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ちょっとの勇気と正義のヒーロー

作者: ありま氷炎

「久瀬くん。実はずっと前から私は君のことが好きだったんだ」


 昨日帰り際にミーティングの事前打ち合わせがあるから、と上司に言われて吉見よしみはいつもより30分ほど早く会社に到着した。

 エレベーターに乗って、事務所の扉を叩く。

 扉を開けたのは上司だった。


「まだみんな来てないんですね」


 吉見の働いている会社は五人しか職員がいない。

 外国から品物を輸入して売る仕事をしている。昨今ネットで直にやり取りができることから、仲介をやってる吉見の会社はなかなか厳しい立場にある。

 けれども、上司が多言語を自由に操ることから、どのような国の商品でもお客様のニーズに答えやすく、希望のものを入手することができるのだ。しかも、どのようなルートかわからないが、商品を輸入するスピードがものすごい早いのだ。

 専門の飛行機でもあるのか、と吉見は密かに疑っている。


「うん、そうだね」


 上司は歯切れが悪そうに答える。

 髪はぼさぼさ、瓶底眼鏡をかけ、背中をいつも曲げて歩く上司ははっきり言って、ちょっと胡散臭い。

 仕事はできるのだけど、吉見は彼を生理的に受け付けなかった。

 なので、早く他の人が来てほしいと願いながら、上司から距離をとってたたずむ。

 すると、上司が距離を詰めてきた。


「あ、あの」

「久瀬くん。実はずっと前から私は君のことが好きだったんだ」

「はああ?」


 吉見は素で返してしまった。

 それから慌てて取り繕う。


「あ、あのですね。じょ、冗談ですよね?」

「冗談でこんなことを言うものか。久瀬くん。どうか、私と付き合ってほしい」

「い、いやです」


 微妙に距離を詰めてくる上司からも離れたくて、吉見ははっきり答えてしまった。


(ま、まずい。クビ?でも、この上司と付き合うとか無理。だって生理的に無理だよ。本当)


「そっか、だめか。だめかああああ!」


 突然上司が叫び、そのカツラと眼鏡が吹っ飛んだ。


「……MRスーツ?」


 そこにいたのは、正義のヒーロー。MRスーツだった。

 

「そっか、そっか!君が私を受け入れないなら、こんな世界いらない!」


 ぴかっと彼の全身が光り、周りのものが吹き飛ばされた。

 もちろん吉見もだ。


「全部壊してやる!」


 MRスーツはもう正義のヒーローではなかった。

 その日、日本は一人の闇堕ちした正義のヒーローによって壊滅させられた。



りりりりーー


目覚ましの音で、吉見は目を覚ます。

勢いよく体を起こし、周りを確認。


「夢、夢だった。でもあの夢……」


 吉見の生まれた家には秘密があった。

 一生に一度、予知夢を見るのだ。

 彼の父親も吉見が生まれる前に命に関わる予知夢をみて、命拾いしたことがあった。


「単なる夢よね?」


 そうぼやいたが答える声はなかった。

 

「あ!」


 ふとスマホを再度みて、時間を見て思い出す。


「今日は早く会社に行かないといけなかった!」


 夢のことなど忘れ、彼女は支度を始める。薄化粧を済ませ、パンツスーツにシャツを着て、出陣だ。

 鞄に必要な物を詰め込んで、アパートを出る。

 カンカンと軽快な音を鳴らしながら、階段を降りきり、駅に向かう。


「おお、吉見ちゃん。おはよう。今日は早いんだね」


 犬の散歩をしていた山田さんが吉見に挨拶をする。

 すると山田さんのチワワは嫉妬でもしたのか、キャンキャンと吠え始めた。


「ああ、ごめんね。吉見ちゃん。これ、ミチル。だめだぞ。お前への愛は変わらないからな」


(いや、犬に向かって愛?さむっつ)


「ん?」


 吉見はふと、そんな感想を抱いた自分に既視感を覚えた。


「あーー!」


 大きい声を出してしまい、チワワが立ち止まりキャンキャンとまた吠え始めた。


「吉見ちゃん、どうしたんだい?」


 山田さんはチワワを宥めながらそんなことを聞いてくる。


「なんでもないです。すみません」


 手を振ってから、吉見は足早に歩き始めた。


(一緒だ。一緒。夢と。あのチワワに吠えられるのは今日が初めてだった。偶然にしてはおかしい。となると、あの上司に告白されるの?っていうか、あんななりしているけど、上司は本当はMRスーツなんだよね。だったらカツラと眼鏡をとったらハンサム?じゃあ、問題ないよね)


