G.P.E〈グラン・ポンコツ・エリュシア〉
ep.2-2 G.P.E〈グラン・ポンコツ・エリュシア〉
––––ギルドにて、晒し記事回避に(強制的に)成功した後。
「これで安心してETD攻略に向かえるわね」
どやぁ、と少々小振りな胸を張って、ルビィは宣言したのでございますが……
「ねぇねぇルビィ。エリュシア、まだ起きないけど、どうする?」
フェルネットの言葉に振り返ると、「きゅう……」と床に倒れて、未だに気を失ったままのエリュシアの姿がございました。その様に、悪戯心を刺激されたルビィは……
「ふっふ~ん♪……さぁ、起きなさい、エリュシア。……そう、あなたはエリュシア。この街で産まれた、ヒト種の癒し手よ。そして、私たちを〈お姉さま〉と呼んで慕って来る、可愛い妹分なの。……貴女は、私達のピンチには、自分の身を犠牲にすることも厭わない。だってそうですものねぇ。貴女の大事な、だ~いじなお姉さまですもの」
クスクス、と笑いながら、刷り込みを行うルビィ。
「ちょっと、何を言い出しますの?ルビィ。お止めなさい!悪趣味な」
「あはは、じょ~だん、冗談。流石にこんなので催眠に掛かる訳ないじゃん」
あっけらかんとした様子で、呵々と笑い飛ばしていた、ルビィでございましたが。
「ん、んん~……あれ?私、寝ちゃってましたか~?」
クシクシ、と目を擦りながら、その身を起こすエリュシア。あぁ、なんて愛らしい!
「やっと起きた?エリュシア。もう、置いていこうかと思ったよ」
と、気安く声を掛けたルビィを見るや。
「……あ!おはようございます!ルビィお姉さま♡」
雛罌粟の花の綻ぶように、満面の笑みを浮かべるエリュシアの姿。
ピシリ、と固まるルビィ。
「え、エリュシア?私達のこと、ちゃんと分かってる、よ、ね?」
「あん、もちろんですよぉ!ルビィお姉さまに、シャトーお姉さま、フェルネットお姉さま!私の、だ~いじなお姉さま方ですもの!」
「…………」強張った顔のまま、くるりと振り返るルビィに、二人のお仲間は、つい、と顔をそむけるばかりでございました。
「……ねぇ、どうしようか、この子」
エリュシアに抱きつかれ、縋るような目で尋ねるルビィに、「はぁ……それこそ自業自得、というものではなくって?貴女が面倒を見るしかないですわね」と、半ば呆れたように言うシャトー。
「いいんじゃない?ど~せアタシも、ダメな子枠みたいだしぃ?」
先ほどのやり取りを根に持っている様子のフェルネットも、不貞腐れたように続きます。
「はぁぁ……仕方ないかぁ。エリュシア。あんた、ちゃんと私達の言うことを聞くのよ?」
「はい!もちろんです、ルビィお姉さま♡」
ああぁぁぁ~……果てしなく心配だなぁ。
「––––それじゃあ、今日のところはみんな、それぞれアイテムの補充と武器なんかの整備。で、終わったら宿屋に集合、ってことでいい?」
「私は異存ありませんわ」
「アタシもそれでいいよ」
「私はルビィお姉さまと一緒がいいですぅ♡」
「あ~、はいはい。そんじゃ、ついといで」
「♡♡♡~~~」
何故か上機嫌で私の腕に抱きつくエリュシアがジャマくさかったけど、私にも原因があるわけだし、面倒見るしかないか。
「……と、ゴメ~ン!シャトー!」
おサイフを探っていた私が呼び止めると、「なんですの?」と、あからさまに警戒したような声音でシャトーが振り返る。
「いやぁ~、私、自分の分だけならいいんだけど、この子の装備一式揃えるってなると、手持ちじゃ足りなくってさぁ……貸して?」
パン!と手を合わせてお願いしてみる。
「はあぁ……いい加減、私を財布代わりにするのはやめて欲しいのだけれど。良いこと?その子の分だけですからね」
重い吐息を零し、釘を刺しながらも、五枚のクロネ金貨を手渡してきた。
「いっつもゴメンねぇ~、助かるよ」
「申し訳ありません、シャトーお姉さま。必ずお返ししますから」
「いいのよ。ルビィが私にたかるのなんて、いつものことですもの」
疲れたように、ひらひらと手を振って立ち去ってゆくシャトー。くそう。いつか儲かったら、足元にビッグマネーを叩きつけてやる!
