○○○○○ノウタヒメ
ep.2ー1 ○○○○○ノウタヒメ
ETDにおける、被トラップ最速記録という、注意喚起のための晒し記事。
そんな生き恥ものの告知をどうにかするため、私達はギルドへ急ぐ。
「それで、ルビィ。どうするつもりですの?もう貼りだされているはずでしょう?」
「大丈夫。その場にいる、全員の記憶を……トバす!」
「記憶って……どうやって?っていうか、ルビィ、目つきが怖いよぉ」
怯えるフェルネット。シャトーの疑問にも、まとめて答えてあげる。
「あんた達、コレ使って。……って、エリュシア!早くしなさいよ!」
二人に、とあるアイテムを渡して、後ろを見る。ふらふらとした足どりで、腕を横に振りながら駆けてくるエリュシア。伴って、その巨大なおっぱいを、バユン!バユン!と揺らしながら。トロくさいのは、あれが原因らしい。
「ハア……ハア……ま、待ってくださいよぉ。私、運動苦手なんですってばぁ……」
私は、笑顔を浮かべたまま、無言で(只今命名)フェザーソードを右手に構える。
「エリュシア?胸のソレ、ジャマなら切り落としてあげよっか?」
「ひ、ひぃっ!」
「ヤなら、さっさと来るっ!」
「はひぃっ!」
鬼教官のような私の剣幕に、エリュシアは死に物狂いで駆け抜けてきた。
––––ようやく追いついたエリュシアも交え、これからの説明をする。
「ねぇ、ルビィ?コレ、私には耳栓に見えるのだけれど。しかも、マンドレイク用の」
さすがは博識なシャトー。ひと目で気が付いたみたい。そう、これはマンドレイク––––マンドラゴラとも言う植物を採取する時に使うもの。引っこ抜くときに放たれる落魂叫喚も、これがあれば安心という一品だ。因みに、犬の頭部の形をしている。
「そうよ、シャトー。それを着けてないと、あんた達も巻き添えだからね?」
「貴女……一体何をする気ですの?」
顔を引きつらせ、訝し気な目を向けるシャトーに、片目を閉じて、ウインク。
喋りながら歩くうちに、ギルドの前まで到着していたので、扉を開きながら。
「見てれば分かるわ。これでも私、村じゃミナゴロシの歌姫って呼ばれていたんだから」
ギラリとした笑みを浮かべ、ギルドへと足を踏み入れる私。後ろでは、蒼い顔をした三人が、慌てて耳栓を着ける気配がした。
––––昼を過ぎ、太陽が天頂を譲ろうかという頃合い。
ギルド内部は、職員、冒険者問わず訪れる人々で、活気に満ちた様相を呈しておりました。辺りに耳を傾ければ、そこかしこで––––
「冒険者ギルドへようこそ!今日はどういったご用件でしょうか?」
「ゴブリンでもスライムでもなんでもいい!なんかありませんか?もう、もう……ドブ攫いばっかりなのはウンザリですよおぉぉぉぉぉぉっ!」とか。
「隊商護衛依頼の、臨時パーティー募集でぇ~す!誰か、一緒に行きませんかぁ~~~!」
「すいません。情報募集しているんですけど、行方不明になったジャスティンとかいう…………え?犬?マジか……」
「––––買い取り一個100イラル?何でだよ!神の腕輪だぞ!」
「そうは言ってもなぁ。コレ、行くたびに手に入るやつだろ?みんな売りに来るから、ガラクタ並みにダブついてるんだよ……」
「ふっ……お嬢さん。私と一緒に冒険に行きませんか?とりあえずその辺でお茶でも……」
「あんた。片っ端から声かけまくって断られたからって、相方の顔まで忘れてんじゃねぇ~~~わよ!パンピーの町娘にまで声かけて!恥ずかしいったら、まったく」等々。
午後からの探索に赴く者、食事をとる者に、受け答えに追われる職員。
皆が皆、各々の時を過ごしていた、その折のことでございます。
バンッ!という音とともに、大きく開かれる、正面の大扉。
諸手を広げ、剣吞な笑みを浮かべる少女に、皆の視線が注がれました。
「おい……あの娘ってたしか……」
「あぁ、さっき貼りだされた娘だろ?」
「……ぷっ。あれか。記録更新したっていう……」
その声を皮切りに、ざわざわとしていた場の空気が、一転して嘲弄に満ちた笑声に塗り替えられ、「ぎゃはははは……」という誰かの癇に障る声が耳朶をうつのでございました。
––––誰かの下品な笑い声を無視して、一歩。
