表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/30

Go! West!

 ep.7-1 Go! West!


「––––ああ、もうっ!次から次へとしつっこいったら!」

 中央広場へと戻る道すがら、止むことなく襲い掛かってくるモンスターを、私とサクラさんで斬り伏せながら進んでゆく。

「この頻度……これが故意に行われた迷宮解放(リベレイション)であるならば、再生(リスポーン)宝珠(オーブ)が迷宮外に持ち出されているのかもしれません。一刻も早く元を絶たなければ。それにこのままでは、倒したモンスターの骸で街が溢れてしまいます」

「だったら、後も残さず火葬してやろうじゃない!エリュシア!」

「はい!三本目、いきます!」

 私の合図で、預けておいた【魔剣】をエリュシアが投擲する。

 ちょっとくらい狙いが甘くても、行く手の道からは群れを成してモンスターが押し寄せてきている。外れようもなく先頭集団のモンスターに当った【魔剣】から、渦巻く猛火がモンスターの集団を一掃してくれた。

「––––詠唱破棄符(スペルキャンセラー)発動!【火・水・金(M・M・V)審判の日(Doom’s・Day)】!」

 【魔剣】の炎を免れたモンスターはまだまだいる。けれど、一定程度の間隔は空いた!

 その間隙を利用して、エリュシアが魔術を発動させる。短杖から発せられた黄金の奔流が、小さなモンスターを消し飛ばし、大型のものも軒並み消し炭に変えてゆく。

「進路確保。行きましょう」

 進行方向のモンスターを一掃したことを確認して、サクラさんが号令をかける。

「やるじゃない、エリュシア。ちょっとは役に––––」

 そして、ちょっと見直したと振り返った私の目に映ったもの。それは––––

「~~~!~~~~~~!」

 ––––丸吞みワームに上半身を吞み込まれかけているエリュシアの姿だった。

「ちょっ!褒めたそばからなにやってんのあんたはっ‼」

 ……私は、慌ててワームに斬りかかってエリュシアを救出した。

「うえぇ……ぺっぺっ……お姉さま、ベトベトしますうぅぅぅ……」

「文句はあと、あと!ほら、今のうちに行くよ!」

「はいぃぃ……ぅえ……」

 なんだかネットリベッタリとしたエリュシアの手を引いて、私達は先を急いだ。


 そうして街の中を駆けてゆくと……

「少々お待ちを。誰かいます」

 サクラさんの制止の声に私達も立ち止まる。『誰か』っていうことは、逃げ遅れた街の人だろうか。

 ふとそんなことを考えていると、間もなく建物の影からよろめきながら姿を現したのは……

 薄茶色の髪に犬耳、ボロきれのような薄着を、全身白濁にまみれさせて、手には折れた剣の刃を握りしめた獣人の女の子だった。

「ぐぅぅぅぅぅっ……ふっ!ふぅっ!……がああああああああああああああああああっ!」

 そして、荒い息とともに血走った眼を走らせたその子は、私達に襲い掛かってきた!

「ね、ねえサクラさん。あの子、モンスターの擬態とかじゃ––––」

「いえ。大分気が立っているようですが、人間のようです」

「どどど、どうしましょう、お姉さま」

「放っとくわけにもいかないでしょ。下がってて!」

 私達が言葉を交わす間にも、その子は刃を握ったままで駆けてくる。その様子は正気を失っているというか、死にもの狂いといった形相で、手近にいた私に向かって、手にした刃をガムシャラに振り回してくる。

「がうっ!がっ!がぁっ!––––ぁああっ!」

「ちょっ!ちょっと待ってちょっと待って落ち着いてぇっ!」

 でたらめに振り回される刃を、躱す、躱す!だってこの子、折れた刃を直接握ってるんだもの!剣で受け止めたりしたら指がポロって……あ、やだ、想像したくない。

「––––き、切れちゃう切れちゃう!そんなことしたらあなたの手が切れちゃうからっ⁉」

 刃を握りしめた手から血を滴らせ、ボロボロと涙を飛ばして、それでも歯を剝いて襲い掛かってくるこの子をどうにか落ち付かせようと、必死に呼びかける。と––––

「仕方ありませんね。––––御免!」

 見かねたサクラさんが私の脇から一歩を踏み出し、槍の石突で女の子の首の後ろを小突いて、女の子の意識を飛ばした。


「……差し出がましいかとは思いましたが、あのままではこの方は力尽きるまで止まりそうにありませんでしたので」

「ううん、助かったわ。ありがとう、サクラさん」

 サクラさんにお礼を言って、改めて気を失った女の子を見てみる。……よほどひどい目に遭っていたのか、身体のあちこちにはアザや……鞭打たれたようなミミズ腫れが見て取れる。

 そして何よりも、彼女の左の耳に施された刺装具(ピアス)……

 サクラさんも気づいていたらしく、わずかにその表情を険しくさせている。

「とにかく、このまま置いてくわけにもいかないから、教会まで連れて行きましょう」

 気を失っても尚握りしめたままだった刃を、サクラさんと二人がかりで離させて––––サクラさんは同時進行で治療も済ませていた––––女の子をおんぶしようとしていると、エリュシアが慌てたように声を上げる。

