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 明日、大猪と再戦する。

 この事実を前に、俺様はなんとか異能(スキル)を取り戻す手立ては無いかと、頭を捻った。


 その間、部屋で閉じこもっていたので、城のメイドによって何度か食事が運ばれてきたのだが、腹は減っても料理は喉を通らなかった。


 そして、無情にも時は経ち夜になると、段々、大猪との再戦が迫ってきた事の実感が湧き出し、俺様は一つの決断を行うこととなった。


 それは、


「はっ、はっ、はっ、はっ」


 息を乱し、夜に紛れ、森を駆ける。


「ウードラエッタの守護神としての責務? 約束された勝利? 王の命令? はっ、知るかよ! こんな状態で誰が好き好んであんなクソ猪と戦うっての!」


 焦っていた中、思いついた打開策は、逃亡だった。


 豪華絢爛の生活も、色とりどりの美女も、国民全員から受ける敬意も、

 国を守る守護神としての責任と一緒に捨てた。


 何よりも、自分の命を優先した結果。


 誰かでは自分を守るという選択。


「俺様が無能に堕ちたとバレりゃあ、どんな目に合わされるか分かったもんじゃねぇ。遠くへ行かねぇと。俺様の事を知らない所まで、遠くへ」


 路銀とばかりに、今までの蓄えから宝石類だけを布に入れ腰に下げた。

 服も身を隠す為、比較的安価なものに変えた。

 いざという時の為に国宝の名剣も持ち出した。


 計画は完璧。

 だから、今は泥に塗れようとも、ただただ前へと走る。


 【俊足】も【飛翔】も【転移】も出来ない。

 まともに使っていない生身の足に鞭を打つ。


 地面の泥濘に足が絡れ、倒れ込む。


「ッチ、クソが! なんでウードラエッタの守護神である俺様が、こんな目に」


 異能が無いだけで、この体たらく。

 疲れを感じることも、どこか怪我をすることも、命の危機を覚えることも無かった。

 だから、こんな状況はそれこそ、千年も前くらい。

 記憶にも残っていない、人として生きていた日々以来。


 悪態を吐きながら、体を起こす。


 目を前に向けると、人影が見えた。

 咄嗟に身を近くの木に隠し、その人影が過ぎ去るのを待つ。


 体格は大きくなさそうだ。子どもぐらい?


「こんなド深夜にウロチョロしてんじゃねぇよ。さっさと帰ってクソして寝ろや」


 注意深く観察していると、その人影は少し不自然に感じた。


 まず、歩きが変。真っ直ぐではなく、こうウロウロとしたように彷徨っている。

 次に背中を少し曲げ、手をブラブラと揺らしている。

 極め付けは首の角度、縦ではなく傾げたように斜めで動き続けているのだ。


 気味が悪いので声を出して追い払おうと思ったその時、月明かりが、その人影を照らした。


「……人喰い鬼(グール)


 爛れた皮膚に、鋭い歯と尖った爪。

 人を喰う為に磨いたであろう凶器とかした身体。

 瞳に色は無く、操られた人形のように当てもなく動いている。


 人型のモンスター。

 

 その正体が判明するや否や、俺は腰に下げていた剣の柄を握る。


「クソ、邪魔だな。一匹くらいなら、やれるか」


 所詮、人を喰う為に動く人型死体のようなもの。

 殺しに特化した歯も爪も、当たらなければどうということはない。

 剣もある。何も問題ない。


 勝てる事を確信してから、木の影から身を出し、人喰い鬼へと駆けた。


「ダァァァァ、くたばれ!!」


 今まで身体能力を異能に頼っていたので、夢で大剣を振るったような筋力は無い。

 ダサいと思っていた掛け声も、今は剣に力を乗せる為の要素。


 俺様が近付いていたことに反応が遅れた人喰い鬼の体は、俺の剣によって裂かれた。

 真っ二つとまではいかないが、致命的なダメージだろう。


 人喰い鬼は一歩、二歩と後ずさったので、追い討ちをかけるように蹴り飛ばし、倒れた体に剣を突き刺した。


「雑魚が、ざまぁみやがれ」


 人喰い鬼が動かなくなったのを確認して、再度、体を蹴る。


「はっ、異能が無くても意外とやれんじゃねぇか。これなら、逃げなくてもクソ猪ぐらい片付けられたかもな」


 湧き上がる自信。

 だが、再度あの大猪の図体を思い出して身を震わせる。


 剣技でどうこう出来るレベルじゃない。


 人喰い鬼を一瞥し、剣を鞘に戻した。

 そして、再度逃亡を続ける為に、一歩足を動かした。


 その瞬間。

 肩を抉るような痛みがズシリとした重みと共に訪れた。


「ぁぁぁぁあ!!」


 咄嗟に肩を見つめると、人喰い鬼の顔があった。


 そしてその口から汚らしい尖った歯が、肩に食いついていた。


「ふっざけんなぁ、クソが!」


 体を何度も揺らし、無理矢理人喰い鬼を引き剥がす。


 倒した人喰い鬼が死んでいなかった? 

