元凶、登場
Ep.1ー1 元凶、登場
––––ここは、ゴレイシアと呼ばれる大陸。
世界は、二つの巨大な大陸に分かたれ、中央に刻まれた運河を境に、東をヒト種の住まうゴレイシア、西の大陸を、魔族の棲まう地、ロンド=アーナと称します。
此度の舞台はここ、ゴレイシア大陸の中東部、ピンガ共和国の西端、パドキの街。
西部、グレナ・モルテ連合王国との交易と、複数ある迷宮によって栄える、冒険者街でのお話。
物語は、北にそびえる岩山、バドシャン剣鋒にあるダンジョン、【エロ・トラップ・ダンジョン】より這う這うの体で帰り着いた少女達の、街でのひと時にて再開いたします。
––––ETDを擁する街、パドキの、その一角。
ダンジョンを脱出した私たちは、反省会を兼ねて、街のカフェにいた。お気に入りのオープンテラス席で、テーブルには、紅茶とショートブレッドが並ぶ。
「はぁ~もう、フェルネットのおかげでひどい目にあったよ……」
「アタシ悪くないもん……」
だらしなくテーブルに突っ伏した私に、フェルネットが反論する。ぷぅっと頬を膨らませているけど、間違いなくこの子のせい。反省する気は、ないらしい。
「私は止めたわよ?あんなあからさまな罠、掛かる方がどうかしてますわ」
「ぶうぅぅぅ……」
シャトーの指摘に、ますますふて腐れたように音を上げるフェルネットだったけど、不意に、通行人たちの会話が耳に入ってくる。
「なぁおい、聞いたか?」
「あ?なにをだよ」
「エロトラップダンジョンだよ。しばらくぶりで挑戦者が出たっていう」
「あぁ、あれか。で?やっぱり失敗して、吐き出されてきたのか?」
「いや、それが笑っちまう話なんだけどよ。入り口の近くにあるっていうボタンな」
「わざとらし過ぎて、誰も押さなかったっていう、あれな。……まさか」
「そう!入ってすぐに押しちまったらしくて、泡喰って逃げ出してきたんだと!しかも、最短記録更新ってぇおまけ付きで!www」
「マジか!くくくっ。で?何分で逃げ出したって?」
「それが聞いて驚け!なんと……さ、さ、三分だってよぉ!」
「ぶぷっ!ヤベェ、腹よじれるわ!……ぎゃははははっ!」
「この後、注意喚起だとかで、ギルドに似姿が貼りだされるっていうから、見に行こうぜ」
「あぁ、行く行く!www可愛い子だったらいいなぁwww」
––––好き放題に言うだけ言って、そいつらはゲラゲラ笑いながら立ち去って行った。
「…………………………………………」
「…………………………………………」
「……ほえ?」
羞恥から、私たちは顔を真っ赤にして、黙って俯いたまま、固まっていた。ただ一人、やらかしちゃった上に、事態を全く理解していないフェルネットを除いて。
重苦しい場の空気を、吐息と共に吐き出すようにして、ルビィが一言。
「……取り敢えず、どうするかよね」
その言葉を聞いて、カチャリ、とカップを置いたシャトーが、咎めるように口を開きます。
「どうって、始まってもいないのだもの、私は行くわよ?それとも、諦めるの?ルビィ」
「そんなわけないじゃん!私だって諦めてないわよ。そうじゃなくって、お腹のコレ」
言いながら、お腹を擦るルビィ。ダンジョンを出てから、今は小康状態だけれど、相変わらず不気味に淡い光を放つ、淫紋。強制発情の呪い。
「そうねぇ♪そんなものを付けてたら、まともに戦えないものねぇ♪」
「そうそう。どっかで解呪してもらうしかないよね」
「なら、やっぱり教会にでも行くしかないのかしらね」
「あん、ダメよぉ♪あんなところで落とせるほど、簡単な呪いじゃないものぉ♪」
「マジ?ああぁぁぁ……もう、どうすりゃいいのよぉ~~~……」
「ねえねえ、ルビィもシャトーも、誰とお話してるの?」
それまで黙っていたフェルネットが、不思議そうに口を開きます。
「誰って、そりゃあ……え?」
「言われてみれば……」
いつの間にか、会話に交わってきていた、四人目の声。けれども、どこにも姿を認めることは叶いません。
「でも、この声って……」
「ええ。あの時の女の声、ですわね」
あの時。それは、一週間ほど前、私たちがパーティーを組んだばかりの時。希望に胸膨らませ、これからどうしようか、話し合っているところに、不意に現れた女。
––––ねぇ、あなた達。とぉってもイイ話があるんだけど♪
マリー、と名乗ったその女は、豊満な胸を思い切り強調した、ぴったりとした服を着て、腰を振り振り、私たちに歩み寄ってきた。
––––そこには、何でも願いが叶うアイテムが眠っているそうよ♪ねぇ、挑戦してみない?……あら、危なくない冒険なんて、どこにもないものよ♪それとも、怖いのかしら?