「あ!お姉さま、そんなことぐらい、私がやります!それに、そのままじゃ汚––––」

「エリュシア。それ以上言ったら怒るよ……?」

「っ!」

 エリュシアの言葉をさえぎって、汚濁にまみれたままの女の子を背に負う。

「……この子の左耳のこれ(、、)、何だかわかる?」

「えっと……耳飾り、ですか?」

「これね。隷従装刺(ピアッシング)っていって……個人所有(、、、、)の奴隷の印。もちろん、違法のね」

 ––––奴隷制度、というものは存在する。けれどそれは、国が管理して農業や街の奉仕活動に従事する、あくまで刑罰としてのものだ。

 当然のことながら、個人による奴隷の所有は認められていない。ましてや、欲望のはけ口としてだなんて、もってのほか。本当に––––

「胸クソの悪い話だわ。こんな子供を傷だらけにして!……どこのどいつか知らないけど、後でボッコボコにして––––」

「……くたばった……」

 私が憤りもあらわにしていると、ポツリと肩越しに、掠れた呟きが聞こえてきた。

「……え?」

「あの、クソご主人……あたしを、囮に……けど……モンスター、囲まれて…………ざまぁ、みろだ」

 途切れ途切れに、掠れるような声で。けれど、吐き出さずにはいられない、(くら)く煮えたぎる感情(なにか)を。

 ––––彼女は、すすり泣くように小さく笑い、歪にも勝ち得た自由を嚙みしめるように、言葉にしてこぼすのだった。

 そんな彼女に、私は何といって声を掛けたものか少し悩んだけれど、「……今、教会に連れてってあげるから」と言うと、彼女は力が抜けたように吐息する。

「大丈夫。教会でだったらピアス(それ)、外してくれると思うから」

 隷従装刺というのは、無理やりとはいえ契約の魔術が込められている。呪い(カース)と言ってもいいだろう。けれど、彼女の『ご主人』––––嫌な表現だけど––––が死んでしまった今となっては、その契約も無効。

 なぐさめになるかも分からない。でも、教会に行けば安全に刺装具も外してくれるはず。私がそう言うと、彼女は震える手で刺装具を掴み––––

「こんな、もの……っ!」

 ブチブチと嫌な音を立てて、自分の耳から刺装具を引き千切り、そのまま投げ捨ててしまった。

「……これで、あたし……自由……だ……」

 それだけを言うと、彼女は今度こそ力尽きたように、私の肩に頭を預けて眠ってしまうのだった。


 ––––––––––––


 更に街を行くこと数分。

『いやああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!』

「「っ!」」

 行く手の先から聞こえてきた、絹を裂くような女の子の悲鳴に、私達は駆けだした!

 そうして駆けつけた私達の目に飛び込んできたもの、それは––––

「やだやだやだ!()れられるのイヤァァァ!私は女の子がいいんだってばあああああああああああああああああっ‼」

 そこにいたのは、触手に絡みつかれ、宙づりになった五歳くらいの幼女。

 ウエーブのかかったピンクの髪の間から親指ほどの角を覗かせ、背中にはコウモリの様な小さな羽が生え、お尻には先が矢印みたいになった尻尾が揺れている……

「––––さ、この子を教会に連れてってあげなくちゃならないし、行こっかエリュシア」

「え?え?あ、あの……良いんですか?お姉さま」

「いーのいーの。ほっといたって死にやしないわよ」

 ––––そう、そこにいたのは、私達の前から逃げ出して以来姿を見せなかった淫魔、マリーだったのだ。

「––––あっ、あっ、待って待って!スル―しないで!置いてかないで!たすけてルビィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッ‼‼」

「……呼んでますよ?お姉さま」と、不思議そうな顔で私の腕を引くエリュシア。

「~~~っ!ああ、もうっ!マリー!仮にもあんたのダンジョン(とこ)のモンスターでしょ⁉自分でなんとかしなさいよ!」

 私が声を荒らげて叫ぶと、「それが、この子たち、私の言うこと聞いてくれなくなっちゃったのおおおおおおっ!」なんて、半べそ状態で言ってきた。

 私達を煽って焚きつけて、ETDに挑戦させた張本人だし、むしろ自業自得だし。

 やっぱり放置して行こうか、と思った私だったけど、そこでサクラさんが「マリー、と言うと、マリー=パルフェタムール=ルシェのことですか?ダンジョンマスターの?」と訊いてきた。そして、「もしもそうであるなら、救出して事情を聞かせていただきましょう」とも。

 確かに、今起こっている騒動について、一番事情を知っていそうなのはこいつだけど……と、私が思案している間にもサクラさんは軽やかに駆け出し、マリーを捕えていた触手を一本残らず斬りはらってしまった。


