白金の乙女《プラチナム》
ep1-.2 白金の乙女
「––––ちょっと、どういう事?逃げられちゃったじゃない!」
『えぇと、おかしいですねぇ?あの拘束具をしている限り、どんな聖人にも必ずあるはずの、〈心の揺らぎ〉を捉えて、身動き出来なくなるハズなんですけど』
不思議そうに小首を傾げる女神(偽?)。こいつを信じたのは、失敗だったかもしれない。
「アタシ思ったんだけど、マリーって、あれでも淫魔だから、純粋にえっちいことだけで〈心の揺らぎ〉っていうの、ないんじゃない?」
「確かに。どんな〈人でも〉って言ってたし。で?どうなの?」
『………………………………………………あ。』
考えてもみなかった、みたいな顔で、女神(偽)。やっぱりか。
「これはもう、一緒にETDに来てもらって、役に立って貰うしかないか。(囮として)」
「なるほど!それはいいね。(囮として)」
「そうですわね。(囮として)失敗は贖っていただきましょうか」
三人で、心の声を合わせて、頷きあう。
『はうぅぅぅ。何故かあなた達の心から、囮という言葉が聞こえてくるんですけど……』
「気のせい気のせい。ところで、あなた神様だって言うなら、私のこの羽根、何か知らない?マリーは、プラチナム、とか言ってたけど」
『はい?あぁ、それは別名、絶対純潔とも言いまして。こことは違う世界の、大天使だった者の権能ですね』
別世界。異世界とも言う場所で、かつて〈暁の天使〉とか、〈明けの明星〉とも称された大天使の権能。それが、友を想う、私の不屈の闘志に反応してこの身に宿ったのだとか。
『もっとも、後に神を相手取って戦いを挑んで、獄界に落とされた者の権能なので、心を汚してしまうと、あっという間に堕ちてしまいますけどね』
「…………どういうこと?」
『この場合、ETDのトラップなどは、権能を発動させれば、ほぼ無効化できます。その代わり、もしも貴女の心が淫欲に屈したりすれば、あっという間に堕淫してしまう、ということです』
「つまり、私が少しでもエッチなことに流されれば、問答無用で真っ逆さま、と」
『そういう事になりますね♪』
どこか楽しげに、コロコロと笑う女神(偽)。うん。囮確定。後でゴブリンの巣とか、触手部屋でも見付けて、放り込んでやろう。
『……あ!そうそう!その権能ですけれど、早速試してみてはいかがでしょうか?今のうちに使い方を覚えておいた方がいいですし。ね、ね?それがいいですそうしましょう!』
ぶるり、と身を震わせ、急に真面目な顔をして、説明しだした。やっぱり人の心が読めるのか、必死になって私の気をそらそうとしているみたい。
「まぁ、確かにその通りかも。じゃあ、今のうちに試してみよっか」
『えぇ、えぇ、それがいいです。ぜひ、そうしましょう!さぁ!……あ、ちなみに、翼にイメージを送ることで変形させることができますので、防具などの装備品にしてみてはいかがでしょうか?翼の一対につき、一つの装備ができますよ』
「オッケー。それじゃ、頭と胴体の防具、後は剣をイメージしてみようかな」
まずは頭を包み込むイメージ。途端に、ふわりとした柔らかい感触が頬を撫でる。眼を開けてみると、ヘルメットみたいな感じではなく、顔を囲むような、額当てと頬当ての一体になったような面装。
続けて、身体を覆うように。仕方なかったとは言え、今までのビキニアーマーは、やっぱり恥ずかしかったし。全身鎧とまでは言わないけど、もうちょっと覆う面積は欲しい。
頭部同様、柔らかな感触が、肩口からドレスのようにふわりとした感触に包まれ、それがキュッと締まるようにして、身体にフィットしてゆくような感覚。
「おぉ……」
触ってみると、首のところには翼の意匠の施された襟飾り。全体的には、どちらかというと鎧、と言うよりも翼をモチーフにしたレオタード、といった感じ。
「……まぁ、ビキニアーマーよりはマシ、よね」
どう?とばかりに、二人の方を見ると、どちらも目を丸くして驚いた様子。
「ルビィ、カッコいい!いつもの装備より、オトナって感じだよ!」
「ありがと。これ、『なんちゃらメイクアーップ!』とか言った方がいいかな?」
「お止めなさい!どこぞのセーラーカラーの戦士でもあるまいし」
––––寧ろ印象としては、射手座の衣を纏った聖なる闘士、と言った方が良うございましょう。
そんなことを言い合っていると、興奮気味に寄ってきたフェルネットが、「ねぇねぇ、触ってもいい?」と言いつつ、返事も待たずにペタペタと触っている。
「ちょっ、コラ、フェルネット!そんなにベタベタと……って、あれ?」
「どうしましたの?ルビィ」
「うん、いやちょっと、ね。フェルネット、ちょっと軽くお腹叩いてみてくれる?」
「え?ホントにいいの?じゃあ軽く……うりゃあ!」
––––ゴッ!!!