クスクスと、挑発的な笑みを浮かべる女に、カっとなった私が、「上等じゃない!やってやるわよ!私たちなら、絶対に楽勝なんだから!」と言ってしまって……
「今にしてみれば、あれが失敗のもと、だったかなぁ」
「仕方ありませんわよ、止めなかった私も悪いのだし」
ティーカップを口に運びながら、シャトーが肩を竦める。
「でも、あの人って、けっきょくなんだったんだろうね」
「う~ん……あ、そういえば、頭に角とか、生えてなかったっけ?」
「背中には、翼があったような気もしますわね」
「あとあと!シッポも生えてたと思いますっ!」
何故か模糊として、顔の造形が思い出せないけれど、三人それぞれに、覚えている特徴を言い合う。出て来た特徴を照らし合わせると。
「ねぇ、それって……」
「ええ、間違いないですわね」
「じゃあ、やっぱり」
…………「「「淫魔!!」」」
「ご明察~~~♪でも、まさかまだ気づかれていないなんて、思ってなかったわぁ♪」
直後、それまで誰もいなかったはずの席に、ピンクの霧が集うように、ヒト型の像を結ぶ。
「はぁ~い♪お久しぶりぃ♪元気だったかしらぁ?www」
ウエーブのかかったピンクの髪、その間から覗く、捩れた角。暗赤色のたれ目がちな瞳は、情欲に濡れたように怪しく煌めく。間違いない。この女は。
「マァァァァァァァリィィィィィィィィッ!アンタの……アンタのせいで、私たちはいらない恥を掻いたのよ!どうしてくれんのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
「あらぁ?何のことかしらぁ?クスクス♪」
「問答無用!シャトー、フェルネット!この女、捕まえるわよ!」
「あら、怖い怖い♪でも、私にそんな態度をとって、いいのかしらぁ?www」
「うっさい!草生やすな!行くよ、二人……と、も……?」
「…………」
「……ぁ……」
振り返ると、そこには、自失とした様子の二人。
その瞳は、光を失ったかのように虚ろで、微かに痙攣を繰り返すばかり。
「二人に……何をしたの……」
「あらぁ。まだ分からないのかしらぁ♪そ・の・淫紋。誰の制御下なのかしらねぇ♪」
「––––っ!まさかっ!」
慌てて二人を揺すってみても、焦点の定まらない眼で、何の反応も示さない。
「ねぇ……二人とも。しっかりしてよ。……シャトー!フェルネット!」
「ムダよぉ♪今、その二人の心は空白だものぉ♪だから、私が命令すれば、この場で裸になることだって、娼婦のように男を誘わせることだってさせられるわぁ♪」
試すように、愉しむように、そんなことを私に突きつけてくる。この女……!