「……ぐすっ、ひぐっ……えぐっ……あ、ありがとー。ありがとおおおおっ!」

 触手から解放されてサクラさんに連れられ、わんわんと泣きわめくマリーがサクラさんの足に縋りついている。

 そして、まるで本当のちびっ子になってしまったようなマリーに、サクラさんは冷静な姿勢を崩さずに質問してゆく。

「……早速で失礼ですが、貴女がマリー=パルフェタムール=ルシェ、で間違いはありませんか?」

「……うん」

「そうですか……聞き及んだ限りでは、貴女はもっと成熟した、大人の女性の姿をしていたと記憶しておりますが。……事情をお伺いしても?」

「……あのね?魔力と、精気を……」

 そこまで言ったマリーが、少し言い淀んだ後で私を指差して。

「ルビィに吸われた!」

「ざけんなコラ!あんた、自分でやったこと棚に上げてんじゃないわよ!」

 こいつ!自分がしたことを黙って、私だけ悪者にしようっての⁉

 私が噛みつかんばかりに喰ってかかろうとすると、「ルビィさん、お静かに」と(たしな)めてくるサクラさんを盾に、「怖~い!」なんて言って隠れるマリー。その直後にサクラさんの陰から顔をのぞかせて「んべっ!」って舌を出しているあたり、相変わらずいい度胸してるわ、この淫魔。

 ––––歯を剝いて威嚇を続ける私と、隠れたまま挑発をやめないマリーの攻防を一瞥して、やっぱり冷静な態度を崩さないサクラさんが質問を続ける。

「どちらが悪いかはさておき、マリーさん。今回の事態について、知っていることを話していただけますか?」

「うん……––––あれは、私がルビィたちから命からがら逃げ出した後のこと……」

 サクラさんに促され、神妙な面持ちで語り始めるマリー。

「……っていうか、何またしれっと被害者面しようとしてんのよ」

「まあまあお姉さま。話が進みませんから……」

 ということで、以下回想。


 ––––あれはルビィ達から逃げ出した後。

 私は、少しでも力を取り戻そうと、ダンジョンに戻ろうとしたの。けれど……

『んしょっ……んしょっ……はあ。ちっちゃくなっちゃったから、お勝手(うらぐち)の鍵を開けるのにも踏み台が必要だなんて。……え?な、なに?……これ……』

 ……私の知らないうちに、お勝手の南京錠が取り外されて……扉の鍵がダイヤルロックに変えられていて、しかもセ〇ムまでっ!……以来、私はダンジョン(おうち)に帰ることも出来ずに、街角で細々と商売をして生計を……嗚呼っ!


「……どう思う?」

「乗っ取られていますね。間違いなく」

 大して長くもなかったマリーの回想を聞いて、私とサクラさんが意見を交わす。

「それもだけど、ツッコミどころが多すぎでしょ。そんな大事なトコロの鍵が南京錠一個だけとか……っていうよりマリー。あんた商売って、一体何やってたわけ?」

「えっと、おだんごの売り子……とか?」

 ふいっと目をそらしながら答えるマリー。私はその頭をがっしりと捕まえて、無理やりこちらを向かせながら、さらに詰め寄る。

「おだんご、ねぇ。……それは、どんなおだんごなのかしら?」

「……言わなきゃ、ダメ?」

「ダメ。やましいことがなければ言えるはずよねぇ?」

 ここまでの態度で、絶対に何かを隠していると確信した私が、真正面からジーッと目を合わせて問い詰めると、マリーは観念した様子でポツリと口を開く。

「……み、みだらしだんご、です」

「み()らしだんご?」

「はい。……一本食べればムラムラしてきて、二本食べたら体の火照りがおさまらなく……そして!三本食べると私に精気を差し出したく––––」

 ––––げんこつ☆

「––––!いったぁ~~~いっ!」

 私は、喋っているうちに調子に乗り始めた淫魔(おバカ)の頭に拳を落とす。

「やっぱり。ホンッと、ろくなことしないわね、この淫魔……」

「だからって殴ることないじゃなぁい!うう、なぜかおだんごの説明するとみんな買っていってくれないし……サイアクよぉ!」

「……あんた、今の説明、したんだ」

「うん」

 ……それは、被害者がいなくて良かったというべきか、そりゃあ誰も買うはずないわー、とあきれるべきか……

「まぁいいわ。それよりもサクラさん。こいつ、教会に引っ張って行って今の話を……って、なによその手は」

 マリーを教会に連行しようとサクラさんに話しかけたところへ、ペタンと座り込んだマリーが、こちらに向かって手を広げている。

「おんぶ♡」

「はあ⁉私の背中見てから言いなさいよね!見ての通り定員オーバーよっ!」

「やだやだやだ!触手に襲われてもう力が入らないんだもん!」

 地べたに寝っ転がってバタバタと手足を振り乱す幼女(いんま)

「……あんた。もしかして、隙を見て私から精気を吸い取ろうとか思ってない?」

「––––ギクッ!……そ、そそそ、そぉ~んなことは、ない、デスヨ?」

 思いっきりあさっての方を向いて棒読みで言うマリー。そこへ––––

「……でしたら、私が背負いましょうか?」と、サクラさんが申し出る。

 ……‼と、ここでピンときた。

「いやいや、サクラさんは主力なんだから、こんなことお任せするわけには。ここは私が」

「いえいえ、ルビィさんこそ、既に一人背負っておられるのに……やはり私が」

「いやいや私が」

「いえいえ私が」

「……あのぉ。だったら私が……」

「「どうぞどうぞ!」」

 というわけで、エリュシアがおんぶすることに。サクラさん、意外とノリがいいなぁ。


「……ねぇ、ルビィ。ルビィってば」

「なによ?」

 エリュシアの背中に手早く縛り付けられたマリーが、なんだか不満げに私を呼ぶ。

「なんか、この子の背中にくっついてると、力が抜けていく気がするんだけど。この子ってもしかして、あの時の()が––––もぐゅっ!」

「はいはい。あんたはこれでも食べてなさい。で、なに?力が抜けてくって?気のせい気のせい」

 余計なことを口走りそうになったマリーの口に、さっきおばちゃんからもらったリンゴを突っ込んで黙らせる。けど、そっか。エリュシアってばこれでも元女神だから、そういう神聖さの欠片みたいなのが、まだあるのかな?

