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 それから何日が過ぎただろうか。


 俺様はまだ、ルルシャンの住まう集落にいた。


 最初は、他の住人に通報されでもされたら堪らないと思って出て行くつもりだったが、集落にはルルシャン以外誰もおらず、追手も来なかったので留まっていた。


 行く当ても、使命もない俺にとってルルシャンに与えられた召使という立場は、神を背負っていた時よりも楽だった。


「あぁ、クソ。眩し……カーテンは、ねぇんだったな」


 与えられた部屋。

 目に突き刺さる日差しで目を覚ます。


 前まで天蓋の付いたベッドだったのに、今では床に直で毛布一枚。


「ぁあぁあ、クソ、寝れねぇ」


 いつも起きるより早い時間だったので、もう一度寝ようとしたが意識が沈まなかったので、体を起こした。


「メシ、作るか」


 台所で顔を洗い、物置から食材を取り出し切り始める。


 ルルシャンに言われた仕事を不器用ながらも、徐々に上達してきていた。異能(スキル)だったら一瞬で出来ることを時間と手間を掛けて行う。かったるいが、どこか楽しさも感じられる不思議な感覚。


「よし、今日こそはクソガキに『美味し過ぎて、命を賭けて異能を返します。リャクシェロン様、サイコー』って言わせてやる…………そういやアイツ、オジサンオジサンつってるが、俺様の名前知ってるのか?」


「……あん? 水がねぇ。汲みに行かなきゃなんねぇのか、面倒臭ぇ」


 いつもは朝起きたルルシャンが自分で水を汲んで、台所に常備していたのだが、俺の方が先に起きたこともあって、料理に使いたい分の水が無かった。


 仕方がないので、水を汲みに外に出る。


 置かれていた大きめの桶を井戸の奥へと投げ込んで縄で引っ張るが、これが中々に重い。


「クソガキ仕様かよ……ふんっ、ふんっ。はぁ、はぁ……ん?」


 ガタン。


 水桶に四苦八苦していると、物音が聞こえて来た。


 ガタン。


 聞こえくるのは井戸の側、黒い屋根の小屋。


「……なんだ?」


 好奇心に突き動かされ、水桶に繋がれた縄を離し、その扉に手を掛ける。


「そういや、ここ、クソガキに入るなって言われてたな……ハッ、物音を立てた事を運の尽きだぜ。入るぞ」


 バンと大きな音を立てて、小屋に入った。


 この小屋の検討はついている。

 

 大方、ルルシャンの趣味部屋、乙女の秘密の花園といった所だろう。


 物音から人がいる事は明白なので驚かそうと思ったのだが。


「うぅぅぅ」


 深い深い苦しそうな呻き声が、耳に入った。


「誰か、いんのか?」


 暗がりの奥、ベッドがあるだけの小さな部屋。


 そして、そこにいたのは老婆。


「他にも住人がいたのかよ。クソガキも隠すこたぁねぇだろ」

「おい、バーさん。大丈夫かー? あんな物音立ててよぉ、寝苦しいのかー?」


 老婆こちらを向きは柔和な笑顔を浮かべる。

 

