湖畔の乙女達
「千鶴子さん、どうぞお乗り下さい。」
芳子を校長室に案内した後千鶴子は華の家の馬車で送ってもらう事にした。
しかし馬車は川島家の方向とは違い山道へと入っていく。
「ねえ、どこへ向かっているの?」
千鶴子は向かいに座る華に尋ねる。
「とても素敵なところですわ。千鶴子さんは松本は初めてでしょ?」
セーラー服に巻いた黒く長い髪に赤い椿の髪飾りを翳した華が答える。
「芳子様とはどういった関係ですの?」
華が尋ねる。
「どうって秘書をしてます。」
「それだけ?」
「ええ、それだけ。」
「それだけ。なら良かった。なら芳子様は私が頂いてもいいわね。」
華は小声で呟く。
「何か?」
「こちらの事ですわ。」
馬車はどんどん山道に入っていく。舗装されていない道についた時
「さあ、着きましたわ。ここからは歩きましょう。」
華も千鶴子も御者の手を借りて降りる。千鶴子は長い丈のチャイナドレスの裾を持ち上げながら足早に歩く華の後をついていく。
こんな場所に何があるのだろうか?
「着きましたわ。」
到着したのは湖畔に白百合の花が咲く湖だ。以前芳子と来て指輪を渡された場所だ。その時は夜だったから暗くて道が分かりにくいかったが。華はこれが見せたくて自分をこんな場所へ連れて来たのだろうか?
「素敵なところでしょ?もっと近くに行ってみましょうよ。」
千鶴子は華に促され湖の畔まで行く。しかし千鶴子がしゃがんだ時
「きゃあ!!」
おもいっきり華に突き飛ばされ湖へと転落する。
「やめて!!なぜこんな事をするの?」
水面からかろうじて顔を出し自分を見下ろす華に尋ねる。
「どうしてか分からない?ご自身の胸に手を当てて考えてみたらどう?」
華は千鶴子の胸元を掴み自分の元に引き寄せる。
「私貴女に何かした?」
「嫌いなのよ。貴女みたいな身の程知らず。孤児で女学校を中退して教養もないくせに芳子様に取り入って。」
「貴女なぜそれを?」
「芳子様が教えてくれたのよ。家族も仕事もなくて上海に来た可哀想な娘だって。だから仕事を与えてあげたのに必要以上に付きまとってきて迷惑だって。せっかく貴女に合った男当てがってあげたのに。」
「当てがってたって?!」
千鶴子は昨日自分を襲った高石の事が頭に過る。
「そうよ。貴女何も気付いてなかった?本当におめでたい人。あの下男貴女の事嫌らしい目で見ていたわよ。だから利用したの。」
芳子が千鶴子を連れて川島家に来た日華が芳子との再会を喜んでいた時目にしてしまった。高石がハンカチを拾う振りをして千鶴子のスカートの中を覗こうとしていたところを。
「最初は気持ち悪い人としか思ってなかったわ。でも貴女と芳子様の結婚の話を聞いてこれは使えると思ったのよ。」
華は千鶴子の腕を引き離すと笑いながら去っていく。