夜の本気激怒
ep.7-4 夜の本気激怒
『––––ひゅーっほほほ♪私の前に敵はなし♪ムテキフィールド展・開!』
「お前何ハンターだよ⁉変な笑い方しやがって!」
テンション高めのニュクスの掛け声とともに、馬体前面に半球体の暗色フィールドが形成されてゆく。
そして、私と一緒にその背に乗っているカケルのツッコミが合図であるかのように、ニュクス––––黒夜馬––––は駆けだした。
後に続くのは、後ろにエリュシアを乗せたシャトーの『パンプキン・チャリオット』、そして、家伝の宝珠だという、二つに割れた柘榴石のような宝玉で召喚された火焔蜥蜴に乗るアネホ達だ。
『ほーっほほほ!ご覧あそばせ!ザコモンスターがゴミのように吹き飛んで行きますわ♪』
「大佐⁉ってか風雲〇起⁉あーもう、ツッコミが追いつかねぇよ!このバカ馬!(ベシッ!)」
『あヒィン♡か、カケルさま♡もっと、もっとご褒美をっっっ♡』
言葉通り、フィールドに触れたザコモンスターがポイポイと弾き飛ばされ、絶賛調子に乗っている黒馬の頭をカケルが叩く。
けれど、それすらも興奮材料だと言わんばかり、ドM馬は更に張り切ってしまう。
「ところでルビィ⁉」
「なに?カケル!」
ズシン!ズシン!私達の後ろから重々しい足音が迫る。
「結局、アレってなんなんだ⁉」
「M・S・O・T注意っ!」
「はあっ⁉」
「だ~か〜ら〜!もしもアレに捕まっちゃったら頭からパックリいかれて口の中で脳クチュ触手にあへぇ♡ってさせられて最後にはアレのおち○○ケースにされちゃうから絶っ対に捕まっちゃダメよって言ってんのっ‼そんでもってアレの名前は––––T-s〇x!」
「––––聞くんじゃなかったぁぁぁ!っていうか、来なけりゃ良かったぁぁぁっ‼」
盛大に頭を抱えるカケルを乗せ、ニュクスは尚も大通りを駆けてゆくのだった。
「––––ってか、このままだとアレ、中央広場まで引っ張ってくことになんじゃね?」
「そりゃそうだけど、ラスボス級と二連戦なんてムチャ、できるわけないでしょ⁉こうなったら、中央広場にいる教主さん達の力を貸してもらうしかないじゃない!」
「うっわ、他力本願~……」
「なによっ!じゃああんた、どうにかできるって言うの⁉カケル!」
「いや、そこまでは言わねえけど!せめてどうにかして先に連絡入れねえと、不意打ちでラスボス届けることになるだろうが!」
揺れる馬上でT-s〇xの対処について叫び交わす私とカケル。
そのカケルの言い分ももっともだとは思うけれど、火箭鳩を飛ばそうにも揺れ続ける馬上、車上、はたまたサラマンダー上では、通信文を書くのもままならない。
それに、このままの速度だと、そんなことをしている間に広場にまで到達してしまう。
––––と、そんな私達の言い合いを少し後ろで聞いていたシャトーが、それならば、と口を開く。
「あまり長くは保たないけれど、ここは私が足止めを!」
「え、シャトー、あんた……自爆プレイ?」
「違いますわっ‼––––ああ、もうっ!エリュシア!一度チャリオットを解除しますわ!良くって?」
「はいっ!では私は、シャトーお姉さまのバックアップを––––」
「い・い・か・ら!あなたはそちらのサラマンダーにでも乗せてもらいなさい!」
「ひゃんっ!」
一思いに投げ飛ばされたエリュシアが、尻餅をつきながらサラマンダーに着地すると同時、シャトーが乗ったチャリオットは素早く旋回、そのまま中空に掻き消えてしまう。
そして––––