––––固い決意と共に、エリュシアを連れて道具屋さんへと向かう。
「ごめんくださ~い。おじさん、居る~?」
「お~う!……なんだ、ルビィちゃんか。今日は何だい?」
恰幅がいい、というよりも、まるで樽のようなまん丸なお腹に、スイカでも余裕で入るんじゃないかという、大きな口。頭の上でピコピコと耳を動かしているのは、このお店のご主人、河馬獣人のクラテスさんだ。
私達(主に私)の値切り交渉にも快く応じてくれるし、とってもいい人。
「今日はこの子の装備一式を見繕って欲しいんだけど。なんかいいのある?できればお安く」
「あぁ、わかってるよ。で?その子は……戦士、とかじゃないよな。魔術師、いや、癒やし手かな?」
「––––スゴイです!何でわかったんですかぁ?」
「ね?このおじさんの見立ては間違いないんだから。お任せしましょ」
おじさんがローブやアミュレットなんかをゴソゴソとやっている間、こっちはこっちで、大事な装備を見なくちゃいけない。
「エリュシア。ちょっとこっち来て」
重要アイテムを手に、エリュシアを試着室に押し込む。
「なんでしょう?お姉さま」
「うん、調整しなくちゃならないから……ショーツ脱いで」
「はい……はい?」
頭の上に?マークをいっぱいに浮かべて、九十度に首を傾げる。
「だから。パンツ脱ぎなさいっての」
じれったいなぁ、もう。
「え?え?こ、こんな所で、ですか?嬉しいですけど、心の準備が……」
紅くなった頬を両手で押さえて、もじもじと身体を揺すってるけど。
「違うから。ほら、これ。貞操帯、ちゃんと着けないとETDに連れてけないでしょ」
私が手にしているのは、金属製の極薄な貞操帯。魔具師の手によるもので、金属なのにお肌に擦れたりしないし、極薄なのに、その性能はお墨付き。一度フィットさせれば、魔鍵によって本人以外には外せない代物だ。
「やり方教えてあげるから。次からは自分でやりなさいよね」
「わ、分かりました。……ふぅっ!んっ♡お、お姉さま。そこ、くすぐったい、です♡あんっ!……はぁ、はぁ。ダ、ダメぇ!私、おかしくなっちゃ––––」
「なぁ~に誤解受けるような声出してんのよ!ホラ、後はパーソナル登録だけだから」
ひと通りの調整をしてあげて、これで終わりとばかり、ペン!とお尻を叩く。
「ルビィちゃん。取り敢えずの一式持ってきたから、終わったら試着してみな」
扉の外から、おじさんが声を掛ける。
「はぁ~い。ありがとう、おじさん」と返事をして、試着室の前に置かれた小卓から、装備品一式を手に取って、エリュシアに着せてゆく。案の定、サイズもピッタリだ。
「お姉さまぁ。これ、ちょっとゴワゴワしますぅ」と、甘え声で訴えるエリュシア。
「こういうのは段々馴染んでいくんだから、グダグダ言わないの」
用意されていたのは、亜麻のような素材の薄手の肌着と、鈴蘭を思わせる香りのする、薄桃色のローブ。それと、銅線を編みこんだ、胸丈のフード付きケープ。これがけっこうゴワつくのだ。
「ふ~ん。結構サマになってるじゃない」
「えへへ♪ありがとうございます」
嬉しそうに頬を緩めて、その場でクルクルと回って見せる。まるで小さな子供みたいなはしゃぎように、思わず私も笑みをこぼす。
「おっ、思った通りピッタリだな。お嬢ちゃん、キツイとこは無いかい?」
頃合いを見計らって、おじさんが戻ってくる。魔法か何かで覗いてるんじゃないか?って噂がたつほど、タイミングもバッチリ。
「ありがとうございます!バッチリですよぅ。でも、このローブの香りって何ですかぁ?すごくいい香りですけど……」
