6、クローゼットの中には……(冬)
「いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい!!」
泣きながら絶叫する私と、真っ赤に染まる包丁。
好きな人の隣で毎晩同じ悪夢を見る。
〈過去〉四季先生の自宅 2月2日 朝 冬華視点
私は要ちゃんの部屋で掃除機を走らせる。
要ちゃんがコーヒーを飲もうとして、カップを落とし割ってしまったのでその片付けをしている。
全く、朝っぱらからカップを割っちゃうなんて……
「…………」
なんて可愛いんだろう!
恋愛っていいな。本来ならめんどくさいと思う出来事も、愛おしく思えるなんて!
私はニコニコと掃除機を走らせた。
「じゃあ……すぐに」
一方、要ちゃんは私に掃除を任せて、リビングで誰かと通話しているみたいだ。
そして電話が終わったのか、玄関へ向かっていく。
急いでいるように見える。
「冬華、ちょっと出かけてくる」
どこ行くの?と首をかしげる。
「ああ、ちょっとな。コートをとってきてくれ」
私はデジタル時計に目を落とす。
2月2日(土)と表示されているのを確認したのち、私はホワイトボードを手に取る。
“病院の日だっけ?”
「いや違う。ちょっと待たせているから」
“誰かと会うの?”
「いや、大丈夫だから。早くコートを頼む」
歯切れが悪い。何か隠してるように感じた。
少し不安になるも、私はコートを持って来て袖を通すお手伝いをした。信じてるからだ。
“いってらっしゃい。テストの丸つけやっておこうか?”
「ああ、いつも助かるよ。いってきます」
私は要ちゃんを見送った。
ドアが閉まった瞬間にもう“おかえりなさい”とホワイトボードに書いた。
早く帰って来てほしいという寂しさがそうさせた。
「……!」
外から雨の音がする。
あれ?そういえば昨日から要ちゃん、洗濯物干したままじゃない?
洗濯物を干すことは家の外の仕事なので、要ちゃんの担当だがそうも言ってられない。
私はベランダに出て、ずぶぬれの洗濯物を取り込んだ。
『ニュースシーズンの時間です』
いつものようにテレビからニュースを垂れ流す。
洗濯物は洗い直しだ。追加で洗う物はなかったかと要ちゃんの寝室である洋室に入った時に気づいた。
開けるなと言われていたクローゼットが開きっぱなしになっていた……
「……」
中を見てはいけないルール。だが気になる。
ただよく考えたら洗濯物のルールを破ってしまった私だ。
どうせ怒られるなら、と魔が差し……
「……」
中を覗くと、茶封筒があった。
何だろう?中身を摘み出してみると……
「……!?」
婚姻届という文字が見える!!
急いで茶封筒に戻し、きょろきょろとしてしまう。
「………………」
しばらく、フリーズしてしまった。
何でこんなの隠してるの?
まさか、誰かと結婚しようとしている?
誰と?
決まってるじゃん!私だ!
私に決まっている!だって同棲してるんだもん!
きっとサプライズでプロポーズしようとしていたから、開けちゃダメなんて子供みたいなこと言ってたんだ。
嬉しさを孕みながら、再度婚姻届を広げてみると……
「……っ」
婚姻届の“夫となる者”の名前には既に要ちゃんの名前が書かれている!
その隣の“妻となる者”の欄は……
「………………」
まだ空白だ。
つまりいつかここに名前を書いてくれと言われる日が来るんだ。
私は、婚姻届を抱きながら小躍りしてしまう。
何だ、ちゃんと考えてくれてたんだ。よかった。
ガチャガチャ!
玄関からノブをまわす音が聞こえ、急いで寝室から飛び出す。
やばい!もう帰ってきたの?
ガチャガチャガチャガチャ!
ノブは依然回されている。しかも乱暴に。
要ちゃんではないと、音が告げていた。
誰……?
恐怖を感じながら、玄関をただ見つめる。
音がしなくなってから数十秒。恐る恐る覗き穴へ目を近づけた。
「……」
誰もいなかった。何だったのか?
ドアを開けて周囲を確認しようかと思ったが、手を止める。
ドアの脇に侵入者がひそんでいる姿を想像し、恐怖した。
パリン!
今度はベランダから何かが割れた音。
音の方へ向かうと……
「!!」
お皿ほどに割られたベランダ戸のガラス。
割れた穴から手が入ってきて、内鍵をまわそうとしていた。
恐怖。私はとっさにキッチンの包丁を掴む。
そして要ちゃんの寝室に逃げ込み、クローゼットの中に隠れた。
誰?不法侵入だよね?ここ2階だよ?何で要ちゃんのいない時に!