「【選書:白雪の君】!」
高らかに放たれた呪文の一声とともに、シャトーの纏っていた甲冑が雪のように真っ白に染め上げられ、肩当ての部分だけは林檎のように真っ赤に、丸く変形していた。
そして、彼女が手にしていた硝子の鞭も、林檎をモチーフにした意匠のナックルガードを具えた、雪白の刃のレピアとマンゴーシュに変わっていた。
駆け抜ける私達一行とすれ違うようにして、T-s〇xに対峙するシャトー。
迫りくる敵に、凛とレピアの切っ先を振り向けたシャトーは、召喚を実行する。
「押しとどめなさい!––––【七人の守護者】!」
その声に従って、どこからともなく現れた七体の小神像がT-s〇xに躍りかかる。
「早、く……今のうちに、広場へ!」
余裕のないシャトーの声に、すぐに戻るから、と口を開こうとした。けれどその時、まるで雷か隕石でも落ちたんじゃないかという轟音が響き渡り、私は後ろを振り返る。
––––––––––––
まず、最初に私の目に飛び込んできたのは、地面に縫い留められたT-s〇xの姿。
その上には、二条の黒金剛石のようなランスを、T-s〇xに深々と突き刺した人影が見えた。
その人影はとても細く、まるで枯れ木のようで。
身に纏う深緑の修道服の上から、蔦や木板でできた、淡い緑の光を宿す甲冑を着け。
その左の眼窩には眩く光放つ翠玉が嵌め込まれ。
不敵な笑みを浮かべるその顔と、両腕から後方に長く伸びた長方形の盾––––カケルは「メッ〇ーラかよ⁉」と叫んでいたけど、なんのことだろう?––––から覗く手先は浅黒く。
風になびくヴェールの中から見える彼女の耳は、長く鋭く尖っていた。
「……ダークエ––––むぐっ⁉」
私が、ダークエルフ?と口にしようとすると、なぜかカケルに口をふさがれた。
「バカ、めったなこと言うなよ。ひどい目にあわされるぞ」
––––どうやら顔見知りらしいカケルの説明によると、彼女はあれでもれっきとしたエルフで、これまでに目にしてきたあらゆる魔術の術式を全身に隙間なく刻み込んでいるためにあのような肌の色になっているのだとか。
そんな、どこからどう見てもダークエルフな見た目なのに、それを言われるのがいたくお気に召さないようで、カケルなんかは『子供を作れない身体にしてやんぞ?』と脅されたことがあるらしい。
そうこうするうち、背中を貫かれたままのT-s〇xが、血を流し、苦し気な唸り声を上げて、それでも立ち上がろうとする。と––––
「ちっ!しつこいヤツだねぇ。––––【鳳仙花】!」
––––舌打ちと共に彼女が一声を放つと、盾の内側、両の肘あたりから後方に向かって、無数の粒々とした––––種?––––が爆発的に発射され、その勢いによって、ついに強靭なはずのT-s〇xの胴体は二つに千切れてしまうのだった。
「……ったく。あれだけ釘を刺しといたってのに、やっぱり来ちまったんだねぇ、シャトー?」
止めを刺したT-s〇xから降り、手の中で回転させてランスに付いた血を払ったその人は、開口一番、半ばあきれたような口ぶりでシャトーに向けて言葉を放った。
「ごめんなさい、リリィ。……けれど、知ってしまった以上、私にはただ黙っているなど、できませんでしたわ」
対するシャトーは、真っ直ぐに相手を見据えて、きっぱりと言葉を返す。
「……大方、あいつが力を貸してるんだろうけどね。ただ、それ以上の力は使うんじゃないよ。いいね?シャトー」
「ええ。心得ておりますわ」
……え〜と?