「あぁ、そいつは、鎮静剤の原料になる草の繊維と、魔物避けの香料が織り込んであるんだよ。お嬢ちゃんは後衛みたいだからな。特別製だぞぅ?」
おじさんが、お道化た様子で説明する。これは……気に入ったね、おじさん。
「うわぁ……ホントにありがとうございます、おじさん。大事にしますね」
「なぁ~に、お礼ならルビィちゃんと、お金を出してくれたシャトーちゃんにしときな」
…………ホントに、何でもお見通しだ、このおじさん。
「あとは、耐性装備があるといいんだけど……」
「あぁ、ざっと見繕ったけど、こんなもんでどうだ?」
差し出してきたトレイの上には、指輪、チョーカー、飾冠が並ぶ。
「これが毒耐性の指輪。混乱避けのチョーカーに、耐催眠の飾冠だ。媚毒耐性のアイテムは、ちょっと特殊過ぎて、すぐには手に入らないんだよ」
申し訳なさそうに、コリコリと頭を掻いてるけど、初期装備としては上等過ぎるくらい。
「なぁ~に言ってんの。私の時より随分と気合い入ってるじゃん。でも、これだけの装備だと……お高いんじゃないのぉ?」
うりうり、と肘でおじさんのわき腹をつつきながら、値段交渉に入る。
「はっはっは、相変わらずしっかりしてるよ。まずは、肌着が300イラルで、ローブの方は1クロネと500イラル。端数の500はおまけしとくよ。それと、ケープはちょっと上物で、1クロネと800ってところか」
ここまでで、3クロネと、100イラルか。中々お買い得ってところだけど。
「おじさ~ん。もう100イラル頑張って貰って、丁度3クロネにならない?」
「おいおい。あんま欲張るもんじゃないよ。代わりに、ポーション三本セットを付けてあげるから、そいつでどうだ?」
ポーション三本セット!HPポーションとMPポーション、解毒剤の三種類がセットになった、このお店での標準価格120イラルの商品!それなら文句なしだね。
「オッケー、買った!」
「毎度。あとは、指輪が500イラルで、チョーカーは300イラル、飾冠が800ってとこかな?」……え~と、500の、300,800で……1クロネと600イラルか。
「締めて、4クロネと700イラル。どうかね?」
「ん~~~、仕方ない。買った!」
実際のとこ、大分お買い得ではあるしね。この辺で妥協しとかないと。
「あと、鎮静剤がニ~三本くらい、かな?」
「あいよ。毎度あり」
お代を払いながら、コッソリとおじさんに耳打ちを一つ。
「ところでさぁ、あの飾冠って、既にかかってる催眠が解けたりって、しない?」
「あん?ありゃあ、本来の精神状態に戻すもんだから……解けるぞ?」
良かったぁ~。これでエリュシアの変な暗示も解け……
「お姉さまぁ~♡見てください、この飾冠。まるで、お姫様みたい♡」
……ダメだ。解ける気配がない。
「おじさ~ん。解けないんだけど。どういうこと?」
ここまでの事情を掻い摘んで説明して、おじさんに詰め寄る。
「ふぅ~む。こりゃあ、あれだな。ルビィちゃんが冗談で掛けた暗示と、あのお嬢ちゃんの願望が合致しちまってるんだな」
「––––どういうこと?」
「察するに、あのお嬢ちゃんは頼れる相手ってか、誰かに依存して、助けてもらえる人生がいい、とか考えてるんじゃねぇかな?」
「マジで?……カンベンしてよぉ~」
「こうなりゃ、腰ぃ据えて鍛えなおすとか、独り立ちさせるしかねえんじゃねぇか?」
「うん……そうする……」
ああぁぁぁぁ!なんなの?この子マジポンコツだし!明日からスパルタでいこう!