「二人を……戻しなさいよ。……戻してよ!」
知れず、潤みかける瞳に力を込めて、目の前の淫魔に訴えかける。
「ふふっ、いいのかしらぁ?そんな口の利き方でぇ♪まだ、自分の立場が分かっていないみたいねぇ♪私がその気になったらぁ、その二人はどうなってしまうのかしらぁ?」
「くっ!…………どうしろって、言うの」
「ふ、うふふふふふ♪そう、おりこうさんねぇ♪ま・ず・は……♪」
マリーがつい、と指先を閃かせると、私のお腹の淫紋が、不気味に輝きを増す。
「かっ!!はあぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
お腹が、燃えるように熱を帯びる。さっきまでの比じゃない!頭の中が焼ききれそうな感覚に、全身から汗を吹き出させ、だらしなく舌を出し、口を閉じることさえできない。
「その淫紋を受け入れて、私のものになりなさい♪そうすればぁ♪その二人とは違って、あなたの心は消さないであげるわぁ♪」
つまり、服従と引き換えに、二人を見捨てて屈辱を受け入れるか、揃って人形になるか。
こいつ!端っから二人を助ける気なんてないんだ!
「……ぁ、だ、誰ぇが……あんた、らんか、のぉ……!」
上手く呂律の回らない舌を、懸命に動かしながらの抵抗。
「あらあら♪ずいぶん頑張るのねぇ♪で・も。あんまり抵抗すると……壊れちゃうわよぉ♪」
クスクス、クスクスと、さも滑稽なものでも見るかのように言い放つ。
「それにぃ、そこの二人とは、まだ会って間もないのでしょう?なら、今を切り抜けて、後で新しい仲間を探すことも出来るのに♪何故そこまで執着するのかしらぁ?」
新しい、仲間?後で、探せばいいって?
「私、は……友、達を……!見捨てないっ!」
冗談じゃない!今いる仲間を見捨てて、どの面下げて新しい仲間なんて探せるっていうの!第一、シャトーもフェルネットも、私の最高の仲間だっての!
そう思った瞬間、私の頭の中で、何かが弾けた気がした。淫欲とは違う、眩いばかりの、炎の奔流がお腹の奥で渦を巻く。
「ふぅ。淫紋の影響で、感度千倍にしてあげたって言うのに、ここまで抵抗できるなんて…………ふ、ふふっ♪面白い。面白いわぁ!ならば、あなたが壊れ果てて無様によがり狂う姿を、じっくりと見届けさせて貰うとしましょう!」
勝ち誇ったように、嗜虐的な笑みを貼り付かせて淫魔が嗤う。
けど残念。なんでか知らないけど、もう私に淫紋の影響は届いていない。
––––確かに、淫紋の魔力は感じるけれど、湧き上がる炎のような力が、その魔力を喰いつくさんばかりに、私の体内で渦を巻いているのだ。
そもそも、感度千倍とかって……そんな無理やりで気持ち良くなる女の子なんていない。 はい、そこの妄想見がちなエロ助!女の子はちゃんと段階踏んでかないと、気持ちよくなんてないんだからね!女の子ナメんな!
––––とにかくここから私の、いや、私達の逆襲の時間だ!
「……ふ、ふふふ」
「あらぁ?もう壊れてしまったのかしら♪ずいぶんと早––––」
訝しげに小首を傾げ、それでも勝利宣言をしようとしたマリーに、特大の笑声を返す。
「あっははははは!誰が壊れたってぇ?私はこの通り……正気よ!」
私の体内の変化に気づかないマリーは、それでも尚、上から目線で宣告する。
「やせ我慢にしても、随分頑張るじゃなぁい♪いいわ♪だったら、そこの二人で遊ぶことにしましょう♪そうね……これから裸行進をさせて、そのまま街の広場で、淫らに男たちを誘わせる、というのはどうかしらぁ♪」
そのひと言で……キレた。
「マリー。私も言ったわよね。友達は見捨てない、って。……何を、させるって?」
瞳に力を込めて、燃え立つ怒りを、静かにぶつける。
「あらあら、怒ったのかしらぁ?でも、貴女はなにもできない。その淫紋がある限りねぇ♪うふふふふふふふふふふふふふ♪」
「もう一回、言ってみなさいよ。誰に、何を、させるって?……………………………………ッッッ!!!ざっけんじゃないわよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
伏せがちにした顔を勢いよく振り上げて、吠え猛る。同時に私の怒りは沸点を超えた。
淫紋によって縛られた、淫欲の鎖が砕け散る。自由を取り戻した私の身奥から、白金の炎が力となって、吹きあがる。
「あらあら♪そんなムキに、なっ……って、なに?この力……まさか、プラチナム……?」
よく分からないけれど、マリーが狼狽えているのは確かだ。この力なら!
