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それぞれのRe:start ダンジョン・デート

   ep.4-4 それぞれのRe:start ダンジョン・デート


 ––––パドキの街、初心者向けダンジョン––––


「あ、あの、大丈夫、ですか?……すいません。僕がもっと早くフォローできていれば……」

「……ううん。私は大丈夫、だよ。それよりも、私の方こそ油断しちゃって、ゴメン、ね?」

 ダンジョン一階層。いかにも駆け出しといった冒険者の少年と少女が、一しきりの戦闘を終えて互いを気遣い、ほほえましい(バクハツシロ)会話を交わしております。

 やがて、ふとしたはずみに触れ合う手と手。絡み合う互いの視線に、遅ればせながらも男と女であったと思い返す二人は、次第に言葉数も少なくなってゆき。

 戦いの興奮に火照った心のままに、その頬を薄紅色に染めた二人は––––

「ダ・ン・ジョ・ン・にぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ………………っ!」

「「––––え?」」

「ロマンスなんか!求めてんじゃないわよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ‼」

「––––ほぎゅっ!」

「きゃっ!」

 ––––怒りの咆哮と共に駆けこんできたルビィの、疾風(レラ)・HARISEN・ムツベによって、揃って頭を(はた)かれてしまうのでございました。www

 …………………………………………(ムツべ)

「うっさい!あんたが勝手に言ったんでしょーが!」

 ……ごもっとも。

「ここはモンスターと戦う場所よ!イチャ付きたいんだったら、逢引き宿(ラブホ)でも行ってやってりゃいいでしょ‼」

 ビシッ!とHARISENを突き付けて説教をするルビィ。

「おーい。いくら何でも、こりゃ八つ当たりってもんだろう、ルビィ。そこの二人も悪かったな、うちの相方が迷惑をかけちまって」

 一歩遅れてやって来たテッドは、被害に遭った二人の冒険者に、済まなそうに頭を下げるのでございました。


 ––––––––––––


「まったく!冒険者稼業ってもんをなんだと思ってんのかしら!」

「まあまあ。あんま熱くなるなよ……」

 時と場所をわきまえずにサカってるリア充共にオシオキ(やつあたり)を下して。

 困ったように頭を搔きながら苦笑を浮かべるテッドを引き連れて。

 憤りを示すようにズンズン!と足音を鳴らしながら、私はダンジョンを征く。

 ここは、パドキの街の初心者向けダンジョン、『チュートリア』。

 先のETDアタックの失敗を受けて、私達は実力をつけるために、それぞれのやり方で鍛錬をすることにしたのだ。

 黙っていなくなったシャトー––––帰ったら、思い切り抱きしめて怒鳴ってやる!––––は、どうやら街の西側から外へ出て行ってしまったらしい。

 師匠に鍛えなおしてもらうと言っていたフェルネットは、南の砂漠の先にある街、ラダへと向けて旅立った。

 そして、街に残ることにした私達は––––


「お姉さま。これからどこに行くんですかぁ?」

 私は、子犬のようにトコトコと後をついてくるエリュシアを連れて、街の中を歩いてゆく。ちなみに女体化したテッドは、『女の体に慣れる』と言って今日一日は宿の部屋で筋トレに励むのだとか。

 ……案外、女の子になった自分の身体にハアハアしてたりして。

 と、いうわけで、今はエリュシアに魔術を教えてくれそうな人のお店を目指しているところなのだ。

「もうすぐ着くわよ。あんた、近接戦(ぶつり)はからっきしでしょ?だったら、もっと魔術を覚えて役に立ってもらわないと」

「なるほどー。分かりました!お勉強は苦手ですけど、お姉さまのために頑張ります!」

「あはは……そーねー、期待してる。……と、着いたわ、ここよ」

 拳を握り締めてやる気になってくれるのはいいんだけど、相変わらずこの子の行動原理は『お姉さまのため』って……まぁ、うん。それもこれも私のかけた暗示のせいって言われたら、返す言葉もないんだけど……

 そんなエリュシアに空笑いを返したりしているうちに到着したのは、小さな魔道具店。

 入り口の上に掲げられた看板に書かれた店名は『星辰(ほし)詠みの黒猫館』。

 このお店の店主は、この街でも指折りの腕利き魔術師でもあるのだ。

「さて。今日こそこの扉の謎を解いてやるんだから!」

 ここの入り口は二つ。一つは魔道具なんかの装備を買いにくる一般のお客さん向けのもの。そして、腕組みをしてにらみつける私の目の前に立ちふさがる扉は、魔術の教えを乞う、いわゆる弟子入り志願者向けの扉だ。