「ねぇカケル。この二人って知り合いだったの?」
「ん?ああ、あれだよ。あのシャトーさんが持ってる––––今は剣になってるけど、あの鍔のところに嵌まってる髄玉。あれをくれたのがリリィなんだと」
「あの薄紫の?」
カケルの指差す先、シャトーが両手に持つ剣の鍔のところには、確かにそれぞれ薄紫色の髄玉が嵌め込まれている。
「そう。そんで、なんつったかな……双児のなんちゃらとかいうあの髄玉、すげえ力があるらしいんだけど、リスクもでかいらしくてさ。んで、雑専ギルドで使いこなすために鍛錬してたんだよ」
「ああ、そーいうことだったのね」
納得がいった。なぜ、あのタイミングでシャトーが駆けつけてきてくれたのか。
あの時––––カケルを(無理やり)勧誘に行ったとき––––シャトーもまた、すぐ近くにいたのだ。そうしてこのパドキの状況を耳にして、居ても立っても居られなくなった彼女は、無理を押してまで駆けつけてきてくれたのだろう。
「––––ときに、あんたがルビィかい?」
カケルの説明を、頭の中で整理していた私に、そのリリィと呼ばれたエルフが歩み寄ってきた。ので、私は黒夜馬から降りて「ええ、私がルビィ=ルルよ。シャトーがお世話になったみたいね」と答えると……
私の頭の天辺から足の先までじっくりと––––観察するように––––視線を送って、最後に私の胸のあたりを見て、「……ああ」と。
「タチはあんたかい」なんて、合点がいった、みたいにわけのわからない……
「って、タチもネコもないんだけど?」
「あン?そうなのかい?あの子があんまりルビィ、ルビィ言うもんだから、あたしゃてっきりそういう関係だと思ってたよ」
「……ちょっと下世話過ぎない?」
ユリじゃないから!とジト目を差し上げると、「悪いね、性分さ」なんてひらひらと手を振ってくる。
っていうかこのエルフ、私の胸を見てタチって言った⁉さっきっからず~っとニヤニヤ薄笑い浮かべてるし!
「––––落ち付けってルビィ。この人、いっつもこんなだから」
ムカツク!と肩を怒らせる私に、カケルが宥めるように声をかけてくる。
「って、はぁ?デフォでこれ⁉」
「……あと、ケンカ売っても多分勝てねえぞ?」
だって……と、その言葉の続きを言おうとしたカケルに先んじて、目の前のムカつくエルフが口を開く。
「そういや、まだ名乗ってなかったね。あたしはリリィ=オリエンタ。翠玉隊の隊長さ」
「…………………………っへ?」
……翠玉隊?騎士団の?隊長って……隊長⁉あの、一人攻城兵器って言われる?超戦力の⁉
突如としてブっ込まれた、あまりと言えばあんまりな事実に、私はあんぐりと、開いた口が塞がらない思いだった。
「さて、それじゃあさっさと中央広場まで行こうじゃないか」
驚きに固まる私を尻目に、そう言って身をひるがえすリリィ。
「––––ってちょっと!なんでいきなり仕切ってんのよ!」
「あン?何をカリカリしてんだい。……月の物かい?」
「違うわよっ!」
どこまでも人を食ったような態度に、思わず声を荒らげてしまう。
「済まないねぇ。お前さんみたいに揶揄い甲斐のある相手だと、つい、ね」
けれど、ひらりと手を振ったリリィは悪びれた様子もなく。「気にしなさんな」なんて言ってるけど……からかってた⁉ホント性格悪いわ、この女!
「––––さ、冗談はここまでだ。『林』はあたしが受け持ってやる。さっさと行くよ」
「は?」
「なんだい、攻性結界だろう?」
「ちょ、ちょっと!なんであんたが知ってるの⁉」
「なんでも何も……クレアに頼まれて術式を組み込んだのはあたしだよ?それに、あんたが連れてきたカルヴァド姉妹に手札の多い小僧……ああ、そういや女にされたとか何とか言ってたねぇ」
「………………………………」
そこまで言って場を見回すリリィ。イジられるのを恐れてか、カケルは目を伏せて黙り込んでしまった。
「––––ぷっ!なんだい、随分と可愛らしくなっちまったじゃないか?」
「……うっせ」
「こいつは良いみやげ話ができたねぇ」
「ごめんなさい黙っててくださいお願いしますっ‼」
ニヤけ交じりにロックオンされたカケルは、一応はツッパろうとしたけれど、すぐさま平伏してペコペコと頭を下げる。……これが噂のドゥゲザーというヤツだろうか。
「……まぁいいさ。それと、そこのバカ馬に、この街にはコクヨウもいる。後は今の街の状況を考えれば手は一つ。そうだろう?」
……納得はできた。ムカつくけど、この女。
「––––揶揄った詫び替わりだ。広場までのザコは掃除しといてやるよ」
そう言うと、リリィの足元からはザワザワと蔦のような樹が延び、先の途切れた軌道と大弓––––発射台––––が形成される。
伴って、彼女の足ごしらえも変化をして、前後に長く伸びた、木質の刃状になってゆく。
槍盾を構え、弓の弦に片足を掛けたリリィは次の瞬間、矢のように、いや、まるで流星のように飛び出していった。
建物の壁に、地面に。短く、湾曲した軌道を出現させ、それによって高速で方向転換を繰り返しながら、縦横無尽に跳ね返るような軌跡を描くリリィ。
その行く先、大通りにいた、有象無象のモンスター達は、彼女のランスに穿たれ、貫かれ、片っ端から引き裂かれて通りを血の色で染め上げてゆく。
「……まるでピンボールみたいだな」とは、負けじとその後を追う黒夜馬に跨ったカケルの言葉だ。……ところで、ピンボールってなに?