 私がそんなことを考えていると、エリュシアにおんぶされたマリーは、むぅ―!と面白くなさそうに、それでもシャクシャクとリンゴをかじりながら私をにらんでいる。

「あの、お姉さま。私もなんだか、この子をおんぶしてると変な感じっていうか、妙に疲れる気がするんですけど……」

「そりゃあ、そんなナリ(、、)でも淫魔だし。あんたも食べる?おばちゃんのリンゴ」

 食べるだけで体力回復ができる便利なリンゴを差し出すと、「いただきます―」と言ってエリュシアが受け取る。おんぶしたマリーと一緒になってリンゴをほおばる姿は、まるで仲のいい姉妹のようだ。

「––––では、そろそろ参りましょうか。別行動の三人とも一度合流しておきたいですし、何より中央広場も目と鼻の先です」

「オッケー。ほら、行くわよエリュシア」

「(シャクシャク、もぐもぐ)……ふ、ふぁい、お姉ふぁま」

 ––––そうして、頃合いを見計らったサクラさんの指示のもと、私達は再び歩みを進めるのだった。


 –––– その頃、中央広場では ––––


「……チッ!そろそろ大物が出始めてきたみたいだねぇ。––––ミィド!ミィィィィド!その辺にいるんだろう⁉あたしの得物を寄越しなぁ‼」

「あいあい。……よっ、と」

 ––––腐人会メンバー、農家のおばちゃんことコクヨウの呼びかけに応じ、ギルド舎の屋根からひょっこりと顔をのぞかせた武器商ミィドが、背負袋から取り出したモノ(、、)––––

 重たげに放られ、ズンと地響きをたててコクヨウの傍らに突き立ったのは、彼女の身の丈ほどもあろうかという双刃の大斧と、それを包むように被せられた鱗状の小片を繋ぎ合わせた短衣(ボレロ)でございました。

「––––コイツ(、、、)に袖を通すのも久方ぶりだねぇ」

「おいおい、おばちゃん。なんだよそのゴツ過ぎる得物は?」

 顔を引きつらせ、ややヒキ気味にかけられたテッドの問いに、男前な笑みを見せるコクヨウは、「コイツは『ドラゴン・ジャケット』って言ってねぇ。本物の龍鱗で仕立ててあるのさ」と言うや、ぐいと短衣に袖を通すのでございます。

 そして、『龍鱗の短衣(ドラゴン・ジャケット)』の、その効果とは––––

 ドワーフ特有の、小柄でありながらも頑強な彼女の体躯が、短衣に袖を通すや否やその腕が、上体が、短衣を突き破らんばかりに膨張を始め、並みの男性では持ち上げることすら困難であろう大斧を、片手で引き上げて見せたのでございます。

「コイツは龍の膂力を与えてくれるってぇ代物さ。見てな、モンスター(あいつら)みんな道っ(ぱた)のシミに変えてやるよ。––––Wooooooooooooooooooooooooh‼」

 ––––放たれるは龍の咆哮(ドラゴンズロアー)

 ビリビリと大気を震わせる轟声に怯むモンスターの群れに、ひと息に駆け込んだ彼女が横向きに構えた斧を打ち下ろすと、宣言(あやま)たずその場にいたモンスターが、三匹ほどまとめて叩き潰され、路上に血肉のシミのみを残して果てるのでございました。

「………………………………………………冗談(Just)だろ( Kidding)?」


「うっわぁ~~~。あっち、凄いなぁ……」

 北の大通り、コクヨウ達の様子を遠巻きに眺めていたフェルネットでございましたが、すぐに「ぃよっし!こっちも負けないように、目立って行くよ!」と、対抗心を燃やすのでございました。

「このままじゃ、主役の立場がなくなっちゃうもんね!せーのっ!イ・カ・ヅ・チ・キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィックッ‼」

 気合十分に繰り出されたフェルネットのイカヅチキックは、直撃を果たしたモンスターのみならず、その周囲にいた敵にも麻痺(スタン)の効果をもたらし––––

「そんでもってぇ!【七つの(サブア)衣の(ヒジャーブ)踊り(バーリヤ)】‼」

 そうして、返す刀でまばらになった敵の間を、朧のごとく残像を引き連れて駆け抜け、炎纏う拳を、あるいは雷奔る蹴りを叩きこんでゆくのでございます。さらには、横合いの小道から飛び出してきた豚鬼(オーク)の、横殴りの棍棒の一撃には素早く頭を下げて、右足を軸にしての斜め回転(ピボットターン)。遠心力を加え、雷を帯びたあびせ蹴りをお見舞いするのでございました。ところで––––

「––––なにかなッ!」

 技名の言語、ごちゃ混ぜなのでは?

