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『挑戦者ルルシャン! 挑戦者ワーグナーの記録に並びました! 現在2位タイ!!』


 私の戦闘を実況する派手な服の男の声が、耳を覆いたくなる程、大きな音量で耳に入ってくる。


 私と大猪との戦闘は、10分を経過していた。


 象そのものが降ってきたと錯覚する踏み付け、家が投げられたと思う程の突進。

 幾多にも訪れる暴力の塊。どれか一つでも触れれば、体がミンチになってしまう猛攻を、ギリギリの所で躱しては腕ほどの刃の剣を差し込む。


 オジサンから習った異能(スキル)『守護神の剣技』の技は有効で、他の挑戦者が刻んだ斬撃よりも深く、大きなダメージを与えていたように思えた。


『1位の挑戦者は、ただ無意味な逃亡劇を見せていたので、かなり善戦している方ではないでしょうか!!』


 ただそれでも、善戦。


 私の攻撃を受けて、大猪が蹌踉めく素振りすらない。


 大猪は連戦で、体に挑戦者達の刃が刺さって、ある程度の疲弊もしているのかもしれないが、動きに変わりは無い。

 ギラギラと輝く瞳も鼻も口も、一切、血の気を失っていない。


 一方の私は、突進の余波で吹き飛ばされた時に闘技場の壁に体を打ち付け、攻撃を交わした際に落ちていた剣や槍で体を貫かれていた。

 そして、大猪の無尽蔵の体力を前に休む隙など無く、息を荒げ続けている。


 つまりは満身創痍。

 立っているのが不思議なくらいで、油断すれば意識を失いそうな状況。


 この勝負の結末は、私を含め、誰の目にも明白だった。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 腕が痙攣し、剣を持つのを拒むように右手の握力が弱まる。

