ちやほやされたいなら、それに相応しい努力をしてくださる?
異世界転生 ファンタジー ドアマットヒロインもどき
「メリディアナ・ルゥエ・グラナイト伯爵令嬢!お前を弾劾する!」
王家主催のダンスパーティなどという晴れの舞台で、第一王子がそんな風に言い出したものだから、会場はざわついた。私は溜息を吐きたいのを誤魔化すように扇で口元を隠し、王子に向き直る。傍らの婚約者は正直、頼りになるかわからない。家格はうちと同程度だし、度胸はあまりない。ただ、王子の腕に抱き着いているキャロラインが顔くらいしか取り柄のない女だということは理解している。
「お前は血を分けた妹だというのに、このキャロルを虐げ、メイド同然の扱いをして、このパーティに必要なドレスを仕立ててやることもしなかった。可哀想にキャロルは俺がドレスを用意してやらねばこの場に立つこともできなかったのだ!」
発言に対して明瞭詳細に反論をすれば我が家の醜聞を表に出さねばならなくなる。とはいえ、このようなデマを流されるのもそれはそれで困る。
「…殿下、キャロライン・ドリスは私の妹ではありませんわ。グラナイト家の籍にも入っておりません。王家主催のパーティに貴族籍のないものを連れてこないのは非難されることではないかと。エスコートする者もおりませんし」
更に言えばキャロラインは貴族としてのマナーも碌に覚えていない何処に出しても恥ずかしい女だ。我が家が教育を怠ったわけではない。本人がそんな面倒なことはしたくないと拒否したのだ。庶子として届け出されてもいない、血を引いているかもわからない娘を、しいて養子にする理由もない。養子にしないと決めた時点でメイド同然ではなく、ただの住み込みの使用人だ。
「貴様、言い逃れするつもりか!」
「事実でございます。彼女はグラナイト家の庶子でも養子でもありません。私と彼女に似ているところがありますか?」
「ふん。一切似た所はないがそれはお前が意地の悪い母と似たからだろう?」
私とキャロラインは髪の色も瞳の色も違う。肌の色は同じだが、この国で一般的な色だ。
「いいえ。私は亡き父に生き写し、父を女性にすればこのような姿だったであろうと言われていますわ」
「わ、私の瞳の色はお父様と同じ色よ!」
「鳶色の瞳の方は父以外にも多数いらっしゃいますわ」
そう、私の瞳の色だけは母から受け継いだものだ。父から受け継いだ淡い色の髪と調和する淡い紫色の瞳。そもそも腹を痛めて産んだ子であるから血縁があるのも当然であり、父にそっくりだから父の娘であることも自明だ。父というかグラナイト家の身体特徴はこの薄明の空のような淡い色の髪だ。光に透けると七色に変化する。
キャロラインも恐らく母親に瓜二つなのだろう。薄紅色の髪は珍しい色合いだから、もしかしたら父の世代では名の知れた人の可能性がある。中身はダメダメだが、見目の美しいことだけは確かだ。父以外にも関係を持った男がいたようだし、それなりの交友関係があったのだろう。私の知ったことではないが。
この世界には見目が似ているという事実以外に確実な血縁を証明する方法はない。正確に言えば全くないわけではないが、使える状況が限られているし、リスクがある。私と母にはこの女が父の血を引いていると証明する必要がないからそれを持ちかけることはない。レディに相応しい思慮があれば別だったが、この女を一族に加えることにメリットはない。寧ろ縁切りしたいくらいだ。
「それでなくとも、あなたの方が先に生まれているのですから、"妹"ではありえないでしょう」
学園で学年が違っているのは、彼女の出来が悪すぎて留年しているだけだ。私は飛び級を提案されたが、人脈作りのために飛び級はやめておいた。そもそもそのための学園でもある。
「先?キャロルは姉に虐げられていると…」
「キャロラインの生まれ月はアプリーリス。私の生まれ月はユーニウスですわ」
出産予定日は同じくらいだったようだが、キャロラインは予定日より早く生まれ、私は遅く生まれたらしい。どちらにせよ、父は愛人の妊娠が発覚してから愛人宅に入り浸り、私の生まれた日も本邸にはいなかったそうだ。父が初めて私を見たのは生まれて三か月ほど経ってからだったとか。まあ流石に記憶にないが。
「生まれ月など…」
「生まれ年は同じ。私もキャロラインも今年で17歳になりましたわ」
私の卒業は何事も無ければ来年だが、キャロラインはわからない。まあ、二年留年すると次は退学になるのだが。魔力持ちが学園を退学になる場合、理由によっては魔力を暴走させたりしないよう、処置を受けることになる。彼女はそうなる可能性もある。不名誉なので本当にやめてほしい。貴族であれば殆ど爵位剥奪にも等しい。キャロラインは貴族ではないが。
