芳子の決意
お茶会での騒動があってから翌日の夕方。芳子は千鶴子を連れて母校の松本高女を訪れた。演説の会場の下見だ。演説は講堂で行われるのだ。
「千鶴ちゃん」
芳子は講堂で二人きりになった時口を開く。
「僕は川島家と縁を切ることにした。公演が終わったら二度と松本には戻らない。」
「どうしてですか?」
「お養父様に言われたんだ。」
「なぜですか?!」
千鶴子には信じがたい事実だ。浪速は過去の事は反省してるようだし、結婚も賛成してくれた。それに昨日も自分を助けてくれた。
「だからじゃないかな。僕にとっても千鶴ちゃんにとってもあまりいい思い出のないこの場所にって縛られて生きるより、新しい人生を歩んでほしいんじゃないかな?千鶴ちゃん、式は松本じゃなくて東京で挙げないか?」
しかし千鶴子は暗い顔で俯いてる。
「どうしたんだ?」
「私言われたんです。高石さんに。私とお兄様は女同士だから一緒にはなれないって。」
「千鶴ちゃん、そんな事気にしていたのか?」
芳子は優しく千鶴子の髪を撫でる。
「勿論彼の言う通り女同士が結婚する事は法律ではできない。だけどそれは戸籍上の話だろう?一緒に暮らしたり式を挙げるのは法律上は自由だ。それに戸籍なんてたかが紙切れだ。紙切れ1枚で僕と千鶴ちゃんの関係が変わる事はない。今まで通りずっと一緒。それじゃあ嫌か?」
「嫌じゃないです。」
千鶴子は首を横に振る。
「良かった。」
二人が互いの気持ちを確め合っていた時
「芳子様。」
華が講堂に現れた。彼女はここの生徒だ。
「芳子様がこちらにいらっしゃるとお聞きして挨拶に来ましたわ。」
芳子は少し気まずさもあった。告白を断って昨日の今日だ。しかし華は一切気にする様子もない。吹っ切れたのか?
「ああ、今週末に講演会をするから下見にね。」
「講演会?軍服姿で来て下さりますか?」
華が初めて芳子の姿を見た時も軍服姿だった。少女雑誌に軍服で白馬に跨がる芳子の姿に一目見て恋に落ちた。その芳子が川島家に帰ってきてたまたまお邪魔していた華と対面したのはまもなくの事だった。
「ああ、そのつもりだ。」
「楽しみですわ。」
「そうだ、華ちゃん。校長室に案内してくれるか?一度校長先生に挨拶しておきたくてね。」
「分かりました。こちらですわ。」
華が案内しようとしたとき
「千鶴ちゃん?」
千鶴子が芳子に倒れかかる。
「大丈夫か?」
「少し立ち眩みがしただけです。」
昨日の今日だ。疲労とストレスが溜まっているのだろう。
「千鶴ちゃんを医務室で休ませてもらえないか?」
「あの、宜しければ千鶴子さんはうちの馬車で送りましょうか?迎えが校門の前で待っているので。」