男の決断
ep.3-2 男の決断
––––さて。ルビィ達が賑々しくもデストラップダンジョンの一端を覗いていたころ。
一人国境の村、パンジョを訪れていたシャトーはと申しますと。
「……あぁ、ここですわね」
依頼の待ち合わせ場所としていた、『喫茶所コヌダ』を訪れておりました。
(運び手の方は……まだいらしてないみたいですわね)
小洒落た店内を見渡し、目当ての人物と思しき相手を見つけられず、ひと先ずは人待ちの旨を店員に伝えて席に着くのでございました。
(それにしても、この状況……ルビィ達もいなくて私だけに脚光が当たるだなんて。これはもう、決定的にアレ、ですわね)
「ふ、うふ、うふふふ……ごらんなさいルビィ!フェルネット!これこそ私が真の主役である証!天は私を選びましたのよ!オーッホッホッh––––」
一方その頃のルビィt––––「お・待・ち・な・さ・い!」
……何とも前代未聞なことに、天の声に割り込んでくる、という暴挙に出るシャトーでございます。
「お黙りなさい!せっかく私が喋っているところだと言うのに、何を勝手に場面転換しようとしているんですの?」
そこは、ほら、登場人物への愛ゆえに、と申しましょうか……
「意味が分かりませんわっ‼」
致し方ございませんので、ここはひとつ彼女の物語に、今しばらくお付き合いのほど。
「何故そこで渋々な態度なんですの?まったく!もうっ!」
––––それでは話を戻しまして。
単独での活躍(?)の場に、シャトーが高笑いを放っておりますと、店内に新たな人影が入ってくるのが見受けられました。
それは何やらちぐはぐな組み合わせの二人連れ。
一人は、金属板を張り付けた、丈の長い革製のベストを身に着けた、冒険者にしても、如何にも駆け出しといった風情の少年。
そして、もう一人はと申しますと––––
(あれは……ニンジャ、とか言う東方の暗殺者の装束でしたかしら?護衛、という感じでもなさそうですし、随分と変わった取り合せですのね)
興味をそそられたシャトーが観察をしておりますと、その二人組は、キョロキョロと店内を見回し、誰かを探す素振りを見せております。
これはもしや、と察しを付けたシャトーは、優雅に立ち上がり、微笑を浮かべながら彼らに歩み寄ります。
「もし。失礼ですけれど、依頼させていただいた運び手の方、でよろしいかしら?」
「いかにも。我は、雑用専門ギルド『猫の手』のライアーと申す」
「あ、同じく、カケルです」
少年たちと挨拶を交わすと、商品の受け渡しがてらに彼らを誘い、暫しの歓談を楽しむシャトーでございました。
……それではこの隙に。
一方のルビィ達はと申しますと……
「ねぇ、そろそろお腹すいてこない?」
「あ~、そうだね~……もうすぐお昼だもんねぇ~」
シャトーの帰りを待っていた私達は、ダンジョンの入り口前で、手持ち無沙汰な時を過ごしていた。
空を見上げると、もうずいぶんとお日様も高い。
「エリュシア~」
「はい。なんでしょう?ルビィお姉さま」
「あんた、ちょっとお使い行ってきてよ。みんなの分のお昼ごはん」
「はい!わかりましたぁ!……あ、でも私、お金持ってません!」
はじける様な笑顔で宣言するエリュシア。
「知ってる。……ってわけで、テッド、フェルネット。一人100イラルね」
「おっけ~。一番近くのお店ってなんだっけ?」
「ん~?……あ、あれよ。『ホブ ウェイ』」
「あぁ、あのクラブサンドのお店。あそこ、美味しいよね~」
「……俺もいいのか?っていうか、全員分だと結構な量になるだろ。何なら、俺も一緒に買いに行こうか?」
テッドが気を遣って、ジェントルメンなことを言ってくる。よく気が付くし、優しいイイ奴だよねぇ~…………なぁんて、私の目はごまかせない。
そっかそっかぁ。こいつ、エリュシアのことが……って、やっぱり胸かっ‼
「それじゃあ、お願いしちゃおっかなぁ~。あ、私、ミートボールのシックスインチ。みんなで食べるから、超!鬼盛りポテトセットでぇ、ドリンクはミックスベリーね」
……別に、悔しいから余計に頼んで重くしてやろうってんじゃ、ないし?