 その扉には『叡智を求める者、相応しき知と機転を示すべし。一般のお客様はこちらへ➡』という貼り紙が貼ってある。

 私は別に弟子入りしたいってわけじゃないけど、以前に来たとき、ドアノブを回して押しても引いても開かないこの扉にムキになっただけ。

 それからというもの、事あるごとにこの扉に挑戦して、毎回見事に返り討ちにあっている。


 ––––ある時は呪文っぽい言葉を唱えてみたり。

 ––––またある時は、扉にはめ込まれている幾何学模様のプレートが、スライドパズルのようになっているんじゃないかと半日掛かりでいじくりまわしてみたり。


 とにかく、思いつく限りのことは試してみたけれど一向に開く気配のない、私にしてみればラスボスのような扉なのだ。

「うーん。この扉め、今日はどうしてくれようかしら……」

「……あの、お姉さま」

 腕を組んで唸っている私に、後ろにいたエリュシアがおずおずと声を上げる。

「––––ん、どうしたの?エリュシア」

「この扉ってもしかして、引き戸(スライドドア)なんじゃないでしょうか」

「……は?…………いやいやまさか、そんな単純な引っかけ……」

「でもでも、見てください、ここ……」

 言われて目を向けると、扉の端の方に確かに指を引っ掛ける溝がある。

「………………ウソでしょ?」

 私のこれまでの苦労が……というより、エリュシアが初見で見抜ける程度の仕掛けに気付かなかった私って……

「……ま、まぁとにかく。答えが分かっちゃえばどうってことのない仕掛けだったわね!」

 微妙な空気をごまかすように笑いながら、扉の溝に指をかけて、グッと力を入れる。

「………………………………」

「……あれ?」

 ––––けれど動かない。開かない。

「ちょっと……違うじゃない!」

 ようやく謎が解けてスッキリできると思った分、地味にダメージが大きい。

「おかしいですねぇ。うーん……あ!きっとこうですよ!」

 そう言うとエリュシアは、ドアノブを回して、そのままで扉の溝に指を掛ける。

 すると、カチリと小さな音がして、滑るように扉が開いてゆく。

 ……謎は解けたけど、なんだろう、この無駄な敗北感は。

「ほらほら、開きましたよお姉さま!さぁ、中に入りましょう!」

「あー、うん……そーね……」

 はしゃぐエリュシアとは裏腹に、ヘコんだ気持ちを抱えたままの私はお店に入った。


「––––あら?ルビィじゃない。いらっしゃい––––というか、遂にそっちの扉を開けることができたのね?」

 お店の中に入ると、ゆったりとした黒いローブを羽織った妖艶な女の人が、水煙草の煙をふぅっ、と吐き出しながら艶然とした笑みで私達を出迎える。

 この人がお店の店主、クレア=カーシスさんだ。

「あー、はは……今のは私じゃなくって、こっちの子が––––」

「知ってる。だって、視えてたもの」

「……いじわる」

 カウンターの上に置いてあった、外の様子が見える防犯用水晶(モニター)を指差しながら、にっこりと笑うクレアさん。

「お姉さま。誰なんですか?このオB––––ムぐっ!」

「エリュシア⁉このお姉さん(・・・・)はクレアさんって言ってね?あんたに魔術を教えてもらおうと思って、それで今日はここまで来たのよ⁉」

 よりにもよって、禁句中の禁句を口走りそうになるエリュシアの口を慌てて塞いで、ごまかすように大声でまくし立てる。

 この人相手に『オバサン』なんて口走ろうものなら……命はない!

 とにかく、クレアさんから距離を取ったお店の隅にエリュシアを引っ張って行って、小声で釘を刺すことに。

(いい?エリュシア。無事に生きて帰りたかったら、言葉には気を付けるのよ)

(……それを聞いて私、今すぐ帰りたくなってきたんですけど……)

 (おび)えるエリュシア。けれどここは厳重に注意しておかなくてはならない。間違っても『オバサン』なんて口を滑らせ––––

「聴こえてるわよ?ルビィ」

「心の声っ⁉」

 さすがこの街でも指折りの魔術師。まさか常時発動(パッシブ)読心術マインド・リーディングを使っているとは!

「やぁねぇ。そんな面倒なことしないわよ。ほら、頭の上」

 ちょいちょいと指差された自分の頭の上に手をやると、からくり仕掛けの小鳥が驚いたように飛び立ち、ぱたくたと翼を動かしながらクレアさんの元まで戻っていった。

「【密告鳥(リーク・バード)】。この子が停まった相手の『心の声』を伝達してくれる魔道具よ。おひとつどう?」

「え、遠慮しときます」

「あらそう。残念ね、結構便利なのに」

 古今、この手のアイテムはトラブルの種にしかならない。知らぬが華というヤツだ。


「––––それで?今日はそっちの子に魔術を教えてほしいって話だったかしら?」

「あ、そうそう。この子はエリュシアって言って、私達のパーティーの新しいメンバーなんだけど、使える魔術が『鎮静』と『治癒』くらいしかなくって。で、何か他にこの子が使えそうな魔術でも教えてあげてほしいなぁ~って」

