ユメデアイマショウ
Act Tune ユメデアイマショウ
––––翌日の予定を決め、それぞれが自室へと戻った後。
部屋の用意が間に合わなかったエリュシアを床に敷いた毛布に寝かせ、自身の寝台に潜り込んだルビィが、眠りに落ちた頃合いのことでございます。
––––娘よ。
ここはルビィの夢の中。何者かの声が、ルビィを呼ばわります。
「すう、すう。……むにゃむにゃ……うへへ♡」
呼びかけられたルビィはと言えば、夢の中だというのに、更なる眠りにつき、果てしなき惰眠に耽るのみ。声の主には気付いてさえおりません。
『…………これ、娘よ。目覚めるのだ』
「ぐう、ぐう。…………うぅ~~ん……すぴ~……」
辛抱強く反応を待っていた声にも、徐々に苛立ちの色が見え始めます。やがて。
『~~~~~っ!おのれは、何を夢の中でまで眠っとるんだぎゃ!さっさと起きんかね、こん、どたぁきゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!』
バチコーーーーーーーーン!
「––––なごっ!!?」
遂に痺れを切らした何者かによって、頭を叩かれてしまったルビィは、何事かと跳ね起きて、キョロキョロと辺りを見回します。
「痛ったぁ~~~!……え?なになに?」
『ようやく目覚めたか、娘よ。ここは汝が夢の中。私の話を聞くがよい』
声のする方に目を向けるルビィ。そこにいたのは、闇色の法衣を身に纏い、背まである灰銀の髪を後ろに流し、整った浅黒い細面の顔に、涼やかな切れ長の暗蒼色の眼をした、三十代程の見た目の男性が。
その姿を目の当たりにしたルビィは……
「––––っ!ぎゃ~~~っ♡イケオジじゃぁ~ん♡♡……はっ、身だしなみ身だしなみ!」
盛大な歓声を上げ、それから、おもむろに髪の乱れをチェックし始めたのでございます。
『イケ……なんだと?』
聞きなれない言葉に、訝しむ男性。
「イケオジよ。イケてるオジサマってこと♡」
対するルビィは、超・好意的な視線を送りながら説明をいたします。
『むぅ……?良くは分らんが、好感を持たれた、ということだろうか』
「そうそう♪」
戸惑いを隠せない男性と、上機嫌に首肯するルビィ。しばしの間、男性は考え込んでしまい、その顔を眺めているルビィは、それはもうニッコニコなのでございました。w
「ちょっと、今草生やしたの誰?」
『草?何を言っている。そのようなものは生えておらんが?』
「いえ……今、誰かに笑われたような気がして……」
––––普段の粗忽なイメージとは裏腹な鋭さに、驚嘆の念を禁じえません。www
「……おっかしいなぁ。他に誰もいないはずなのに、今度はディスられた気がするのよね」
『ディ、ス?判らぬが、それならば、この世界の神やもしれぬな。さておき、そろそろ私に自己紹介をさせていただきたいのだが、良いだろうか』
「あ、はい。ごめんなさい……どうぞ」
––––そうそう。私のことはおかまいなく。兎も角、紳士然とした男性は、延々と続くかに思われたコントを切り上げ、名乗りを上げるのでございます。
『では改めて。私の名はルシフェル。汝に宿りし権能の源泉たるものである』
「え~と、ルシフェル、サマ?……私の権能ってことは、あの、悪魔王っていう?」
『いかにも。獄界の統括者が内の一柱である。が、よく知っていたものだな』
恐る恐ると尋ねるルビィに対し、傲慢の王は鷹揚に頷きます。
「えぇ、一応、こっちの神様に聞いてはいたので。それで……今日はどういったご用件でこんなところまで来られたんでしょう、か?」
『なに、汝が宿した権能の説明と……後は、久方ぶりに現れた、新たな我が娘の顔を見に、といったところか。汝の真に友を想うその姿、このルシフェル、心打たれたぞ』
慈父の如き微笑を浮かべ、暖かな眼差しを送る悪魔王に、困惑しきりなルビィでございましたが、どうしても気になる点について、尋ねないわけには参りませんでした。
「我が娘……って。あの、ホントに悪魔、なんですか?もしかして私、魂取られちゃったり?」
『少々、誤解があるようだな。それは、下級の悪魔の仕事であるし、悪魔とて神の被造物。良き心の片鱗すらない、ということではないのだよ』
寧ろ、人に近しい心すら持ち合わせているからこそ、悪魔に魅入られる人間が後を絶たないのではございますが。
「じゃあ、何かの契約書にサインさせられたり、っていうことじゃ、ないんですね?」