「……フェネトさん。今日は早いのね? ふふふ、さっきはルルシャンとベックを迎えに来たんですか?」


「何を言って? ……ッ、おいその傷」


 俺様を別人と勘違いしているのか、老婆は親しみを込めて話しかけてくるが、次に目に入ったのは、老婆が布団から出した自身の腕。


 痛々しい引っ掻き傷が数え切れないほど、刻まれていた。


 その腕はそのまま、ある一点を指差す。


「ほら見てください。ルルシャンとベックが、彼処で鳥を追いかけて遊んでいますよ。もう、いつ見ても仲が良いんだから。ふふふ、きっと良い夫婦になるんでしょうね」


「おい、そっちは……壁だぞ。何が見えてんだ」


「雲行きが怪しいわ。雨が降りそうね。フェネトさん、帰る前に洗濯物を取り込んでくださるかしら?」


 会話が噛み合わない。

 老婆は独りで言葉を綴り、俺様は身体中に傷を負った言動の可笑しい老婆を見る。


 まるで、この部屋に二つの世界が流れているようだった。


「あ、ああぁあああああああああ!」


 突如、老婆は悲鳴を上げ、喉を掻きむしり始めた。


「どうした! やめろ! 血が出ているぞ」


 腕を掴むが、老婆の腕は力強く、引っ張られる。


「みずぅぅぅ、ごほっ、ごほっ、みずをちょうだい」


「わかった。待ってろ」


 このまま無理に抑えようとしたら、今度は老婆の腕がひしゃげてしまうと思い、井戸へと走った。


 気合いを入れ、なんとか水を汲んだ俺様は、水を手で掬い老婆に突き出した。


「ふぅふぅふぅ」


「オマエはいったい?」


 老婆は水を飲み込むと、俺様の疑問に答える前に、気を失うように眠りについた。


「……なんだったんだ。クソ」


 これ以上、何も出来なかったので水を汲み直し、台所に戻った。


 台所に戻った俺様を、迎え入れたのは銀に煌めく剣を持った少女。


「入るなって、言ったわよね。私」


 冷たい表情と言葉。

 突然の事にバシャンと水を溢してしまうが、ルルシャンは動じない。


 どこから知っているのは分からないが、急いで起きたのだろう、少し服がはだけている。


「アレは、オマエの婆さんなのか?」


「どうしてそう思うの?」


「何度もオマエの名前を呼んでいたからな」


「……そう」


 老婆が話している内容に度々、ルルシャンの話題が上がっていた。

 近所に住んでいる子どもというより、もっと身内寄りの言動だった。


 ルルシャンは唇を少し噛んだかと思うと、剣を鞘に戻し、俺様の脇を横切った。


「着いてきて」



 連れられたのはルルシャンの家の裏手、少し丘になっている場所。


 そこからは家と、黒い小屋が見え、崖の端にルルシャンは腰掛けた。


「私のお婆ちゃん……病気なのよ。バードラエト病って知ってる?」


「いや」


「バードラエト病は幻覚を見せ自傷を促す病。お婆ちゃんは、元々弱ってたから、あの程度の傷で済んでいるけどね。それに最近は不思議と痛みがないみたい」


 痛みが無い? あんなに自傷しているのに?


「アレでマシなのか? 血が出てたぞ」


「そうよ。普通なら骨が見えるくらいまで爪を立て、抉るように引っ掻いて死ぬ。そして、引っ掻いている時だけは、幻覚が途切れる」


 ゴクリと唾を飲み込む。

 今聞いた話は、異能で病を防いでいた俺様にとっては縁遠く、何一つ知らなかった。


「それがこの集落で流行した。私は、たまたま母に連れられて、集落を出ていたから病気には感染しなかったけど、殆どの住人は死んだわ」


「おい、クソガキ、そんな所に俺様を連れて来たのか」


「今は大丈夫よ。偶然、その病が流行る気候だったのか、そういう毒を持った虫がいたのかは分からないけど、医者の調べで、安全は確認された。ま、そうは言っても、もう誰も来ないけどね」


 一つ合点がいった。

 守護神たる俺様が消えたのに、この集落にまで追っ手がこないのは、ここが廃棄された死の地だからなのだろう。


 病と共に煙たがられ、人の記憶から忘れ去られる場所。


 俺様がここを知っていれば、決して踏み入れることの無かっただろう。


「なんで、そんなにお金が必要なのかって聞いたことあったわよね?」


「私はお婆ちゃんの病気を治す為にお金を集めなければいけないの。病気を調べてくれた医者が言うには、目も眩むような大金があれば治せると言っていた。どんな方法かは教えてくれなかったけど、今は、それに頼るしかないの」


