髪型してるわけね」
「はぁ……」レオはここまでハッキリとものを言う人に初めて出会った気がした。
「え、ここカットいくらするの?」
「男性の場合は3500リタよ」
「3500リタ!?——ハーフバゲット20本買えるぞ!」
「何を言ってるの?」マリネッテはハーフバゲットの意味が分からないようだ。
「レオは毎日バゲットを半分に切ってもらって買ってるの」
アスカが隣で笑いながら説明した。
「何それ、めっちゃ面白い!」ジェニーが甲高い声で笑った。
「バゲット半分だけ買う人がいるわけ? 不思議ね」マリネッテは笑うことなく、肩を竦めた。「まぁ私に任せなさい。結構さっぱりさせたいわよね?」
「うん」
マリネッテはレオの髪を切り始めた。
「アスカは今日どうする?」隣の席に座ってるアスカにジェニーが尋ねた。
「トリートメントとヘッドスパかな」
「オッケー」
「何それ、アスカ髪切らないの?」レオが前を向きながらアスカに聞いた。
「うん。ポニーテールだからそんなに頻繁に切る必要無いし」
「床屋行って髪切らないとかあるんだ」
「ここは床屋じゃないわよ。ヘアサロン」マリネッテが髪を切りながら冷静に訂正した。
「違いがよく分からんわ——んで、アスカのその——名前忘れた——今日やるやつは何リタすんの?」
「いくら、ジェニー?」
「えーっと、9千リタだね」
「9千リタ!?——ハーフバゲット何本買えんだ?」
レオは頑張って計算をしようとした。
「何で毎回ハーフバゲットに換算しようとするわけ?」アスカがそう言って笑った。「大丈夫。マットファクトリーが儲かってるから、マットから給料少しもらってるんだ」
「アスカの金銭感覚スゲーな……」
「1万人に見られるんだよ? 少しでも見た目良くしたいじゃん」
「他の選手もアスカちゃんを見習ってほしいわね」マリネッテが言った。
「やっぱ見た目は重要なのか……」レオが呟いた。
「そりゃそうでしょ。見窄らしい格好した選手を誰が応援したいのよ?」
「でもラグスビーはあくまでスポーツじゃん。見た目関係なく上手い選手を応援したくなるんじゃないの?」
「それはアスリートのあなたの感覚よ。皆色んな理由で選手を応援してるんだから、そのニーズに応えてあげなきゃ。それがサービス精神ってものよ」
「ふーん——ジェニーはどっち応援してんの?」レオはジェニーに話を振った。
「あたしは基本政府チームだけど、前回アスカが出てたからやっぱアスカ応援しちゃったな——あと、ルイス!」
「ルイス? まぁ上手いもんね」
「てか、イケメンじゃん」ジェニーはそう言ってクスクス笑った。
「そこ!?」
「ほら言ったでしょう」とマリネッテ。「ビジュアルは大事なのよ」
「いや、そんなこと言ったって顔は変えられないじゃん」
「あなた何も分かってないわね。髪型で顔の印象はガラッと変わるのよ」
「ふーん、そうなのか」レオは懐疑的ではあったが、段々とカットが進むにつれ、どんな髪型に仕上がるのか期待している一面もあった。
「そう言えばジェニーはアスカとタメなの? って14歳じゃ働けないか」
レオがジェニーに尋ねた。
「まさか。あたしは17。アスカのお姉ちゃんと同い年ね」
「あ——結婚した人だっけ」レオは以前アスカに兄弟がいるか尋ねたことがあった。その時にアスカは、結婚した姉がいると答えたのだ。
「結婚? 結婚はしてないよ。してるのはマチルダでしょ。ジャスミンは次女」
「ん? 次女はアスカじゃないの?」レオは首を動かせないので目だけアスカの方を向いてみた。アスカは不機嫌そうにしている。
「アスカ、レオにジャスミンのこと話してないの?」ジェシーはアスカにそう言って溜め息を付いた。「アスカは3人姉妹だよ」とレオに言った。
「え?」
「アスカ、ジャスミンはあたしの友達なんだからさ、存在隠すのは酷いんじゃない?」
「だって……」アスカが口ごもった。
「ジャスミンは遊女なの。それでアスカはジャスミンのこと嫌ってんのよ。嫌うのは構わないけどさ、アスカ自身のことじゃないんだから隠す必要ないでしょ。堂々としてりゃいいのに」
「知らなかったよ。まぁでも姉が遊女だからってアスカの見方が変わるわけじゃないけどな。そもそも遊女に偏見無いし」レオが言った。
「ほら」ジェニーがアスカに笑顔で言った。
「分かったよ……」アスカが渋々同意した。
「あ、ラグスビーマッチでアスカに声かけたダンサーの人って、もしかしてアスカの姉ちゃん?」レオは前回のマッチを思い出してアスカに尋ねた。
「ジャスミンはハーフタイムに出てたね」