「盤上で球を弾く遊びだよ。それより、もう広場に着くんじゃないか?」
カケルの言葉に行く手の先を見てみると、確かにもう間もなく中央広場に到着するところ。
そこで戦っているみんなの様子は……
「ヤバ……ちょっと押され気味じゃない?」
次から次へと押し寄せるモンスターの群れに、みんなは疲労の色を隠せない様子で、必死に戦線を保っていた。
「––––それじゃ、ここはあたしの出番だねっ!」
私が焦りを覚えていると、後ろに続いて来ていたサラマンダーの上から、アガペーが声を上げる。
「イマイチ影が薄いとか、ボケ担当だとか思ってるなら大間違いだからね!」
「いや、ボケ担当って良く分ってんじゃねーか……」
ボソリと呟いたカケルのツッコミもなんのその、ドスドスと重たげな足音で地面を蹴立てるサラマンダーが速度を上げ、広場に到達するや、アガペーは高々と宙に躍り出た。
「みんなぁー!耳塞いでぇー!っせぇの!––––––––––––ぁっっっ‼‼‼」
アガペーの上げる叫びに、私達含めその場にいた人たちが慌てて耳を塞ぐ。
次いで彼女の口から放たれたのは、ワン!というかキャン!といった、犬の鳴き声にも似た高音のおたけび?……というか、声量とか色々とおかしい。
しっかりと耳を塞いでいたのに、まだ耳の奥がキーン!としている。
そんな、超音波とでも言うような叫びを浴びて、ゴブリンやオウガを始めとしたモンスター達は、耳から噴水のように血を噴出してバタバタと倒れ、昆虫系のモンスターも、後脚や腹の––––耳孔っていうんだっけ?––––穴という穴から体液を噴いて、ピクピクと痙攣しながら地面に転がっている。
「どうだぁ!これがあたしの実力だよ!えっへん!」
「ぅあーっ!耳痛った!なんだったの⁉今の!」
「あぁ?なんて?……ってか、そういえばあいつ、プレーリードッグの獣人とか言ってたっけ」
ドヤ顔で胸を張るアガペーをよそに、いまだに耳がキンキンとしている私が叫ぶ。
カケルも何か言ってるみたいだけど、耳がすっかりバカになってるので良く聞こえない!
「––––やれやれ。とんでもないバカ声だったけど、これで少しは時間が稼げるかね。……翠玉隊、集合!」
「「「「「はい!」」」」」
「これより攻性結界の準備に入る!あと半刻もすればベン・リーナからの救援隊が到着するだろうが、女冒険者のみの選抜、少数だ。過度な期待はできん!故に––––衛生班長!」
「はい!」
「サクラ、お前達は戦堕者を搔き集めてきな。一刻も早く戦線に復帰させるんだ!」
「承知!––––ウメ、モモ、行くよ!」
「「はい!」」
「他の者は防衛線の立て直しだ!冒険者連中と協力して防塁の補修、負傷者は広場中央に退避、急げ!」
「「「はい!」」」
「ローザ!」
「こちらに」
「被害、及び避難状況を報告」
「モンスター達は現在、街の北半分に広く浸透中。これにより、当該地区住民は各地区ごとに避難壕に避難しているとのこと。南側に敵影は確認されておらず、只今南門より住民の避難を進めております。尚、かの門外には冒険者、フェルネット=パジェスとの縁により、協力者としてサソリ人間が控えている、とのことです」
「––––よし。一人、ギルドに走らせろ。二次被害を防ぐため、各避難壕に風信筒にて通達。現在滞在中の魔族がいれば、即刻これを街の外に退避させるように。確認が取れ次第こちらから護衛を出す」
「承知致しました」
「それとローザ。糧食とポーションをあるだけ出してこい。広場中央を補給拠点にする」
「広場中央……南端、ではなくて、ですか?」
「来る途中、北門の先に大型の敵影を確認した。……これが意図的な迷宮解放なら、そろそろ––––」
広場に到着するなり、リリィは矢継ぎ早に指示を下す。そして、戸惑いがちな教主さんに向かって口を開いたその時、教会建屋の上層に備えられた物見櫓から、けたたましい警鐘の音と共に見張り番からの警告が発せられた。
