3、通り魔に刺されやすい場所(冬)
通り魔に刺されやすい場所に傾向があると知ってますか?
街灯の少ない道か?それとも人通りのない建物の隙間か?
被害者達は統計データとなり教えてくれています。それは……
〈過去〉四季先生の自宅 冬華視点
『ロン!』
オンラインゲームにそう叫ばせた途端、劣勢だった相手から切断された。
チャットで「運ゲー」と捨て台詞を残される中、私は口角を上げる。
ふっふっふ!
確かに麻雀において、勝つことは運だが実力で負けを引かないことは出来るんだよ。
そう。弱者は敗因を運だと怒り、強者は敗者にそう錯覚させるものなのさ!ははは!
「……」
せっかくの勝利の笑いは、笑い声にはならなかった。
さて、いつまでも遊んでいられない。家事をするために長袖をまくった。
私は専業主婦のような立ち位置だが、それでも要ちゃんは家事を分担してくれている。
ただ普通の家と違い、分担が少し異質だと言われそうだ。
私の担当は家の中、要ちゃんが家の外という割り振り。
ゴミ捨てに例えると、家中のゴミをまとめて袋に詰めるのは私だが、それをゴミ捨て場に運ぶのは要ちゃんということだ。
理由は単純「私は外出を禁止されている」から自然とこう棲み分けるしかない。
「……」
今日は切れた電球を交換しろと指示されている。
私はリビングの椅子を要ちゃんの寝室に運び、その上に立つ。
「……っ!」
電球に向け左手を伸ばした瞬間、バランスを崩し椅子から落ちてしまった。
いたたとお尻をさする。
慣れていないとこうなるか。ただどんな力仕事も要ちゃんのためならがんばれる。
もう一度!と背伸びし、何とか新品の電球をとりつけた。
新しい光が寝室を白く照らし、私は満足した。
「……」
よし、これで寝室の仕事は終わり!
と思いながらも、ふと寝室にあるクローゼットに目を向ける。
“俺の寝室のクローゼットは絶対に開けるな”
要ちゃんに告げられたもうひとつのルールを思い出す。
要ちゃんが決めたルールは守らなければならないとわかりながらも、彼が家にいない時はついその真意を確かめたくなる。
少し重い雰囲気を纏うクローゼットの戸に一歩近づいた。
何が入っているんだろう。
「……!」
それを制止するかのごとく、スマホが鳴った。
驚きながら届いたメッセージを読む。
親友の“亜希”からだった。
“4チャンネル観て!大至急!”って書いてあった。
理由もわからず私はリビングへ走ってみた。
そしてテレビをつける。
『本日のゲストは新人漫才師の“見猿・聞か猿”のお二人です』
『どうもー!みなさん、初めましてー!』
「……っ」
ひっそりと応援してきた人がテレビの中にいる感動を知った。
涙ぐみ、両手で口を覆った。
ピンポーン……
そんなせっかくの感動をチャイムが遮った。
こんな時に宅配かな?と、玄関に歩むと……
ドンドンドン!
扉を何度も叩く音。
覗き穴を覗くと、怒った管理人さんが拳を握っていた。
「ちょっとー四季さん!お話があるんで出て来てください」
どうしよう……私は姿を見られるわけにはいかない。
「四季さん!物音してたし、今ドアの前にいるんでしょう?開けてくださいよ!」
ま、まずい!どうすれば……
「ちょっと!せめて何か言ったらどうなんですか!」
私は咄嗟に、チラシの裏に文字を書いて郵便受けから外に出した。
「何このチラシ?えーっと……
“今、風邪ひいていて声が出ないんです。どうしました?”
あーそれは失礼。じゃあこのまま要件だけ伝えても?」
良かった!私はうんうんと頷いた。
「上の階のね、3階の入居者さんから苦情が来てますよ!
最近、生活音がうるさいって。何をしてるか知らないけど、静かに出来ませんかね?」
さっき椅子から落ちた音?それともドタドタ走った方かな?
