芳子と千鶴子の傷痕
芳子は廉子に連れられて千鶴子の待つ客間へと向かう。扉を開けると白襦袢姿で気を失って横たわる千鶴子の姿があった。胸元ははだけ足が露になっている。
「千鶴ちゃん?!」
傍らには浪速もいる。
「お養父様、千鶴ちゃんに何をしたのですか?!」
芳子は浪速を問い詰める。
「お姉様、お養父様は何もしてません。」
廉子が割って入る。
「廉子は黙っててくれ。」
芳子は打掛を脱ぎ襟元を開く。芳子の胸元には傷があった。
「この傷を忘れたとは言わせません。あなたのせいであの日女である僕は死にました。結婚を許したのも千鶴ちゃんを僕と同じ目に合わせるためですか?」
「お兄様。」
浪速を責め立てる芳子の袴を千鶴子が掴む。
目が覚めたようだ。
「待って。お養父様は何も悪くないわ。私を助けてくれた。」
「じゃあ一体誰がこんな事を?」
千鶴子が部屋に通された時華が着替えを持ってくると言って部屋を出た。しかしいくら待っても華も女中も戻ってこない。どれくらい経っただろうか?部屋の戸が開く。
「華さん?!」
しかしそこにいたのは華ではなかった。
「あら、高石さん。」
高石というのは川島家で働く下男だ。馬車の御者をしており今日も芳子達をここまで連れてきてくれた。高石は戸を閉めると千鶴子に近づいてくる。
「あの、何かご用でしょうか?」
「千鶴子ちゃん、貴女を初めて見た時から好きでした。」
高石は千鶴子を抱き締めると畳の上に押し倒す。馬乗りになりジャケットを脱ぎ捨て千鶴子の襟元をはだけさせると胸の谷間に顔を埋める。
「やめて下さい!!人を呼びますよ!!」
千鶴子は足をバタバタさせながら必死に抵抗する。
「暴れるな!!大人しくしろ!!」
千鶴子は両腕を押さえつけられる。
「千鶴子ちゃん。本気で芳子様と一緒になれると思ってるのか?女性同士が婚姻関係になる事は法律上不可能だ。潔く諦めて俺の物になれ!!」
その時再び戸が開かれる音がする。
「何の騒ぎだ?!」
部屋に入って来たのは浪速だった。傍らには廉子の姿もある。浪速は高石を見るなり千鶴子から引き離し殴りかかる。高石は逃げていく。
「お義父様、ありがとうございます。」
千鶴子はお礼を言うと気を失う。浪速がその場に残り廉子が芳子を探しに行ってくれたのだ。
その後は千鶴子はどう帰路についたか覚えてない。気がついたら川島家の部屋で眠っていた。
「千鶴ちゃん、目が覚めたか。」
千鶴子は芳子の着物の袖を掴む。
「怖かったね。でももう大丈夫だよ。高石はここにはいない。」
川島家に戻ったら彼の姿はなかったという。
失踪したのだろうか。
「千鶴ちゃんはもう少し休んでるといいよ。」
芳子は千鶴子を残し部屋を後にする。廊下で浪速とすれ違う。
「あの、お養父様。先ほどは疑ってすみませんでした。それから千鶴ちゃんの事助けて下さりありがとうございました。」
芳子が頭を下げる。
「疑われても仕方ないな。芳子、この家を出ろ。これからは千鶴子さんと生きてけ。」