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 歩いて数時間、太陽が顔を出した時、銀髪の少女ルルシャンの足が止まる。


 辿り着いたのは小さな集落だった。


「森の奥深くを彷徨っていたから、どんな辺鄙な場所に連れてかれるかと思ってたが……まさか、こんな場所に人里があるたぁ思わなかったぜ」


 1000年生きてようが、興味がなければ知らないことは多い。


 隠れ里のようなものか。

 ルルシャンが、こんな所に住んでいるとしたら、俺様を見たことが無いと言うのも仕方がない。


 家がポツリポツリとあるが、対して人の気配が無い。

 早朝だからかとも思ったが、それにしては物静かだ。


「それにしたって、木と家しかねぇ。飯屋くらいはあるんだろうな」


「ないわよ。そんなの……着いたわ。入って」


 ルルシャンは、その中の一つ、大きくもオンボロな家に入って行った。


 後を追い、その家の中へと入る。

 家の中は外観よりかは綺麗であり、生活感も見られる。


 ここまで来て分かったという訳ではないが、ここが恐らくルルシャンの家。


 今まで過ごして来た城とは大違いだ。


「ボロッちぃ家だなぁ、おい」


人喰い鬼(グール)のお腹の中よりは良い家だと思うわよ。もしお望みなら、狼人間(ワーウルフ)のお腹の中でも紹介してあげましょうか?」


 昨日の俺様の無様な姿を思い出しているのか、悪態に対し、クスクスと笑いながら返して来た。

 

「この家にあるものは何でも使っていいから」


「何でもって……そりゃあ、どういう?」


「あら、もう自分の使命を忘れたの? 召使さん」


 ルルシャンが俺様に剣を押し付けられながら、指を差す。


「掃除、皿洗い、洗濯、料理に剣の手入れ。やることはたくさんあるだろうから、頑張ってね。食事は2時間後くらいでいいわ。食材の倉庫はあっちね。井戸もあるけど、毎日使う分は、用意しとくわ」


「ちょっと待て、いくらなんでもやることが多すぎんだろ!」


「あぁ、あと絶対に、外の黒屋根の小屋には入ってこないでね。入ったら叩っ切るから」


「こんのガキぃ。話を聞けや!」


「……嫌なら逃げ出しても良いわよ。逃げて、逃げて、逃げて。一生、逃げ虫の人生を送るといいわ。次は人喰い鬼に襲われても助けないから」


 何度も言わせるなとばかりにジト目で見つけてくる。


「逃げ……逃げる? バカ言え。なんで俺様が、テメェ如きから逃げねぇといけねぇんだ」


「んじゃ、よろしく〜。私、寝るから起こさないでね〜」


 ルルシャンは俺様に構うことなく、そそくさと2階へと上がって行った。

 

「マジかよ。なんで俺様がこんな目に。ッチ、異能(スキル)さえありゃ、一瞬で終わらせられるってのに」


 守護神と生きて来た俺様が遂には、使用人にまで堕ちた。

 