耳を澄ますと、ベランダの戸がガラガラと開けられた音とともに足音が聞こえる。
『先日逮捕された兄弟、六田秀康と六田武光の供述はーー』
テレビの音が消された。侵入者も音に集中するために消したとわかり汗が落ちる。
「はぁ……はぁ……」
侵入者の息遣いが、近づいてくる。
体が震え、自分の心音が大きく聞こえる。相手に聞こえてしまいそうでさらに恐怖が増す。
「間取りは同じ……どこに隠れた」
寝室の、木目の扉がキィィと開く。
私はクローゼットの隙間の光に目を細めた。
隙間から、まず目に飛び込んできたのは侵入者が握る包丁だった!
そして……
「……!」
相手の顔を見て凍り付く。こ、殺される!
そう思った矢先、持ってたスマホがピコンと鳴ってしまう。
“亜希さんから新着メッセージ”とのんきに書いてあった。
「その中か」
足音が近づく。
助けて!要ちゃん!
心で叫ぶ。
そして……
ガチ……ガチャ……
玄関の方から、鍵穴と鍵の鳴らす金属音。
私はすぐに理解する。いつも聞き慣れた要ちゃんが帰って来た音だった。
それに対して侵入者は寝室の扉をそっと閉め、包丁を構えながら息を潜めた。
〈現在〉余興 四季要一視点
「お次は、余興の時間でーす!」
司会の女性はテンションのギアを上げてきた。何だ何だと盛り上がる中、俺は頭を抱えた。
結婚式の催しで一番憂鬱なイベントだったからだ。
「余興として簡単なゲームを用意しました。今から新郎と新婦に相手の好きなところを交互に答えていただきます。
先に詰まってしまった方が負けというルールで、どっちが勝つのか参列者のみなさまに予想していただきます」
ひゅーと場が盛り上がる。
「自分の名前を書いたカードを、勝つと思った方のBETボックスに入れて下さい」
司会の女性が実演しながら説明する。
「見事的中させた方の中から抽選で豪華引き出物を贈呈させていただきます!」
各テーブルで、参列者が新郎新婦を見比べ相談している。やがてみんなBETボックスに歩き出す。
「わたくし先生に入れましたので、負けないで下さいね。魂入れてファイト!」
と、顧問する部活の生徒にすら喝を入れられる始末。
「みなさん、投票はお済みですか?それでは先行は新郎です!
さあ、どちらが相手をより愛しているのか!ゲームスタートです!」
「えっと、そうですね……まあ最初にいいなと思ったところは、この子の賢いところですかね」
あら〜とおばさんの歓声。思ったより照れくさいぞ。
「私の番ですね。私が最初にいいなと思ったところは……そうですね。家から近かったところです」
バイト先か!と芸人のつっこみに笑いが起きる。
「次、新郎お願いします」
「はい、こういうボケるところもあるというか……特にこの子のつっこみは面白くて好きです」
「じゃあ次は私ですね。いつも同じ寝癖があるところです!ほら、今日も!可愛いでしょ?」
笑いが起きる。
「次、俺ですね。えっと、こう見えて麻雀がめちゃくちゃ強いんですよ」
「麻雀でぼこぼこにしても怒らないところです」
「えーっと……足が速いところも好きですかね。追いつけないです」
小学生か!と茶化されてしまう。
「一途なところです。私以外と交際経験がないところが可愛いなと」
「さっきから俺だけ悪口じゃないですか?」
笑いが起きた。司会の女性すら笑っていた。
「新郎のターンですよ」
「……えー」
「5……4……3」
「あ……では、この子の適応能力が好きです。そこが一番好きで尊敬しているところです」
ネタ切れですかな、と校長先生に呆れられるも俺は真剣だった。
「じゃあ私も、一番好きなところを伝えますね。一番好きなところは、最初に好きになったきっかけでもあります」
いつのまにかこの子も真剣な表情を作っていた。
「それは、私が殺されかけている時に命を懸けて助けに来てくれたことです」
「……いやーやはり勝者は新婦でしたね。のちの当選者発表をお待ち下さい。
そうですねー……せっかくですから、参列者の方にインタビューしてみましょうか。あなたはどっちに賭けましたか?
……春名さん」