「17歳にもなって、レディに相応しい振舞いを身に付けるどころか、他に婚約者のいる殿方にまとわりつくなんてはしたない真似をする方を姉と呼ぶつもりも毛頭ありませんが」
第一王子の婚約者は侯爵令嬢だ。不仲説があるとはいえ、余計なちょっかいをかけるなど何の得もない。そもそも王子が理解しているか怪しいが、侯爵家が後ろ盾にならねば第一王子は王太子になれない。今王太子が空位なのも大体そういうことだ。つまるところ、誘惑したところで泥船である。
「なっ…」
「それはキャロルに対する侮辱だぞ、メリディアナ!延々と往生際の悪いことを言いおって…!」
「私は事実を申し上げているだけです。そちらこそ、王子といえど我がグラナイト家に謂れのない中傷ばかり、王家に対して抗議させていただきますわ」
睨み合ったところで、そこに小さな足音と溜息の音が響く。
「――随分楽しそうにしていらっしゃいますわね、イライアス殿下」
「シェルミア…!」
第一王子の婚約者の登場である。私はカーテシーをして一歩下がった。
「先程から聞こえていましたのですけれど、この王家が主催の晴れの日に婚約者である私をエスコートせず、貴族籍ですらない平民の女に立派なドレスまで買い与えて連れてくるだなんて…非常識にもほどがありますわ。愛妾として迎えたいというだけならまだしも、形式くらいは守っていただかないと」
シェルミア様も本気でキャロラインを妾に迎えていいと思っているわけではないだろう。ただの寛容な私アピールだ。そもそもキャロラインは妾なんて立場に甘んじる女ではない。必ず反発してくる。
「妾?側妃ですらないっていうの?!」
「後ろ盾になる家のない者が妃になれるわけがないでしょう。グラナイト家は後援しないようですし…他についてくれる家があるのですか?」
学園で優秀な姿を見せているならまだしも、落ちこぼれを好んで拾うというものはいないだろう。問題を起こすに決まっている。
「無礼だぞ、シェルミア。俺の愛を得ているキャロルに嫉妬しているんだな、相変わらず不遜な女だ」
「そちらこそ、自惚れが過ぎますわ。このような扱いをしておいて、本気で私があなたを好くと思っていらっしゃるの?」
「えっ」
この王子は自分たちに不仲説が出ていることを知らなかったのか、或いは、知っていてなお自分が婚約者に愛されていると思っていたのか…。どちらにしても地雷男の可能性が高い。それともあんな振舞いをしておいて、本当は婚約者のことが好きだとか言い出すパターンだろうか。十中八九、既に見切りを付けられていると思うけど。
元々成績順といいつつ、実際のところほぼ実家でどれだけ優れた教育を受けてきたかが現れるだけのものになってしまっている学園のクラス分け。最下級は本当に全く教育を受けてなかった平民向けのクラスだから問題外だが、第一王子とキャロラインはその一つ上の、下級貴族向けクラス(アルファベットの読み書きと四則演算程度ならできる)だったのよね。そんな人間が王になるなんて言われたら貴族たちも不安になるか傀儡政権を画策するかの二択になるから、死ぬ気で頑張って上位クラスに上がらなきゃならなかったわけだけど…そんな話は一切流れてこない。王子、王女は他にもいるんだから、もっと危機感を持って良かったはずなんだけど。そもそも王位を継ぐ気がない、って態度にも見えないし。…真性の馬鹿だった、ってことでいいのかな。
「私の方から陛下に婚約解消を奏上いたしますわ。今回の件でイライアス殿下および正妃様への援助を続けることは我がアーキピテル家に利はないと判断いたしました。私が嫁ぐ前提でこれまで行われていた援助の返済は求めませんが、以降の援助は差し止めさせていただきます」
「なっ…ま、待て、シェルミア。そんなことになったら…」
「私たちの援助は愚者に浪費させるためのものではありませんから」
シェルミア様、タイミング図ってたんだろうなあ…。第一王子有責で周囲も納得させるために。ざわついてる間に国王夫妻が壇上に出てきてるし。否、多分シェルミア様が声をかけてきた時点で会場入りしてたんだろう。何処から聞いてたかはともかく。
現国王の正妃は元伯爵令嬢だ。実家の力は低くないが高くもない。だからアーキピテル侯爵が王子との婚約と共に援助をしていたのだが…王子はそんなことも今まで理解していなかったらしい。貴族社会が利害なしに回る訳もないのに。まあ、だから下級クラスで安穏としてたんだろうけど。
