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2、現状維持というドラッグの副作用(夏)

人間は変化にストレスを感じる生き物だ。

だから「変わる必要ない」や「そのままでいい」という言葉に快感を感じるわけだけど、現状維持には重大な欠陥があるんだよね……


挿絵(By みてみん)


〈過去〉二階堂家の一室 なっちゃん視点


「は?何こいつ、強すぎない?チーターか?」


私はスマホを固く握り、座り直した。


「え?私1000時間プレイヤーだぞ?こんな低ランカーに負けちゃったら……」


伸びた白髪。前髪の隙間からゲーム画面を睨みつける。

ここで負けたら私の4か月のゲーム人生が無意味だと笑われる気がして……

恐る恐る画面をタッチしたものの……


『ロン!』


「はあ?くそ!最下位かよ!」


結果画面すら見ずに強制終了する。そしてスマホをベッドに投げた。


「運ゲーじゃん」


そう吐き捨て、壁にかけたカレンダーを見つめた。


「え?今日1日?いつの間に先月終わったんだ?」


ひきこもってると、昼夜の感覚はもちろん月の感覚もなくなってくる。

唯一あるのは……


「寒い……」


季節だけだ。


スマホの通知に飛びつく。

私にとってスマホだけが世界との繋がり。

通知が鳴るだけでアドレナリンが出る。


“あの人”だろうか?


期待したが四季要一という名前に落胆した。


「“なら通話は駄目か?”って。こいつもしつこいな」


私は迷わず返事する。「通話も無理」と。


ただ、誰かと話したい。ずっとその欲求はある。

むしろひきこもりになってからはその気持ちが強くなっている。


私は“亜希あき”のアイコンを眺めた。金髪がピースしている。

話を聞いてくれそうな優しい友達なんてこの子しか思いつかない。

ただ一度もやりとりをしていない白紙のメッセージ画面に指が震えてしまう。


部屋の外から、足音が近づく。お母さんか。


「なっちゃん。ご飯よ」


「……」


コンコンとノックされるも、返事すらしない。


「……置いておくから。食べ終わったらまた取りに来るからね」


寂しそうな足音が完全に消えたのを確認した後、私はドアをゆっくり開く。

地面にはラーメンが湯気を立て、デザートにリンゴもついていた。


おいしそうな香りに食欲が増す!私は食事を部屋に招き入れた。


「はぁ、おいしい」


ラーメンとスープを交互に楽しむ。


「最高……次は何注文しようかな」


左手の箸をスマホに持ち替えてお母さんへメッセージを書く。ここに食べたいものを入力すると、次の日必ずそれが届くんだ。


「カレーは先週食べたしー……唐揚げも連続だとお腹壊しそう」


メッセージ履歴をスクロールしながら考える。


「そうだ、ハンバーグ!」


昔、母親が作っている姿を見るのが好きだった。いつからかこねるのを手伝わせてもらえるようになり、一生懸命こねると美味しさが倍増するような気がしたものだ。唾液が出る。