『報告!東南東の街壁が破壊されました!巨人族と思われる敵影、侵入!––––手にした宝珠より、モンスターを放出しています!』
「––––そろそろ揺さぶりを掛けてくる頃だと思ったら、案の定だったね。ローザ、聞いての通りだ。もうあんまり時間はないよ」
「––––っ、承知致しました」
「……さて、後は攻性結界の支度だね。コクヨウ、下がりな!」
「あいよ!」
一通りの指示を出したリリィが、前線で戦っていたおばちゃん––––腐人会メンバーのコクヨウさん––––を呼び戻して、私達も一緒に広場の中央に集まる。
「概要は頭に入ってるかい?––––風林火山陰雷、各ポイントに設置してある『聖女像』に、同時にそれぞれの属性魔術を叩き込む。本来は敵を中央に囲んで圧し潰すための結界だが、今回はその力をこの中央の『聖女像』に集約。最後に【浄化】を上乗せして、北門の先で調子くれてるクソッたれ共に一発ブチかます。いいね?」
さっきまでの薄笑いを消して攻性結界の説明をするリリィに、私達は揃って頷きを返す。
そして、私は広場中央に設置された聖女様の像を見上げ……今更なんだけどこの『聖女像』、可愛らしく片足を上げて、ウインクしながら横ピースって……
何とも言えない思いで像を見上げる私に気付いたリリィは、「ああ、あいつは大体こんな感じだったよ」と何でもないことのように言う。
「って、あんた会ったことあるの⁉聖女様に⁉あんた何歳⁉」
聖女様って言ったら、三千年前の『伝説』なんだけど⁉
「––––さて?八百だったか九百だったか。あいにく、五百を過ぎたあたりから面倒くさくって数えちゃいないよ。それと、そこのクソ馬が聖女の馬だったって聞いてないかい?」
「ニュクス?がどうか––––」
「そいつは『時界を渡る馬』だ。いかなる時間、世界にも行くことができる。だから、この世界を揺るがすような大戦があると、神連中に請われて、キャミィ––––聖女––––を乗せてその時代に現れるってわけさ」
「……うっそだぁ」
このド変態M馬が?世界の一大事に?聖女様を乗せて現れる?まさかまさか。
『ああ、お懐かしゅうございますねぇ♡私の初めてを奪ってしまわれたお方♡』
「頭膿んでるのか?ぁあ?このクソ馬。あんたが奪われたのは、その額の角晶だろうが。それと、のんびり回想に浸ってるヒマなんざないよ」
『今でも鮮やかに思い出されるあれは、そう。まだ私の額に能力の結晶である角晶があり、私も今よりも荒んでいた頃––––』
「––––いい加減にしないと、教会総出で褒め称えるよ」
『っ!失礼いたしました』
……これも付き合いが長い、ということなのだろうか。
場の空気もお構いなしと言った体で回想モードに入ろうとしたニュクスを、普通だったらナニソレ?というような一言で黙らせてしまった。う~ん……
「––––さて確認だ。面子は揃ってるのかい?」
「え~と……」
ニュクスを大人しくさせたリリィの問いかけに、指折り考える。
「『林』はあたし、コクヨウが『山』。カルヴァド姉妹は『火』で、ニュクスが『陰』。残るは『風』と『雷』だが……小僧の『魔弾』に雷は無かったはずだね?『雷』の当てはあるかい?」
と、一つ一つの属性と担当するメンバーを挙げながら訊ねてくるリリィに、私は「ああ、それなら」と言い置いて、あの娘を呼ぶために声を張り上げた。
「フェルネットぉーーーーーーっ!」
「––––っ!なに、呼んだぁ?」
「ハウス!」
「っわんわん!––––って、アタシは犬じゃないっ!」
私の飛ばした冗談に、雷速で駆け寄ってきたフェルネットが、ノリツッコミ気味に、スっパーンと私の頭を叩く。……ノってたくせに。
それでもめげない私は、駆け寄ってきた愛犬にそうするように、フェルネットの頭をナデナデする。
