華の初恋
「ねえ、今日も簾子さんのお宅行ってもいいかしら?」
女学校の放課後。眼鏡に2つ縛りの川島簾子は級友の華に尋ねられる。華はこの辺りの地主の娘で簾子によく絡んでくる。赤いカチューシャや花のブローチをセーラー服の胸ポケットにすみれのコサージュをいれた名前の通り華やかな少女。地味で内気な自分と正反対な彼女。級友達は華が簾子にばかり構ってるのか疑問に思ってる。しかし簾子はその理由を知っていた。
「構わないわよ。だけどお姉様は今日帰ってくるとは保証できないわ。」
華が簾子に構う理由は彼女の姉にあった。きっかけは3年前。簾子と華が女学校に入学した時。試験勉強をしようと川島家を訪れた時があった。その日川島家に訪問者があった。グレイのスーツ姿に短髪の美青年だ。
「お姉様!!久しぶりね。」
「ああ久しぶり。簾子、大きくなったな。」
美青年は簾子の呼びかけに答える。
「お姉様、今日上海からお帰りになられたのですか?」
「今日だよ。」
簾子は美青年をおねえさまと呼びながら親しげにはなしている。
「もう、簾子さん。お姉様じゃなくてお兄様でしょ。」
華が指摘する。
「いえ、お義姉様よ。」
「初めまして。」
美青年は華の手を取ると甲に口付ける。
「川島芳子といいます。お嬢さん、以後お見知りおきを。」
華は頰を赤く染め硬直している。
「お姉様、お戯れが過ぎます。華さん困ってますよ。」
「いっいえ。少しも困ってはおりまっせんわ。」
華は浮わついた声で告げる。
「わたくし、一宮華と申します。」
「一宮?」
一宮家は松本では名の知れた華族で地主の名家だ。川島家とも交流がある。
「君が一宮男爵のお嬢さんか?」
「はい。父をご存知なのですか?」
「ああ。川島家とも親しくさせてもらってるよ。」
「あの、宜しければ是非うちにいらっしゃいませんか?今度庭園でお茶会をする予定なんです。」
「お茶会か。悪くないな。是非お邪魔させてもらうよ。」
しかしお茶会芳子の姿はなかった。出席してくれたのは簾子と彼女の養父である浪速だけだった。新調した赤い振り袖でお茶を立てるも華の気持ちは晴れなかった。芳子はどうしても外せない用事で前日に大陸へと帰ったのだ。
あれから3年。華は再会の機会を狙っていた。
「華さん、どうしてそんなにお姉様に会いたいの?」
女学校の帰りの道中簾子が尋ねる。
「だって3年前告白しそびれたのですもの。」
華が簾子の耳元で囁く。
「告白?!」
予想外の答えに簾子が大声をあげる。
「ちょっと簾子ちゃん声が大きい。」
華は人差し指を出し簾子を黙らせる。
「お姉様のどこがいいの?」
「男装が素敵なところとか乗馬ができて王子様みたいなところだわ。」
華は一度だけ芳子の馬に乗せてもらった事がある。
「もう好きにしなさいよ。」
簾子は何を言っても無駄だと呆れている。
2人が川島邸に着くと玄関に馬車が到着していた。中から男装の芳子が現れる。
「お姉様。」
「簾子か。それから」
芳子が簾子と華に気づく。
「お久しぶりです。芳子様。」
華が挨拶する。
「確か君は華ちゃんだったね。久しぶり。」
華の顔に笑顔が見える。芳子に覚えていてもらったのが余程嬉しかったのだろう。
覚えていて下さったのですね。そう声かけようとした時
「お兄様。」
馬車からチャイナドレスに黒髪の少女が降りてきた。彼女は簾子達より少し上のようだ。