デンドログラムの帰着点
ジュンがミナガワヨウイチの後をつけていくと、
とある病室に入っていく、
ガラス越しから見えるその部屋にはコールドスリープの機器が置かれており、
一人の紺色の髪の少女が眠っていた。
そこへジュンを治療した闇医者が現れる。
「ドクター、あの人は?」
「おお、ミナカワリンさんじゃな、
ミナガワヨウイチの妹さんでな」
「よほどの重症なのか?」
「脳の前頭前野と扁桃体が侵され、徐々に感情がなくなり植物人間になるという奇病を患っていてな、
現代の医療技術でも治療することができないので
治療方法が確立するまでコールドスリープしている状態なんじゃ」
「聞いておいてなんだが、いいのか?
医者がペラペラ個人情報喋って」
「ハッハッハ、週刊誌に乗るくらいには有名な話じゃよ、
なにせミナガワヨウイチは有名人じゃからな、メディアが常に狙っておる。
この医院に居るっているのは秘密じゃがね」
「そうなのか?」
「ただ、このままだと後数ヶ月で治療薬が完成しなければ身体自体が壊死してしまうがね。
おっと、口が滑ったわい・・・今のは聞かなかったことにしてくれ」
ドクターは不吉なことを言って去っていく。
コールドスリープはまだ認可が降りていない最新鋭の技術だ、
取り扱っているのはこの闇医者くらいだろう。
延命措置として他の技術よりも遥かに優れていると言っても
現代の技術でも永久に延命できるわけではないのだ。
ふと病室を見ると誰か入っていくようだ。
トランスリミッターを携帯していることからヨウイチの部下のオペレーターであろうか。
ジュンは光学迷彩で姿を隠すとその男の後に続き病室に入る。
「首尾はどうだ?」
「滞りなく、アキハバラエリアの情報操作はできました。
管制システムの故障のため検知に時間がかかったのと、
他エリアの対応でオペレーターの人材不足により
派遣できなかったという筋書きで行こうと思います。」
「助かる、君の昇進は約束しよう。
この事態が公になってしまっては統制機構としても世間の面目が立たない。」
報告を終えた男は病室から出ていく。
ヨウイチは誰も聞いてないと思い、独り言を言う。
「しかし、こんなに大規模な災害になるとは予想外だった。
管制システムの演算リソースを使いすぎたか?」
「今のはどういうことだ・・・?」
ジュンが光学迷彩から姿を現す。
「君は・・・、ふっ、そうか、俺に辿り着いたというわけだな」
「貴様がアキハバラエリアを壊滅させたのか!?」
「確かにアキハバラエリアの管制システムを暴走させてしまったのは僕だ、
リンを助けるための治療薬の開発に膨大な演算リソースが必要なのだよ。
妹にはもう時間がない」
「ユメノ博士を襲い、ブバルディアを狙っているのもお前の指示なのか?」
「ああ、ブバルディアの超演算能力が必要なのさ、
妹が助かるのであれば僕は手段は選ばない」
「MkJ01を使い、シブヤ区の管制システムも破壊したのも貴様なのか?」
ヨウイチはMkJ01の名が出ると眉をひそめる。
「む、そうか・・・そうゆうことなのか、ククク、ハッハッハ」
「何を笑ってやがる?」
「妙だと思ったんだ、僕が管制システムの限界を見過うはずがない、
だがMkJ01が関与しているのであるならば合点がいく」
「何を意味不明なことを、洗いざらい話してもらおうか」
「喋ると思うか?」
「無理矢理にでも口を割らすのみだ」
ジュンはトランスリミッターをヨウイチに向ける。
「撃ってみろ」
ジュンは引き金を引くもロックがかかったままだった。
「君達、オペレーターが装備しているトランスリミッターは僕が設計したSR社製だ。
いや、それのみならず火星で製造され、
流通されているほとんどの製品はSR社が関与、管理している。
つまり、それで僕を撃つことはできない」
「な・・・職権乱用だろ、それ」
「開発者の特権といってもらおうか」
突如病室のドアが開き、オペレーター達が流れ込んでくる。
瞬く間にジュンは取り押さえられ、床に組み敷かれる。
「そいつを連れて行け、指名手配中の男だ、
後、そいつの近くに例のターゲットもいるはずだ、
探して僕のところにつれてくるんだ」
「くそっ・・・」
ジュンは銃挺で頭を殴られ、昏睡する。
目が覚めるとジュンは独房の中にいた。
「うっ・・・ここは」
白く高く各種センサーが埋め込まれた電子的な壁、
窓のない部屋、高い天井には空調設備、
質素な寝床に壁に埋め込まれた旧時代的なディスプレイモニター、
おそらくここは統制機構本部地下の独房だろう。
設立以来誰一人脱獄できたことがないと言われている。
ジュンは軽く絶望的な気持ちになる。
目が覚めてからどれくらいの時間が経過したのだろう?
ブバルディアやカノンは大丈夫だろうか?
ブバルディアの他に意思のあるロボット、
MkJ01とは結局何者なのだろうか、
あの口ぶりだとヨウイチがアキハバラエリアを壊滅させた張本人ではないのか?