「よぉしよしよし!よぉしよしよし!」
「くぅんくぅん♪––––って、だから違うって!」
「––––あ、リリィ。この子が雷の魔術使えるから」
「ムシすんなっ‼」
いきり立つフェルネットを軽~くスルーして、私はリリィにフェルネットの紹介をした。
「つくづく賑やかだねぇ、お前さんらは」
「一緒にしないでっ⁉」
「……まぁ良い。面子が揃ってるんなら、手順を確認するよ。まず、それぞれのポイントには護衛と術者の体制で行く」
あきれた様子––––なんだか懐かしそうにも見えるけど––––から一転、表情を引き締めたリリィが、攻性結界発動のための手順、その説明を始める。
––––涙目になってのフェルネットの訴えは、どうやら丸めて捨てられてしまったようだ。……書き損じの手紙のように。
「それは分かったんだけど、リリィ?護衛の戦力はどう都合つけるのよ。さっきまで、ここだけでも手一杯だったじゃない」
「ああ。––––だから、ベン・リーナからの援軍を待って、それから行動を開始する。早けりゃ、あと四半刻で……」
『––––もう、来ておりましてよ!』
私の質問にリリィが答えていたその時、キンとした、良く通る声が降ってきた。声の元は––––頭上からだ。
私達が揃って振り仰ぐと、上空には巨大な鳥の影。
そこから飛び降りた人影がぐんぐんと迫り、やがて、ズン、と地響きを立てて着地をした。
––––私達の前に降り立ったのは、真紅の修道服を身に纏った大柄な女の人。その手には、八フィートはあろうかという長大な双頭の金棒を持ち、きりりと引き締まった表情のまま、黙然と一礼を向けてくる。
そして、その背中からストン、と飛び降りたのは、クセのある金髪を肩口で切り揃えた十歳くらいの女の子。
小さいながらも利発そうに整った目鼻立ちをしていて、その身に纏っているのは……真っ白なローブに、同じく真っ白なフード付きのケープ。
驚いたことに、そのケープの裾には金の縫い取りが施されていて––––つまり彼女は聖女、教会最上位の聖職者の身分を示していたのだ。
「––––紅玉隊副官、シスター・マリエラ、並びに第一戦闘班長アースラ、只今現着致しましたの」
「随分とお早いお着きじゃないか、マリエラ?」
「ええ。指揮を執るはずのカルヴァド姉妹を無断で連れ出さねばならないほどにお急ぎのようでしたので。それで、急遽代役を仰せつかったわたくしが、取り急ぎアンズーに運んでいただきましたのよ」
「あ、ゴメン。アネホ達連れだしたの、私だわ。だから、あんまり怒らないであげて?」
私が口を挟むと、マリエラと名乗った女の子は私に訝し気な視線を向け……
「……どなたですの?」と訊ねてきた。
「私はルビィ=ルル。この街の冒険者よ」と名乗ると、彼女は慇懃に一礼を返し、「ごきげんよう、ルビィ=ルル。わたくしは第七十七代シスター・マリエラ。修行も兼ねて、今は紅玉隊の副官を務めさせていただいておりますの」と、野菊のような微笑を向けてくる。
「……えっと、七十、七代?」
「そいつの『シスター・マリエラ』ってのは、教会の名跡だよ。––––と、そんなことより、マリエラ。お前さんが先行してきたってことは、やることは分かってるね?」
思わず首をかしげる私に、リリィは軽く説明をして、そのままマリエラの方に視線を移す。
「––––ええ、心得ておりましてよ。場所は、ここでよろしくて?」
「結構。やっとくれ」
二人で何事かを示し合わせると、マリエラは口中で小さく呪文を呟き––––
「【光矢牢】!」
––––そして、広場全体を覆う、鏃を下に向けた光の矢が現れた。
「本来であれば、魔物を囲んで収束攻撃を行うための術式ですけれど、今回は対象を外向きに設定。広場の防衛に充てさせていただきましたの」
「ああ、助かったよ。これで術者の護衛に人員を割けるってもんさ」