…………ちょっとムカついただけで。
「ぷぷ~っ!www……あ、アタシは、ターキーブレストのフットロングで、極盛りサラダセット!ドリンクはお茶でいいよ。あと、テッド♪(チョイチョイ)」
なんか、フェルネットがテッドに手招きして、ぼそぼそと耳打ちしてる。
(優しさのベクトルは絞った方がいいよ。ほら、ルビィ、シットしてるし)
(––––なっ!……お前、気付いてたのかよ?)
……二人して、なぁ~に話し込んでるのかなぁ~~~?
「ねぇ!なにコソコソ話してんのよ!」
「ヤバヤバ、飛び火しちゃう♪……ん~ん、なんでもないよぉ♪」
「そ、そうそう!大したことじゃねぇから。……今日の株価、とか?」
「カブ?……なにそれ?」
「いや……はは、なんだろうな?」
なぁ~んか、明らかに隠してるよねぇ。……後で問い詰めてやる!
「……で?手伝ってくれるんでしょ?お使い。早く行ってきてよね」
「あぁ、分かった。それじゃあ行こうか、エリュシア」
「あなたに呼び捨てにされる覚えはありません!……では、行って来ますね!ルビィお姉さま♡」
「あぁ、はいはい。いってらっしゃい」
………………………………じーっ。
「ほら、早く行こうぜ、お・ひ・め・さ・ま」
「むうぅぅ……なぁんかバカにされてる気がしますぅ!」
からかっている様子のテッドに、エリュシアはおカンムリみたいだけど、なんだろう。やっぱりなんかムカつく。
「……ルビィってさ、自分の事だとけっこうニブイよねぇ」
「はぁ?何のことよ!」
「ん~ん、べっつにぃ~♪」
「うっわぁ~、ム・カ・ツ・クわぁ~。その『お見通しです』みたいな態度!」
………………
…………
……
––––さて、ルビィが言葉にできぬ気持ちに身を焦がしていた頃、一人別行動をとっていたシャトーはと申しますと……
「––––まぁ!それでは、野生のオークを調教してしまったというんですの?」
「いや、まぁ、調教っていうか、懐かれただけっていうか……」
運び手としてやって来た少年が、道中襲い掛かってきたオークを、成り行きとは言え手懐けてしまった、という話に、興味津々と聞き入っているのでございました。
(中々面白い殿方ですのね。そこまでモンスターに好かれるのでしたら、是非とも囮……いえいえ、敵勢操作のできる斥候として勧誘を……ギラリ!)
妖しいほどに瞳を煌かせ、少年を見つめるシャトー。
対面に座する少年はと申しますと、何やらうすら寒いものを感じ取ったのか、若干ヒキ気味に、警戒している様子が見て取れます。
そこで、少年の気をそらすため、彼が手懐けたというオークを見せてもらうことに。
お店の入り口脇に体育座りをしていたオークは、途中、シャトーの身に漂う媚薬ガスの残り香に発情したりも致しましたが、鎮静剤を与えてみれば、なるほど敵愾心のようなものは見受けられず、少年に恭順の姿勢を示しております。
––––と、その時でございました。
東の空の彼方より、高速で飛来する影が、狙い過たずシャトーの後頭に突撃を敢行したのでございます!
