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それぞれのRe:Start

   ep.4-1 それぞれのRe:Start


「大変大変大変!ルビィ、大変だよぉーーーーーーーーーーーーっ‼」

 それは一夜が明け、ルビィとエリュシアが朝食をとろうと食堂に降りてきた時のことでございました。

 慌てふためいて駆け付けたフェルネットが二人に告げた急報。それは––––

「シャトーが––––いなくなったぁ⁉」

「うん。さっき部屋の前まで行ったら返事がなくって。で、宿の人に聞いたら朝早くに出て行っちゃったって!」

 その言葉を聞き、急いで帳場(カウンター)へと向かったルビィは従業員を問いただし。

「––––じゃあ、ひと月分の宿代を払って行ったっていうのね?」

「はい。『必ず戻るから、そのままにしておいて欲しい』とおっしゃって……」

 帳場の従業員に確認を取ったルビィは、思案気に顔を俯かせたまま食堂へと戻ります。

 そのころには、一足遅く起き出してきていたテオドア––––テッドも卓に着き、ルビィ達を待っておりました。

「よぉ。––––ってなんだ?浮かない顔だな」

「あ、テッド。……あんた、男に戻ってなかったの?」

 ルビィが目を向けると、テッドは昨日見たままの女性の姿。

「ああ。お前らと一緒に行くって言ったろ?だから、一区切りつくまではこのままの方が都合がいいかと思ってな」

 毒を喰らわばなんとやら。むしろ、頻繫に男に戻るよりも周りに気付かれにくいのだ、と恥ずかしそうに頬を染めたテッドは申します。

「……そんなもんかしらね。けど、残念ながらETDの探索は少しの間お休みよ。だって––––」

「っ!シャトーが……居なくなった、だと?」

 ルビィの説明を受け、一驚(いっきょう)に駆られたテッドでございましたが、一拍を置いて後、慎重に、確認するかのように問い返します。

「ええ。『必ず戻る』って言って、朝早くに出て行ったそうよ」

「……………………いいのか?」

 やや強張った表情のルビィに、短いながらも問い詰めるようなテッドの一言。

 追わなくて、探さなくて良いのか?と。

「そうだよ!まだ遠くには行ってないかもしれないし、今からでも––––」

「ダメよ。……戻るって、言ったんだもの。今は……待つしかないのよ……」

「でも……」

「––––っ!うっさい!」

 尚も心配気に言い募るフェルネットに、俯いたままのルビィは握りしめた拳を卓に打ち付けて声を荒らげてしまいます。

「あんたに!あんたに今のあの子の気持ちが分かるっていうの⁉追いかけていってなんて言うつもりよ!間に合わなかったのに!気付いてあげられなかったっていうのに!」

「ルビィ……」

 抑え込んでいた悔悟と焦燥を、ついには爆発させてしまったルビィに()されるように、フェルネットも口をつぐんでしまいます。

「……………………ごめん。ちょっと頭冷やしてくるわ」


 ルビィが顔を洗いに水場へと向かった後––––

「……大分()てるな」

 ぼそりと口を開いたのは、テッドでございました。

「うん。なんだかんだ言って、ショックだったんだと思うよ。アタシと組むずっと前からの仲だって言ってたもん、あの二人」

「そうか……」

 フェルネットの言を受け、顎に手を当てたテッドは思索に耽るように……と、それまで口を閉ざしていたエリュシアが、遠慮がちに二人へと声を掛けます。

「あの……お二人とも、ルビィお姉さまのことを、嫌わないでください。お姉さまは、突然のことで、どうしたらいいのか……そ、それに!昨日のことも、もとはと言えば私の失敗が原因と言いますか!えっと……だから……」

「落ち着けよ。誰もアイツのことを嫌ってもいねえし。なぁフェルネット?」

「ん、まぁね。ルビィってばあれで責任感が強いから、シャトーがいなくなったって聞いて、ちょっとピリピリしてたんだろうしね。大丈夫、アタシも気にしてないから」

 思いをうまく言葉にできず、もどかし気にしているエリュシアを(なだ)めるようにテッドが、続いて穏やかな笑みを浮かべたフェルネットが気持ちを伝えると、心底より安堵したように頬を緩ませるエリュシアなのでございました。


 –––– 数分後 ––––


「お待たせ。……さっきはごめんね、フェルネット。私もムキになっちゃってた」

「いーよ。だいじょーぶ。アタシも慌てちゃったとこ、あるし。お互いさまだよ」

 にこやかな笑みを浮かべて答えるフェルネットに、どこか救われたような心持ちとなったルビィは、照れくさそうにはにかんだ笑みを返します。

「テッドも。昨日はキツイ言い方して、ごめん」

「あー……大まかなところは聞いた。男である俺には見られたくない状況だったってな。詳しくは知らないけど、俺も気にしてねぇよ」

 本当のところを知ってか知らずか、昨日のことには気付いていない様子のテッドにはほぅ、と安堵の吐息を零し、ルビィは卓に着くのでございました。

「––––それで、この後のことなんだけど」

 何時の間にやら気を利かせ、テッドが注文していた人数分の珈琲(コーヒー)。それに口をつけながら、ルビィはこれからの予定について語らいます。

「しばらくETDの探索は中止ね。昨日の今日ってのもあるけど、まずはシャトーが戻ってからじゃないと。……それに、必ず戻るって言って出て行ったんなら、あの子は絶対に強くなって戻ってくる。そのために行ったんだろうしね」

