拠点防衛 Wave 2
ep.8-2 拠点防衛 Wave 2
「––––し、死ぬかと思った……」
「大丈夫でございますか?カケル様」
「……あー……ってか、鏡孤さん、よく平気っすね……」
「私は、速度重視の技が多うございますから、今程度の速さでしたら慣れておりますので」
「……あっそ」
………………あ、ども、カケルっす。
って、俺、誰に話してんだ?……は?ドクシャ?
ドクシャって……読者⁉それって、そういうこと?マジか……
っと、それはそうと、中央広場からどっかの弾丸列車よろしく弾き飛ばされていた俺たちは街の北西、攻性結界『風』のポイントに到着していた。
街の北半分には魔物––––モンスターが浸透しているっていう前情報通り、途中の道にはウジャウジャとモンスターがはびこっていた。けど––––
「––––おおおっ⁉いるっ!モンスター、めっちゃいるっっ⁉」
「強行突破します!カケル、様は後のために温存を!––––穿て!螺旋・突槍!はぁあああああああああああああああああああああっ‼」
「おおう……モンスターがゴミのようだ……」
––––てな具合に、複座式のソリの前列に陣取っていたシスターが片っ端からモンスターを屠って、道を切り開いてくれた。
その様は、まるで……あれだ。昔のSF人形劇に出てくる……そう、ジェットモグモグ⁉
そうこうしているうち––––ものの五分も経たずに––––俺たちは目標地点に到着。
ブレーキ代わりの楔を打ち込み、ガリガリと石畳を削って、ガン・スレーと
呼ばれたソリが停止すると、俺たちは素早くソリを下りて、ポイントに設置された聖女像の周りに陣地を作る。
乗ってきたソリも、即席の防塁––––障害物––––として設置。その両サイドにシスター達が武器を構え、正面には手早くたすき掛けをした鏡孤さんが、蒼刃の匕首を逆手横一文字に構えてにらみを利かせる。
……ふと、振り返って後ろを見上げる。
風林火山陰雷、六つのポイントと中央広場に設置された『聖女像』。
なんでも、三千年ほど前にこの世界にやってきた、この世界初の転生者らしいんだけど……腰に手を当て、片足を後ろに跳ね上げて横ピースでキラっ☆て……
どこのアイドルだよ⁉……いや、まあ、偶像って意味じゃ間違ってないのかもしれないけど。
なんて考えていると––––
『カケル、大丈夫?生きてる?』
––––ルビィから、念話符で通信が入った。
「誰が死ぬかっ⁉ってかなんだよっ⁉」
『や―、状況はどんなもんかと思って。どう?順調?』
「––––正直、安全の保証もないジェットコースターみたいで死ぬほどビビったけどな。今は無事に到着して、鏡孤さん達が周りのモンスターを蹴散らしてくれてるよ」
若干失礼なルビィの問いかけに応えて状況報告をしていると……
「カケル様は私が守ります!御本家様より預かりしこの紫水丸の威、疾くとその身に刻みつけよ!水鏡・朧刃––––【島風】!」
「これは––––っ!我らも負けてはいられません!––––クローヴァ!」
「ええ、やりましょう。我ら金城鉄壁の城塞たらん!––––カスミ!」
「はぁあああっ!螺旋突槍、【穿枝鋼葉】!」
「––––舞え、華輪戦鎌……【千葉・落花】!」
水面を疾走る風のように銀の髪をなびかせた鏡孤さんが駆け抜け、負けじと螺旋状の––––文字通りドリル状の––––穂先をした槍と、黄色い小花––––菜の花?––––のような飾り房を付けた戦鎌を構えた二人のシスターが、それぞれの武器を揮う。
一陣の風が駆け抜けた後には、下半分が触手だらけのイモムシや、前四つ足に糸を構えた大蜘蛛のモンスターが瞬く間に斬り伏せられ、空から襲い掛かるバカでかいトンボや、羽の生えた無数の……男のブツが固まったようなモンスターは、(多分)魔法で発生した鋼の葉っぱが壁のように防ぎ、その合間から棘のように突き出された槍が穿つ。
更には、渦を巻く鎌から吹雪のように吹き付ける黄色い花房がモンスターにまとわりつき、動きが鈍ったところへ旋回する鎌の連撃がモンスターを斬り刻んでゆく。
––––と、鏡孤さん達の様子に見とれているところに、状況確認をするルビィ達の声が聞こえてくる。
『––––アネホ達は?』
『こちら紅玉小隊。敵の進行方向のせいか、現在のところ交戦もなく、順調に進んで––––きゃっ!』
「っ!アネホ⁉どうしたの?」
『……っきゃはははははははっははははははははははははははははっっっ‼』
『な、なに?どうなったの?』
『––––あ、ごめーん!お姉ちゃん、丸吞みプラントに頭からパクっとイかれて、中で触手にくすぐられてるみたい』
「––––ま、マミったぁ⁉」
……どうやら、アネホさんは敵がいないと思ったところで、植物型のモンスターに頭からパクっといかれたらしい。––––って!