「うっさいなぁ!魔術っていうのは媒体に訴えかけるから、いじれないところがあるのっ!それ以外のところだったら、好きに名前つけてもいーじゃんっ!」

 なるほど。てっきり勉強不足で適当に言っているものかと。

「勉強不足でごめーんねっ!っていうか、集中させてよっ‼」

 それは失礼いたしました。それと……

「今度はなにっ⁉」

 正面、危ないですよ?

「––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––っっっ!!!」


 ––––––––––––


「うわっ!と。危ない危ない、巻き添え喰らう所だったわ」

 クレアさんのところを後にして、サティーヌ達とも合流して、中央広場に向かう私達。

 そして、西の大通に差し掛かろうとしたそのとき、私達の目と鼻の先で、教主さんの【我知音(まじゅつ)】が炸裂した。

 しんくうほうかい、だか何だかよく分からない理屈らしいんだけど、とにかく術が発動するときには、その中心に向かって強烈に引っ張られる力場が発生するらしい。

 なので、たまたま近づいてしまっていた私達も、危うくその力場に引き寄せられるところだったのだ。

「みんな大丈夫?転んだりしてない?」

「私達は大事ありません、が……」

 私の呼びかけに、サクラさん達三人は平然としていたけど、彼女の視線の先では……

「「む―!む―――っ!」」

 エリュシアと、その背中におんぶされているマリーが蜘蛛糸でグルグル巻きになっていた。

「すまない、ルビィ。彼女が引っ張られそうだったので、とっさに糸を放ってしまった」

 そう言って、屋根の上でエリュシアに繋がっている糸を掴みながら、サティ―ヌが申し訳なさそうに声を上げる。

「大丈夫大丈夫!むしろ助かったわ、ありがとう!」と私が返すと、サティ―ヌはちょっぴり顔を(そむ)けて、ほんのりと頬を赤くしている。

 ……もしかして、照れてる?

「––––とにかく、今のうちに行きましょう。教主様の術は連射できませんので」

 エリュ・マリコンビが糸をほどかれて––––サティ―ヌに引っ張られて「あ~れ~!」って言いながらクルクル回されてた––––行動可能になるのを待って、サクラさんが言う。

「そうね。間違って攻撃されないように、何か目立つ印でもあればいいんだけど」

 旗か何かみたいに高く掲げて、遠くからでも分かるようなものはないかとあたりを見渡す。

 近くに長めの棒切れはあったけれど……そうだ!

「……ねぇ、マリー」

「な、なに?……すごく嫌な予感がするんだけど、気のせい、よね?」


 そして––––


「ッキャアァァァァァァァッ!やめて降ろして!私は!マトじゃ!なぁぁぁぁぁぁいッ!」

 私達は、棒の先から吊るされたマリーを先頭に、中央広場に向かって駆けだした。

「ほら、マリー!間違って攻撃されないように、もっと目立って目立って!」

「うるさいうるさい!なんで私がこんな目にあわないといけないのよぉぉぉっ‼」

「そりゃああんたの服がひらひらしてて、あんたが丁度いいサイズだったからよ!」

 あとは最初に遭ったときの恨みとか。散々バカにして、あげくにシャトー達にひどいことをしてくれた仕返しとか。

 むしろ、どうしてこの局面でヒドイ目に遭わされないと思えたんだろう、この淫魔。

「––––さぁ!このまま突っ走るわよ、みんな!」

「やだぁぁぁぁぁぁぁっ!幼児虐待はんたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっ‼」


 ––––––––––––

 ––––––––

 ––––


「……し、死ぬかと思った……」

「無事だったんだからいいでしょ!それより教主さん、状況は⁉」

 中央広場、到着。放心状態のマリーをポイして教主さんに駆け寄る。

「––––ああ、ルビィさん、ご無事でしたか。それにサクラ達も。……ええ、今のところは持ちこたえていますが、大型のモンスターや階層守護者級(フロアキーパークラス)のものも出始めております。正直、ここの防衛線もいつまで保つか……」

「余裕はないってことか。……あれ、ところでフェルネットは?」

「おっ、やっと戻ったか。フェルネットだったら……」

 教主さんと言葉を交わし、ふとフェルネットがいないことに気付く。あの子、主役がどうとか言って派手な術ばっかり使ってたはずだけど。

 不審に思って尋ねると、ちょうどローテーションで戻ってきたテッドが答える。

 彼(彼女?)––––「もう、どっちでもいいよ」––––が指差したのは、東の大通り。

 けれどもそこに人影はなく、モンスターが徘徊する道の端に三フィート四方の木箱があるだけ。………………よく見ると、その木箱はズリズリと、こちらに向かってゆっくり近づいて来ていた。


 ズリズリ……「「「……?」」」ピタッ。


 少しずつ動いている木箱に、モンスター達が視線を向けるとピタリと動きを止め。気のせいだったかな?とモンスターの視線が他を向くとまたズリズリと移動を再開する。

「………………………………Hey、スネイク?」

『‼』

 私は、おそらく木箱の中に隠れているのであろうフェルネットに声をかけた。っていうか、『‼』って周りのモンスターが浮かべるヤツじゃないの?