「プラ、チナム?……なんだか知らないけど、形勢逆転、みたいね?……さあっ!二人を!元に戻しなさい!マリー!」
繋いだままだった、シャトーとフェルネットの手を、グイ、と前に突き出す。
マリーの返事を待たずして、私から吹きあがる白金の炎が、掴みかかるようにマリーの全身を包む。
「え?ちょっ、ちょっと待ってぇ!止めて止めてやめてえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!す、吸われる!吸われちゃうからあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
言葉の通り、炎で繋がったところから、力が流れ込んでくるのを感じる。
––––––––––––
––––––––
––––
程なくして、抜け殻のようだった二人に、生気が戻ってきた。
「ん……私、どうなったんですの?」
「!っはあぁぁぁぁぁ……あ、あれ?ルビィ。おはよう~」
まだ覚醒しきっていない感じだけど、二人とも、意識を取り戻したみたい。
「シャトー!フェルネット!良かった……本当に。本当に、もうっ!」
感極まった私は、押し倒さんばかりに、二人を抱きしめる。
「––––!ちょっと、ルビィ。一体、なんなんですの?」
「わぁい!ルビィがデレた!えへへ、ぎゅう~~~っ」
驚くシャトーと、抱きつき返してくるフェルネット。いつも通りの二人。
「グスッ……心配したわよ。二人とも、抜け殻みたいにされちゃって」
「?どういうことですの?……それよりも、ルビィ。その背中……」
「えっ?……なにこれ。翼?なに?私、どうなってんのぉぉぉ?」
シャトーに言われて、背中に手をまわす。小さめだけど、確かに翼が生えている。しかも、六枚。シャトーに言われるまで、気がつかなかった。
「あ、でも、さっきマリーが何か言ってたような……っ!そうだ!マリーは?」
思い出して、振り返る。何かの力を吸われるようになってたから、もしかしたら、シワシワになってたりして。
「そぉ~っと、そぉ~っと……」
果して、そこにいたのは、コッソリ逃げ出そうとしている、五歳くらいの女の子。ウエーブのかかった、ピンクの髪。その間からは、申し訳程度、親指くらいの角が見える。
「ねえ」と声をかけると、ビクーン!と身体を震わせ、ギ……ギギ、と錆びた蝶番が軋むように振り返る。
「……ずいぶん小っこくなってるけど、マリー、よね?……ぷぷっ」
「だ、だだだ誰の事ですか?わたっ、私はただの、通りすがりの幼児でキャアッ!」
往生際の悪い淫魔の頭を、容赦なくむんず、と引っ掴む。
「ど・こ・へ、行くのかなぁ?マリーちゃん?」
「ひいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
五歳児程度の見た目通り、もはや大した力も残っていないようで、ろくな抵抗もできない淫魔は、怯えた様子で身じろぎを繰り返すばかりだった。
「二人とも。このバカのせいで魂抜かれたみたいになってたのよ」
ぐい、と二人の前に、幼女と化したマリーを突き出す。
「まぁ、これがあのマリー、なんですの?」
「ほうほう、アタシたちにひどいことしたマリーが、こんなになっちゃったんだぁ♪」