「あ、アネホさん、大丈夫なのか?アガペー!」
『カー君?お姉ちゃんだったら、今アースラさんが助けてくれてるよ。ほら』
『––––大丈夫ですか?アネホ様』
『ええ、お手数をおかけしました。……けれど、私とて騎士団の一員です。一度受けた攻撃を二度も受けるような無様はさらしません。もう、何も怖いものはありませんよ!』
「ちょっ!アネホさん、それってフラ––––」
『あ!お姉ちゃんが今度は下からパックリいかれたぁ!』
「やっぱり⁉ってか、また『マミったぁぁぁぁぁぁっっっ⁉』」
「––––っておい。お前の姉ちゃんだろうがっ!」
『えへへ。面白そうだったから、つい?』
つい、じゃねぇっての!……と、そういえば他のポイントはどうなったんだろう?
––––それではご要望にお応えしまして。
「……え?今の声、女神?」
はい。いつでも貴方のおそばに♡無銘女神でございます♡
「……欲しかったんだな、出番……」
さておき。気を取り直しまして、次の舞台は南門でございます♪
「南門って……あのフェルネットとかって人の?……ってか、ちょっと待て。わざわざピンポイントでスポット当てるってことは、なんか起こるのか⁉」
それでは南門のフェルネットさんに……ズーム、イン!
「ズームインじゃねぇぇぇっ!ちゃんと答えろ!飲んだくれ女神‼」
……何事も起こらなければ物語にはなりませんよ?それでは今度こそ、ひぁういごうっ♪
–––––––––
––––––
–––
「–––?」
「あら?どうかしたの?フェルネットちゃん」
「あ、ナンナさん。なんか今、誰かに呼ばれた気がしたんだけど……」
「あれあれぇ?もしかしてぇ……恋の予感?」
「いや、この状況でそれはない」
パドキの街、南門前。
何者かの気配に眉をひそめていたフェルネットに彼女の師の妹、ナンナが茶々を入れ、冷めた眼差しを返したフェルネットは、これをバッサリと斬り捨てるのでございました。
「ええぇ~、もったいないよぉ!フェルネットちゃんもお年頃なんだしぃ♡恋人の十人や二十人くらいいてもいいと思うんだけどなぁ♡」
「……アタシ、恋愛はホントに好きな一人とラブラブしたい派なんで。それよりナンナさん。近くに例の巨人族の女が出たみたいだし、こっちも気を付けた方がいいんじゃない?」
「あン、大丈夫よぉ♡ここには百二十人からの傭兵のみなさんがいるんだものぉ♡何が来たって、フェルネットちゃんのご用が済むまでは守ってくれるわぁ♡」
「そ~言うフラグが怖いんだけど。まぁ、これだけいればそれなりに対応も……」
そうして、尚ものんきな言葉を重ねるナンナとの会話を続けていると、南門から見て北東、防衛陣の右翼前方に動揺が起こり、一部の傭兵達が反転、攻撃を仕掛けてきたのでございます。
「な、なんだ貴様ら!我らは皆、ナンナ様のために忠誠を–––」
「……ぷ、ぷぷ、ぷろめ、てあ、様……っ♡プ、プロ、プロメ、テアテア、さま♡プロッメッテアっさまああぁぁぁぁぁぁぁぁあひゅおあああああああああああああああああっっっ♡♡♡」
「–––なっ!狂ったか⁉貴様ら!」
そう。その様は正に狂乱そのもの。
右翼前衛にいた傭兵たちは、その身を震わせると途端に踵を返し、狂ったように味方へと襲い掛かってきたのでございます。
「うふふふふ♡お人形さんがこぉんなにたくさん♡さぁ♡私と一緒に遊びましょう♡––––【おもちゃの兵隊】♡」
