ア・ブ・ナ・イ⁉ ホーム・アローン
Act Tune ア・ブ・ナ・イ⁉ ホーム・アローン
––––ルビィの指導をすることになって数日。
それは突然のことだった。
『エリュシアの身体を貸していただきたいのですが』と。
どこからともなく聞こえてきた女の声は言った。
ルビィが言うには、女神……らしい。
「で、なに?エリュシアの身体を貸せって?……うっわ、やらしー」
『––––そういう意味ではありません!』
……女神って、あの女神だよな?いわゆる『神様』っていう。けれどルビィは、まるで親しい友達をからかうように意地の悪そうな顔で声を上げると、女神も女神で気を悪くした風でもなく、おふざけのようにツッコミを返していた。
「……なぁルビィ。相手は一応神様、なんだよな?……ちょっと親しすぎねぇか?」
「あぁ、それはね––––」
ちょいちょいと手招きをして、エリュシアから距離を取るルビィ。
こいつの説明によると、実はエリュシアも元は女神––––今話しかけてきている女神の代理––––だったそうで、ルビィ達をからかいに現世に降りて来た時に、現世にいられる時間をうっかり忘れてしまい、人として生きることになってしまったんだとか。
「––––で、あの女神に頼まれて私達がエリュシアの面倒を見てるってわけ」
更に、エリュシアが気を失った時に、こいつが冗談でかけた暗示によって、『お姉さま第一主義』の性格になった––––「って、なんだそりゃ⁉」
「しょーがないじゃない!なっちゃったんだから」と小声で叫ぶルビィ。
……いやまあ、理解はできたんだが。仮にも女神って存在が『うっかり』で人間になっちまったとか、仮にも仲間だってのに、気を失った隙に冗談とは言え暗示をかけるってのはどうなのかと。
何となく納得できない、もやもやした気持ちを抱えて呻いていると、『あのー、もっしもーし』と、女神が声を掛けてきた。
「あ、ごめんごめん。で、なんだっけ?」
ルビィの(あくまで軽ーい)問いかけに応える女神によると、ここから西に行ったベン・リーナの街にいる転生者––––多くは勇者候補生だ––––に、現状の説明と贈り物を与えに行くのだという。
「オッケー。じゃあ行くわよ、エリュシア。あ、シャトー達が帰ってくるかもしれないから、留守番よろしくね!」
「あ、おい!」
女神の依頼を快諾したルビィは、エリュシアを連れてさっさと行ってしまった。
––––かくして俺、テッドことテオドア=リースフェルトは、女の身体のままで一人、置いてけぼりを食らうことになってしまったのだった。
「––––やれやれ。ルビィもいなくなっちまったんじゃ女の姿でいる必要もねぇんだが……かと言って一々男に戻るってのも効率が悪いし……」
本当を言うと、女の身体は不便極まりない。
トイレに行くにも下を全部降ろさなくちゃならないし––––ルビィなんかは面白がって、『大丈夫?私が教えてあげようか?w』なんてイジりにきたくらいだ。
かと言って、高価なTSポーションをパカスカ飲むのも、頻繫に男~女と入れ替わるのもどうか?ってのもある。
「……仕方ねぇ。なんか適当な、簡単な依頼でも見に行くか……」
結局のところ、他にすることもないので、ギルドに行って一人でもできる依頼はないかと、ぶらぶら足を運ぶことにしたのだ。
––––––––––––
「––––三角墳墓の探索ですか?でしたら、もう少し技量値を上げてからの方が……」
「いや、そこをなんとか!今月は支払いが厳しくって。ここらで一発、大きめの依頼でもこなさないとピーピーなんだよ!」
「でしたら、『呪いの豪華客船』の調査はいかがですか?ご依頼主様は船主さんですので、報酬の方も結構な額になりますよ?」
「……ゴースト系とか呪いはからっきしなんだよなぁ。臨時で神官でも探して……いやいや、予算が……」
––––ギルドの扉を開けると、仕事を求める冒険者やら依頼人、それの対応に追われる受付嬢の声がそこら中から響いてくる。今日もギルドは賑々しい。
冒険者なんて格好つけたところで、所詮は日銭稼業。よほどデカい依頼をこなすか、毎日のようにコツコツと依頼を受けていないと、すぐに干上がっちまう。
そう言えば、街の中に店を構えて兼業でやってる冒険者もいるんだったか。
そんなことを考えながら、ぶらりと受付カウンターに足を向けた俺の目に、とある冒険者パーティーの姿が映る。
鎧の上から羽織った外套もそのままに、たった今この街に着いたばかりといった様子の、男の三人連れ。
そいつらが、カウンターで受付嬢––––カティって言ったか––––に話しかけているところだった。
「––––ええと、テッドさんのこと、デスか?」
「そうそう。俺ら、あいつと組んでたことがあるんだけど、たまたまこの街にいるって小耳に挟んでさ。久しぶりに、一緒にひと仕事しようかと思ったんだけど」
「あぁ、そういうことデスか。でしタラ––––」
っ!ヤバい!あいつらがどうこうじゃなく、今の俺の女の姿がヤバい!もしもあいつらに、俺が惚れた女のためにこんな姿になってるなんて知れたら……死ぬほどからかわれる!