「だから私は、ピンチに陥っている人を探して命を救う代わりに大金を奪っている」


 心のどこかで善意を利用した下劣な方法だと、思っていそうな言葉だった。


「金は貯まりそうなのか?」


「分からない。でも、まだまだ時間は掛かると思う。もっとレアなモンスターを倒して換金出来れば……それこそドラゴンとかね。まぁどこにいるかも知らないけど」


 そう言う、ルルシャンの顔はどこか疲弊しているように思えた。


 ゴールのない船旅を独りで向かっているような、そんな顔。


 前に【守護神の剣技】の使い方を教えた際、モンスターを狩る効率が上がったと喜んでいたが、それでも足りなかったのだろう。


 俺様に異能さえあれば、なんとか出来ただろうが、今は何も出来ない。


 話終わると互いに無力感を感じ、その日は何も言えず寝床についた。


 その翌日の事。


 同じようにモンスターの素材を売りに街を訪れたのだが、その町はかつてない程に賑わっていた。


「なんだぁ? 騒がしいな」


 道の脇に人集りが複数出来ており、何やら話し合っていた。


 耳を立てると、聞こえて来たのはとある噂。


「おい、聞いたか、アレに出場すると、国が買えるほどの大金が手に入るらしいぜ」


「無理無理、俺達には何も出来ねぇって。運でどうこう出来るもんじゃないんだからよぉ」


 ルルシャンが人集りに声を掛けた。


「ねぇ、何かあったの?」


「ん? なんだぁ、アンタらまだ知らないのか?」


「————」


 酔った男の言葉は、当てのない船旅に大きな風をぶつけるものだった。



 少し時は巻き戻り、守護神リャクシェロンが失踪した翌日。

 王宮でウードラエッタ王の前に金髪の騎士ジーンは膝を突いていた。


「ジーンよ。まだリャクシェロン様は見つからないのか……」


「申し訳ありません。しかし、リャクシェロン様が全能力を使い、お姿を隠されようとなされたのであれば、我々には見つけ出す事など出来ません」


 この世全てのスキルを保有しているとは、そういうこと。

 『姿隠し』、『転移』、『気配喪失』。どれか一つでも、隠れ続けられそうなスキルであるのに、全てが使えてしまうのだ。


「うーむ。しかし、これ以上、セレモニーを延期し続けるのは難しいだろう。アレは守護神が威を見せつけ、民に安堵してもらうものなのだ。それが、大猪に負け、姿を眩ましたとあれば、民の不安も募るというもの……」


「なんとしてでも、リャクシェロン様を見つけ出します」


「ただ、万が一に備え、新しい守護神を見出すのも一つの手だと愚考致します」


「うむ。この件はジーンに任す。良きに計らえ」


「ははっ」


 しかし、ジーンの健闘虚しく、守護神が発見されることは無かった。



「リャクシェロン様、雲隠れ」

「新たな守護神、求む」

「闘技大会開催」


 酔った男が話していた内容を聞いた俺様達は、街に掲げられていた看板を見つめていた。


 書かれていたのは、ウードラエッタ王が直々に下した募集のチラシ。


 俺様的には、王が俺様を諦めてくれるのは歓迎すべきことなのだが、割とすぐに諦めたことも複雑に思えた。


「勝者には巨万の富を与えられる……これだ」


 ジッと看板を見つめていたルルシャンはそう呟いた。


「おい、クソガキ。まさか……やめておけ、オマエより強いやつなんてゴロゴロいるんだぞ。出ても、怪我するだけだ」


「でも、お婆ちゃんを助ける為には、これしかない」


 ルルシャンは、俺様に向き合い、


「私は、闘技大会に出場し、この国の守護神になる」


 元守護神にそう、宣言した。


「……クソガキ」


 ハッキリ言って、力不足で到底叶いっこない夢。

 人食い鬼がどう、飛竜がどうとか言っているレベルじゃ、絶対に守護神にはなれない。


 俺様だからこそ分かる現実。


「大丈夫、まだ時間はある。それに、考えも」


 無理だと止めようとしたが、ルルシャンは頑なだった。


「オジサン、これが最後のお願い。私の師匠になって」

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