前衛にいた傭兵たちと対峙したプロメテアが操り人形を操るように手をひるがえすと、途端に身体を痙攣させた傭兵たちがその向きを変え、正気を失った顔で次々とプロメテアの尖兵へと化してゆき……
プロメテアが一歩を踏み出すたび、指揮者のようにその手をひらめかせるごとに、加速度的にその被害は広がっていったのでございます。
「あぎゃっ!」「ぉごお!」「ひぎゅうっ!」
「な……なにあれ……?」
「魅了、とは、違うみたいだけど……」
––––プロメテアに対峙し、前線にいた傭兵たちが次々に苦悶の表情を浮かべては倒れ伏し、かと思えば次には、あたかも色情亡者のごとく蹌踉とした足取りで味方に襲い掛かり……
本陣、最後方でその様子を目の当たりにしたフェルネット達は、目の前の異様な光景に気圧されながらも、事態の打開を図るのでございました。
……が。
「あらぁ♡あらあらあらぁ♡可愛らしい女の子、見ぃつけた♡……やっぱりぃ、お人形さんにするなら女の子よねえぇぇぇ♡」
「や、やば……見つかった⁉ナンナさん!」
「あ、あのね、フェルネットちゃん。わたしってば、傭兵の皆さんの指揮を執らなくちゃいけないのね?だから……」
「……だから?」
「だから––––ごめんねっ?聖塔、ふぇ~~~ど・いん♡!」
「逃げたっ⁉」
瞬く間に傭兵団の四半分を隷下に収めたプロメテアに補足され、思わず振り返ったフェルネットの視界に映ったもの。
それは、言い訳とともに聖塔の中に籠ってしまうナンナの姿でございました。
「うらぎりものぉ~~~っ!」
『えっとぉ、このまま二人ともやられちゃうわけにもいかないしぃ♡わたし、これから相手の能力を分析するからぁ……ガンバって逃げてね♡』
「……あとでお師匠さまに言いつけてやる!」
『ギクッ‼』
「こうなったら……みんなぁ~っ!巻きぞえにならないように離れてぇ~っ‼」
「し、しかし……我らは貴女様をお守りするために……」
「い~から!ここであんた達が操られちゃったら何にもならないでしょ!」
「––––くっ!申し訳ありません。……––––総員退避!敵の術中に堕ちぬよう、距離を取れ!」
「……さあ、こっからは鬼ごっこだよ。––––【七つの衣の踊り】‼」
–––– 一方、聖塔内では ––––
「やばいやばい!早く分析しないと、お姉さまに言いつけられちゃう!そうなったら、お姉さまのお、おぱ、おパンツがぁぁぁ!」
(駐:だから、あげるのはドレスだと言っているのに。 byエレシュ)
「急がなきゃ!急がなきゃ!––––【天明のタブレット】、オープン!」
聖塔内の制御室で、慌てた様子のナンナが壁に添うように手を振ると、彼女の眼前には半透過のスクリーンが現れ、外の様子を映し出すその画面を、タッチパネルのように操作してゆきます。
「––––魔力の流れ、魔術的な痕跡は見当たらない。だとしたら、一体……?」
珍しく真剣な表情で画面に映し出される各種の数値を分析してゆくナンナ。やがて……
「薬物でもなさそうだし……っ!あれ、何かしら?」
操られた傭兵達の周囲に、ほんの僅かな違和感を覚えたナンナは画面を拡大。更なる詳細な分析を試みます。
「さっきから、何かがちらちらと反射して……もっと……もっと拡大………………!これって、もしかして!」
––––––––––––
「う~っ……ナンナさん、ホントに分析してくれてんのかなぁ……」