そういえば、昨日も要ちゃんの言いつけでウォーターサーバーの水を交換してたら、重くて一度落としてしまい大きな物音を出してしまった!……心当たりが多すぎる。
「最近、うちのマンション色々物騒でしょ?いわくつきだとか言われても困るんですよ」
“何かありましたっけ?”とさらにチラシを送る。
「もう!読んでくれてないんですか?ほら、まさにこのチラシですよ」
穴から覗くと、私が文字を書いたチラシの表面を見せている。「不審者情報!」と見出しが書かれていた。
「この建物を囲む植え込みの一部がバキバキに踏み荒されてた件、誰の仕業かわからないままですし。最近だって異臭騒ぎの直後に不法侵入者が見つかって警察沙汰になったじゃない。もうこりごりなのよ」
私は左手でペンを走らせた。
「この建物も壁が薄くて申し訳ないですが、もう少し常識の範囲でお願いできませんかね?」
私は郵便受けから謝罪を送る。
「“申し訳ありません。以後注意しますので、3階のご家族にも謝罪ください”
……わかりました。伝えておくのでくれぐれもまた注意されるなんてことないようにお願いしますよ、四季さん」
階段を下る音が離れていく。声を押し殺し、ドアに背中を預けてみた。
どうやら、姿を見られずにやり過ごせたようだ。
安心した途端玄関の寒さを思い出し、まくった長袖を下ろした。
もし姿を見せてしまったら、それこそ警察沙汰になっていただろうから。
「四季さん、風邪で声が出ないなんて本当かしら?何か怪しいわね。
まあこれで苦情もなくなるといいけど。ただ3階の“春名さん”が神経質過ぎるところもあるんだけどねえ」
そしてそのまま真下の「管理人 二階堂」と書かれた部屋へと帰っていく。
「まあどこの家も悩みはひとつふたつあるものだけど。私だってつい口うるさくしちゃったしね……“息子”には」
ここは様々な家族が住む3階建ての3LDK物件「ディアマリッジ」
3階は春名の世帯。
2階は四季要一と冬華。
そして1階がなっちゃんのいる二階堂管理人の家。
もうおわかりでしょう?
人は自宅が見えた時に最も気が緩む習性がある。
つまり通り魔に刺されやすい場所とは「あなたの自宅付近」です。
〈現在〉披露宴 新郎からの挨拶 四季要一視点
「本日は僕たち2人の結婚式に来ていただきありがとうございます」
俺は式に来てくれた参列者へ感謝を伝えるためマイクを握る。
隣で花嫁が俺のタキシードの袖を握っている。
「ささやかながら……」
ふいに言葉が途切れた。マイクが切れたわけではない。
「……さ、ささやかながら」
まずい。挨拶のセリフは一言一句決めていたのだが緊張で忘れてしまった。何だったか?
唐突な静けさを埋めるように皆がざわざわし始める。
参列者にも不安が伝わってしまった。
「あー……先生であろうが人前で話すのは緊張しますよね〜。なんて言ったって今日は生徒ではなく、ご自身が主役ですからね〜」
司会の女性がフォローに入ってくれた。
「参列者の皆様もあんまり新郎を見つめないであげてください〜。知ってましたか?人間の視線には微量の麻痺毒が含まれてて、たくさんの人から一気に見られると固まっちゃうんですよ」
一生懸命時間稼ぎをしてくれるものの、頭は真っ白のままだった。
「えっと……私の中の雑学なんで、間に受けないでくださいね」
思い出しました?と司会に目線を向けられ、さらに焦る。
ど、どうすれば……
「その麻痺毒が史上最も強かったのがメデューサと言われてるんだよね?ほら、目が合うと人を石にする」
花嫁が俺のマイクを奪った。
「すみません、みなさん。石化しちゃった要一さんの代わりに私が伝えますね。……ささやかながら、いつもお世話になっている皆様に、結婚のご報告をしたいと考え今日は祝いの席に招かせていただいたんです。豪華な引き出物と盛り上がる余興も用意しましたのでぜひ楽しんでいってください!そして私と要一さんの門出を暖かく見送っていただけると嬉しいです!」
本来、俺が言うはずだった挨拶が笑いと拍手に包まれた。
俺も急いで頭を下げ、拍手の音に隠れながらぼそっとお礼を言う。
「ありがとう、助かったよ。よく俺のセリフ覚えていたな」
「うん……優秀でしょ?」
ウインクする彼女。申し訳なさを抱きつつも、時間をかけてセットされた“茶髪”がとても綺麗だと見惚れてしまった。