大げさに驚いて見せるシャトーと、ニヤリと獰猛な笑みを浮かべるフェルネット。散々な目に遭わせてくれた、この淫魔にかける情けはナイ、と皆で取り囲む。
「はわわわ……あ、あれは、その……ちょっとしたお茶目、だったのよ?ね、ねえ。ここは水に流して、笑ってお別れ、というわけには……」
それでも見苦しい言い逃れを試みる淫魔に、断罪の言葉を叩きつける。
「ダメ」
「ですわね」
「どうやってお返ししよっか?」
「いや……いやぁ……あ、あや、謝るからぁ!ゆるちてえぇぇぇぇぇ!ごめんあしゃい!ごめんなしゃぁぁぁぁぁぁぁい!うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
恐怖からか、肉体の見た目に引きずられたのか、どうやら中身まで幼児退行したみたい。
「あらら、泣いちゃった。ねぇ、どうする?」
「そうですわね。流石にこんな幼児の見た目で、肉体的な折檻は傍目によろしくないですし……そうですわ!いっその事、男っ気のない修道院にでも放り込んで、お祈りと奉仕の日々を送らせる、というのはいかが?」
「……でもこいつ、女からでも精気吸いそうだよ?」
『それでしたら、良い考えがございましてよ?』
不意に掛けられた声に、三人+幼女が振り向きます。
視線の集中する先には、若干朧げな輪郭の、穏やかな顔をした女性の姿。
「「「……誰?」」」
『初めまして。私は、女神テヘペルシア。この世界を司るものです』
女神、と名乗った女性は、陽炎のように揺らめき、ついでにたわわに実った巨大な胸も揺れる。その姿に、実にイラッときた。
「……はぁ?冗談は、その胸だけにしてよね!今、忙しいんだから」
『え?あ、あの、ちょっとお話を……』
「だから、うっさい!おっぱいお化け!今、こいつをどうしてくれようか、考えてるところなんだから!引っ込んでてくれる?」
『あ、はい!……すみません』
私の剣幕に押され、(自称)女神は口をつぐむ。
『……はっ!ち、違います!私の話をちゃんと聞いてください!』
必死の様相の(自称)女神。握った拳を、胸の前でブンブンと上下させる。同時に、小振りな西瓜ほどもある、巨大な双丘もブルンブルンと震える。
(っち!ねぇ、どうする?二人とも。コイツ、うっざいんだけど)
(仕方ないですわね。一応、話だけ聞いてみましょうか?)
(でもでも。怪しい宗教の勧誘だったらヤダよぉ?)
(だったら、みんなで散り散りに逃げるってのは?)
(((お前は黙ってろ!)))
どさくさに紛れて、逃亡を図ろうというマリーに、三人でツッコミを入れ、きょとん、とこちらを見ている(自称)女神を見やる。……仕方ないなぁ。
「……で?あんた、女神だっけ?良い考えがあるって言ってたけど?」
『あ、ありがとうございます!お話を聞いてくださるんですね!コホン……では、改めまして。私は、女神テヘ––––』「ソレはもう聞いたから」
『はうぅ……ごめんなさい……』
あ、ショボンとしちゃった。メンタル弱いなぁ。っていうかウザイ。
「ルビィ。話が進まないから、少し喋らせてあげてはいかが?」
呆れ顔で、シャトーが言う。確かに。
『ありがとうございます!ありがとうございますぅ!ではでは。まずはそこの淫魔に、これを』
そう言って差し出したのは、革紐、いや、革ベルトを組み合わせたような、拘束具?