術を行使した––––見るのは初めてだけど、聖光術というヤツだ––––マリエラとリリィが言葉を交わす間にも、モンスターは広場に近づいてくる。
けれど、そのことごとくを、広場を囲むように展開した光の矢が半自動で迎撃してゆく。
なるほど。これなら、拠点にしている広場の防衛戦力を最小限に抑えられる。その分、負傷者や消耗の激しい人達を予備戦力として休息を取らせて、攻性結界に向かうメンバーの護衛にも人数を割けるようにしよう、というのだろう。
––––と、私が一人納得をしていたその時、不意に広場の上空にピンクの霧が集まりだし、その面に鏡のように映像が映し出された。
『はいはい、ちゅーもーく』
「……な、なにあれ?」
気だるそうにパンパンと手を叩きながら霧の鏡面に現れたのは、ギンガムチェックの半袖、超ミニスカなスクールガールファッションに身を包み、クセのある金髪に所々ピンクのメッシュを入れた、見た目十六、七くらいの女の子。
けれどもその髪の間からは捩れた角が突き出し、背にはコウモリのような翼。
何より異様なのは、彼女の手足。
二の腕から先の両の手は黄金でできており、太ももから先は白銀。どう見てもブーツやグローブには見えないその手足は、色とりどりの宝石で飾り立てられていた。
そして、悪趣味極まりないその手足を、自慢げに見せびらかすようにポージングを決めた後、彼女––––恐らく、淫魔––––は、口を開いた。
『……あー、あー。みなさま初めましてごきげんよう。アーシぃ、今日からこの街のエロ・トラップ・ダンジョン––––改め、エロ・デス・トラップ・ダンジョンのマスターになることにした、リセエッタ=ディフィシット=ルシェってーの。ヨロ~♪んでぇ、元からいたエロモンスター、いらなかったからぁ、大放出プレしてみたんだけどぉ、喜んでもらえたぁ?あっははぁ♪』
彼女、リセエッタと名乗った淫魔は、ムカつくほどに間延びした口調でそんなことを言––––
「––––って!あんたの仕業⁉この騒動!ちょっとボコってやるからこっち来なさいよゴルァ‼」
「落ち付きな、ルビィ。恐らく一方通行だ。騒いだところで聞こえちゃいないよ」
いきり立つ私を、映像から目をそらさず睨みつけたままのリリィが制する。
『そうそう♪ただの映像なんだから、どんだけ叫んでもムダムダ♪』
「聞こえてんじゃないっ⁉」
『はぁあ?なに、聞こえなぁい♪アーシってばぁ、ザッコザコに弱っちーザコの言うことなんて、元から耳に入んないっていうかぁ』
「ブッ殺!」
『––––てゆーかぁ、この街にマリーの魔力を奪ったヤツがいるって聞―てきたんだけどぉ。……てか、マジありえなくね?あいつの持ってる地位も魔力も、ホントはアーシのものになるべきじゃね?それをヨコドリって、マジムカつくんですけどぉ』
「は?何言ってんの?あいつ。っていうか、マリー?マリーの知り合い?––––ねぇ、ちょっとマリー!」
「………………………………」
私が呼びかけると、どこか居心地の悪そうな顔をしたマリーが、重い足取りで歩いてきた。
「ねぇ、マリー?あいつ、さっきから好き放題言ってるけど、あんたの知り合い?」
「……ご、ごめんなさい。あの子は、私の、妹、です……」
「……いもうと?」
なんだかバツが悪そうに言うマリーに、オウム返しで聞き返す私。
「あ、あの、ね?リセは……あの子は本当は悪い子じゃないのよ?ただ、あの子、生まれつき手足がなくってね?それで––––かどうかは分からないけど、人のモノを欲しがるっていうか、その、ちょっぴり妬み嫉みが強い子になっちゃって……」
「……それで、あんたが弱体化してるのをいいことに、あんたがダンマスやってるダンジョンを乗っ取りに来たって?」
「た、たぶん……」