「「おっひょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ♡」」
「っ!」
––––ナンナが分析を急いでいる間、傭兵団を下がらせたフェルネットは襲い来る傀儡兵を雷速で躱し、時間を稼いでおりました。
「くっそー、調子に乗ってぇ!……でもなぁ、この人たち操られてるみたいだし。あんまし強力な術ぶちかますワケにもいかないよねぇ……」
などと愚痴をこぼしながら、群れを成す傀儡兵の間を掻い潜っていると……
「いらっしゃぁい♡お人形さん♡可愛がってあげるわぁ♡」
「ぅわわっ!ヤバ、近づきすぎた⁉」
その巨体とは裏腹に、いつの間にやら距離を詰めて来ていたプロメテアから、慌てて離脱を図るフェルネットでございました。
「……あっぶな~。あんまりデッカいから、距離感つかみづらいなぁ……」
『フェルネットちゃんっ!』
緊急離脱を図り、額の汗を拭うフェルネットに飛ばされるのは、聖塔内からの声。
「––––っ!ナンナさん⁉何か分かった⁉」
『よく聞いて、フェルネットちゃん!その女が使っているのは、肉眼ではほとんど見えない極細の……多分、洗脳触手よ!』
「洗脳?ってことは、操られてる人たちも無力化できるんじゃない⁉」
『っ!ダメよ、フェルネットちゃん!今は自分の仕事を優先して!』
「ごめん、ナンナさん。……でも、知ってるでしょ?アタシ、ムっカつくんだよね。あ~いう、力づくで言うこと聞かせようってヤツ‼」
『だからって!』
「大丈夫!とりま一発ブン殴って、すぐ戻るから!」
『待って、フェルネットちゃぁん‼』
「【炎よ集まれ拳に】!––––一撃!ひっさぁつ‼【単眼巨人の・槌撃】!」
「––––つっかまぁえた♡」
「あ……ぇぁ?……ぁかっ……っ⁉」
–––– 同刻、北東のポイントでは ––––
「ったく!しつこい奴は嫌われるよ!」
「––––とはいえ、アレを野放しにはできませんわ!」
攻勢結界の要となる聖女像を背に、修道騎士団・翠玉隊の隊長である褐色のエルフ、リリィ=オリエンタと共に敵を迎え撃つシャトーの姿がございました。その相手とは……
『あはははっ♪強い強い。特にそこのエルフのキミ、強うぃ~ねぇ♪オモイもしなかったよ♪けどね?そんなキミの強さは重々承知の上で尋ねるよ?うん、オモイきって尋ねちゃう♪無限供給される分身体の中から、本体を探して倒すことができるとおオモイかなぁ?……その、五倍の重力を引きずってさぁ♪』
「ク……ソがぁ……!」
「っ!リ––––」
「喋るんじゃないよ!コイツは呪言使いだ!余計な情報をくれてやる必要はない!」
十フィートほどもある粘体・巨人。肉体を手に入れたヒルコが言葉を重ねる度に、リリィの身体には重力の枷が掛けられ、今や自重の五倍にも及ぶ負荷がその身に圧し掛かっていたのでございます。
更に敵は、後方よりの粘体供給によって根絶の難しい【レイジ・スライム】四体を操り、己が分身として従えております。
「……クソ粘体の分際で……随分とふざけた真似をしてくれるじゃないか、ええ?けどね。これでも修道騎士団の一隊を率いる身。……––––ナメた口叩いてんじゃねぇぞ、テメエ!」
そうして気合一喝、修道騎士団の誇りと意地を吠えたリリィは、砕けかけた膝をしっかと伸ばして立ち上がったのでございます。