『これを身に付けさせると、人の心に生じた悪心に反応して、身動きが取れなくなるので、そうやって捕らえていなくても、逃げられずに済みますよ』
むふ~!と、鼻息も荒く言う女神(仮)。ホントかなぁ、とは思ったけど、ずっと捕まえているのも確かにしんどいので、三人がかりでマリーに装着させる。
「ふぅ。着けさせたのはいいけど、コレ、かえってえっちくない?」
三人の中で一番のパワー担当、フェルネットが、拘束具で締め付けられたマリーを見て呟いた。
「そうね~。これでギャグボールでも咥えさせたら、まんまじゃん。あんたの趣味?」
『違いますぅ~!それはれっきとした【神聖器】で、由緒正しいものなんですよぉ?』
「【神聖器】?あの、教会や神殿の奥殿に安置されていたりする、あれですの?」
『そうですよぉ。……とにかく、これで落ち着いてお話ができますね』
––––––––––––
––––––––
––––
「……で?あんたが預かるって?」
『はい。私の許に預けていただければ、神気に満ちた天界の影響で、この淫魔に力が戻ることはないでしょう。その上、最も嫌っているであろう、私達神の小間使いをさせられる。さぞかし屈辱的なことかと思いますよ』
「う~ん。どう思う?二人とも」
「嘘、という感じではなさそうですけれど……」
「とりあえず、妙にお高い壺が出て来なくて安心だと思う」
「フェルネット……そうじゃなくって……」
『壺ですか?ありますよ、ホラ。【欲喰いの壺】です』
そう言って、女神(仮)が取り出したのは、膏薬でも入っていそうな小さな壺。
「欲喰い?どういう物なんですの?」
『え~っと、食欲・色欲など、持っている人のありとあらゆる欲望とか、欲求といったものを、全て吸い取ってしまうアイテムですね』
「へぇ~。それって、この淫紋とか、媚薬ガスの効果も抑えられるってこと?」
「……でも、お高いのではなくって?」
『ところがこの壺!今ならもう一つセットにしまして!今だけ、い~ま~だ~け~の!スペシャルプライスでのお届けとなってございます!更に今なら!こちらの可愛らしいマスコットまでお付けして、なんと!お値段据え置きで……』
シャトーのひと言に、何かのスイッチが入ったらしい女神(笑)が、実演販売か何かの行商人よろしく、声を裏っ返して、ノリノリで紹介しだした。
「でもでも、食欲まで吸い込まれちゃったら、ゴハンも食べたくなくなるってこと?」
「あ、そっか。ダイエットにはいいかもだけど、それはそれで不便だよね」
食欲のところで引っかかったのか、珍しくフェルネットが的確なツッコミを入れた。
『そうですねぇ。欠点としては、魔物に襲われたりしてピンチのときでも、逃げようとか戦おう、といった気力も無くなってしまうところですか』
「それじゃダメじゃん!」
危ないときに逃げようとも思わなくなるって、エジキになって終わりじゃん。
「それでしたらその壺、寧ろマリーに使えば良いのではなくって?」
「「それイイね!」」
シャトーの提案に、私たちは揃って膝を打つ。
「じゃあ、コイツに……って、あれ?」
隣に座っていたはずの、マリーの首根っこを掴もうとして、スカッ、と空振りしてしまう。どこへ行ったのかと視線を飛ばすと……いた。オープンテラスの手摺りを越えて、道のずっと先の方で、睨むようにこちらを窺っている。
「あーーーーーーーっ!マリーが逃げたぁ!」
「どういうことですの?あの拘束具で、動けないはずですのに!」
私たちが気付いたのを確認すると、大きく手を振り上げて、悪態を吐く。
「あんたたちなんか、ぜぇ~~~ったいに堕としてやるんだからぁ!べぇ~~~っだ!アソコ洗って待ってなさいよ!ッバーカ!バーーーーーーカ!」
両手の指を口の端にかけて、イーってやってるのが見える。
えぇ、えぇ、い~い度胸してんじゃない。そっちがその気なら……
「……フェルネット。GO!」
こっちには肉体派、脳筋魔術師がいるのよ!
「ゴメン、なんか力が出ないや」
身体強化でけしかけてやろうと思ったのに、さっきの影響か、フェルネットが使えない。
一方のマリーは、既に逃げの態勢に入っていて、クルリと向きを変えて走り出している。テテテーっと走って、どてっ!「痛~い!」……あ、転んだ。慌てて起き上がって、走り去ってしまう。
「あ~、もうっ!今からじゃ追いつけないじゃない!」
あのロリ淫魔には、後で絶対に捕まえて、キツーイおしおきをすることを誓って、事の説明をさせようと、私たちは、女神(疑)に詰め寄った。