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とある王国の中心地、とある場所で、
その日、全国民が熱狂していた。
どんな音さえも掻き消すと思えるほどの歓声。
その場所は闘技場。
丸く大きく、国中の人が入れると思えるほど客席があり、そこでは度々王国の催し物が行われていた。
暑苦しい熱気を放つ太陽の下、その観客席は満員。
観客の多くが額に汗を流し始めた時、催し物の幕が上がった。
「ご来場の皆々様! 大変ながらく、お待たせいたしました!」
闘技場の中心に現れた男の声で、歓声は静まり返る。
その男はピエロのように派手な格好で、声を風に乗せ、観客に語りかける。
「ウードラエッタ王国建国から1200年。我らは無事、この節目の年を迎えることが出来ました。これも我々が敬愛する王の一族の統治があってこそです。今一度、感謝をお伝え致します」
「さて皆々様、絶対の勝利を見届ける準備は、よろしいでしょうか? 今から行われるのは、10年に1度、我らウードラエッタの民が、この恒久の平和を誰の手によって享受しているのかを理解する為、行われる戦いの祭典でございます!」
「例年では名乗りを挙げた勇者達との模擬戦でありましたが、今回は第100回目の節目。それに相応しい相手を命懸けで捕まえて参りました」
「それでは、今回の相手役の登場です! いでよ、暴力の化身カリュドォォォーン!!」
闘技場の端、二つある入場ゲートの一つから大きな音を響かさせて現れたのは猪。
狩猟の民が弓で射て、肉を食べたり皮を剥いだりする猪。
されど、この猪、普通ではない。
「肉食獣のような歯、剣が突き刺さらないくらい硬い皮、岩をも砕くパワーもさることながら」
「特に注目して頂きたいのが、この大きさ! 足は巨木のように太く、口から生えた牙は城の門であろうが、こじ開けられるような兵器とも言えるでしょう」
「この体で突進なんか喰らったと想像するだけで、それはもう、恐ろしい。我が国が誇る英雄達でさえ、尻込みしてしまう程です」
司会の男は全身を使い大猪の恐ろしさを観衆に訴える。
暴れないよう沢山の巨漢の男達が猪を縛る鎖を持っている様子からも、猪が踏み抜いた地面が大きく凹んでいる事も、大猪の毛に付着している夥しい血痕からも、この大猪が只者ではないのを観衆達は理解する。
司会の男は大猪からゆっくりと目を離し、両手を上げ、斜め上に向き立つ。
大きく息を整え、声を更に大きく吐き始める。
「この怒り狂った力の塊に挑むのは、皆様お馴染み」
「この世全ての異能を手に入れたと言われた、あの男」
「国を滅ぼさんとする悪鬼を蹴散らし、晴れが続き凶作に苦しんだ村に恵みの雨を降らせ、眠いからという理由だけで太陽が昇るのを止めたという。正に生きる神話。正に伝説」
「そして今日が誕生日! この国に来て1000歳の節目の日。今宵のセレモニーの主役」
「それでは登場して頂きましょう」
「我らが絶対的守護神!」
「リャクシェェェェェェェローーーーーーン!」
司会の男の声と共に、観客の視線が一点に集中した。
コロシアムを見下ろすように作られた貴賓席。
そこにいたのはライオンのタテガミのようにフサフサと、大量の髪を持つ男がいた。
口髭顎髭が薄く広がり、上品さもある濃い顔は威圧感も兼ね備え。
肌触りの良さそうな豪華な服の下には無駄の無い筋肉を浮かべている。
周りには美女を侍らせ、目の前には一般人の月給程の高価な食事が少しずつ手が付けられていた。
王様とも思える待遇。
しかし王でなく、貴族でも豪商でも無い。
そうこの男の名こそ、リャクシェロン。
その国で、守護神と崇められている男であった。
人の身で神と呼ばれるまでに至った偉人。
「行ってくる」
闘技場で待つ観衆の歓声が人一倍大きくなったのを受け、守護神はゆったりと腰を上げた。