「じゃあ、アタシたちも……」

「うん。私達ももっと力を付けなくちゃいけない。戻ってきたあの子に笑われないように」

「私も、今度はちゃんとお役に立てるようになりたいです」

 仲間(シャトー)の帰りを信じ、それまで自分達も己を磨かなくてはならない、と。

 いつになく真面目な表情で語るルビィに、フェルネットは頷きを返し、エリュシアもまた、決意に満ちた眼差しで思いを口にいたします。

「……ねえ、ルビィ。アタシもしばらく抜けていいかな?」

「いいけど、どうして?」

 しばし黙考を続けたフェルネットが、自らの考えを口にします。

「ん、ちょっとお師匠様のところに行ってくる。アタシの封還、まだ緊急でも第一までしか解けないから。せめて第三までは解けるように、稽古つけてもらってくるよ」

 たぶん、怒られるんだろーけど。と、ぼやいてはいるものの、先のダンジョンアタックで力を発揮しきれなかった己を悔いてか、その目に覚悟をうかがわせるフェルネット。

 その瞳を正面から受け止めたルビィは、「無理しちゃダメよ。でも……やるからには絶対にモノにしてきなさい!」と激励を送ります。

「それで?お前はどうするんだ?ルビィ」

 腕を組み、それまで静観していたテッドの質問には、「う~ん。取り敢えずギルドに行って、ETDの資料と実状が食い違ってるって報告し(といつめ)て、エリュシア(このこ)の修練を見てくれそうな人のところに行って……でも、私自身のことは今の所ノープラン、かなぁ」と、指先を顎に当てて答えます。

「だったらよ。俺と一緒にダンジョンに行かねえか?」

「……は?」

「おいおい、ここがどこだか忘れたのかよ。三つ(、、)のダンジョンを抱える冒険者街(アドベント・シティ)だぜ?」

 そう。テッドが提案したのは、この街にあるダンジョンのうち、一人でも向かうことのできる初心者向け(、、、、、)のダンジョンで腕を磨いてはどうか、というもの。

 それを聞いたルビィは、「––––あぁ、そう言えば」と手のひらに拳を打ち付けて納得をするのでございました。


 ––––––––––––

 ––––––––

 ––––


 朝食を終え、街の中心地にある冒険者ギルドにて。

「ちょっと、どうなってんのよ、カティ!」

 お腹も膨れ、元気百倍!になったルビィが、受付嬢の一人であるカティ=リーガルに迫ります。

「っな!ななな、なんデスか、いきなり!……Woops!く、苦しいデス……」

 いきり立ったルビィに締め上げられ、息も絶え絶えにルビィの腕をタップしたカティは、怒気もあらわにしたルビィから昨日のETDでの顛末を聞くこととなったのでございます。

「––––……それは確かにおかしいデスね。【レイジスライム】も【ゴブリンウオール】も、少なくとも三階層から出現するモンスター、デスし」

 報告を聞き、その内容を吟味するように考え込んだカティは、受付奥の書棚から持ち出してきた資料をペラペラと捲りながら情報の確認をしてまいります。

「だから!【モンスター・ランク】が情報と違いすぎるって言ってんの!これじゃあ、ちゃんとした探索もできないでしょ!」

 【モンスター・ランク】とは。文字通り迷宮探索におけるモンスターの格付けのことであり、当然のことながら、この格が低い程討伐が容易である、とも言えましょう。

「う~ん。……もしかしたら、ダンジョンの負荷(ストレス)が増大しているのかもしれないデスね」


 ––––ダンジョンの負荷。いえ、そもそもこの世界におけるダンジョンとはなんなのか?

 それは、モンスターと称される魔物たちの上位に位置づけられる【魔族】の侵略兵器。

 世界を二分する二大大陸。このうち、西のロンド・アーナ大陸に棲まう異形の住人たちが【魔族】であり、かつてヒト種と【魔族】の争いが絶えなかった時代、数多の魔物を送り出すべくして空から、あるいは地中から打ち込まれた魔宮にして迷宮。言わば【生きた爆弾】こそがダンジョンだったのでございます。

 容易に破壊をすることも叶わぬ(シェル)に包まれ、その内部で増殖を続けた魔物たちは、臨界点を迎えると一斉にダンジョンを飛び出し、ヒト種の領域に襲い掛かった後にこれを制圧、人の地を汚染して侵食するためのものでございました。