無暗にサインをしない。知人・親戚の急報は確認する。オレだよオレ、という言葉には眉に唾する。これらを徹底しているルビィは、慎重に確認を取るのでございました。
『何やら、詐欺師か何かと混同されている気もするが。先に言った通り、此度は汝の宿せし権能について説明に参ったまで。安堵するがよい』
「はあ。まぁ、説明だけって言うなら聞きますけど……」
あくまでも警戒を緩めない態度にも、特段気を悪くした風もなく、というよりもむしろ好まし気に、傲慢の王は説明を始めるのでございました。
『……まず、汝に宿りし権能は、私が大天使長であった頃のもの。故に、汝が懸念しているであろう、魔的なものではないこと、覚え置くがよい』
「あ、そうなんですね。ちょっと安心しました」
『うむ。ただ、絶対純潔の名が示す、その純潔とは、汝にも科せられる枷ともなろうもの。ゆめ忘れることのなきようにな』
「え……それって、どういうこと、ですか?」
『つまりは、神の使いたる、天使にも等しき高潔さが求められる、ということだ』
「要するに、聖人君子の、ようであれ、とか、そういう……」
若干、強張ったように引きつった笑みで問う、ルビィ。そう、彼女にとって、その心のありようとは、思わずお尻がむず痒くなってしまうような、聖者の如き態様。常であれば、はいはい。乙、乙。と、笑い飛ばしていたようなものだったのでございます。
『……む?別に、万人に対して聖者のように振る舞えとまでは言わぬぞ?ただ、己に恥じぬ自身であること、それと、文字通りその身の純潔を守れ、ということ。つまり、自らを信じられなくなったとき、身体を汚されたとき、権能を失うと知るがよい』
「要するに、自分の信念を貫いて、身の純潔を守れ、ってこと?……何て言うか、もっとこう、神の教えがどうとか言われるのかと思ったんですけど、え?ホントにそれでいいの?」
戸惑うように問うルビィに、傲慢の王は、重ねて申します。
『正しき義など、立場によって違うもの。純然たる力に善悪が無いようにな。人の戦など、その最たるものであろう?』
「言われてみれば……確かに、戦なんてどっちも正義なんて掲げているものだし、間違っては、ない、のかな?」
少々、丸め込まれている感がしないわけでもございませんが、ルビィが頷いたのを認め、話を進めてまいります。
『それでは、本題だが。【武装化】の方は、取り敢えず出来ているようだな?』
「武器と防具、ですか?はい、おかげさまで」
『ふむ。武装には剣を選んだようだな。なれば、そこからの変化も教えておくとしようか』
「変化、ですか?」
『うむ。汝の得た権能とは、浄化の力である。故に、汝の仲間の異常を取り除く為の形態もある。それがこの、HARISENである!』
ルビィが手元を見ると、剣が形を変え、蛇腹状に折り込まれた、扇のような形となっておりました。
「はりせん?」
『そうだ。それでもって状態異常となった者の頭を叩けば、即座に解除ができる。見ての通り、刃が付いておらぬ故、傷をつけることもない』
「……浄化、ね。確かに、これなら大して痛くもないんでしょうけど」
ポンポン、と具合を確かめるように、自らの頭にHARISENを当ててみるルビィでございました。が、それと同時に、世界が傾ぐように悲鳴を上げ、己の身体もまた、淡雪が如く融け消えてゆく感覚に襲われたのでございます。
「––––えっ?えっ?ナニコレ?身体が……消える?」
『あっ!馬鹿者!ここは汝が夢の中!そのようなことをしたら、目を覚ましてしまうであろうが!……ええい、仕方ない!良いか!要点のみ伝えるぞ!汝の浄化の力を使えば、周囲の魔物は一掃できよう!されど、力の行使は日に三度まで。力を使う度に、汝の––––』
ルビィに聞き取れたのは、そこまで。次に気が付いたのは、宿の自室、寝台の上。
「––––っ!……?……夢?」
辺りを見回すも、窓から差し込んでくる月の、薄ら寒い白銀の光に浮かび上がるのは、床に敷かれた毛布に身を横たえ眠る、エリュシアの姿。他の何者の影もなく。
「……えへへぇ♡おねぇさまぁ……こんなところでぇ♡人が見てますよぅ……♡」
「…………………………………………ハア」
エリュシアの寝言に、ため息ひとつ。ふと、右手に違和感を覚え、
「これって……」
その手にあったのは、夢に出てきたHARISEN。
「夢だけど……夢じゃなかった、のかな?」
独り言ちて、HARISENを納めたルビィは––––
「うん。頑張らなくっちゃね」
明日への決意も新たに身を横たえ、その瞳を閉じるのでございました。