そのことに虚しくなりつつも、言われた通り研磨剤を取りに物置に入ったが、何がどこにあるか分からない上に、乱雑に収納されていた。


「……こんなかを探すのか? 異能無しで?」


 この1000年、異能に頼った生活を送っていた為、普通の人が出来ることが高い高い壁に思えた。

 探し物なんて、何から手をつけたらいいか分からないし、家事なんてサッパリ。


「やってられっか」


 剣をポイと投げ捨て、物置を閉める。


 玄関に行き、外への扉のドアノブに手が掛かる。


 その時。

 逃げるの? というルルシャンの顔がチラつき、


『やっぱり。恩知らず。クズ。短気。能無し。ばーか』


 その顔に含まれている言葉が幻聴し、俺様の脳内は独りでに沸き立った。


「クソがぁきぃ! 見てろよ、度肝抜いてやる!」


 玄関の扉を殴り、元いた部屋に足を向けた。



「これがその結果? 確かに度肝は抜かれたわ。もちろん、悪い意味でね」


「箒は折るわ、皿は割るわ、服はシワクチャ、物置なんて扉が閉まらなくなってるし」


「……で、これが料理?」


 ダイニングのテーブルの上に置かれていたのは、黒焦げの塊。

 両手で持たないといけないくらい、ズッシリと重いソレは異臭を放っていた。


「何よ。コレ」


「俺様特製焼いた肉だ! そこらにある調味料と食材を全部混ぜて焼いたからな、マズいはずが……ねぇ」


「どんどん声小さくなってるじゃない」


 おかしい。

 俺様でも出来るだろうと、肉を焼いただけなのに、如何にもマズそう。


「今まで、どうやって生きて来たのよ」


「……まともに作ったことねぇんだから仕方ねぇだろ。文句言うなら食うな! 腹に収まりゃ味なんて関係ねぇんだ……ウッ」


 フォークで端を切り、勢いよく口へと運んだが、訪れたのは下をザラつかせ甘ったるい何か。


 雑草のような苦味の上から蜂蜜等の甘味を混ぜ、唐辛子そのものの味を引き立たせた、何か。


 それでも俺様は口に物体を押し込む。


 腹が減っていたというのもあるが、マズくないというのを見せつけるという見栄。


 ただ、俺様の姿を見ていた、ルルシャンは味に興味を惹かれたのか、少し千切って口に入れた。


「うげ、まず……また料理教えてあげるから、今度は、ちゃんと美味しいの作ってよね」


 互いに終始文句を言っていたが、互いにムキになったのかフォークを止める事なく、口へと運び、なんとか平らげた。


 味と量に軽く目眩がしながらも、食後ルルシャンの指示の元、皿洗いまで熟した。


 ルルシャンは、別に食事を作っていたが、食い足りなかったのだろうか。


 よく食うものだ。これなら、俺様の分も食わせれば良かった。


「とりあえず、お腹は膨れたし、行くとしますか」


「行くってどこにだよ」


「仕事よ、し、ご、と」


 説明もなくルルシャンは俺の腕を掴んで外に出た。



 つい昨日まで過ごしていた居城から、遠く離れた平原。

 だだっ広い草むらが、目の届かない所まで続いている。


「あちゃー、アテが外れたわね」


「この時間なら、護衛費ケチった商人が飛竜(ワイバーン)に襲われてると思ったのに。ざーんねん。ま、今回は追加報酬(ボーナス)は無しってことで」


 馬車が通れる程の土の道の上空を旋回していたのは、翼を生やした大きなトカゲ。

 緑の肌に固い鱗を纏い、翼から飛び出た爪で、空から獲物を狩るモンスター。


 体を低くして、ソレを眺めるルルシャン。


 その横に俺様は座らさせられていた。


「なんで俺様まで」


「当たり前でしょ。オジサンは私の召使。飛竜狩ったら、売れそうな素材を剥いで持って帰って売るんだから。荷物運び、分かるでしょ?」


「さっき家事やってやっただろうが。もうアレで貸し借り無しだろ」


「……あの惨状を作り出しておいて、よく言ったものね。帰ったら後片付けしなさいよね」


 ルルシャンの『仕事』の同行。

 彼女の家から腕を引っ張られ、連行された。


 道中に聞いた話だが、ルルシャンは、昨日俺を助けたように人助けによる金銭巻き上げと、どこぞの組合と連携し、モンスターを狩って卸すといった事をしているとのこと。


 この平原は、言ってみればルルシャンの仕事場。


「んじゃ、行ってくるから。そこでじっとしてなさい。後で飛竜の解体方法教えてあげる」


 そう言い残すと俺様の返事も聞かず、ルルシャンは立ち上がり飛竜へと駆けて行った。

 