遠慮がちな言葉とは裏腹に、結構な力の籠もった拳が、私のお腹に突き刺さる。
「……っ!痛、くない?うわ、全然痛くないよ!」
ドス!っという音を立ててヒットした、フェルネットの拳。けれど、私のお腹には一切のダメージはなく、むしろ殴ったフェルネットの方が、赤くなった拳をふうふうと吹いているくらいだ。
「いっ……たぁ~い!どうなってるの?ルビィのお腹!」
「……ルビィ?何ともないんですの?」
私とフェルネットを見比べて、シャトーも困惑した顔を浮かべる。
「うん。大丈夫みたい。フェルネットがベタベタ触ったときに、あれ?って思ったんだけど、やっぱりこれ、見た目以上に防御力が高い?」
『それは当然ですよ。堕ちたりとは言え、元は神にも次ぐと言われた大天使の権能の欠片ですもの。もっとも、後には悪魔王の一柱に数えられていますけど』
それは、ちょっと嫌だなぁ。能力の高さは魅力だけど。
「まぁいっか。じゃあ最後に、剣をイメージして……」
少し慣れたのか、意識を向けると同時に、右手を伝って、翼が細く、鋭く収束してゆく。 理想なのは、速く、軽く、鋭い剣。
そうして出来上がったのは、広げられた翼の意匠が施された鍔の、反りのある、片刃の剣。たしか、東方では、〈カタナ〉と呼ばれる種類の刀剣、だったかな?
「試し斬りするものは……ないよね」……カフェだし。
ただ、持っている感じは、まさしく羽のよう。さながら腕の一部にでもなったみたいに、重さというものを全く感じさせない。
「あ、でもこれ、鞘がないから、一々戻さなくちゃならないのかな?」
『それなら大丈夫です。そのまま、手を離してみてください』
言われた通り、パッと手を放すと、一瞬にして剣は姿を消し、代わりに私の手首に、翼をデザインしたブレスレットが現れた。ハートを模る翼が可愛らしい。
剣をイメージして、拳を握ると、剣が現れる。離すと、消える。よし、覚えた。
「さてと。一通り仕様も分かったことだし……あ・と・は」
「……そうですわね」
「ね」
『な……なんですか?皆さん。わ、私、お役に立ちましたよね?ね?なのに、なんで皆さん、そんな……いやぁぁぁぁ!怖い想像しないでぇ~~~~~~~~っ!』
涙目になりながら、必死に懇願してくるけれど、反省を促すためにも心を鬼にして、ここは一つ厳しく対応。いやぁ~、心が痛むなぁ~♪
「クスクス。選ばせてあげる。触手部屋か、ゴブリンの巣か」
「スライム溜まりもあるよ」
『ひ、ひいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!』
悲鳴をあげる女神(偽)。だけど、ここで救いの手(?)が発動。
「まぁまぁ、二人とも。彼女の言い分だけでも、聞いてあげましょう?」
『シャ……シャトーさぁぁぁぁぁぁぁぁぁん。グスッ。ありがとうございますぅぅぅ』
「……それで結果が変わるかは、別ですけれど」
『そ、そんなぁぁぁぁぁぁぁぁ……』
「––––で?あんた。そう言えば名前、なんだっけ?」
『グスッ。はい。テヘペルシア、と申します』
まだグスグス言っているテヘペルシア。
「~~~、長いから、テヘペルで良いよね?あんた結局、何がしたかったのよ」
『はい。あの淫魔、マリー=パルフェタムール=ルシェは、以前から要注意人物として、私が監視していたのです』
「……それが何故、この様なことになっているのかしら?」
手持ち無沙汰な様子で、金の髪を弄りながら、シャトーが言う。
『そっ、そそそ、それは、ですね。その、神界の……飲み会が、ありまして。わ、私は、その、新米なものですから、お酒を勧められると、断れない、というかなんというか……』
お腹の前で手を組んで、人差し指をクルクル回しながら、言い訳がましく言うテヘペル。
「つまり、飲み過ぎちゃったんだ」