背筋にぞっとするほどの冷たいものを覚えながら、全神経を足に集中させた俺は––––【加速】!––––身体強化を発動させるとともに、カティの口をふさぐために床を蹴った!
「––––あ!……」
周りの全てが緩慢になる感覚の中、破滅の鐘のようなカティの言葉を遮るべく必死に足を動かす。
「……テッ……」
カティの口が動く。もう時間がない!
間に合え、間に合え!間に合ってくれ‼
「……ドさ––––ムぐっ!」
「ちょっ……ちょっと、ごめんなさいね。––––カティ、こっちへ」
床を踏み割る勢いで最後の一歩を駆け、辛うじてカティの口を塞ぐことに成功した俺は、そのまま男どもから離れた位置に彼女を連れていって、小声で懇願をする。
「––––ぷぁっ!な、何をするんデスか、テッドさん」
「済まん!頼むから、今だけは俺はいないことにしてくれないか⁉俺がこんな姿になってるなんてあいつらに知られたら、何を言われるか……」
「あー……そういうことデスか。分かりまシタ、お任せくだサイ!」
トン、と拳で胸を叩いて請け合ってくれたカティは、頼もし気(?)な笑みを浮かべながら、俺の元パーティーメンバーの所へ向かっていった。
「––––な、なんだったんだ?今の。それに、あの娘は一体……」
「あ、いえいえ。なんでもないデスよ。それよりも、テッドさんのこと、デスけれど……」
少し悩むように顔を俯かせたカティは、ちらりと俺を見て––––
「ええと、テッドさんは今、『誰にも会いたくない』と言って、宿のお部屋に籠もっている、らしい、デス……?」
ちらちらと目を泳がせながら、そんなことを言い出した。
「なんだって⁉奴はどこか具合でも悪いのか?それとも怪我でも––––っ!」
「いえ!そういう事ではないのデスけど……えと、ただ、『働いたら負けかなあ』とも言っている、みたい、でして?しばらくそっとしておいて欲しい、ということ、デス?」
「––––おい!」
頼んでおいてなんだけど、余りと言えばあまりな言葉に、またもカティを引っ張って行く。
「なんで俺が引きこもりみたいに言われてんだよ!」
「でも、こうでも言わないとお見舞いに行くとか言われて、顔を合わせなくてはならなくなるかもデスよ?」
「そりゃあそうかも知れねえけど……」
ひそひそと話をしていると、「なぁ、あんた!」と、俺の態度を不審に思ったらしいリーダー格の男が声を上げる。
「今は俺らがその受付の娘と話してるってのに、さっきから何なんだ?それに……よく見たら、あんたが背負ってる盾はテッドの持ってたヤツじゃねえか。あんた、何者だ?」
男が目つきを鋭くしながら詰め寄ってくる。こいつ、よく俺の盾なんて覚えてたな!