 違う。ソレはまだ寝そべっている。


 完全に別個体。

 新たな人喰い鬼が近付いていることに気づかなかった。


 油断? それもあるが、普段なら異能で敵の接近を感知していたのだ。

 だから警戒をするという当たり前のことが出来なかった。


 立ち上がる人喰い鬼に目を向けていると、新たな発見が。


「いってぇ……おいおい、嘘だろ」


 1、2、3……4、複数の人喰い鬼が出現していた。


 人喰い鬼の群れ。

 倒した一体は、その群れのたかが一体に過ぎなかったようだ。


 記憶に残っている情報として、一体一体は大したことがない。

 が、群れになると話が変わってくる。


 痛みに鈍感な人喰い鬼共は、剣を叩き込もうが怯むことなく応戦してくる。なんだったら、胸を貫かれたまま、敵の体に纏わりつき、仲間に自分ごと敵を殺す。


 それに先程と違って、不意打ちが出来ない。


「異能を失った凡人は、クタバレってかぁ? おい!」


 体が自然と震え、引き抜こうとした剣の柄を握る手に力が入らない。


 生まれて感じる死への恐怖。


 額を流れる汗が、氷のように冷たく感じた。


「死ぬ? この俺様が? こんな雑魚共の手で? ふざけんな、俺はこの世全てを得たウードラエッタの守護神だぞ!」


 声を荒げるが、人喰い鬼はジリジリと詰め寄ってくる。

 逃げようにも行き手を塞ぐ様に別の人喰い鬼が壁を作っている。


 絶体絶命のピンチの中、思い起こしたのは一つの事実。


「いや、死なねぇ。俺はあのクソ猪に突き飛ばされても生きてたじゃねぇか」


「ははっ、そうだ。そうだった! 今はテメェらに好きにされたとしてもなぁ、後でぶっ飛ばしてやる! 覚悟しておけ!」


 思い出したのは大猪に轢かれても生きていたという事実。

 命を守るスキルが何か残っているかもしれないという可能性に縋るしか、他に道は無かった。


 呻き声を上げながら、迫る人喰い鬼。

 あの尖った歯が、鋭い爪が、皮膚を先、己が体に突き刺さることを想像すると、頭を恐怖で染め上げた。


 もしかしたら助かるかもしれないという唯一の頼みの綱がプッツリと切れた。


 自然に足がガタガタと揺れ、歯を軋む。


「嫌だ。痛いのは嫌だ。死にたく無い。俺様がこんなとこで死んでいい訳がねぇ。今まで沢山の人を救ってやったんだ。誰か助けろよ! 王! ジーン! …………誰か、助け」


 怖さで動かなくなった足を諦め、這う様に俺を食おうとする人喰い鬼から逃げる。


 情けなく、みっともなく、哀れな逃げ方。


 もう守護神としてのプライドも、全てのスキル持っていたという強がりも無い。

 ここにいるのはモンスターに怯える一人の只人。


 人喰い鬼の手が俺の足を掴み、体が引き摺られる。

 地面を掴もうと爪を立てるが人喰い鬼の斥力は最も簡単に俺様を引っ張った。


 そして、人喰い鬼が集まり、その口が大きく開いた。


「死ッッッ…………」

 

 夢で大猪に食べられたのは、正夢だったようだ。

 生温かい液体を纏った口が俺の首元へと。


「————いいわよ。助けてあげる」


 その声が聞こえてきたと感じた瞬間、俺様に馬乗りになっていた人喰い鬼を両断した。


 血と思える液体が顔面に掛かる。


 それを拭いながら、声の方へ顔を向ける。


「ちょっと待ってなさい」


 背を向け立っていたのは。


「女のガキ?」


 月明かりに照らされていたのは人。

 背丈は低いが人喰い鬼ではなく、髪は銀に輝きながら長く棚引いていた。


 その人物は呟いた後、駆け始め、人喰い鬼へと攻撃を仕掛けた。


 少女と人喰い鬼がすれ違えば、人喰い鬼の体が裂けたように斬られ。

 彼女の剣が横に薙げば、二体の人喰い鬼の体が胴を分つ。

 