獲物を嬲る猫のように、フェルネットが絡む。
『はい。……それで、二日酔いで、ちょぉ~っとだけ、五十年くらい寝ちゃってたんですよね」
……ん?今なんか気になったけど、ひとまずスルー。それよりも。
「じゃあ、あんた、その監視を、二日酔いでサボってたってわけぇ?」
わざとらしく、呆れたように、見下げ果てた、というように半眼を送る。
「し、仕方ないじゃないですかぁ!先輩達は『飲め飲め!』って迫って来ますし、飲み会だってお仕事のうちなんですよぅ。……私だって頑張ったのに」
「でも、そのおかげで、マリーがあんなに力を付けちゃったんだよねぇ」
「そうですわね。そもそもが要注意、として監視してらしたのに、よりにもよって、二日酔いで危険を放置…………何か、言うべきことがあるのではなくって?」
言い訳を続けようとしているテヘペルシアに、フェルネットが先回りして、シャトーが逃げ道を塞ぐ。見事な連携で追い詰められて、テヘペルシアがとった行動は……
己の拳を、コツンと頭に置き、口の端から舌を出して。
「………………テヘッ☆」
「––––決定、触手部屋」
「「異議なし」」
「え?え?え?ちょ、ちょっと待ってくださいぃぃぃぃぃぃっ!い、今のは、笑って流すところじゃないんですか?…………こ、こうなったら、神界に逃げ帰るしかっ!」
キッ、と空を見据え、両の手を天に向けて、片足で踏み切るようなポーズをキメる女神。
………………
…………
……
「……で?」
「あ、あれ?なんで?なんで帰れないのぉぉぉぉぉぉぉぉぉ?」
『女神テヘペルシア。……貴女はもっと人の話を聞くべきです』
テヘペルシアがパ二クっていると、どこからともなく、声が降り注ぐ。
『全く。あれほど【現界時間】には気をつけなさい、と言いつけましたのに』
「先輩?現界時間って…………あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
懐からとりだした砂時計を見て、絶叫。へなへなと座り込むと、テヘペルシアは泣き出してしまう。最初は朧気だった輪郭も、最早くっきりとその存在を主張していた。
「わ…………忘れてた……」
まるで幻のようだった姿が、確実な存在感に変わり、両脇に結わえた、琥珀のような深い橙色の髪も、薄紅を挿したような頬の色も、動揺に揺れる、翠玉のような大きな瞳も、今やはっきりと実体化している。
その瞳が力なく俯き、ふるふると震える手に持った砂時計に、視線を落とす。
「ど、どうしたのよ?その、現界時間?って、なんのこと?」
『それには、私がお答えいたしましょう。私ども神界のものは、地上の者たちに比べて、隔絶した能力を持ちます。故に、迂闊に地上に在り続けることで、世界に歪みをもたらすのです』
「つまり、地上への影響を最小限にするため、制限時間がある、ということですの?」
謎の声に、シャトーが問いかける。
『察しが良くて何よりです。我々が地上に顕現できるのは、以上の理由によって、そちらの時間で約十分。それを過ぎると、世界の均衡を保つため、受肉してしまうのです』
なんだか少し難しい話になってきたころ、フェルネットが質問を投げかける。
「じゅにく?ってど~いうこと、ですか?」
『受肉というのは、あなた達の世界に合わせて、肉の身体を得る。要するに、その世界のヒトとして、新たに生まれ変わるということです』
「せ、先輩?先輩のお力で、どうにかできないんですかぁぁぁぁぁ?」
『無理ですね。常人では有り得ない程の良き業を積んで、改めて昇神するか、その身体の生が尽きるのをお待ちなさい』
「そ……そんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