宿屋に戻って、翌日の打ち合わせ。
一階の大食堂、その一角のテーブルで、夕食を摂りながらのミーティングだ。
卓上には、四人で分けるように、ホールのミートパイが中央にデンと鎮座し、他にも、川魚を葡萄葉で包んだ蒸し焼きやパスタが並ぶ。フェルネットとエリュシアは、早くも籠に盛られた果物に手を伸ばしていた。
「二人ともちょっと待って。……それじゃあ、今日の反省と、明日の成功を祈って、ミーティングを始めます。まずは前祝いに、カンパイ!」
チン、と軽い音を立ててグラスを合わせる。シャトーは葡萄酒、私とフェルネットは淡いピンクの果実酒を。エリュシアは、薄めた林檎酒を、それぞれ傾ける。
「––––やはりここは、安全第一ではないかしら?ですから、この通り全員分準備してみたのだけれど」
そう言ってシャトーが取り出したのは、人数分、四つの【全裸の生贄乙女像】。
「あ~確かに。今日はシャトーが持ってたけど、もしもあんたが最初に捕まったら、全滅しかねないもんね。私は賛成だよ」
私が同意すると、フェルネットも、「アタシもそれでいいよ~」と頷く。
エリュシアは、よく分かっていないのか、「お姉ふぁまたふぃにおまかふぇひまふぅ♡」とか言って、口いっぱいにミートパイを頬張っている。
というわけで、生贄の乙女像は、一人一つづつ持って、誰が行動不能になっても脱出できるようにして、脱落者を出さないようにする、ということに決まった。
それと、お昼にエリュシアの装備を買うときに忘れていた、彼女の武器。治癒師と言ったって、護身用の武器はあるに越したことはない。
「……ちょっと待ってらして。私の部屋に、この子でも扱えるものがないか、見て来ますわ。エリュシア。ついてらっしゃい」
「はぁ~い!シャトーお姉さま」
まるで、尻尾を振る仔犬のようなエリュシアを伴って、シャトーは出ていった。実は彼女の部屋には、実家から送られてきたと称する種々の武器が、大量に陳列されている。本人曰く、『過保護の心配性なだけですわ』とのことだけど。
シャトーたちを待つ間、私達も(食事を摂りながら)打ち合わせ。
「やっぱりさぁ、後衛がいないってのはちょっと心配じゃない?」
「うん。今さらだけどね。アタシも攻撃、ルビィも、シャトーも攻撃。エリュシアが入ったけど、防御系の後衛、考えてみればいなかったねぇ」
モリモリとパスタを頬張りながら、フェルネットも首肯する。
「ちょっと。シャトー達の分も残しときなさいよ。……にしても、どうしよっかなぁ」
「それなんだけどざ、ルビィ––––」
フェルネットが何か言おうとしたとき、私達の後ろから声がかけられた。
「なぁ、あんた達。ちょっといいか?」
振り向いてみると、茶髪の短髪、赤みを帯びた眼を笑みの形に緩め、背には大楯を担いだ、甲冑姿の細身の男が立っていた。
「……何かご用?」
今日の失敗のこともあって、やや警戒気味に、ぶっきらぼうな感じの応え方になってしまう。
「急に声をかけちまって、済まない。俺はテオドア。今日この街に着いたところなんだけど、一緒に冒険する仲間がいなくてな。––––で、たまたま君たちの話が聴こえちまったもんだから、盾職の売り込みに声を掛けさせて貰ったってわけだ」
どうだい?と、片目を閉じながら言ってくるのはいいんだけど、ねぇ。
「気持ちはありがたいんだけど––––」と、言いかけると、すかさず。
「––––あぁ、いや!言いたいことは分る!女の子ばっかりのところに声かけるなんて、何か下心があるんじゃないかってのは。でも、誓って疚しい気持ちじゃねぇんだ。話だけでも聞いてくれないか?」
頼む!と言って、テオドアは頭を下げる。けど、こんなに人の多い所でされると、なんだか私達が悪者みたいで、すっごい居心地が悪くなっちゃうから!
「ちょっと。恥ずかしいから、こんな所で頭下げないでくれる?……とにかく座って。ほら、みんな見てるし。ね?」
「あ、あぁ、済まない。それじゃあ、失礼して」
どうにか落ち着かせて、席に着かせる。「せっかくだから、何か飲む?奢ったげる」と言うと、「あぁ、じゃあ、エールをもらおうか」……おねえさ~ん、エール一つ!
