養父との確執
その夜芳子は養父である浪速に話を持ち出す。
「お養父様、こちらが僕も秘書をしてる千鶴子さんです。」
夕食後居間で浪速に千鶴子を紹介する。
「初めまして。」
千鶴子は三つ指をついてお辞儀をする。
「礼儀正しくて可愛い娘じゃないか。」
浪速は千鶴子を気に入ったようだ。
「お養父様、僕は彼女と結婚したいです。」
「結婚だと?!」
驚かれるのも無理はないだろう。千鶴子は女だ。法律上結婚する事はできない。
「籍を入れるつもりはありません。ただ式は挙げたいのです。」
一種のけじめのつもりだ。
芳子は覚悟を決めていた。3年前芳子が松本に帰省したのはモンゴルの王子との結婚生活から逃げてきたためだ。どこに行くにも夫の許可が必要、許可が出ても侍女が着いてくる。必ずどこかで誰かに監視されてるような生活に嫌気が指してきてある晩寝室の窓から抜け出し家出して松本に帰ってきた。
しかし養父は芳子に別の男性との結婚を勧めてきた。男の所有物になり自由が奪われる事を嫌った芳子は1人上海へと旅立ち一切の連絡も絶った。
「千鶴ちゃんと式を挙げさせてもらえませんか?」
3年もの間音信不通で突然帰ってきて都合のいい事を言ってるのは分かってる。もし許してもらえないなら川島家とは縁を切る。千鶴子と2人で生きていこう。その覚悟で来たのだ。元々川島家にはいい思い出などなない。
「いいんじゃないか?」
「お養父様今なんと?」
浪速から返ってきたのは意外な言葉だった。
「本当にいいのですか?」
「芳子が千鶴子さんと決めた事だろう。私からは何も言う事はない。」
まさかの2つ返事で承諾してもらえた。
芳子は千鶴子と一緒にお礼を言って戻ろうとするが
「千鶴子さん、少しいいか?」
千鶴子だけが呼び止められる。
「お養父様、千鶴ちゃんに話なら僕も聞きます。」
「芳子は先に戻っていてくれ。」
芳子は過去のトラウマからどうしても千鶴子を養父と二人きりにするのは不安があった。千鶴子もその事を知っている。
「お兄様、私は大丈夫よ。」
「分かった。その代わり」
芳子は千鶴子の腕を引っ張り耳元で囁く。
「何かあったら大声で僕を呼んでくれ。」
千鶴子は頷き芳子が出ていくのを確認すると再び座り直す。
「あの、お義父様。」
「千鶴子さん、どうか芳子の事宜しくお願いします。」
浪速は改まって頭を下げる。
「あの、どうか顔を上げて下さい。」
「千鶴子さん、私はずっと芳子を苦しめてきた。そして縛ろうとしていた。3年前私が結婚を勧めた時に芳子に言われた。僕は誰とも結婚しない、男に支配されるだけの人生なんてまっぴらだと。だから嬉しかったんだ芳子が貴女を連れてきた時。どうか芳子と幸せになって下さい。」
浪速は再び千鶴子に頭を下げる。