「そんなところで何やってんの?フェルネット!」

『っ!しーっ!おっきな声出さないで!モンスターに見つかっちゃ––––』

「「「‼」」」『……あ』

『バ、バババ、雷よ(バラク)!きんきゅー離脱!!』

 ついにモンスターから補足されてしまったフェルネット––––in木箱––––は、慌てて魔術を発動させると、カサカサカサッ!と凄い勢いで広場に向かって駆けこんでくる。

「テッド!フォローよろしく!」

「Oh!My……仕方ねえ。行くぞ、お前ら!」

「「「おうっ」」」

 私の要請(おねがい)に、少しは休ませてくれよ、とボヤきながらも、テッドは元パーティーメンバーであるニック達に声をかけてモンスターの迎撃に向かう。


「……で?なんであんたは木箱(ソレ)、かぶったままなわけ?」

 テッド達のフォローで、なんとか無事に帰ってきたフェルネットだったけれど、私達の前まで来ても彼女は木箱から出てこようとはしなかった。

『それは……六発、喰らっちゃって……』

「は?なに?六発……て、まさかあんた、ロスト・ヴァージ––––」

(ちが)ーもんっ!そっちじゃなくて攻撃!六回、攻撃されちゃったの!』

「あーあー!そっちね、そっち。で?」

『だから!もう、ぱんつしか残ってないの!なんか着るものあったら貸してくださいお願いしますっ!』

 ……と、半ギレ状態で箱の下から手を出しながら言ってくるフェルネット。

 とにかく、これでようやく納得した。この子の使う魔術【七つの衣】とかいうのは、敵の攻撃を七回まで無効化する代わりに、一回ごとに服が破けて七回目にはすっぽんぽんになるんだっけ。

「––––て、言われてもねぇ。私達もさっき慌てて出てきたから、替えなんて持ってないし」

「フェ、フェルネットお姉さまの、ためなら……私の、ローブをっ!待っててください!今すぐに脱いで––––!」

「やめなさいってエリュシア!あんたそれ脱いだら下着だけでしょ⁉」

 目の中をグルグルさせて、羞恥から顔を真っ赤にしながらも、フェルネットのためならと服を脱ごうとするエリュシアを制止する。

「だだだ、だってお姉さま!このままフェルネットお姉さまが好奇の目に晒されるくらいなら、いっそ私がっ!」

「だからやめなさいって……」

 私がこの、お姉さま第一主義(しゅきしゅき)妹分をどうにか止めようと苦心していると、「あの、それでしたら」と教主さんが寄ってきた。

「それでしたら、こちらをどうぞ。修道服ですが」

 そう言った教主さんの手には、騎士団(ナイツ)仕様の深緑の修道服。どうやら気を利かせたお付きのシスターが持ってきてくれたらしい。教会、目の前だし。

『あ、ありがとうございますっ!』と言って箱の下から修道服を受け取ると、フェルネットの入った木箱はガタガタゴソゴソモゾモゾモゾッ!とうごめいて間もなく……

「フェルネットちゃん、ふっかーーーつ!」

 勢いよく木箱を取り払い、雄たけびとともにフェルネットが立ち上がる。

「……ねぇ。修道服(ソレ)、後ろ前じゃない?」

「えっ?あ!––––どうりで首が苦しいと思った。ちょっと待ってて」

 指摘をされて、もう一度木箱をかぶったフェルネット。またしてもゴソゴソともの音を立てた木箱がポイっと放られると、今度こそフェルネット・シスターバージョンが姿を見せた。(ヴェールはなし)


「う~ん……どう?似合う?」

「うん、いいんじゃない?」

「さすがフェルネットお姉さま!修道服もお似合いです~♡」

 体をひねりながら袖口や裾の具合を確かめたフェルネットが、くるっとひと回りして感想を求めてくる。

 エリュシアはハート目で大絶賛してるけど、正直似合わない人の方が珍しい服装だと思う。

「––––よしっ!それじゃあ、ちょっと行ってくるね~」

「行ってくるって?どこに?」

「もちろん!恥をかかされたうっぷん晴らし」

 私の質問にそれだけを返し、フェルネットは近くにいた騎士団(ナイツ)の人から棍棒を借りると、東の大通りへ向かった。

「テッド~!みんな~!ちょっとどいて~!」

「フェルネット?って、やべえ!なんか()る気だ!逃げるぞお前ら!」

 暢気(のんき)と言って差し支えないほどのフェルネットの呼びかけに振り返ったテッドは、言葉とは裏腹に、剣吞なフェルネットの気配を察して素早く撤退の号令を出した。

「……炎よ(ショーラ)。……いくよ!火の玉千本ノーーーーーーックッ‼」

 そして、右手の平に火球を浮かべたフェルネットは、その火球をヒョイっと投げ上げて、手にした棍棒でモンスターに向かって撃ち込んだ。何発も、何発も!