 これに対抗するため、ヒト種は少数精鋭のグループを組み––––ダンジョン内は狭小ゆえ、大規模な軍隊では不都合がございました––––ダンジョンの破壊はならずとも、中の魔物を討伐、適時間引くことによって最悪の事態を回避する事にしたのでございます。

 その時の少人数のグループが現在の冒険者の基となり、現在へと至っております。

 そして、ダンジョンの負荷とは。長く討伐、探索に赴く冒険者がおらず、内部のモンスター密度が上昇している状態を指し、放っておけば遠からずしてモンスターの一斉襲撃、つまりは【迷宮氾濫(ダンジョン・フロウ)】が発生することを意味するのでございます。


「……………………マジ?」

「……無い、とは言い切れないデス。実際、ここ十年ほどあのダンジョンに挑戦した、という記録はないわけデスし」

「定期討伐はしてなかったの?ほら、モンスターが増えすぎないように、集団(レイド)で……」

「あのダンジョンの特殊性から、男性の冒険者さんにはお願いできないデス。……女性の冒険者さんは、やっぱり引き受けてくださる方がいらっしゃらないデスし……ところで、なんでルビィ達はETDに挑戦することにしたんデスか?」

 男性では危険度が高すぎ、好き好んでETDに身を投じる女性はほとんどおらず。そのため、ETD内におけるモンスターの間引き、定期討伐が進んでいないという現状を説明していたカティは、ここでふと思い至ったようにルビィに尋ねます。

「あぁ、それね。マリーって淫魔にそそのかされて、それでカッとなっちゃったっていうか……あの女、次会ったら絶対泣かせてやるんだから!」

 憤懣遣るかたなし、と拳を握り締めたルビィが気炎を沸き立たせていると、目を丸くしたカティが、「会ったんデスか⁉」と勢い良く身を乗り出します。

「会ったけど。なに?あいつってそんなに有名なの?」

「何を言ってるんデスか!マリー=パルフェタムール=ルシェと言ったら、この街のダンジョンマスターにして、街の議会にも名を連ねる貴族デスよ!」

「貴族!あれが⁉」

「––––とは言っても、【ダンジョン管理協定】に基づいた一代限りの貴族デスけど」

 ––––ダンジョン管理協定。

 それは、今からおよそ五百年前。永らく続いたヒト対魔族の争いに終止符が打たれてより百年余りが過ぎたころ。

 人魔双方の戦後復興も進み、相互に大規模な侵略・戦闘行為の禁止などを取り決めた約定を交わした折に、問題となったのがダンジョンの扱いでございました。

 なにしろ、魔族ですら容易に破壊できない構造物であり、彼等からしてみれば(はな)から回収するつもりもなかった【侵略兵器】。

 破壊も回収も叶わず、かと言って放置しておけば【迷宮氾濫】の危険が伴う。

 協議の結果、管理者としての【ダンジョンマスター】を魔族側より派遣。ヒト側からは、戦時同様に迷宮内部の魔物討伐を、此度は褒章を設けることにより有志の戦力をもって行うこととし、双方の合意を得たのでございました。

 言うまでもなく、これによって集った有志の戦力が現在の冒険者の元となり、彼等の補助・監督機関として発足したのが冒険者ギルドなのでございます。


「と、いうわけで、今この街のダンジョン管理を一手に引き受けてくださっているのが、その淫魔さんなのデスが––––ここ数年、姿をお見かけしないそうなのデス」

「サボってるってこと?」

「分からないデスけど、ルビィ達に声をかけたってことは、有望な冒険者を勧誘(スカウト)しているのかもしれないデスね」

 説明を受けたルビィの短絡的な帰結に、自らの推測を述べたカティでございますが、それを聞いたルビィは「あれがスカウト、ね」と吐き捨てるように呟きます。あんな強引な勧誘などあったものではない、と。

「それで、ルビィ達はこれからどうするんデスか?」

 報告の対処もひと段落したものとみて、カティはルビィ達の今後の予定を伺います。

「あぁ、うん。昨日のことでシャトーがいなくなっちゃったし。––––あの子のことだから、今ごろ一人で鍛錬とかしてるんだろうし。だから、シャトーが戻ってくるまで私達もそれぞれ自分を鍛えようって話になってね」

 その日の朝、残ったメンバーで話し合って決めた事柄をルビィは説明いたします。

 シャトーの戻りを信じ、ルビィ、エリュシア、テッドの三名は基本この街で。師匠の下で稽古をつけてもらう、というフェルネットは、街を出て南方、マニブ砂漠を越えた先にある、ラダという街を目指すということ。

 ETD探索は、力をつけた全員が揃ってから、改めて行うという方針を伝えたのでございます。

「なるほど。確かにそれがいいのかもしれないデスね。分かりましたデス」

 ルビィの話を聞いたカティは、念のためETDのダンジョン負荷の調査依頼を出しておくと提案。ただし、「あまり期待できないデスけどね」と苦笑するのでございました。


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