スッコーーーーン!という快音を伴って彼女に突き刺さったのは、この世界における高速連絡手段の一つでもある、火箭鳩と呼ばれる伝書鳩。
「––––っ!痛ったーーーーーーい!」と、後頭に突き刺さったピジョンに悲鳴を上げたシャトーは、痛む頭を擦りながらも、届けられた文を確認いたします。
その文の内容はと申しますと……
『終わった? byルビィ』
「……………………」
怒りと呆れの混在したような表情を浮かべ、悪戯ともとれる短文に目を通していたシャトーでございましたが、おもむろに紙とペンを取り出し、返信文を書きつけてゆきます。
そして、文を足にくくりつけたピジョンを、ガシリ!と両の手で捕まえると––––
「……いいこと?このお手紙は、ちゃんとルビィのおでこに届けてくださいましね?忘れないように。判ったなら……お行きなさい!!!」
怯えるピジョンに言い聞かせ、綺麗なオーバースローで投げ放つシャトーでございました。
そうして後、臨時のパーティーメンバーとしてスカウトすべく、少年に誘いを掛けたり、さりげなく仕入れたばかりの性転換ポーションを飲ませてみようとしていたようでございますが……
「ムリですイヤですカンベンしてください!力の限りお断りしますっ!!」
と、全力でお断りされる始末。やはり、ETDというのが難点だったのでございましょう。
(まぁ、まだ機会はあるでしょうし、あまりしつこくしても嫌われてしまいますわね。ここは潔く、策を練って出直しましょう)
深追いはせず、次期の必勝を胸に秘め、少年たちに別れを告げて、シャトーは、パンジョ村を後にしたのでございました。
同刻––––
「––––あ、戻ってきた。テッド!エリュシア!こっちこっち!」
昼食を買いに行っていた二人を待っていたルビィは、大きく手を振って、急かすようにテッドとエリュシアに声を飛ばしておりました。
「お姉さまぁ~!お待たせしましたぁ!」
「……結局、全部俺に持たせてんのな。ちゃっかりしてるぜ……」
大きく手を振り返して、満面の笑顔で駆け寄るエリュシア。
その後ろからは、両手に荷を抱えたテッドが続いてまいります。
「あぁ、いいタイミングで帰ってきたわ。さぁ、エリュシア。ここに立って」
「はぇ?なんですか?ルビィお姉さま」
「いいからいいから。そのままジッとしてんのよ!」
そう言って、西の方角に向けてエリュシアを立たせると、自らはその後ろに隠れるようにして、何かを待ち構えるルビィでございました。
やがて––––
「キタキタ、キターーー!」
歓声とも嬌声ともつかぬルビィの声とともに、彼方の西の空より高速で飛来する、火箭鳩の姿が。
「––––え?え?ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!?」
「ポ、ポ?––––ッ!ポポロポポポーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」
(※意訳:え?違う!どいてどいてどいてーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!)
スッッコーーーーーーン!
––––ピジョンは急に止まれない。
辛うじて嘴を避けたピジョンの頭が、エリュシアの額にクリティカルヒット!
「あきゃっっっ‼」
後ろから押さえつけられていたエリュシア諸共、倒れ伏してしまいます。
「よっし!東方の『ニンポー変わり身』、成功!」
グッと拳を握り、会心の笑みを浮かべるルビィ。
「あうぅぅぅ……痛いですよぅ、お姉さまぁ……あ!ハトさんがぐったりしてる!治療!治療しないと!誰かぁ!お医者様はいらっしゃいませんかぁーーー!」
「いや、あんた【回復】使えるでしょうに……」
「––––っ!そ、そうでしたぁ!えっと……………………やり方が分かりませんっ‼」
慌てふためいていたエリュシアでございましたが、ルビィの指摘にハッとして、ピジョンの上に手を翳すこと数秒、キリリとした眦に涙を浮かべ、キッパリと断言したのでございます。
「アッハハハハハハッ☆ちょ、ちょ~ウケる……www!!ぷぷっ!……ほ、ほら、エリュシア。魔力集中して……そう、そんでもって、【回復】!」
「––––は、はいっ!【回復】!」
お腹を抱えて、膝をバシバシと叩いて笑っていたフェルネットが、エリュシアの後ろから手を取って補佐をしてあげると、ここでようやく、翳していた手に淡い緑光が宿り、ピジョンの治療が施されたのでございました。
「あんた、ちゃんとした魔術も使えたのね……」とはルビィの談。