「あーーーッはッはッはぁ!そーれ、燃えろ燃えろ燃えろぉ!バスタード(くたばれ)!バスタード!––––そんでもってぇ!特・大!()ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉむらんっ‼」

 ……次から次へと撃ち込まれる火球によって、路上にいたモンスターはことごとく火柱に包まれ、とどめとばかりに放たれた二フィートくらいの火球が、遠くにいた大型のモンスターを火の海に沈める。


 ––––––––––––


「あースッキリした!」

 やがて、好き放題に火球を撃ちまくって気が済んだらしいフェルネットが、笑顔を浮かべて戻ってくる。

「やり過ぎよっ!」「いたっ!」

 そして私は、そんなフェルネットをHARISENの一撃で出迎えてあげた。

「まったく!スッキリしたーじゃないわよ!街が火の海じゃない!どうすんの⁉ねえ、どうすんのよ、フェルネット!」

「はいはいわかりましたー。今すぐ消してきます―」

 ふてくされたように唇をとがらせて、雷速で駆けてゆくフェルネット。ていうか、大火事になったら私達、街にいられなくなっちゃうって分からないの⁉

「……俺、お前らの中じゃあいつは常識的な部類だと思ってたよ……」

「へえ。じゃあ、あんたから見て私はマトモに見えなかったってことかしら?テッド」

「い、いやいや!そういう意味で言ったわけじゃ……とりあえずそのHARISENしまってくれ!」

 どうにか撤退してきたテッドが、何やら失礼なことを言ってるのでHARISENで威嚇。

 そんなやり取りをしていると、「ねぇ、こんなとこでイチャつくのやめてくんない?」と––––

 私達の後ろから、いつの間にか戻ってきたフェルネットがフテった目で言ってきた。

「あれ、フェルネット?もう消してきたの?っていうか、これのどこを見たらイチャついてるように見えるのよ」

「うっわ、無自覚ぅ~。テッド、ごしゅーしょーさま」

 何を言ってるんだか、意味が分からないよ?と首をかしげる私に目もくれず、気の毒そうな顔をしたフェルネットはテッドに向かって手を合わせた。

「……んでさ。あの火ってアタシの魔術で出したわけなんだよね。消せないと思った?」

 ジトッとしたフテ目で私に向き直ったフェルネットの言によると、あの大通りいっぱいを覆いつくした炎は術によるものなので、『集まれ(マジュムーア)』の一言で全部吸い込んでしまったのだとか。それならそうと早く言ってくれればいいのに。

「へえ~、便利なものね」

「それだけ⁉アタシ叩かれたのに、言うことはそれだけなのかなっ⁉」

 放っておいたら怒りのボルテージが急上昇しそうなフェルネットに私は……

「んー……ゴメンねっ☆」と誠心誠意あやま––––

「燃やす!」

「なによ、ちゃんとあやまってるじゃない!」

 不条理なことに、手を合わせてあやまっている私に、フェルネットときたら炎を上げる右の拳を振りかざして攻撃してきた!……ので、さっと躱す。

「逃げるなコラー!」

「やぁよ!そんなことでいちいち燃やされてたらたまったもんじゃないわ!」

 ゴウ!ゴウ!Go!と襲い掛かるフェルネットの拳。けど、怒りで大振りになってるパンチなら、私でも––––見える!


「––––っと、そうだ!フェルネット、ちょっとタイム!」

 ひょいひょいとフェルネットの攻撃を躱していた私だったけれど、ここでふと思い出した。

「……今度はなに?」

「うん、実はね––––」

 フェルネットが手を止めるのを見計らって、クレアさんから預かってきた『攻性結界』について説明をする。

「––––っていうわけで、あんた雷属性の魔術が使えるでしょう?結界の一か所を頼もうと思ってたのよ」

「……このタイミングでアタシにそーいうこと言う?ホンッといい根性してるよね」

「いやあ♪」

「褒めてないし」

 お約束なやり取りでポリポリと頭をかいて照れてみせる私に、あきれたようにジト目を向けるフェルネットだったけど、やがて「もういいや……分かった」と言って了承してくれた。

「それじゃあアタシは、その(たま)持って、雷のポイント受け持てばいーのね?」

「そういうこと。あ、あと、これも持ってて」

 簡単な打ち合わせをして、『雷』の珠のほかに、護符みたいな小さな金属プレートをフェルネットに渡す。

「なにこれ?」

念話(テレパス)符、だって。これ持ってる人同士、離れてても会話できるから、これでタイミング合わせてって言ってたわよ」

 分かった、と言って珠と念話符を受け取ったフェルネットには、他を担当する人が揃うまでは引き続きこの広場にいてもらうことにして、私とエリュシアは教主さんのところへ。

 一刻も早くベン・リーナの街へ行って、炎の属性が使える騎士団(ナイツ)の人と、あとはあいつ(、、、)の協力を取り付けて、無理にでも引っ張ってきたい。

 そこでパンジョ村の先、国境を越えるために教主さんに一筆したためてもらおうというわけなのだ。

 元来、国を跨いでの仕事をすることもある冒険者だけに、冒険者登録証というのはそれだけで通行手形(パスポート)の役割を持っている。

 ただし、通常の手続きを踏むとなると、各種書類やらの手配の煩雑さと、なにより……お金!マネー!ゲルト!がかかる!

 だから教主さんに、『緊急事態なのでフリーパス』と一筆記した書簡を発行してもらえれば、スムーズにベン・リーナの街へ行くことができる。ロハ(ただ)で!