私はリンゴをかじりながら「ハンバーグ」と書き、用済みのラーメンの器を廊下へ置く。


「ちっ、髪の毛落ちすぎだろ」


廊下に落ちた自分の白い髪の毛を見つけ愚痴る。

私はフロア用そうじ道具で自分の落とした白髪をまとめて掃除する。


部屋は髪の毛と埃の混じった異物だらけだが、廊下やトイレといったお母さんとの共有スペースだけは髪の毛1本落ちていないよう綺麗にしてるのには“ある理由”がある。


「季節の変わり目だからか、犬猫くらい毛抜けてんな」


自分の口から出る悪口を自分の耳で聞いていると次第に罪悪感が湧いてきた。どんどん腐り始めている今の自分を、昔の私が見たらきっと何とかしようとするはずだ。


「無駄遣いしてていいのかな、若さ。でも……」


欠けたままになってる歯。リンゴですら少し噛みにくい。

嫌な記憶がフラッシュバックし、震えが止まらなくなる。

この部屋にいる限りあんな痛い思いはすることはないだろう。


でもわかってる。現状維持は麻薬だ。

一時的な安息を与えてくれるかわりに、周囲の変化という副作用にいずれ苦しむのだから。


そうさ、核シェルターの外は荒廃した世界だと相場が決まっているんだ。それをわかっていたとしても、どうすればいいかわからないもの。


あーあ、誰か私を養ってくれねえかな。


背中が痒い。カサブタがポロポロと床に跳ねる。


「そろそろお風呂入らないと」




深夜。


廊下の前に出したラーメンのどんぶりも回収された夜3時。


「……」


私はゆっくりドアを開き、廊下へ出た。


「お母さん、さすがに寝てるよね」


起こさないように忍者のようにそろそろと廊下を歩む。

真っ暗な廊下を歩み、お風呂場へ到着した。


「10日ぶりかな?多分」


なるべく音を出さないように、服を脱ぐ。そしてお風呂場へ。


「あ、あれ?シャワーってこうだっけ?」


直後、熱いお湯が頭にかかる。


「はあああああぁぁぁぁ」


気持ちいい。あまりの心地よさに、情けない声が出てしまう。


「はあぁぁ……もう、お風呂大好き。お風呂と結婚するんだ私」


「……なっちゃん?」


ビクッとする。すりガラス越しにお母さんのシルエット。


「なっちゃん、お風呂使ってるの?」


やばい。起こしちゃった。


「お風呂入りたかったのね。言ってくれれば、追い炊き出来るわよ?どうする?」


「……」


私は思いっきり、壁に向かい拳を叩きつけた!

思ったより大きな音がし、拳が痛んだ。

それでもドンドンと何度も叩く。怒りが伝わるように。


「ちょっと!夜に壁を叩かないで!お母さん、そうした方が喜んでもらえるかなと思っただけなの!だから怒らないで!」


お母さんのシルエットがとぼとぼと立ち去った。


「ふう、何とか追い払ったか」


たださすがに少し可哀想に感じた。

私は排水溝に詰まった髪の毛を掃除して風呂からあがった。




「はあ、さっぱりした」


上機嫌になった私は自室に帰るとスマホが点滅していた。

誰かからのメッセージに飛びつく。


“返事遅れてごめん!3日ぶりだけど元気ー?”


添付された画像は、お笑いライブを背景に変顔している“あの人”!


その写真に思わず吹き出してしまう。

すぐに画面に指を這わす。


「元気だよ。ちゃんとやれてるから心配しないでっと」


唯一やりとりしてる親友からのメッセージに笑顔になった。

そしてそのまま、お気に入り登録しているウェブサイトを開いた。


「あーお風呂も入れたし気分がいい!でも湯船にも浸かりたかったから、次は入る前にお母さんに沸かしといてって注文しよ」


画面には「行方不明者の情報提供サイト」が表示される。ここには引きこもりより不幸な人がリスト化されていて見ていると相対的に安心する。


「うう、でも今日なんか寒いなぁ」


私はゴミ袋をひとつ開け、詰めていた毛布を引っ張り出した。


「あったかぁ……この毛布、お母さんに説明出来ないから隠してたやつだけど、捨てなくてよかったぁ」


その毛布には……大量の血が染みついていた。


「さて、新しい行方不明者はいるかなー」


“冬華ちゃん(18)

彼女は7月2日の夜に自宅のベランダから忽然と姿を消し、失踪に気づいたお父様より捜索願が提出されました。警察は何者かに誘拐されたとみて情報を募っています”


挿絵(By みてみん)











〈現在〉披露宴会場 ???視点


「それでは新郎新婦の入場です!」


司会の女性が手のひらを向けた先で扉が開き、タキシード姿の四季先生と真っ白の花嫁が披露宴会場に入ってきた。参列者達が拍手で歓迎する。


“私”も2人に拍手を送るが、すぐに止めてしまう。

涙が止まらなくなり、ハンカチを優先してしまったからだ。


まさか、こんな日が来るなんて。

私は涙目で花嫁の幸せそうな笑顔を眺めた。


「色々あったけど、本当におめでとう」


メッセージ通りのご飯を作っては運び回収するだけの日々から、誰がこんな素敵な未来を予想できたのかしら。

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