「––––で、テオドアだっけ?なんで私達なわけ?他にも冒険者、いるでしょ?」
運ばれてきたエールを一口呷ったところで聞いてみる。
「あぁ、俺のことはテッドって呼んでくれ。その……た、大した、わけじゃ、ないんだぜ?あ、あれだ!良く分んねぇけど、難しいダンジョンにチャレンジしてるみたいだから、俺でも、手助けにならねぇかと、その、な?」
どこか慌てたように、顔を真っ赤にして言う、テッド。はっはぁ~ん。そういうことね。
「まぁいいわ。私達、大事なことはみんなで決めることにしてるの。だから、仲間が戻るまでもうちょっと待っててね」
途端にニマニマとした笑みを浮かべる私に、赤面した顔を更に赤らめて、それでも真っ直ぐに私の目を見返してくる。可っ愛い~。誰がお目当てなのかなぁ~♪
「––––お待たせしましたわ。あら……そちらの殿方はどなた?」
少しして、戻ってきたシャトーが問いかけてきた。
「テオドアよ。私達のパーティーに入りたいんだって」
「はぁ?そんなもの、話し合うまでもないことでしょう?」
それはそうなんだけど、やっぱりお楽しみは、みんなが揃ってからでないとね。
「まあまあ。どっちにしても、ちゃんと説明してあげなくちゃいけないし。彼、今日この街に着いたばっかりだって言ってたしね」
「そういう事でしたら……仕方ないですわね。でも貴女、何か企んでいる顔ですわよ?」
「え?気のせい気のせい。何でもないって♪」
……なぁ~んてね。
取り敢えず、全員揃ったので、改めて自己紹介。ただ、空気読まない&人の話を聞かないエリュシアが、「見てください、ルビィお姉さま!こんなの頂きましたよ!」とか言って、貰った短杖を掲げてはしゃいでたりしたけど。ヨカッタネ。
「––––さて。これでひと通り紹介も済んだわけだけど。……テッド、ちょっとこっちに来てくれる?」と、みんなから少し離れたところに連れてゆく。
「お、おう。なんだい?」
「何って、あんたの本当のも・く・て・き。ね、誰が好みなの?ほらほらぁ。教えなさいよぉ♪」と、テッドのわき腹を、ウリウリと肘で突っつきながら問いただす。
「は、はぁ?だ、誰が、って、そ、そんなんじゃ、ねぇし?……(第一、本人相手にそんなこと、言えるかよ!)」
真っ赤になった顔を隠すように、鼻から下を手で覆って、顔をそらす。
?なんだか最後にブツブツ言ってたみたいだけど、よく聞こえなかったなぁ。
「ふぅ~~~ん?ま、いいわ。そういう事にしといてあげる。じゃあ、テーブルに戻ろうか」
「あ、あぁ……」
まるで茹でたエビかカニのように、真っ赤な顔をしたテッドの手を引いて、テーブルへ。
何故かニヤニヤしながら、何事かを囁きあっているシャトーとフェルネットを他所に、席へ着く。
「結論から言っちゃうと、『気持ちはありがたいけど、ごめんなさい』ってことなんだけど––––あぁ、別に、あんたの腕とか性格を疑ってっていう話じゃないんだよ?」
席に着くと、テッドの申し出に対する答えを告げる。ただ、まだ会ったばかりだけど、けっこういい奴っぽいから、気が重いんだよねぇ。
「腕でも性格でも……って、じゃあ、何でだよ!」
バンッ、とテーブルを叩き、食い下がるテッド。当然と言えば、当然の反応。
「その答えは単純。貴方が男だからですわ」
と、隣で様子を見ていたシャトーが答える。
「何だよそれ!……尚更納得いかねぇよ」
勢い、声を荒らげそうになったけど、かろうじて抑えてくれた。
「うん。だから、今からそれを説明するよ?……テッドは、北の岩山のダンジョンについては、何か聞いてる?」
「いや。さっきも言った通り、今日この街に着いたばっかりだからな」
姿勢を正したテッドは、目を合わせて話を聞く態度を示す。
「だよねぇ。––––で、私達は、正にそのダンジョンに挑んでいるわけなんだけど、一つ、条件があって……男子禁制なのよ」
「はぁ?男子禁制のダンジョンなんて、聞いたこともねぇぞ」
そっかぁ~。ソダネー。ソウナルヨネェー。……はぁ。やっぱ全部言わないとダメ?ダメなんだろうなぁ。恥ずかしいから言いたくないんだけど。
試しに視線を向けると、シャトーは葡萄酒のグラスを片手に余裕でスルー。フェルネットは、こっちに振るな、と言わんばかりにお料理に目を落として、決して顔を上げない。
「だから。私達が攻略しようとしてるのは、ETDなのよ」
「い~てぃ~、でぃ~?なんだそりゃ」
ああぁ、もうっ!ちょっとは気付きなさいよ!まったく。……仕方なく耳打ちをしようと顔を寄せると、何故かテッドは、頬を真っ赤に染めていた。構わず耳たぶをつまむ。
「だぁかぁらぁ。エロトラップダンジョンだって言ってんの」
羞恥を抑え、耳元に小声で囁く。
「え、ろ……って、えええぇぇぇぇぇぇっ!?そ、それって、あれか?××××とか△△△で、○○が○○されたりする、あれか?エ、エロト……むぐぐぐ!」
「声が大きい!恥ずかしいんだから、でっかい声出さないで!」
それに、ピーピーうっさい!