「あ、その、俺––––じゃなくって!わ、わたし、は……」
「––––この方は、テッドさんに戦い方を教わっている新人冒険者の、テディちゃんデス!」「––––はぁ⁉」
言葉に詰まった俺に代わって、カティが声を上げる。
いや、まあ、助かったけど。テディちゃんって、おいおい……
「––––あぁ、そういうことだったのか。済まない、変に勘ぐってしまったようだ。俺はニクスン。以前にテッドとパーティーを組んでいた者だ。ニックと呼んでくれ」
カティの言葉を聞いて納得したらしいリーダー格の剣士、ニックは表情を和らげて俺に挨拶をする。と、脇に控えていた二人も続けて名乗った。
「テディちゃん、って言ったっけ?俺は魔術師のロナルド。親しみを込めてロンって呼んでくれると嬉しいな」
「ッス!自分、テオドアさんの後釜で壁役に入ったジョージって言うっス!まだまだ勉強中の身っスけど、マジヨロで!」
「お前はもう少しまともな言葉遣いを覚えろ!」
「––––いてっ!何するんスかニックさん!」
鷹揚な感じのニックに、軽い調子で女好きのロン。久しぶりだが、変わらない様子の二人にどこかホッとする。それに、俺の代わりに入ったらしいジョージ。まだまだガキっぽさが見て取れるが、ニック達との気安げなやり取りを見るに、上手くやれているんだろう。
「––––れ?どうしたの、テディちゃん。そんな微笑ましそうに俺らのこと見ちゃって。もしかして、俺に惚れちゃった?」
不意に、ロンがそんなことを言ってくる。どうやら俺は、かつての仲間のことをよほど懐かしそうに見てしまっていたらしい。
「あ、い、いえ、何でもないんです。ただ……男同士の友情って感じで、いいなあって」
慌てた俺は、どうにかこうにか––––女言葉を意識して––––その場を取り繕う。
すると、そんな俺の様子をどう見たのか、ごく自然な体でニックが口を開いた。
「ふむ。……だったら、俺達と一緒に軽くダンジョンに潜ってみないか?本当はテッドを誘って、ジョージの鍛錬をしようと思っていたんだが、今は会えないようだし。君も、奴の盾を持ってるということは壁役志望だろう?互いに良い刺激になるだろうし、どうだろうか?」
「––––っ!」
突然の申し出だったが、正直、心が躍った。何より、旧友の誘いだ。断る理由なんてない。
「……ああ、是非。ただし、仲間として行くからには、遠慮はなしで!」
大きく頷いた俺は、笑みを浮かべてニックの手を取った。
––––––––––––
「前に出過ぎるな、ジョージ!互いの位置関係は常に頭に入れておけ!」
「ウッス!」
初心者向けダンジョンの三階層。テッドに教えを受けたという建前で俺、テディ(仮)は、ジョージの指導を買って出た。
「盾は前に突き出してるだけじゃだめだ!押し出せ!払え!敵の行動をコントロールして、相手に仕事をさせるな!」
「ウッス!」
このジョージという新人、技量はまだまだだが、スジは悪くない。人の言葉を聞ける素直さもある。これなら、すぐにいっぱしの壁役になれるだろう。
「あのテディって娘、テッドの教えを受けていると聞いてもしやと思ったが。––––ははっ、まるでテッドと戦っているみたいだ。なぁ、ロン?」
「ああ。安心して見てられるよ。教え方も上手いしね」
前衛でモンスターを相手取る俺とジョージの後ろで、ニックとロンが談笑している。いくら雑魚ばかりだからってこいつら……まあいい。そろそろ頃合いだ。
「––––ニィィィィィィィック!打ち合わせ通り、後ろの通路に誘いこむぞ!進路確保!」
「よし!任せておけ!」
「ジョージ!ここからは撤退戦、殿の訓練だ。気を引き締めろ!」
「ウッス!」
「通路に敵を引きこんだらアレをやる!いけるな!」
「っス!やってやるっス‼」
敵を後ろに通さないよう盾を振るって、叩く、弾く、跳ね返す。ニック達が後方の安全を確保しながら進むのに合わせて、じりじりと後退してゆく。
やがて、狭い通路に敵の群れがあらかた収まったのを確認すると、ジョージを促して身体強化を施し、反撃開始だ!
「仕掛ける!合わせろ!」「っス!」
「「シィィィルド!バァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッシュ‼」」
––––––––––––
––––––––
––––
「––––いやぁ、テディさん、マジパねっス!自分、ちょー勉強になったっスよ!」
ジョージの訓練を兼ねた探索を終えてダンジョンを出ると、街は夕焼けに照らされて茜色に染まっていた。
あれから通路内の敵を片っ端からタコ殴りにして、存分に暴れまわった。
即席の編成だったとはいえ、そこは元仲間。ニックもロンも、俺の意を即座に汲んで最適な行動を取ってくれたことが正直言って心地良い。
ジョージに今日の探索の総括をしたり、ニック達と言葉を交わしながら、ああ、こういうのもいいもんだ、などと思っていた俺はこの時、油断していた。
「––––あ、テッド!ただいまー!おみやげ買ってきたから一緒に食べましょー……って、どうしたの?その人たち。あ、もしかして女の子になったからって、逆ナン?www」
「ッッッ‼バ、バカッ!ルビィ!しー!しー!」
「……テッド?……女の子に、なったぁ?」
「あ……(汗)」
そう。この時の俺は、今最も警戒を払うべきバクダン娘の存在を忘れてしまっていたのだ。
悪意の欠片もなく、盛大に俺の正体を暴露してくれたルビィに、慌てて取り繕おうとしたが、全ては遅かった。
––––結局、俺はニック達に死ぬほど笑われた。クソ!
「……あ、あれ?私、なんか悪いことしちゃった?」