『––––っ、あれあれあれぇ?てかもしか、そこにいるのはおねーさま?……え、マ?ってかマ?www超ウケ♪ちょーかーいらしくなってんじゃーん♪』
さもたった今気付いたかのように、リセエッタはこちらを覗き込むみたいに腰を屈め、そして、小馬鹿にしたような口ぶりでマリーをからかうとお腹を抱えて笑い出した。
「う~~~……リセ!ねぇ、リセ!すぐにモンスターを引き上げさせてダンジョンに戻して!街のみんなが困ってるのよ!ね。今すぐみんなにごめんなさいしよ?お姉ちゃんもいっしょに謝ってあげるから!」
『はぁ?なに、おせっきょーですかぁ?ロリのくせにお姉ちゃんヅラとかwww––––んなもん、嫌に決まってんし。アーシはアーシのヤリたいようにシてるだけだし?謝れなんて言われても知ったこっちゃねーし』
からかわれて、笑われて。一しきり唸っていたマリーが、どうにか丸く収めようと提案する。けれど、そんなものには耳を貸そうともしないリセエッタは、どこまでも自分勝手な理屈を並べ立てる。
「リセ!リセってば!––––もうっ!なんで言うこと聞いてくれないの⁉」
「いや、無駄じゃない?反抗期なのかなんなのか知らないけど、あれ、確信犯でしょ?」
必死に訴えかけても通じず、地団太を踏む幼女に、私は肩をすくめる。
分かっててやってる相手に何を言っても、そう簡単に謝るわけがない。
「じゃあ、どうしろって言うのよ、ルビィ!」と叫ぶマリーに、私は指を突きつけ––––
「あんたも『お姉ちゃん』なんでしょ?マリー。だったら、やることなんて一つじゃない」
「……?」
「悪い道に進もうとしてる妹がいるなら、ぶん殴ってでも引き戻してやんのよ!」
––––と、不敵に(見えるように)笑って、涙目で小首をかしげるマリーに言ってやった。
『……あー、もっし―?なんか恥じ―くらいにアツいセリフ語ってるとこ悪いんだけどぉ』
すると、そんな私達の様子を、バカを見るような冷めた目つきで見ていたリセエッタが、ムシすんなし、と言わんばかりに口を挟んできた。
『なんかぁ、さっきからあんたら、なんかヤろうとしてたっしょ?だったらそれ、ゲームにしね?』
「……ゲーム?」
『そ。題して〈拠点防衛ゲーム〉~♪はい、はくしゅ~♪』
ぺちぺちぺち、と、ダルげな拍手をしながら、勝手なことを言うリセエッタ。
その、ゲームとやらの内容とは––––
『とりま一人、早く人間ちゃんと遊びたぁい♡とか言ってマチナカ行っちゃってんけどぉ、これからアーシがキーパーにスカウトしたヤツら、もう二人向かわせっから。んでぇ、あんたらのタクラミ、ジャマさせてやんよ♪それをあんたらが守り切れればあんたらの勝ち。カンタンっしょ?』
––––キーパー。つまり、フロアキーパーにスカウトするほどの強力な魔物が都合三体、私達の妨害をしてくる。
私達が何をしようとしているのかまでは分からないはずだけど、街壁の近くにある六ケ所のポイントの内、一つでも堕とされれば攻性結界は発動できなくなる。
ただの思いつきみたいに言ってるけど、中々厭らしいところを突いてくるヤツね。
『んじゃ、今からコイツらがそっちイクから。せいぜい楽しませろし♪』
リセエッタがそう言うと、鏡面に二体の魔物の姿が映し出される。
一体は……一言で言って、スライムの巨人。
そしてもう一体が、馬頭人身の––––夢魔?
「––––チッ!うざったい真似してくれるねぇ。観測班!今の奴らとさっきのデカブツを補足!奴らが近づいたポイントから優先的に戦力を送るよ!」
苛ついたリリィが舌打ち交じりに指示を出し、にわかに慌ただしくなる中央広場。そんな中、攻性結界に向かうために待機していたメンバーの中から、不穏な声が上がる。
『………………見つけたぞ、盗人……!』
「––––ニュクス?」
……声の主は、さっきまでのバカっぽさがナリを潜め、射殺さんばかりに鏡面を睨みつける黒夜馬だった。