「……で、できましたぁ!ほらほら、ハトさんも元気になってますよぅ!」
「はぁ~、おっかしかった。でも、ダンジョンの中でいざって時に『出来ませ~ん!』って言われるよりは良かったんじゃない?練習できてさ」
一しきりの笑いの発作を納めたフェルネットが朗らかに言うと、呆れ顔で眺めていたルビィも、「まぁ、確かにね」と首肯するのでございました。
………………
…………
……
「……一体、何の騒ぎですの?揃いもそろって」
ふと、声のした方を見やると、怪訝そうに首を傾げたシャトーの姿が。
「あれ?シャトー。随分早かったねぇ。ピジョン、今さっき来たばっかりだよ?」
「えぇ。村を発つところで、丁度良く乗合馬車を拾えたから、そのまま乗ってきましたの」
フェルネットの問いに応えた後、ルビィ達の様子に訝し気な視線を送ると、「あぁ、やっぱり。今度はエリュシアを身代わりにしたんですのね」とため息をひとつ。
「ふふん。私をぎゃふんと言わせたいんだったら、もうちょっと工夫が必要だったわねぇ」
控えめな胸をドン!と張り、渾身のドヤ顔をきめるルビィ。
何かを言い返そうとしたシャトーでございましたが、「ねぇ、早くゴハン食べようよ。あんまり冷めちゃうと美味しくないよ?」というフェルネットの言に、渋々、不承不承といった体で、その反論の矛を納めたのでございました。
「––––シャトー。アンタの分のお昼ごはんも買っておいたから。はい、ロイヤルシュリンプ。これ、好きだったよね」
「え?えぇ……いただきますわ」
私が差し出したクラブサンドを、どこか釈然としないような表情で受取るシャトー。
「あ、ちゃんと紅茶も買ってあるから。んでもって……はい」
「……おいくらですの?」
私が差し出した空の手を見て、ひと言。さすが話が早い。
「エリュシアの分も合わせて、一人100イラルね。この子、お金持ってないし」
「まぁ、仕方ありませんわね」
––––と、いうわけで。「「「「「いただきま~す!」」」」」
ガマンの限界、といった感じで、フェルネットなんかは号令と同時にかぶりついてる。
シャトーはお上品にチビチビと、エリュシアは、ほっぺた汚しながらワンパクに。
かく言う私はと言えば––––
「あ、テッドは何食べてんの?」
「俺か?これだよ、BLT。冒険の前はいつも軽く済ませることにしてるからな」
そう言って、手にしたクラブサンドを見せてくる。
「へぇ~。それも美味しそうね。ね、一口ちょうだい」
言うが早いか、テッドが手にしたクラブサンドをパクリ!と齧る。
「––––!っな!」
うん。カリカリのベーコンに、フレッシュなレタスとトマトが爽やかにマッチしてる!
ふと顔を上げると、真っ赤な顔をしたテッドが、口を閉じたり開いたり繰り返していた。
「––––って、そんな真っ赤になって怒らなくてもいいじゃん。ほら、私のも一口食べていいからさ」
なんだか難しい顔をしていたテッドは、一しきり唸った後で、「別に、怒ってるわけじゃあ……」なんて言って視線を泳がせる。
さんざ迷った挙句、「そ、それじゃあ……」なんて言いながら、私が差し出したクラブサンドの、まだ齧っていない所を遠慮がちに一口齧るテッド。
その様子を見ていたエリュシアが、「あぁーっ!お姉さま!それなら私とも一口交換しましょう!ね?ね?いいですよね?」なんて言ってきた。
「やぁよ。あんた、食べ方汚いんだもん」
私がにべもなくそう言うと、途端に泣き出しそうな顔をするエリュシア。
「~~~っ!ああぁ、もう!分かった、分かったから!一口食べていいから!」
「ホントですかぁ⁉ありがとうございますぅ!」
途端に顔を綻ばせ、エリュシアは満面の笑みで私が口をつけた所を選んでかぶりついた。
鳴いてたカラスが何とやら……ああぁ〜、もう!なんだか親戚のチビッ子でも世話してる気分だわ。
みんなでワイワイと食事をしていると、ふと思い出したように荷物を探っていたシャトーが口を開いた。
「それで、先ほどの探索はいかがでしたの?」
「そうそう、それがね、あっぶない所だったのよ。私が助けに行ったんだけど––––」
「あぁ、ありゃあ、あんたらが言ってた以上にヤバかった。一緒に行きたいって気持ちはあるけど、かえって迷惑かけちまいそうだしな……」
私がシャトーに説明をしていると、テッドは悔し気にそう言って俯いてしまう。
「でしたら、こちらを差し上げますわ。どうしても、と仰る覚悟がおありならお飲みなさいな」
「こいつは……ポーション、か?」
