1、プロポーズは刺殺体の横で
どんなプロポーズだったの?という質問が一番困る。
何故なら俺は1年前に、刺殺体の真横で婚約指輪を贈ったからだ。
〈現在〉教会 四季要一視点
参列者に見守られる中、俺は真っ白な花嫁の前に立つ。
「新郎、要一」
神父に尋ねられる。
「あなたは病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、死が2人を分かつまで愛し続ける事を誓いますか?」
いつもより大きめの声で答える。
「はい。誓います!」
参列席のおばさんがハンカチを目に当てる様子が横目に見えた。今度は神父が花嫁に聞いた。
「あなたは病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、死が2人を分かつまで愛し続ける事を誓いますか?」
頬を赤らめる彼女が少し首をかしげたように見えた。
ん?どうかしたのか?
そう思ったものの、少し遅れて彼女の口が「はい」と動き、安心する。
俺の妻となるこの子。俺は彼女の瞳を見つめる。
コンタクトレンズが、キラキラとシャンデリアを反射させていた。
俺達は、病める時も、貧しい時も……すでに乗り越えてここに辿り着いた。
頭によぎるのは、1年前のプロポーズの映像。
床に落ちた血まみれの包丁。もがき、やがて動かなくなった“あいつ”の死体。
“どうしたの?大丈夫?”
花嫁からそんな表情を向けられていた。
不安そうな表情を読まれたのだろう。
「いや……ごめん」
今日は後悔なんて似合わない。
どんな罪も身から降ろし、今はただ幸せを噛みしめていい。
それが許される生涯唯一の日なのだろうから。
「それではこちらへ」
神父に、結婚証明書の前に促される。
羽の生えたペンで“四季要一”と名を記した。
左利きである彼女は、指輪をキラキラ光らせ“自らの名”を記した。
「2人は夫婦となりました!おめでとうございます!」
神父が大きく手を上げ、参列者からの拍手を浴びる。
こうして俺達は今日、結ばれた。
結婚証明書の名前に目を落とす。
そう、この子の名は……
『デッドオアマリッジ』
季節は遡る。
〈過去〉3年A組の教室 春名視点
「春名!放課後、生物室に来なさい」
ホームルーム終わりに四季先生から名前を呼ばれ、私は黒髪を揺らしメガネをかけ直した。
それくらい驚いた。まさか担任の先生に名前を呼ばれる日が来るなんて……
「あ、はい!」
先生どころか、私は3年間クラスメイトにすら名前を呼ばれた記憶がない。
……だって私、影が薄いんです!
え、いやいや笑い事じゃないんですよ。
私の影の薄さは、この世の誰にも負ける気がしない個性。
たくさんエピソードがあるんだけど……
例えば、面倒で誰もやりたがらない図書委員の役を欠席裁判で決められたこと。
……私その日、出席していたのに!ひどいよね。
「放課後呼び出しなんて、私何か悪いことしたっけ?」
生物室までの歩みは不安だった。
進路希望のアンケートを出してないから叱られるとか?
でもあれの締切はまだ3日あるし。
「もしかしてあれかな?うちの学校の七不思議“図書室のポルターガイスト”の件?」
図書室には夜な夜な、本を片づける幽霊が出るという怪談だ。
「あれの正体、私ってバレたのかな?」
いや、普通に図書委員として仕事してるだけなのに幽霊呼ばわりなんて失礼な話だよ!
「あ!わかった。お休みの子の自宅に進路希望のプリント持っていってほしいってお願いかも!」
……いや、でもそんな依頼なら職員室で十分。何故、生物室なんだ?
「失礼します」
入ると、四季先生が1人で本を読んでいた。
「呼び出して悪かったな」
“出世魚の生態”という本を閉じる先生。図書室の生物コーナーの本だとわかった。
「いえ」
感情が読みにくい不機嫌そうな目。寝癖のある後ろ髪。
何を言われるのか分かりにくい。
「私、何か叱られるようなことしましたか?」
「いや、お前は優等生だ。生活態度も成績も何も問題ない」
「ありがとうございます」
じゃあ本当に何の用だ?
「進路も心配ないだろう。そういや、得意教科は何だった?」
進路に関わる理系か文系かが知りたいとか?
「全部です」
優秀でしょう?