 ルルシャンという明確な敵が現れると、飛竜は鳴き声を上げ、辺りで旋回している仲間を呼び寄せるが、その行動は一歩遅く、応援を呼ぶその声で断末魔が響かせた。


 中空で鳴いていた飛竜を、跳ねたルルシャンが縦に一閃。


 ただ、それだけ。


 飛竜が増えようと、ルルシャンの攻撃方法は変わらない。


 昨日見た優雅な剣術は影を潜め、乱雑なジャンプ斬りを繰り返す。


「おいおい、【守護神の剣技】はどうした? あんな無駄な動きの攻撃、俺様の技にはねぇぞ。気持ち悪ぃ」


「……異能を使ってない? 俺様が編み出した最強の剣技があるってのに」


「あのガキ、異能の使い方を知らないのか」


 遠巻きに見ていて、その結論に至った。


 そうとしか考えられない。そうでなければ、空中に飛んでいるとはいえ、時間を掛けて一体ずつ倒す理由にならない。


「豚に真珠。クソガキに俺様の剣技ってな」


 目の前で本来の使い方という物を見せつけてやりたいが、俺様にはもうあの異能は使えない。


 使う為の身体能力が致命的に足りず、見せつける為の武器も無かった。


 宝を持て余しているルルシャンを見ていると、段々、ストレスが溜まっていき。


「あぁ、じれったい」


 気づけば、身を隠していた草むらから飛び出し、今なお戦い続けているルルシャンの近くへと走っていた。


 飛竜が目と鼻の先の位置で、俺様は無様な戦い方をしている少女に声を掛ける。


「おい、クソガキ!」


「ッ、オジサン、どうしてこんな近くに。何してんのよ? 危ないわよ!」


「いいか。よぉく聞け! オマエの体の中に入っているっつう異能【守護神の剣技】には……」


「はぁ? 何? 何の話? いいから早くあっち行って、オジサン、飛竜に引っ掻かれたら死ぬって」


「いいや、退かない。その異能は俺様のもんだ。だからオマエが使うってなら、キチンと使わなきゃ、腹が立つ!」


「分かった、分かった。後で聞いてあげるから、今は!」


 ルルシャンは飛竜から目線を逸らさず、俺様を大声で説き伏せようとしていた。


 なので、俺様はそれ以上の大声で説得を試みる。


「オマエは異能を十全に使えてねぇんだよ! いいかまずは対空戦技の一つ。ファン・ビエーラ・アルビーレ・オルビスをだな」


「ちょっと、そんなに大きな声を出したら!」


 残っていた飛竜が一斉にこちらを見つめた。


 頭に血が昇っているのか、人食い鬼(グール)の時の様な恐怖はない。


 あるのは、なんとかして、ルルシャンにちゃんと異能を使わせることだけ。



「三体ぐらいなら、問題ねぇ! さっさと、斬撃を飛ばせ。腰を落として、右足で踏み込んで、剣を投げる気持ちぐらいで最後に引く!」


「そんなこと言われても、出せる訳ッ」


 ルルシャンは、飛竜を追いかけながら俺様の方へと接近していく。


 飛び跳ね、飛竜に剣を浴びせようとするが当たらない。


 そうこうしている内に、飛竜が俺様を攻撃しようと、


「いいからっ! 言う通りに動いてみろ! さっさとしねぇと、オマエのせいで」


「俺が死ぬ!」


「もう、どうにでもなれ! どりゃあああああ!」


 ルルシャンは、飛び跳ね切りを諦め、言われるがままに腰を落とし、剣を横に並んでいる飛竜目掛け振るった。


 すると剣先が描いた孤がそのまま刃と化し、三体の飛竜の体を切り刻んだ。


「えっ、嘘。本当に斬撃が飛んだ?」


「真っ二つって訳にはいかねぇか。クソガキぐらいの強さなら、こんなもんか」


 落ちた飛竜を見ながら呟く。


 それでも、飛竜に致命傷を与えた、紛れも無い俺様の剣技。


 その後継者は何とも頼りないが、認めるざるを得ないようだ。



 飛竜の素材を組合がある町で捌いた後。


「かんぱーい」


 俺様とルルシャンは、酒場で一杯引っ掛けていた。


 俺様は、念の為、フードで顔を隠しているが、まさかウードラエッタの民も大衆食堂に守護神がいると思わないだろう。


「まさか、1日でこんなにワイバーン狩れちゃうなんて……ね、どうして、このスキルの使い方分かったの?」


「だから、言ってんだろ。アレは俺様の異能なんだって。俺様の異能のことは俺が一番知ってんの」


「んー、よくわからないけど凄い!」


「ちったぁ、都会に出て、常識を学んできやがれ」


 ポカポカ笑顔で、ドリンクを飲むルルシャン。

 よっぽど収入が良かったのか、ややニヤケ面になっている。


「これなら臨時収入が無くても結構集まるかも」


「金集めてんなら、こんなとこで食事していていいのかよ?」


「大丈夫〜、ここは安くて美味しいから。それに誰かさんのせいで、一食分無かったようなものだから、これはその補充よ! お姉さん! これお代わり!」


 ルルシャンはジョッキを煽り、店員を呼び止める。


 出会った時に比べ、かなりテンションが高い。


 何かヤバいもんでも入ってたら、解毒系の異能無いしヤバいなと思い、俺様は少しずつ喉に通す。


「なぁ、クソガキ」


「ご主人様かルルシャン様って呼びなさいよ〜、オジサン……なによ?」


 美味しい食事も大半を食べ、少し場も盛り下がって来た所で、俺様は少し気になっていることを尋ねることにした。


「ずっと、カネ、カネ、言ってっけど、オマエ、そんなに金が必要なのかよ」


 俺様の疑問は、ルルシャンの表情を硬くさせるものだった。


 ルルシャンはジョッキの縁を指でなぞりながら、店員に声を掛け、会計を促す。


「オジサンは、知らなくて良いことよ」


 溜めて溜めて、ルルシャンはその答えしか返さなかった。


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