 MRスーツは、爽やかなイケメンのスーパーヒーローだった。なぜか衣装がスーツで、それゆえにMRスーツと呼ばれていた。スーツ姿で悪人と戦うのはちょっと違和感しかない。しかし、彼は現れてから一年、スーツ姿で悪人と戦い続けていた。


(そういえば、上司はほとんど事務所にいなかったし。そういうことか)


 先ほどまで予知夢を見ていたことに気がつき不安がっていたが、世界が滅ぶのは吉見が告白を断ったことが原因だった。

 それであれば断らなければ大丈夫だと彼女はかなり楽天的に考えていた。


 会社の入っているビルに到着して、エレベーターで十階へ。

 そして事務所の扉を叩いた。


「久瀬くん。実はずっと前から私は君のことが好きだったんだ」


 上司の告白が始まる。

 モジャモジャしている髪、瓶底眼鏡はカモフラージュ。猫背なのも正体がバレないためなんだから。


「私もです」

「そうか!よかった!嬉しい」


 上司はモジャモジャした髪のまま、瓶底眼鏡をつけたまま、ぎゅっと吉見を抱きしめる。


「ちょっと、早いです!」


 (え?もしかして、私、間違った?この人、本当は普通の、変な人?でもわからないわ)


 

 その日から、吉見は上司と付き合うようになり、食事をしたり、ドライブに出かけたりした。

 けれども、上司がMRスーツになるところを一度も見たことがなかった。


(ああ、あれは予知夢じゃなかったのよ。なんで間違ったのよ。吉見!)


 こうなると上司は単なる生理的に合わない人のままである。

 手を触られても、寒気を覚えるようになってしまい、吉見はとうとう別れを言い出す決意をした。


(仕事は変わる。だって無理だもん。うん)


 吉見はファミレスに彼を呼び出した。

 上司はちなみに洒落たところがまったくなく、デートはファミレスかラーメン屋だった。吉見も嫌いではないのだが、なんだか夢見ていた大人のデートとは違うと不満もあった。


(別れを告げるのよ。そして退職届も出す)


 ファミレスにやってきた上司。いつものモジャモジャ頭に瓶底眼鏡。服はポロシャツにジーンズ。


(モジャモジャ頭をやめてって言えばいいのかな。そして眼鏡もコンタクトレンズにしてもらうとか)


 ふとそんなことを思ったが、吉見はその考えを飲み込んだ。


(別れる。別れるの!)


 退職届を膝の上に置き、いつでも出せる構えを取る。

 別れを言うのにも意外に勇気が必要だった。

 思えば、上司は常に優しかったし、吉見の話をよく聞いてくれた。

 

(だけど、だけど、外見は重要だから)


「あの!」

「久瀬くん。すまないが。ちょっと待っててくれるか」

「は、い?」


 吉見の返事を待つ間も無く、上司は颯爽と立ち上がり、ファミレスを出ていく。

 そして窓から見えた彼は、MRスーツだった。


 暴走車を止めて、轢かれそうだった人たちを救った彼。

 今日はスーツを着てなくて、ポロシャツにジーンズ姿だった。


「背広さん」


 MRスーツは吉見の上司で、彼氏だった。

 吉見は慌てて退職届を破り捨てて、ゴミ箱に捨てる。


「よかった。変な勇気を持たなくて」


 あの夢は間違いなく予知夢だった。

 吉見はファミレスで、心を落ち着かせながら彼氏を待つ。


「久瀬さん、ごめん。待たせたね」


 戻ってきた上司こと、背広はポロシャツにジーンズ姿ではあったが、着替えたのか少しデザインが異なっていた。モジャモジャなカツラに瓶底眼鏡はしっかりと装着している。 


(別れなんて切り出したら日本が破壊されるわ。吉見だめよ。いいじゃない。彼はMRスーツ。モジャモジャカツラと瓶底眼鏡はカモフラージュ)


 そう自分に言い聞かせ、吉見は背広と交際を続け、ついに結婚した。

 しかし、彼はどんな時もモジャモジャカツラと瓶底眼鏡を外すことはなかった。

 もちろん、夜もである。


 日本を救ったのは紛れもなく吉見で、勇気を出して、別れを切り出さなかったからだ。もし彼女がちょっとの勇気を持って、別れを切り出していたら、MRスーツは闇堕ちして、日本は破壊されていただろう。


(おしまい)

 

 



読了ありがとうございました。

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