「……じゃあ逆に苦手教科は?」
「んー、避難訓練です。一度、私が逃げ遅れたと大騒ぎになったんです。いたのに」
「……そうか」
まだ用件が見えない。
「あの、何の呼び出しですか?」
先生は無表情で私の体をまじまじと見つめていた。
「あ、あの……先生?」
ひと気のない生物室。私は一歩後ずさる。
「単刀直入に言おう。最近、帰宅した後に」
「はい」
「お前のことが気になっている」
「……はい?」
私の間抜けな声の後に、キーンコーンカーンコーンと間抜けなチャイムが呼応した。
今思えば“あの殺人事件”の始まりは、ここだったんです。
〈過去〉二階堂家の一室 なっちゃん視点
キーンコーンカーンコーンと外がやかましい。
「あーうるせ」
学校の近くに住んでるというのは通学する側のメリットであり、私にとってあの鐘は定期騒音だ。
ゴミ袋だらけの部屋の中、背中まで伸びたぼさぼさの真っ白な髪。前髪の隙間からゲーム画面をきょろきょろ見渡す。
この部屋に引きこもってもう何ヶ月目だろう。
「うわ、きた」
部屋の外から近づくギシギシという足音。ほどなくしてコンコンとノックが部屋に響く。一連の音でお母さんだとわかる。
「なっちゃん!あなた宛に段ボール届いてたわよ。ドアの前に置いておくわね」
私はお礼どころか返事もしない。
「あの、あとね。お父さんが出張先からお土産届けてくれたの。東京の小松菜が旬で美味しいんだって。一緒にリビングで食べない?」
私はスマホを手にとる。
「ほら、あなた東京好きでしょ?」
そして部屋の前にいるお母さんにわざわざ文字をうつ。
「それにほら……もうなっちゃんの将来には口出ししないから……
お母さん、たまには顔を見せてもらいたいだけなの。お願いよ」
“いらない。話しかけないで”と指先で伝えた。
「……そう。お母さんまたなっちゃんのこと困らせてしまったかしら?ごめんね」
そう言い、ギシギシと離れていく重い足音。
「ふん、小松菜て。誰が釣られるんだよ」
ベッドに寝転がり悪態をつく。
ちょうどその時にスマホからメッセージ通知が鳴る。
「HIDEさんからメッセージ」と表示されていた。
『え?君、女の子だったの?ずっと男だと思ってた!てか遅い時間までゲームしてていいの?学校は?』
「黙れや」
とんだカスメッセージだった。他のメッセージへ。
「くそ、こいつもしつこいな」
宛名は“四季要一”。ここのところ毎日届く。
「“どこに住んでる?会って話さないか”だって?
ふん、出会い厨かよ」
私はゲームのコントローラーを握りなおす。
「どいつもこいつも。私引きこもりだぞ?誰とも会いませーん、バーカ」
ゴミだめの中に住んでいると、心まで腐っていく。
ずっと開かないカーテンの隙間から、少し欠けた月が私のことを心配そうに覗いていた。
ただ、今思えばあの月は教えに来てくれていたのかもしれない。
2日後に、走り回る私の未来を……
〈過去〉久保公園 アキ視点
少し欠けた月が、スポットライトのように私に光をおろす。
気持ち良い夜風が金髪のツインテールを揺らした。
黒いマスクをかけ、短いスカートから足を出す。いわゆる地雷系といわれるファッションに身を包む私。
同じような格好の女の子がたくさん立っている中、私はサラリーマン風の男からこそっと話しかけられた。
「きみ、いくら?」
「……2」
片手でスマホ画面を操作しながら発する。
「いいね。ホテル別?」
「別」
「名前は?」
男を睨みつける。ポケットに手を入れながら名乗った。
「……アキ」
「君可愛いし10でもいいけど」
男の手が肩へ伸びてくる。すると……
「おい」
逆側から別の男に腕を掴まれた!
「げっ!」
「見つけたぞ、お前」
感情が読みにくい不機嫌そうな目。寝癖のある後ろ髪。
「は?あんた、何でここにいんの?」
「おい!俺が先に声かけてたんだからマナー違反だろ!何だあんたは?」
最初に声をかけてくれたサラリーマン風が怒った。
「教師だ。確かにマナーには疎いが売春してる奴には正されたくないな」
「何!?」
「こいつは俺の生徒。未成年だぞ?」
男は驚き、すぐさま肩に伸びた手が離れた。
「え?あ、ちょっと!」
せっかくのお客さんは夜の人混みに消えてしまった。
私は振り返り四季先生に怒鳴りつける!