「……さあ、こちらをお持ちになってください」

 さらさらと書き綴った許可証(フリーパス)のインクが乾くのを待って、十星十柱の教会のシンボルをかたどった蠟印が捺されたソレを、教主さんが差し出してくる。

「西門の外には、住民の避難用の馬車が用立ててあります。避難民の護衛もかねて、パンジョ村までは同乗なさってください。その先は、連絡用の早馬の準備も整っている筈ですので、その書を見せて便乗されるのがよろしいかと」

 受け取った許可証を丁寧に丸めて、無くしてしまわないようにポーチにしまい込んでいると、教主さんがそんな風に言ってくる。

 分かりました、と返事をして、エリュシアと西の大通りへ向かおうとすると––––

「––––フェルネット?」

「護衛、したげる。……西門までね」

 通りの脇道から湧き出すように、今も姿を現し続けるモンスターを見据えながら、フェルネットが私達の横に並ぶ。

「……だな。切り札(ジョーカー)は、キッチリ確保(キープ)しとかねえとな」

 そして、他の通りをニック達に任せたテッドも、巨大なダガーのような双盾を振り鳴らしてやってきた。


「俺達がエスコートしてやる」

「超特急で送ってあげるから、合わせてよ?」

 縦隊の陣形(フォーメーション)の先頭で、双盾を楔のようにⅤ字に構えたテッドが『加速』と『強化』の付与(エンチャント)を唱え、最後尾に控えたフェルネットの足元から迸った雷光が、パーティー全体を護るようにフィールドを展開してゆく。

「……オーケー。エリュシア!あんたもいけるわね!」

「はいっ!」

「大丈夫だいじょーぶ!アタシの雷で足、強制的に動かしてあげるから!途中でコケないようにだけ気を付けて!」

 ……後で聞いたのだけれど。生き物っていうのは体を動かすときに、筋肉の間を極々小さな雷のようなものが行き来して、体を『こう動かす』っていう指示を出しているらしい。

 つまり、この時のフェルネットが言っていたのは、その雷の魔術で私達の身体––––この場合は足––––に働きかけて、無理やり動かしてしまおうというものだった。

 その結果––––

「よし。こっちは準備いいぞ!」

「ちょっとフェルネット⁉強制的にってどういうこと⁉」

「あ、あの、フェルネットお姉さま?なんだか私の足が勝手にうごき––––」

「それじゃ、いっくよー!『エレクトリカル……トレイン』‼」

 私とエリュシアの呼びかけを無視したフェルネットの一声(コール)を合図に、駆けだしたテッドにひっぱられるように、私の足が勝手に動き出す。ってちょっ!


「っしゃあ!いくぜモンスターども!片っ端からぶった切ってやるぜ!」

「ちょっと、ストップストップ!こんな急に––––!」

「は、はわ、わわわっ!あ、あしっ!足が、つっちゃい、ますぅぅぅっ!」

「へーきへーき!さぁー、どんどん行ってみよー!」

 なんだか張りきってモンスターの群れを薙ぎ払いながら通りを突っ切ってゆくテッド。

 その後ろを、強制的に信号(シグナル)を送られて追走させられる私とエリュシアの悲鳴が流れ、何の根拠があるのかノリノリなフェルネットが最後尾であおり立てる。

 ––––誰かこの体力バカ二人をなんとかして!

 とはいえ、フィジカルエンチャント付きのテッドの疾走と、それに同調させられている私達の進行速度は速い。風のように速い。速いったら速い!

 立ちふさがるモンスターの群れを瞬く間に切り裂いて、モンスターの残骸も追いすがろうとしてくる敵も後方に置き去りに、ただ一条の矢のように駆け抜ける!

 そして––––

「開門!教主さんの使いだ!開門してくれ!」

 あっという間に近づいてくる街壁の西門。テッドが声を張り上げると、門の前で双剣を振るっていた騎士団(ナイツ)の人が後方に向かって何事かを叫び、街門が細く開かれる。

「よし!二人を放り込んで左右に展開!門前を確保(キープ)してから広場に戻る。できるな!」

「あったり前でしょ!」

 素早く打ち合わせた二人は、私達を門の中へと放り込んで踵を返した。

「わっ!ととっとと!」

「へぶっ!」

 勢いもそのままに、開いた門の中に投げ込まれる形になった私は、つんのめりながらもどうにか門扉を通過。その後ろではエリュシアが、勢いを殺しきれずに顔面から着地していた。

「だ、大丈夫か?」

「あ、うん。……それより、これ!私達、教主さんからの依頼でベン・リーナまで行きたいの。通してもらえる?」

 心配そうに声をかけてきた門衛のおじさんに、ポーチから取り出した書簡を見せる。

 素早く書面に目を走らせたおじさんは、「……分かった。気を付けてな」と言って門の外へ送り出してくれた。


 ––––外扉を抜けた先、西門前には何台もの馬車と、それに乗るための避難民––––街のみんなだ––––が列をなしていた。

 割り込みをするみたいで心苦しかったけれど、私は今まさに出発しようとしている馬車の御者さんに教主さんの書簡を見せて、エリュシアと二人で馬車のステップの上に飛び乗った。

「行こう、エリュシア。ベン・リーナへ!」

「はいっ!」

 私達を乗せた馬車は西へ、一路ベン・リーナ––––への中間地点であるパンジョ村––––に向かって走り出したのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