CATCH ME IF YOU CAN
西暦2002年、神谷竜一はその年の春、長崎の私立高校に最近入学した男子だ。彼は入学早々にも関わらず、3カ月にわたる不登校をし続けていた。彼は今日も午前11時頃に自分のベッドで目を覚ました――
「竜一、どこに行くの?」
母親は悲痛な目で竜一に尋ねる。
「うるせぇよババァ!! 黙っていろ!!」
今日もアパートの一室で少年の声が母親を突き刺す。
竜一の両親は昨年の冬に離婚をしたばかり。それまで素直であった息子の変貌ぶりに母親は苦悩していた。
母親もカウンセリングに通いだして3カ月になっていた。
そして竜一は毎日のようにゲームセンターに通いだしていた。
お金は母親を脅せれば獲れる。腐り切った少年の心に戸惑いはなかった。
勿論、今日も彼はいつものゲームセンターに居る。
夕方になるまで彼はゲームに没頭する。夕方になると普通の高校生や中学生がやってきて、嫌な気持ちになるから。彼は自分がひき籠りになっていることを自覚していたのだ。
しかし今日はいつもと違う。
いつもコンピューターばかりを相手にしている竜一に三次元生身の人間が対戦をしかけてきたのだ。
それは竜一が思わずチラ見を繰り返してしまうほどの美人。
茶髪のロングヘアで昼間のゲーセンに似つかないスーツ姿。
何よりも彼女の持つ清楚な雰囲気は今までの竜一の世界であったその空間に異様な空気をもたらせた。
彼女は竜一の隣に座り、誰をも惹きこんでしまいそうな彼女の綺麗な瞳で竜一を数秒目視すると、何となしにゲームをはじめる。
竜一たちの座るブースは格闘ゲームのブースであり、隣同士の対戦が可能だ。
最初は別々にコンピューターと戦う竜一と彼女であったが、自然と対戦する事になる。
竜一はそれまで最難関レベルのコンピューターを相手にプロゲーマー顔負けのプレイをし続けてはなぎ倒し続けた。この格闘ゲームに関してならば我ながら自信はあると竜一は自負していた。その想いは誰よりも強いもの。彼の居場所は今やここにしかないのだから尚更だ。
少なくとも彼ほどこのゲームをこの場所でやりこんでいる人間はいないのだ。
しかしその誇りはあっという間に玉砕されてしまった。
竜一の完全敗北だった。
何も言わずして何度も挑むが結果は同じ。彼女は涼しい顔をするばかりだ。
夕方の刻に入り、彼女は竜一よりも早くゲームセンターを発った。
彼女が席をはずしたとき、またもや無表情で竜一を数秒目視する。
不覚ながらも竜一は照れ隠しをしていた。
複雑な心模様を胸に秘めながら――
竜一は考えた。
あの女性は何者だったのだろう。
あの強さは何であったのだろうか。
彼はひらすら自室で例のゲームをやりこんだ。
レベルは最難関。たまに竜一が負ける事もあるレベルのもので――
翌日、彼女は竜一がいつもの席に座る前から、その隣の席に座っていた。
まさかと思いつつも、期待はしていた。
期待どおり。竜一の口元が緩む。
そしてまたもや完膚なきまで彼は倒され尽くした。
彼は彼女の足元にも及ばなかった――
挑戦の日々は続く。彼はいつもようにいつものゲーセンに通い詰めるが、その目的は他でもない謎の女との対戦。そして彼女もまた彼のまえに立ちはだかった。いつも変わらぬスーツ姿で。
竜一は気がつけば彼女の事を知りたいと思うようにすらなる。しかし根っからの引き籠りである彼に彼女へ話しかける事など到底できなかった。せめて何かキッカケがあれば……
それはもうこのゲームで彼女を倒す事に他ならない。
強敵である彼女を倒さんとする心意気は日に日に高まる。
そして遂に彼女を撃破する日がやってきた――
それは彼女が彼のまえに現れてから約3カ月が過ぎた9月中旬のこと。
「強くなったね。今から時間空いているかな?」
彼女は3回たて続けてに敗れた直後、竜一の顔にその顔を近づけて誘ってきた。
「は……はい……!」
竜一は頬を赤らめながらも声を震わして即答した。
彼は遂に最高のボーナストラックに入れるのだと舞い上がった。
そしてそのまま彼女の車の後部座席に乗る。
車はどこまでも遠くへ走ってゆく。気がつけば1時間も経つ。
最初は興奮冷めやらぬ喜びをみせていた竜一の顔も段々不安を滲ませるように。
しかし億劫な彼は「どこへいくのですか?」と尋ねる事なんかできなかった。
それでも勇気をだして聞こうとした時の事である。その車が宙を浮きだしたのは。
竜一は「だして!」とドアを必死で開けようとする。
しかし強力なロックが掛けてあり、それは容易に叶いそうになかった。
彼女は緊張しているようだ。その顏をみて彼は確信した。
でれる。まだここからでれると。
「僕をだしやがれ!!! 負け犬のババァ!!!」
竜一が人生史上最も大きな咆哮をあげると同時にドアが開く。
そのまま彼は地上に放り出された。
彼は痛みに耐えながらも、夜空を見上げる。
三日月に向かってスズキの軽が走り去っていった――
それから1年後、かつての竜一はいなくなっていた。学校ではトップクラスの成績をおさめ、彼を慕う仲間たちにも恵まれるように。彼に嫉妬を抱く連中も少なくないが、教員たちの評価は頗る高く国立大学への推薦入試も余裕で受かるだろうと囁かれるまでに。
竜一は生物学、物理学を中心に勉学へ励んでいた。部屋にはそうした関係の本がいくつもあり、彼の部屋を彩っている。彼はとりわけ宇宙への関心を深めているようだ。
この息子の変貌ぶりに母親も救われた。シングルマザーの彼女を支える為に学校には内緒でアルバイトまでしている。あの大怪我をして家に帰ってきてから、全く別人のような変わりよう。
「おかあさん、いつもありがとう。いってきます」
推薦入試の為に東京へ発つ彼が優しく母へその言葉をおくる。
彼女はこぼれそうになる涙を堪えた。
その涙は彼が家を発ってすぐに流す事に。
竜一は家をでると澄み透った青空を見上げた。
自分をどこかへ連れ去ろうとした彼女は今どこで何をしているのだろう?
地球より遥か離れた惑星。そこにG567と呼ばれる者がいた。
女性であるが、彼女は重大なミッションを任されていた。
そして失敗した。
仲間達からは「負け犬のババァ」と罵られている。
それでもいつか見返してやろうと彼女はスクリーンに映る青年を眺めて微笑む。
どうやら恋なんていうものに惑わされた。
「今度は君が私を捕まえに来てくれるのかな? 待っているよ?」
スクリーンに映るのは推薦入試を控えて青空を見上げる神谷竜一。
彼女はそっと微笑んで席から立ち上がった。
そして彼女はそれから――
∀・)読了ありがとうございます♪♪♪
∀・)しいなここみ様主催「宇宙人企画」に応募した本作ですが、こちら僕が学生時代に文芸演習の授業で書いたものなのですね~。その頃のおはなしをすると色々あるのですけど「宇宙人企画」をみたときに僕はこの作品を思い出して、ひっぱりだして投稿したというものになります。
∀・)「ソラ中尉」その文芸演習の授業の際につかっていたペンネームです。
∀・)劇団になろうフェスにも絡めた作品になりました。楽しんで貰えれば幸いです☆☆☆彡