「ちょっと!何してくれてんのよ!」
せっかく、捕まえられそうだったのに!
「何だそのチャラチャラした格好。馬鹿なことはやめて帰れ」
「はあ?学校辞めたし関係ないだろ!今日の宿だったのにどうしてくれんだ!」
先生は困っているように見える。
「てか何でこんなとこ来てるんだよ!要はあんただってーー」
「お前がいると思ったからだ」
「……私のこと気にかけてくれるフリするな!」
「気にはなってる」
無表情のままはっきり言われた。
「……は?」
予想外の発言に顔が赤くなってきた。
咄嗟に下を向く。
「そ、それ、異性として……?」
「ああ、別に気持ちは変わってない。
俺の好みは茶髪でメガネをかけた大人っぽい女性なんだがなぁ」
よくわからないズレた回答にイラっとする。
「うう、うるさい!いつまでも先生面すんな!」
掴まれた手を振りほどき、先生を突き飛ばした。
「おい、待て。話はまだーー」
私は先生から逃げるように人の多い駅前へ走った。
「もう、うっとうしいな」
人混みをすり抜けて走った後に振り返る。上手くまけたようだ。
『ニュースシーズンです。最近多発する、少女誘拐事件ですがその手口が明らかとなりました』
駅前の大型ビジョンで、今日のニュースが始まる。物騒なニュースのせいで怖くなる。
私は腰に隠している“護身用の包丁”に触れながら、今夜は漫画喫茶で一夜過ごそうと踵を返した。
「はぁ……あいつのせいで今日も処女のままか」
ただこの時、忠告を聞いていれば2日後に“あれ”を失うこともなかったのかもしれない。
〈過去〉四季先生の自宅 冬華視点
『1月31日のニュースでした。明日から2月ですね。明日はかなり肌寒くなるので寒暖差に注意くださいね』
つけっぱなしのテレビからニュースを聞き流す。
包丁でトントンとまな板を叩く。煮込んだシチューをすくい、味をみる。
「……!」
うん!おいしいかも!私も料理上手くなったなー!
すると、玄関からお馴染みの鍵の音が聞こえる。
あ!帰ってきた。
私は鏡に自身を映す。メガネをかけたショートヘアの茶髪が立っている。
よし!今日も大人っぽくて可愛い。
「ただいま」
大好きな人が帰宅。私はホワイトボードを持ち、玄関に出迎えた。
“おかえり、要ちゃん”
言葉を発せない私は、そう書いたホワイトボードを向ける。
「ただいま冬華
お、この匂い。今日はシチューか?嬉しいな」
私はカバンとジャケットなど全て受け取る。
「こらこら、少しは自分で持てるよ」
“要ちゃんの手がかからないように、家事するのが私の仕事だもん”
ホワイトボードを向けたまま、じっと心配そうに目を見つめた。
「遅かったねって言ってるのか?」
うんうんと頷く。
「ああ、今日は顧問してる部活動が長引いてしまったんだ」
ほんとかな?むっと唇を尖らせる。
「“浮気?”バカ。違うよ。好きなのは冬華だけだ」
私は少し赤い笑顔を向け、満足したので食卓へ彼を座らせる。
「おい、自分で食べれるって」
すくったシチューを彼の口へ運ぶ。
照れつつも彼はゆっくり一口目を口に含んでくれた。
「……美味いな」
ほんと?
「ああ、料理が上手くなったな」
嬉しくて小躍りしたくなる。好きな人から褒めてもらえること。なんて嬉しいんだろう。
私は、ホワイトボードを掴んだ。
「えっと何々……“いつでも結婚できるね?”」
シチューを吹き出す彼。
「きゅ、急に何だよ」
急じゃない。ずっと願ってること。
ただ理由を作るために私はスマホの画面を見せた。華やかな結婚式の写真。
「ああ、式場で働く友人からまた送られてきたのか。羨ましいのか?」
こくこくと頷く。羨ましさが転移すればいいなと。
「結婚か…………考えておくよ」
本当に?
私は考えた末、“待ってるね”と書いた。
本当は、続けて“好きだよ”と書こうとしたが、止めた。
“好き”はいつか自分の口から伝えたい。そう決めていたからだ。
2日後の2月2日は夫婦の日。それはのちのプロポーズ記念日であり、同時にある者の命日となる。
“めでたしめでたし”を掘り返す覚悟はありますか?