その単語を聞いて、二度三度と眼をしばたたかせて、数瞬。大いに取り乱すテッドの口を、慌てて塞ぎにかかる。
で。私に手で口を塞がれたテッドは、またしても顔を真っ赤に染めている。
変な奴。熱でもあるのかな?まぁいいや。
「と、とにかく。そういう訳だから、一緒に行くことはできないの。分かった?」
「……しかしだなぁ。それを聞いたら、ますます君たちだけで行かせるのは……なんつうか、こう、男として?それに、ほら。俺が守ってやれれば、君たちもそういう目に遭わなくて済むんじゃ……」
諦めきれないのか、なおも食い下がってくるテッド。ホントに、気持ちはありがたいんだけど、男子禁制なのにはちゃんとした、ガチの理由があるんだよねぇ。
「あんたの気持ちはよく分かった。でも、聞いて?テッド。あのダンジョンは、私達女の子が入って、もしも負けても命は取られない。(女としては終わるけど)」
「お……おう」
「……でもね。男の人が足を踏み入れると、ほぼ確実に命を落とす、デストラップダンジョンになっちゃうのよ」
「デス、トラップ…………マジか……」
にわかには信じられない、といった様子で、呟きを落とすテッド。
「どうしても納得がいかない、というのでしたら、実際に一度見てみれば宜しいのですわ」
私達の様子を見て、静観を決め込んでいたシャトーが、口を開いた。
「(ルビィのことを)……守りたいのでしょう?でしたら、私達が赴くダンジョンがどのような場所か、殿方が足を踏み入れればどうなるか。直接見れば話も早いでしょうし」
何故か思わせ振りに、私の方を見やったシャトーが言葉を重ねる。
「––––って、ちょっと待ってシャトー。危ないから男子禁制だって言ってんのに、どうしてそんな話になるの。……死なせる気?」
慎重主義のシャトーらしくもない提案に、私の言葉も険のあるものになってしまう。
「まさか。私だってそんなことを言う気はありませんわよ。ですから、【乙女像】を持たせてダンジョンに入っていただく。一歩も動かず中を観察。そのまますぐに脱出。これなら危険も少ないのではなくって?」
一つ一つ、指折り条件を提示してゆくシャトー。
「それはそうかもだけど……」
理屈ではそうかもしれないけど、何て言うか、スッキリしない。
「だったら、ルビィも一緒についてってあげれば?」
と、フェルネットまでもがそんなことを言い出す。
……さっき、何かをコソコソ言い合っていたのは、これか?なんか面白くない。
どうしようかと、テッドの方を見てみると、肚を決めたような顔で––––
「いや、そこまで気を遣ってもらわなくても大丈夫だ。確かに、言葉だけじゃ納得できないと思ってたところだし、リスクが少ないってんなら、行かせてもらうよ」
望むところ、とばかりに応える。大丈夫かなぁ。
「それでは決まり、ですわね。それでも尚、覚悟があると仰るのなら、私の方でもそれなりの準備をしておきますわ」
リーダー、私なんだけどぉ~。なんか、私抜きで話、進んじゃってない?
「ねぇ、ホントに大丈夫なの?テッド。ムリ、しなくていいんだからね?」
「あぁ、無理なんてしねぇさ。まぁ、任しときなって」
こうして、この夜は更けていったのだった。