キャロラインが今着ているドレス、王子が用意したものらしいが、費用は彼の使える資金…アーキピテル侯爵の出しているお金の可能性が高い。本気で縁切りしないとうちまで飛び火してきかねない事態になってきたな…。キャロラインはグラナイト家の子供ではないけど、都合、我が家の使用人ということにはなっているから。祖父母も流石に手切れ金を渡して余所にやることに反対しなくなっているだろうけれど、取り返しのつかないやらかしがなければ踏ん切りはつかない様子だったからな。
そして案の定、キャロラインは目の前のやり取りがどういうことなのか理解できていないようだ。お金の力で王子を縛っていたのか、だの何だの言っている。寧ろ縛れなかったからこんなことになっているのだが。縛れてたら王子は浮名を流していないし、キャロラインとも接近してないはずだ。あれだけ好き勝手しておいて縛られてるなんてちゃんちゃらおかしい。
キャロラインはシェルミア様への無礼で衛兵に連れていかれることになった。
「なんで?!可愛くなって王子様に見初められたら、何不自由なく贅沢できて楽に暮らしていけるんだって、ママが言ってたのに!」
母親もそういうレベルの人間だったのか…。道理でまともに学ぼうとしないわけだ。それで通るのはマジで金持ちの愛人くらいのものだし、現在の王室にその余裕はない。働かずに贅沢に暮らしたいなら豪商の妾にでもなる方が可能性がある。いやまあ、あそこならできそうってとこが具体的に浮かぶわけではないけど。
シェルミア様と目が合って、神妙な顔で礼を取る。彼女とは学園におけるクラスメイトではあるが、いうほど親しくはない。個人的に話したことはあるがそれだけだ。まあ主にキャロラインのしていることに家の意思が含まれてるかの確認みたいな…雰囲気はしていた。否定したが。
「メリディアナ様、イライアス様が無礼なことをして申し訳ありませんでしたわ。婚約者だったものとして、代わりに謝罪いたします」
「まあ、シェルミア様に謝罪させるつもりはございませんでしたわ。私も我が家の評判を落とされたくない一心でしたの」
調べられたところで、私たちにやましいところはない。だが、評判は風評で傷つくものだ。火消しはしておくに越したことはない。そんなことはお互いわかっているので、これはパフォーマンスのようなものだ。ある意味で、シェルミア様にとって婚約解消は望むところなのだろうし。シェルミア様はもう第一王子を一瞥もしない。完全に無視している。色々と腹に据えかねるところがあったのだろう。こんな場で破局が確定すればよりを戻すなんて絶対無理だし、第一王子の評判も地に落ちるだろう。…いや、元々評価は低かったのだが。シェルミア様自身の方も…何かしら手を打っているだろう。それができる才女だから婚約者だったわけだし。
「ところで、メリディアナ様は議会や王宮で働くつもりはありまして?」
「いえ。私は一人娘ですから、学園を卒業したら当主を継ぐ予定ですの。領地経営が優先になりますから」
「そうですの。少し残念ですわね」
「他に兄弟を作る事なく父が死んでしまいましたから、仕方ありませんわ」
そして父にも兄弟がいないから直系は本当に私しかいないのだ。まあ血の繋がりというのを重視されるのはある意味王族くらいで、我が家程度の貴族なら血を引いている親戚の子を養子にして家名を残すということもままあるのだが。そういう対象になりそうな親戚のめぼしい人間がいないのである意味断絶の危機ではある。私の子は確実に直系になるわけだから、2,3人は産みたいところだ。ある意味義務といってもいい。
そもそも、父は己の義務を果たしきれずに死んだと言える。…否、放棄しようとした、という方が正しいかな。あの男は母を病死に見せかけて殺し、愛人を後釜に据えようとしていた。まあ、それは私が阻止して…用意した毒を自分たちで飲む羽目になったのだけれど。キャロラインの性情から見て、愛人が後妻となれば私は虐待され、本来受け継ぐべきもの全て取り上げられただろう。だからあれは一種の正当防衛だ。正当なグラナイトの後継者である私には家を守る義務がある。そもそも、流行病の予防薬だって言って渡してきたから、私は同じように言って別宅のメイドに渡しただけだ。嘘を言った父が悪い。
父がキャロラインを庶子として出してなかったのは、庶子ではない正統の娘として出したかったため
レディに相応しい行動を覚えてたら、他の血統が見つかってそちらに嫁ぐルートが開通してた 後継がいなくて縁戚の男子を養子にもらってる家 本当の父も死んでそうだな
多分愛人の愛称もキャロル・キャロリーヌとか