差し出された小瓶を、訝し気な顔で受け取るテッド。そりゃあ、今の話の展開からポーションなんて出されても、『なんで?』ってなるよね。
「ええ。こちらは私が先ほど購ってきた、性転換ポーションですわ」
「てぃー……えす?」
「そうですわね……言葉で言うよりも、実際に見てみた方が早いですわね。エリュシア」
「はい。なんでしょうか?シャトーお姉さま」
「こちらをお飲みなさい」
「はぁい!…………んく、んく……ぷはぁ!」
何の説明もなしに差し出されたポーションを、疑いもなく飲み干すエリュシア。
私が言うのもなんだけど、この子の将来が心配です。
「ところでシャトーお姉さま。これって一体、何のポーションなんですかぁ?」
今さらな質問をするエリュシアだったけど、果して変化はすぐに現れた。
「––––って、あれ?……え?え?なんですかこれ!あっあっ!私の、私の胸がぺったんこに!––––っ!いやぁぁぁぁぁぁっ!股間に違和感っっ!!!」
豊かな、どころかもはや暴力的と言ってもいい程だった胸はみるみるうちにしぼんでゆき、頭の両脇に結わえていた髪もボーイッシュなベリーショートに(なんで長さが変わるんだろう?)、蜂蜜を煮詰めたような、甘ったるい女の子らしかった声も、少し落ち着いた少年ぽいトーンに変化する。
体型は––––あんまり変わってないか。とにかく、最終的にはスレンダーな美少年、といった感じになっていた。
「––––と、この様に、飲むだけで性別が変わってしまうポーションですのよ」
「シャトーお姉さまぁぁぁ!せめて、せめて先に説明してくださいよぉぉぉっ!」
「心配しなくとも、こちらのリヴァース・ポーションで元に戻りますわ」
「っ!は、早く!早くそれをくださいぃぃぃぃぃぃっ!」
ヒョイ、ヒョイと、右へ左へと掲げられるポーションに飛びつくエリュシア。
ほどなくして、リヴァース・ポーションで元に戻ったエリュシアはホッと一息。
「はあぁぁぁ……一時はどうなるかと思いましたぁ……」
「あんた……ちょっとは疑うってことを覚えなさいよね」
「そんなっ!お姉さま達を疑うなんて!ありえません‼」
なんという絶大な信頼感!ヤバい!この子、ほっといたらイケナイ!
「ねぇ。説明が終わったんなら、そろそろ行こうよ」
危機管理能力ゼロのエリュシアに戦慄を覚えていると、しびれを切らしたフェルネットが声を上げる。
「あーそうね。んじゃ、そろそろ行こっか……エリュシア、分かってんでしょうね?」
「はぁい!ダンジョンの中のものには、勝手に触りませぇん!」
「よろしい。んで、シャトー。賭けをしない?一階層を抜けるまでに、どっちが沢山モンスターを倒せるか。負けた方が来月のハウスライブのチケット代を払うってことで」
「あら、いいですわね。たまには貴女の支払いでライブを楽しむのも。えぇ、受けて立ちますわ」
「うっさいし!泣きながら払うのはあんたの方だし!」
「ねぇ。それって『スパチリ』のヤツ?アタシは『ディープグリーン』のが好きなんだけど」
スパチリっていうのは、私とシャトーがお気に入りの小楽団、レッド・スパイシー・チリ・ドッグスのこと。実はシャトーとの出会いのきっかけだったりもして。
––––で。フェルネットは別の小楽団のほうがいいらしいんだけど、あそこって、リーダーがステージ中でも気に食わないと『お前クビ』みたいにビシッ!と指差したりして、違った意味でスリリングなグループなのよね。
「––––っていうか、フェルネット?今のは私とシャトーの賭けだから、嫌なら別に交ざってこなくてもいいんだけど。それとも、参加したいの?」
「……言っちゃう?ねぇ、そ~いうこと言っちゃう?いいもん!だったら、アタシが一番になったら、二人の奢りでディープグリーンのライブだからね!」
「はいはい。いいわよ。できるもんならね」
––––––––––––
––––––––
––––
賑やかな言い合いを残し、ETDの中へ踏み入ってゆくルビィ達。
「……これを、飲めば………………」
その背を見送ったテッドは、手の中に握りしめた小瓶を睨み付け、背反する二つの心に引き裂かれるかのようにその顔を歪め、身動きが取れなくなってしまうのでございました。
(あいつを、守りたい……いや、一緒に冒険してみたい。けど、女になれ、なんて……)
想い人と共に行くか、それとも、男としての矜持を貫くのか––––
踏ん切りのつかない己の気持ちと格闘すること、およそ四半刻。
「––––くそっ!」
荒々しく叩きつけるように、悪態を一つ。
眩く光る陽光を照り返す小瓶をあとに残し、テッドは歩み去るのでございました。