ニヤニヤと向けられる、嘲りの視線を正面から見返して、一歩。
内心の憤激を抑え込んで、私はギルドの中へ踏み入る。そして––––
怒りを堪え、大きく息を吸い込むと、一息に吐き出した。
「あんたら!私の!歌を!聞けやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
……阿鼻叫喚。死屍累々。そこから先は、真に地獄絵図、と言えましょう。
冒険者、職員。老若男女問わず、倒れ伏す人々。
後に、自らの冒険譚を綴った書には、こう記されております。
『私は、この時の光景を生涯忘れることはないでしょう。その時ギルドに居たものが、老いも若きも、男女、貴賤の別もなく、恰も除虫菊を炊いた、夏の蚊遣火に中てられた羽虫の如く倒れてゆく光景を。この時私は、わが生涯の友、ルビィ=ルルに、真正の狂気と恐怖を覚えずにはいられなかった』
––––シャトー=リューズ=イエーガー著 「我が冒険の記」より––––
僅かに一節。歌声、と形容しても良いものか、彼女の歌が止んだ後には、静寂。
動く者の一つとしてなく……いえ、只一人、何かを素早く察知して、犬の頭を模した耳栓を身に着けていた、ギルド受付嬢のみが、眩む頭を抑え、立ち尽くすのみ。
そんな中を征くルビィの姿は、さながら蹂躙した街を闊歩する魔王の如く。
「さ、行くわよ、あんた達」
「ル……ルビィ。これは、いくら何でも、あんまりではなくって?」
「み、耳ぃ~がぁ~、イタイよぉ~~~……」
「はりゃ……ほろ……はぁううぅぅぅぅ……」
三者三様。って、あれ?エリュシアが気を失ってる。耳栓が、チワワタイプだったから、防音が不完全だったかな?
「ルビィ!いきなりなんてことするんデスか!」
仲間たちの様子を窺っていると、ギルドカウンターから声が飛ぶ。
「あれ?カティじゃん。久しぶり~」
「久しぶり~、じゃないデス!どうしてくれるんデスか!こんなにして!」
プリプリと怒っているのは、私と同郷の幼馴染、カティ=リーガル。肩口まである金髪を、後ろで簡単に括った髪型。普段はおっとりとした、たれ目がちの眼を、今ばかりは吊り上げて私を睨んでいる。ま、しょうがないかな?
「ごめんごめん。実はさぁ~、お願いがあるんだ、け、ど♪」
素早く近づいて、搦めとるような眼差しで、カティの耳栓をヒョイと外す。
「な、ななな、なんデスか?お、脅しには……屈しないデスよ!」
怯むカティ。構わず、瞳に力を込めて、〈お願い〉をする。
「やだなぁ、脅しだなんて。ただ、あの貼り紙を、やめて欲しいだけだよぉ。私達の仲じゃない……聞いてくれるわよね?」
「あ、あれはギルドの顔役が決めることで、私が勝手に決めるわけには……」
「ふぅん。……あ~、今日はなんだかのどの調子がいいなぁ~。もうちょっと歌––––」
「か、か、顔役に聞いてくるデスッ!」
慌てて駆け出すカティ。間もなく、「キャッ!顔役?しっかりしてくださいデス!」という声が聞こえてきた。どうやら、たまたま近くにいたみたい。
「カティ?どうやら、覚えているのは、あなただけみたいね。今なら、ア・レ。剝がしちゃっても、誰も気がつかないと思わない?」
「ひっ!……」
私は、ゆっくりと歩みを進めると、カティの元へ。
「分かるよね?あなたは困りたくないし、私達は困ってる。……簡単な取引でしょ?」
「で、ででで、でもでも…………」
狼狽えるカティと、迫る私。
「うわぁ……ルビィがキチクだぁ……」
「けれども、ここまでしてしまっては、もう、後には引けませんわ。諦めましょう……」
私達の〈取引〉の様子を見て、シャトー達は溜息を零す。それにしても鬼畜って……ちょっと失礼じゃないかな?フェルネット。
「…………………………………………分かりました、デス」
泣きそうな顔で、遂にカティが折れた。
「そんな顔しないで。今度、なんか奢るからさ」
「ううぅぅぅ……私の職業倫理は、汚されてしまいマシタ……」
いや、そんな大したもんじゃないんだよ?リラックスしていこうよ。
「……あ~ぁ」
「これは、盛大にやらかしましたわね……」
「うっさいなぁ。あんた達もこれで助かるんだから、別にいいじゃん」
非常事態だったし。表向きは誰も困らないし。