『それでは、改めまして。女神テヘペルシア。貴女の神任を一時解き、人としての生を課します。よって、神性の一部、τとηが同じく一時剝奪。人であるうちは、ペルシア、或いはエリュシアを名乗りなさい』
「ううぅぅぅ……分かりましたぁ……」
ガックリと、力なく項垂れる元・女神。
「それで、名前、どうするの?」
「はい……ペルシアだと、有名人と被るのが嫌なので、エリュシアで……」
一体、どこの有名人を意識してるんだか。ともあれ、これで元・ドジっ子女神にして現・ただのドジっ子、エリュシアが誕生した。
『宜しい。では、エリュシア、として登録しておきます。……ところで、そちらのお三方にお願いしたいのですが、このエリュシアを、貴女たちに同行させていただけないでしょうか?』
「え~?なんで私達なんですか?」
と、不満も露わにした私を制して、シャトーが前に出る。
「まぁ、話だけでも聞いてみませんと。それで、神さま?そのように仰るからには、私達にも何らかのメリットがある、と思ってもよろしいのでしょうか?」
『えぇ、どうやら、その子がご迷惑をお掛けしたようですので、お詫びにコキ使ってくださっても良いですよ?勿論、多少の能力もお付けします』
「ありがとうございます。因みに、如何様な能力でしょうか?」
『まずは、回復。これは、説明するまでもないでしょうが。それと、鎮静魔法。貴女達の向かうダンジョンでは、威力を発揮すると存じますが……』
「本当ですか?ありがとうございます、先輩!」
『はいそこ。言葉には気をつけなさい。貴女は、女神ではなくなったのですから』
「ふえぇぇぇ……キビシイですよぉ~」
こいつ、こんなんでホントに役に立つのかなぁ。
「貴女は、少し黙ってらして……えぇと、エリュシア。それで、神さま。まだ説明が途中だったみたいですけれど?」
『そうですね。当然、便利なものにはリスクも付き物。鎮静魔法を得ると、もれなく対の魔法、発情加速が付いてきます』
「マジで?それって、間違えると結構ヤバいんじゃ……」
追い詰められた状況から、更に発情ヒートアップとか、マジでシャレになんない!
『ですから、使用には細心の注意を払って……聞いていますか?エリュシア』
「……え?あ、聞いてます聞いてます!もうバッチリですよ!」
ドン、と胸を張って応えるエリュシアだったけど、いやそれ、全然聞いてない反応だよね?「間違えましたぁ~!」とか言って、やらかすヤツDA・YO・NE?
「まぁ、それについては、こちらで手綱をとるしかありませんわね」
「確かにそうなんだけど、フェルネットと二人分だよ?担当、分けとく?」
シャトーと二人、ドジっ子の管理について相談していると––––
「ねぇ、アタシもそっち枠なの?」
フェルネットが、不満げに唇を尖らせる。
「あんたねぇ。どの口がそういう事言うわけ?」
いつもの、じゃれあいのようなやり取り。と、そこで神さまがひと言。
『お三方?そろそろ例のものが貼りだされるみたいですけれど、よろしいのかしら?』
?例のもの、って、なんだっけ?
「………………あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「なになに?どしたの?ルビィ」
「どうしたじゃないわよ!ギルドの!私達の!貼り紙!」
「「––––––––っっ!!」」
忘れていた!と、顔を見合わせるシャトーとフェルネット。とにかく、こうしてはいられない。……行かなくちゃ!
「行くよ、あんた達!」
「とは言え、今から行ってどうしますの?その場でさらし者ではなくって?」
「……私が、何とかする。ほら、エリュシア!あんたも来るのよ!」
「わ、私もですかあぁぁぁ?」
「当然!」
エリュシアの腕をグイ、と掴むと、私達はギルドに向けて歩みを進めた。
……あ、勿論お勘定は済ませて。シャトー持ちで。
「後で請求しますからね」だって。……はい。