 少女は次々と人喰い鬼を切り倒していく。


 煌めく閃光の如し。

 豪剣にして、正確無比の一撃。

 まるで、舞のように思える芸術のような剣技。


「これは……いや、間違いねぇ」


 少女が剣を振るう度に俺様は一つの推測を確信に変える。


 俺様は、少女が振るった荒削りの力を知っていた。


 ごくごく最近、それこそ夢で見た。


「……【守護神の剣技】」


 いくつかの剣技系の異能を組み合わせて編み出した、俺様だけのオリジナルスキル。


 誰にも教えたこともないし、使える人間が俺様以外にいてはならないもの。


「なんで、俺様の異能を、このガキが使ってやがるんだ」


 しかし、何度見ても、少女が振るう異能は見覚えのあるものだった。


「とうっ。大丈夫? 怪我してない? こんな夜に森に出歩いてるから、人喰い鬼になんかに襲われるのよ。次からは気をつけることね」


「おい、その剣技。それは……なんだ! どこで手に入れた!」


 剣の血を払いながら近付いて来た少女に掴み掛かる。

 

 助けてくれた感謝ではなく、嫉妬に近い黒い感情だった。


「会って早々、何なの。貴方。先に言う事が……」


「——いいから、質問に答えろ!」


「……剣技なんて我流だけど」

「そんなはずない。ソレは我流でどうこう出来るもんじゃねぇ!」


「ああ、もしかして異能のことを言っているの? 私もよく分からないんだけど、昨日の昼間だったかな。空に急に青い星が現れたと思ったら瞬いて、いくつかに分かれると、その中の一つが体の中に入ってきたの」


「そうしたら、急に剣の腕が上がったってわけ。はぁ、これでいい?」


 少女は俺を掴み掛かった俺を簡単に突き飛ばし、そう答えた。


「それだ! その他の青い星はどこに落ちた!」


「知らないわよ。光は一瞬だったし、私は私で変な感じだったから、他の星がどこに行ったかなんて気にしてられる訳ないでしょ」


「俺様の異能を盗ってバラ撒いた? クソっ、何がどうなってんだ」


「返せ! それは俺のモンだ」


「……どうやって?」


「どうやってて、そりゃあ……」


 何も思いつかない。

 異能は突然芽生えたり、自身の技能が形となるもの。

 人から人に渡せるようなものではない。


「それじゃあ、俺様の異能はもう戻ってこない?」


 足から崩れ落ちる。

 今の状況が病気の様なもので、時間が経てば、勝手に戻ってくるなんて思ってもいたが、そんなことは未来永劫訪れない事を理解した。


「結局、逃げるしかねぇのか」


「それはそうと、オジサン、助けてあげたんだから、お礼の一つもないの?」


「は? あー、はいはい。ありがとう、ありがとう。ガキはさっさと家に帰って寝ろ。俺様のことは忘れろ。分かったな、さ、行け」


 少女を追い払うように手を払うが、少女は怒り筋を浮かべたまま俺様の前に立ち続けた。


「なんだよ。もういいだろぉが」


「違う、違う。オジサン、常識ないの? 命を救ってあげたんだから、渡す物なんてお金に決まってるでしょ」


「……ッチ。わかった、わかった」


 普段ならこんな風にガメつい少女にくれてやる金なんてないが、今は独りになりたい。


 仕方なく、腰に下げていた宝石が入った麻袋に手を伸ばす。


「………………無い。なんも入ってねぇ」


 あったのは虚空。

 中にギッシリと入っていた宝石の数々は姿を消していた。


 落とした? いつ?

 走って逃げている時? 人喰い鬼に襲われている時?


 心当たりが多すぎる。

 チラッと辺りを見渡すがソレらしいものは無かった。


「文無しだ。諦めろ、だからさっさと、どっか行け」


 そう言い返し、少女に背を向け逃走を再開しようとしたのだが、


 腕は少女にガッシリと掴まれていた。


「じゃあ、オジサンは今日から私の召使ね。命を助けてあげた分しっかり働いてね」


 ニコッと微笑む少女。


「こ、この俺様が、召使だと?」


「そうよ」


「まて、まて、まて。どうしてそうなる」


「料理屋さんで、お金ないのに、ご飯食べちゃったら、働いて返すって話があるでしょ。それと同じよ。体で払って返しなさい」


 逃げようとするが、少女の手を振り解けない。

 下手したら人喰い鬼ぐらいの筋力があるんじゃないだろうか。


「この俺様を誰だと思って言っている!」


「えっ? 知らないけど?」


「知らない? この俺様を? ウードラエッタの民なのに?」


「人食い鬼に襲われて、泣いちゃった、ただのオジサンでしょ。そうじゃないと言うなら、後学の為にも浅学の少女に教えてくださるかしら?」


「いいだろう。耳を闊歩じって、脳に叩き込め。俺様は……ッ」


 守護神。

 その単語が口から出てこなかった。


 大猪に負け、人喰い鬼に喰われかけ、国を捨てて逃げようとした俺様が守護神?


 そんな馬鹿なことは、口が裂けても言えなかった。


「何者でもないじゃない。まぁいいわ。私はルルシャン。これからよろしくね、召使さん」


 銀髪の少女は、月明かりに照らされながら、そう名乗った。


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