 少し話は逸れてしまったけど、クレアさんに促されてここへ来た目的を話す。

「……まぁ、別に構わないけれど」

 そう言ったクレアさんは、品定めをするように目を細めてエリュシアを見る。

「あなた、エリュシアって言ったわね?何か媒体になるものは持ってる?もしもそこから特注(オーダー)するのなら、お代の方も結構掛かってしまうのだけど……」

「あ、え、えっと。私が、持ってるものって言ったら、これ、くらいです、けど……」

 クレアさんに尋ねられて、緊張した様子のエリュシアが取り出したのは、シャトーから貰った二フィートくらいの短杖(ワンド)。見た目にはなんの変哲もない、金属の棒だ。

「あら。あらあら。これは中々珍しいものを持ってるじゃない」

 けれど、その短杖(ワンド)を一目見たクレアさんは、興味深そうに目を見開いてエリュシアの手にある杖を見つめていた。

「もしかしてそれって、なんか凄いアイテムなの?」

「いいえ。これ自体は普及品だったものよ。【七曜(しちよう)短杖(ワンド)】って言って、昔は結構使ってる人がいたけど……まぁ、骨董品(アンティーク)ね」

 クレアさんによると、このアイテムはかつて魔術師の間では一般的に使われていたもので、発動媒体として属性(コア)––––魔物の核から精製される––––が使用されていたのだとか。

 ところが、後になって魔力(マナ)クリスタルというものが発見され、これを使った技術が発展。危険な討伐を伴う上に手間ひまもかかる属性核に比べて、比較的安全な採掘で手に入る魔力クリスタルが重宝され、属性核の方は廃れてしまったらしい。

「じゃあそれ、使ってみる?(コア)は失われているみたいだけど、いくつか在庫(ストック)はあるし」

「はい!せっかくシャトーお姉さまに頂いたものですから、是非とも使ってみたいです!」

「そう。なら、あなたに合わせた調整をしてあげるから、こっちへいらっしゃい」

「はい。よろしくお願いします!」

「そういうわけでこの子、何日か借りるけどいいわよね?ルビィ」

「もちろん。しっかり仕込んじゃって」


 ––––––––––––


 と、いうわけでエリュシアをクレアさんのところに放り込……お願いして、私とテッドはこうして初心者向けダンジョンに挑むことにしたのだ。

 ––––え?デート?まさか。

 ダンジョンはそんなところじゃないし?テッドは今女の子になってるし?ないない。あるわけない。

「おい、ルビィ!ボーっとしてんな、来てるぞ!」

「え?あ……」

 早速現れたのは、一匹のスライム。なんてことのない、一フィート程度のゼリー状のモンスターだ。

「丁度いいわ。この間の鬱憤(うっぷん)、晴らさせてもらおうじゃ––––」

 そう言いながら、目の前のスライムに切りかかろうとして、違和感を覚える。

「……ぁ、え?」

 足が、手が、動かない。何かに掴まれているわけでもないのに。

 ETD仕様でもない。実はとんでもない力を秘めているわけでもない、ただのザコ。

 ……そのはずだ。そのはず、なのに。

 小さなスライムを前にした私は、情けなくも手足を竦ませて、動けなくなってしまったのだ。

「そんなこったろうと思った……よっと!」

 隣から聞こえてきた声に顔を向けると、軽い足取りで数歩を踏み出したテッドが、手にした幅広の剣の腹でスライムを叩き潰すところだった。

「……ごめん、テッド。私……」

「なに、気にする事はないさ。駆け出しにはよくあることだからな」

 朗らかに笑いながらテッドは言う。駆け出しの冒険者がひどい目に遭って、トラウマのようになってしまうのは、珍しいことではない、と。

 ––––なんのことはない。テッドは気付いていたのだ。私がこうなって(、、、、、)しまうかもしれないことに。

「それじゃあ、これって……」

「ああ。『もしかしたら』ってな。だから、ここ(、、)に連れて来た。––––ルビィ。もしよければ、お前のリハビリがてらにここで基礎から教えてやろうかと思うんだが……どうする?」

「っ!」

 テッドの提案に、息を吞む。多分、最初からここまでセットで私を誘ったのだろう。他のみんなに気取られないよう、一対一で私を鍛えなおすために。

「……上等じゃない。スライムなんかにビビって戦えないなんて、他の誰でもない、私自身が認められないし、我慢できない。––––テッド。ぜひお願いするわ。私を鍛えて!」

「任しとけ!一から叩きこんでやるからな。しっかりついて来いよ!」

「うん!」

 こうして、私のリハビリ兼特訓が始まったのだった。


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