アスカが答えないのでジェニーが代わりに答えた。
その後はアスカとジェニーの口数が減った。レオはジェニーに年齢を聞いたことを後悔し、これ以上何も聞かないことにした。
「出来たわよ。どう、こんな感じで?」マリネッテが合わせ鏡で後ろ髪を見せた。
「いい! この髪型は何て言うの?」
「ツーブロック」
「へ~。バーバー・ギンで『ツーブロックにして下さい』って言ったらやってくれんのかな」
「別に止めはしないわ。このクオリティを出すのは無理だと思うけど」
マリネッテが鼻で笑った。
「マリネッテさん、口は悪いけど腕はいいな」
「よく言われるわ」そう言ってマリネッテは愉快そうに笑った。「スタイリング剤付けていく?」
「スタイリングザイ?」
「まぁ平民は使ったこと無い人も多いでしょうね。ちょっと待ってなさい」
マリネッテは何やら浅い瓶を取り出してきた。
「このバームは本当に良いのよ」
マリネッテはそう言ってレオの髪をスタイリングしていった。
「おお! 更にいいぞ! これどこで売ってんの?」
「薬屋に置いてあるわよ」
マリネッテはバームをレオに見せた。そこには「バーム ナターシャ・エスコファー」と書かれている。
「ナターシャ・エスコファー?」
「ヒーラーの名前ね」
まさかあの不死身のナターシャかとレオは思った。
「5年前くらいかしら、ナターシャ・エスコファーの薬が店頭に並び始めたのは。あたしは新製品は欠かさずチェックするから、試してみたのよ。そしたらまぁこれが良くて。今ではうちのサロンで使ってるビューティープロダクトはほぼ全部ナターシャ・エスコファーよ」
「アスカも使ってるよ、ナターシャ・エスコファー」アスカが隣で言った。
「ふ~ん」
薬というのは怪我や病気を治すものを指すと思っていたレオは、新しい世界を見た気がした。皆がナターシャのことをブランド名のように話すのも新鮮だ。
レオは会計を済ませて店を出ようとした。
「じゃあな、アスカ」
「え、アスカ終わるまで待ってよ」
「いや、今日のカット代稼がないと。今から行けばまだギルド開いてるし」
「……分かった」
「ごめんな」
レオはアスカに謝り、ジェニーとマリネッテに挨拶をして店を出た。
薬草チーム、ラグチーム共に多忙な日々を送る中、何とか夜に時間を作り4人は屋根裏に集まった。
「HAML結成して大分経つけど、ここに集まるのはあの時以来だな」
レオが記憶を辿って呟いた。
「確かにそうかも」アスカが反応した。
「今日の議題は、次のラグスビーマッチについてだな」レオがミーティングを始めた。
「その前におさらいすると、目的はエベディルクを平民で作って政府に売れるようにすること。その為にはエベディルクの薬草を俺たちが買い占めることによって、政府に圧力をかける。
薬草を買い占めるには大金が必要で、大金を得るチャンスはスポーツベッティング。
スポーツベッティングで勝つにはラグスビーで勝つ。
ラグスビーで勝つには良質なラグが必要。
その為にはマットファクトリーの利益率を上げる。オッケー?」
レオは早口で伝えた。
「こうやって聞くと長い道のりだよな〜」マットが嘆いた。
「でももうかなり成果あるじゃん! マットファクトリーの利益率はめっちゃ上がったし、ラグスビー専用のラグ作ったし」アスカが明るい声で言った。
「そうなんだよ。前回のマッチは9対11で負けたけど、次はもっと良いラグで挑むし、アスカはスタメンで出る。ヒナが救護係をしてくれる。だから俺次は勝てると思うんだよね」
レオが強気な発言をした。
「うん、いけると思うよ」マットが同意した。
「アスカも!」
「そしたらスポーツベッティングで平民チームにベットするわけだけど、誰がいくらかけるのか決めなきゃいけないな」レオが本題を切り出した。
「皆好きな額かければいいんじゃない?」アスカがぶっきらぼうに言った。
「うん、でも俺そんなに金無いな……」レオが渋い顔をした。
「私も……」ヒナが続く。
「薬草チームはしょーがないよ。エベディルクの開発にリソース割いてるんだから」
アスカが2人を擁護した。
「僕が出すよ。マットファクトリーで大分利益出てるし、本当に平民チームが勝てると思ってるから」マットが手を挙げた。
「男だねーマット!」アスカがマットを煽てると、マットはモジモジし始めた。
「何モジモジしてんの、キモ~」
アスカがマットをいじって笑うと、レオとヒナも釣られて笑った。
「よし、じゃ皆忙しいしここでグダグダしてても仕方ないから、解散!」
レオは早々にミーティングを終了し、皆が帰った後屋根裏で物思いにふけた。