横に座っていた美女達からキスを頬に貰い、一歩前に出る。
守護神の目に入ってきたのは歓声の波を生み出している幾万もの観客達。
守護神は歩みは止まる事なく、天高くにある貴賓室から宙に一歩踏み出した。
【落下制御】【浮遊】【身体強化】
頭で思い浮かべる前に自動で発動する異能の数々。
天使が降臨するが如く、柔らかく守護神は闘技場の砂の上へと降り立った。
「待たせたな、ウードラエッタの民よ。この俺様がいる限り、この国は永久に不滅だ。俺様の誕生を祝いつつ、今日は飲み食い笑い、好きに楽しむが良い」
声を張りあげる事もなく、異能で自身の声を観客一人一人に聞こえやすい音で伝える。
その言葉で一際大きくなる歓声に守護神は手を挙げ、観客に応えていた。
司会の男は大猪を守護神と向かい合うように指示を出した後、駆け足で恐る恐る守護神の側に寄った。
「準備はよろしいでしょうか」
「あぁ、いつでも構わないぜ」
「流石、我らが守護神。余裕があります。でも私が離れるまで待ってくださいね」
「待てよ。送ってやる」
【座標把握】【転移】【付与】
守護神は自身が座っていた貴賓席に司会を移動させる。
突然現れた司会の男に、神と崇められる男を見守っていた女性達が驚く。
「おおっ、これはビックリ。こんなことも出来るとは、正に全てを手に入れたと言っても過言ではない。それでは改めまして、これより、始めさせて頂きます!」
司会の男は興奮しながらも、言葉を会場へと投げる。
コロシアムの熱狂は最高潮。
『レディー、ファイト!』
司会の男の合図で、魔猪に絡みついていた鎖が解かれた。
大猪を縛っていた男達は暴れている大猪に吹き飛ばされつつも、なんとか防壁の内へと逃げ伸びた。
周りにいた煩わしい存在が消えた事で、大猪の瞳が捉えたのは目の前で不遜に自身を見つめる一人の男。
今の今まで縛られていたストレスもあるのだろう。大猪は次の標的へと、即座に突進を開始した。
「さーてと、どう調理してやるか」
山が突っ込んでくると言えるほどの巨体を前に悠々思考する守護神。
大猪がどう足掻こうと守護神の異能群の前では、象とアリと同じ。
天地がひっくり返っても、守護神にはダメージが入らない。
それが分かっているからの余裕、彼が考えてるのは無限に近い異能から、映えるスキルをピックアップすること。
約束された勝利である以上、後はどう勝つか。
剣を生成し一刀両断するも良し、魔法で火に掛け丸焼きにするも良し、小さくさせ踏み潰すのも良し。
守護神である彼は、このセレモニーに於いてはエンターテイナーでもあった。
「よし、決めた」
「おい雑魚。この腕に触れた瞬間、オマエ丸焼きな」
守護神は右腕をただ前に伸ばし、大猪の突進を待つことにした。
絶対の勝利、必然の圧倒、確定した未来。
この闘技場にいる誰もがそれを思い浮かべ、勝利の祝いを挙げる準備をしていた。
太陽が一番高い位置に登った、その瞬間だった。
『全スキルの有効期限が切れました。これより消去作業に入ります』
守護神の脳に響いたのは生気の籠っていない無機質な声。
「あぁ?」
『【肉体強化】、消去……【浮遊】、消去……【守護神の剣技】、消去……【空間収納】、消去……【不変】、消去……【自動反射】、消去……【鋼鉄再構成】、消去……【転移】、消去……【炎の上級魔法】、消去……【複製】、消去……【痛覚緩和】、消去……【危機感知】、消去……【勇敢】、消去……』
「おい、何を言って」
『……【不死身】、消去。以上にて、個体名リャクシェロンに付与された、全スキルの消去が完了しました』
聞き取れない程の速さで頭の中に鳴り響く文字の羅列。
神と崇められた男に、その言葉の意味を考える暇などなく、
迫り来る魔猪の突撃に、轢かれ、意識を失った。
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