薔薇の庭園
千鶴子は客間へと通されると振り袖を脱がされる。長襦袢姿になっている。
「この度は大変申し訳ありません。」
華とお茶を溢した女中が頭を下げる。
「華さん、頭を上げて。誰にだって失敗はあるわ。」
千鶴子は華を咎める様子はなく優しい言葉をかける。
「ありがとうございます。千鶴子さんが優しい人で良かった。着物は必ず洗ってお返しします。今替えの着物を持って参りますので、こちらでお待ち下さい。」
華は一礼して女中と共に部屋を去る。
部屋を出て少し歩くと誰もいない突き当たりに差し掛かる。
「ありがとう、これはお礼よ。」
華は一通の封筒を渡す。中には札束が入っている。
「後は分かってるわね。」
「はい。」
女中は一礼して去っていく。
華はその足で庭園へと向かい芳子の姿を探す。お茶会は半東の挨拶で締めくくられ、今は招待客は庭園で薔薇の鑑賞や談笑、軽食を楽しんでいる。薔薇の花は華の父が世界中から収集したものだ。
「芳子様、こちらにいらっしゃったのね。」
芳子は赤い薔薇の前にいた。
「芳子様、先ほどは大変申し訳ありませんでした。」
華は芳子に頭を下げる。
「僕は大丈夫だよ。それより千鶴ちゃんは?」
「今女中達にお召しかえをして頂いてるところですわ。もうじきいらっしゃるかと思いますわ。」
「それなら良かった。」
「ところで芳子様」
華は赤い薔薇の花の方へ目をやる。
「こちらの薔薇お気に召したのですか?」
「ああ。僕も薔薇の花は好きでね。特にこの赤い薔薇は華やかさや艶やかさにはなぜか惹き付けられる魅力がある。栄華の化身というのか、どこに咲いていても目を引くんだ。」
「芳子様がお産まれになった清王朝のようにですか?」
清王朝は300年間に渡り中国大陸全土を治めていた。かつては清国とも呼ばれていたぐらいだ。世界の中心の華でもあった。
「そうかもしれないな。清王朝の栄光と重ねていたのかもしれないな。この赤い薔薇の花を。」
「でしたら一輪差し上げますわ。」
華は薔薇の花へと手を伸ばす。
「いたっ」
華は刺を触ってしまい指から出血する。
「大丈夫か?」
芳子は着物の襟元からハンケチを取り出し華の指に巻く。
「ありがとうございます。優しいのですね。」
華は芳子に抱き付く。
「好きです。私、芳子様の事が好きです。」
「ありがとう。」
芳子はお礼を言うと華を自分の体から離す。
「気持ちは嬉しいけどごめん。君の想いには答えられない。」
「千鶴子さんがいるからですか?」
「どうしてそれを?」
「ごめんなさい、立ち聞きする気はありませんでした。だけどあの人は王族には相応しくないと思いますわ。お茶の作法もあまり知らないようですし。」
「彼女は孤児だ。それにずっと大陸で暮らしていたのだから無理はないだろう。」
「でしたら尚更ですわ。王朝が復活して玉座に着いて苦労するのは彼女ですわ。あの人にはもっと相応しい方がいるのでは?」
「君の言う事も分かる。だけど今の僕があるのは千鶴ちゃんのおかげでもあるんだ。」
二人が口論していた時
「お姉様、こちらにいらしたのですね。」
廉子がやってきた。
「お姉様、大変です。一緒に来て下さい。」
芳子は華に一礼すると廉子に手を引かれ足早に去っていく。
その場に残された華は不適な笑みを浮かべ立ち尽くしていた。