だが、やつの目的はブバルディアを鹵獲することだった。
ジュンは延々と憶測でしかない思考を張り巡らせるも解答は見つからなかった。
残るは寝るくらいしかやることがない。
思えばシブヤ区の出来事に始まり、ここ数日ロクに寝ていない。
ジュンはベットに横になると深い眠りに落ちていく。
それはあの日の出来事だった。
いつものように暴走ロボットを止めると
シンジュク区にある統制機構本部に顔を出しにいった。
なにせ今日は特別な日だったのだ。
オペレーター達は基本的に各区毎に配備されており、
要請や大規模な暴走があった際には区を超えて援軍に向かうこともある。
当然、未然の暴走を防ぐために区内のロボットたちの調査、
メンテナンスなども仕事の一つだ。
ジュンはガラス張りのエレベーターに乗ると中層階へと向かっていく、
シブヤ区勤務のオペレーターの部署にいくとカノンがいた。
「あら、ジュン、本部に顔を出すなんて珍しいじゃない、
あなたがここに来るなんて招集された時くらいじゃない?」
「トオヤマアカリがどこに居るか知らないか?迎えに来た」
「アカリならシナガワ区に調査にいったわよ。座標送るわ。
わざわざ本部まで探しに来たの?」
「・・・今日はあいつの誕生日なんだ。」
「え、嘘、あなた達付き合ってたの?」
ショックを隠せないカノンを尻目に
ジュンはポケットに手を入れ、誕生日プレゼントがあるのを確かめ、
本部を後にする。
数十分後、ジュンはシナガワ区のテーマパークにいた。
そこには平日にも関わらず大量の人でごった返し、
人型ロボットのアシムによりアトラクションの説明や誘導、
巡回用のパロット、アトラクションの巨大ロボットなど多数のロボットも配備されていた。
ジュンはアカリがパロットやアシムたちをスキャナーで検査しているのを目撃する。
「こいつも異常無しね」
「アカリ」
「ジュン、どうしてここに?」
「今日が何の日か、アカリ自身が一番良く覚えているだろ?」
「あ・・・そういえば、すっかり忘れていたわ、迎えに来てくれたの?」
ジュンは誕生日プレゼントをアカリに今渡そうか悩み、結局思いとどまる。
「もしかして、準備してた?」
「いや、後でアカリが欲しい物を選んで貰う予定だった」
「じゃあね、先払いで」
アカリは手を差し出すとジュンの手を握る。
しばらくの間、二人は寄り添い、テーマパークで遊ぶ人々を眺めていた。
「やっぱり人の手って温かいのね、ロボットにも欲しい機能だわ」
「大半のロボットには必要ない機能だろう、でも確かにあっても良いかもな」
そこへアカリの元に催促の通信が入る。
「ごめんね、まだ仕事が残ってるから、先に帰ってて」
「ああ、うちで待ってる」
ジュンはアカリと別れ、テーマパークを出て車に乗り込む寸前に
あろうことか、テーマパークで大規模な爆発が起きる。
多数の死傷者を出したこの事件で結局アカリの遺体は見つからなかった。
崩壊した施設からは爆発物が見つかり、無差別テロと言われているが犯行声明などは一切出ていない。
ジュンは渡すはずだった誕生日プレゼントをぼんやり眺める。
そこには色とりどりのブバルディアの花が咲いては散るを繰り返すホログラムだった。
あの時、無理矢理にでもアカリの手を引いて連れ帰っていれば・・・
ジュンの中で大きな後悔があった。
場面は巻き戻り、ジュンはテーマパークからアカリを強引に連れ出すと
今度は車に仕掛けられた爆弾を爆破され死ぬという結末になった。
その後も突如乱入してきたジェノーに射殺される、
あらぬ容疑をかけられオペレーターに捕まり処刑されるなど
あらゆるパターンでアカリを救おうとするも惨殺される悪夢をジュンは見続ける。
そんな中、突如統制機構の警報音が鳴り、騒がしさからジュンは延々と続いた悪夢から目が覚める。
独房のモニターには統制機構本部に大量の暴走ロボット達が押し寄せているのが映し出されていた。
しばらくすると、牢獄の扉が開く。
そこにいたのはカノンだった。
「カノン、どうしてここに!?」
「リュータが統制機構本部付近のロボット達をハッキングして、襲撃してくれたわ」
「どうゆうことだ?リュータが俺たちに協力するなんて」
カノンはジュンにトランスリミッターを渡す。
「リュータもあの後独自に統制機構の事件に関して調査してたみたいなの、
それと協力するのは私のことが好きだからって、
でも私が本当に好きなのは・・・」
聞き取れないくらいか細い声になり、カノンは顔を真っ赤にする。
「何だって?最後のは聞き取れなかったが」
「そ、それよりも奥にユメノ博士が閉じ込められているみたいなの。
そっちはリュータが行ってるわ」
ジュン達は混乱に乗じ、看守達がいない牢獄の廊下を駆け抜ける。
「そうなのか!?何でカノン達がユメノ博士を知っている?」
「ブバルディアを調べていたら辿り着いてね、
それよりももっと良い知らせよ、トオヤマアカリは生きているわ」
「本当なのか!?そんなはずあるわけが・・・」
「私も最初は信じがたかったわ、でも統制機構管轄の研究施設に幽閉されているみたいなの。
そこにブバルディアもいるみたいわ」
そこへユメノ博士を連れたリュータが現れる。
「お、そっちも上手くいったようだな、じゃあさっさとずらかろうぜ」
ジュン達は光学迷彩で身を隠し、地上まで抜けると
警備が手薄になっている裏口から脱出する。