 両手で剣を持ち直し、ゆっくりと構える。


「せめて……一太刀だけでも」


 今、大猪が始めた助走は全身の力を込めた突進を放つ前の癖。


「突進を……今までよりも引き付けて、避け様に……目に斬撃を飛ばせば……」


 言葉を口に出し、思考を整理する。


 タイミングをミスすれば、待つのは死。


 まさに命懸けの一手。


 大猪は予想通り、速度を早め、一直線に私目掛け突進を開始した。


「よし、今!!」


 少しずつ攻撃範囲の外側に足を動かし、当たる直前でジャンプした。


 腰を落として、右足で外向きに踏み、飛び跳ねる。


 そして、真横に来る大猪の瞳目掛け、剣を投げる気持ちぐらいで最後に引き、斬撃を放つ。


 その瞬間。か細い声が耳に入った。


「助け……」

「————えっ?」


 闘技場に散らばっていた死体のはずの男が私の足を掴んでいた。


 そして、今日一番の衝撃が体に走った。


『あぁぁぁ! 今のは痛い! 痛すぎる!! 挑戦者ダウゥゥゥゥン!! これで3度目。挑戦者ルルシャン、これまでか?!』


 何度も体が地面を跳ね、坂を滑るように転がり、壁際で止まった。


『カリュドォンは女子どもだろうが、容赦はしない! 動かなければ死!』


 先程まで煩かった実況が、耳鳴りで打ち消される。


 立ち上がろうとするも、体が言う事を聞かない。


 体に力を入れると返ってくるのは激痛。全身のパーツパーツを実感できる程に、繊細な痛みが脳に伝わってくる。


『あぁ、ダメだ。まったく動かない! この後に、かの猪を倒すものは現れるのでしょうか!!』


 まるで私が死んだような言葉。


 僅かに開いた視界の先、大猪が再度助走を始めていた。


 次の行動は突進。


 もう一度喰らえば、この意識も途絶えるに違いない。

 いや、実際にはあの足に踏まれ、ペシャンコになるのだろう。


 死んだ。

 音の出ない口で、そう呟く。


 ごめんね、お婆ちゃん。


 結局、お婆ちゃんを助けることも出来ず、無駄に命を捨てることになっちゃった。


 お父さんがいない中で、お母さんと一緒に育ててくれた愛する祖母。

 こうなる可能性も分かっていたけど、こうするのが当たり前で、本当に本当に助けたかった。

 最後にもう一度、ちゃんとお話ししたかった。


 心残りはもう一つ。


 オジサンの名前、聞いておけば良かったな。


 口が悪くて、不遜で傲慢で、何にでも文句を言う。でも結局押しに負けてやり切る。


 それがなんだか懐かしくて、不思議な温かみがあった。

 短い間だったけど、ずっと一緒にいてくれて、皆んなが敬遠するお婆ちゃんに寄り添ってくれた。


 いるだけで安心出来た気がする。


 大猪の振動が、足音がカウントダウンのように耳に入ってくる。


「もう……ちょ、っと……いっしょに……」


 お婆ちゃんに、オジサンに、この声は届かない。


 涙が溢れ、視界が霞む。


 大猪と自身の距離が曖昧になり、痛みから逃げるよう目を瞑ろうとした、その時。


 闘技場の観客席から大猪へと飛び降りた男の姿が映った。


「はあああああああああああああああああああああ!」


 男が持っていたのは大型弩砲(バリスタ)で飛ばすような大きな槍。


 それが、大猪の脳天へと突き刺さった。


 ぶぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!


 突然の痛みに私への突進を止め、暴れ始める大猪。


 それに振り下ろされるように、私の側に男が落ちてきた。


「あぁ、いってぇな、クソが」


「オジ……サン?」


 口髭顎髭が薄く広がり、少しおっかない濃い顔。


「クソガキ、へばってんじゃねぇよ。俺様の剣技を使っておいて、負けるなんざ情けねぇ」


 私を睨むように、男は聞き慣れた悪態を吐いた。


「どう……じ、て」


 言葉と共に撒き散らす血反吐。


 オジサンは、冷めた瞳で私を見つめ淡々と話し始めた。


「バードラエト病について考えていた」


「一つの集落を廃棄する程の難病、なのに医者は大金さえあれば治せるかもしれないと言う」


「おかしいと思わねぇか? 不治の病を治すのが、希少な薬草でも優れた名医でもなく、莫大な金なんてよ」


「な、んの……話」


 黙れと言わんばかりにオジサンは私の口を閉ざす。


「不治の病を治す薬は、俺様だったんだよ。守護神リャクシェロンが扱える無数の異能が、医者の言う治療法だった」


「俺様はきっと、その難病の事を聞いていたんだろうよ。だが、きっと俺様なら、こう言う。『大金を持って出直せ』ってな。面倒な事は大体そう言えば、片がついたからな」


「だから、オマエは金を稼ぎに、ここにいて。命を張っている」


「これは俺様の責任だ。そんな難病を鼻で遇らったことも、オマエがありもしない治療法に踊らされたのも、異能を失い守護神を放棄することになったのも、全部」


「だから、俺様はここにいる。オマエを助けにきた」


「いいか、よく聞け。俺様が、あのクソ猪をぶっ倒すからよぉ。出来るだけ端によって寝とけ。どうせもう動けねぇだろうが、間違っても動くんじゃねぇぞ」


 痛みで頭が回らず、殆ど何を言っているか分からない。


 ただ、この人食い鬼(グール)に負けていた男が、それよりも格段に強い大猪に挑もうとしている事は理解できた。


 無茶無謀。止めないと行けない。


 でも、私はオジサンの服を引っ張ることすら出来ない。


「オジ……サン」


 たった数文字に思いを込める。


「助けてやるさ。ちょっと待ってろ」


 いつか言った私の言葉がそのまま、その時助けた男の口から帰って来た。


 だが、男は私から離れ、怒り狂った大猪の元へと向かって行った。

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